クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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ブラック & ホワイト

ブラック&ホワイト編 完

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 昼休みのやり取りが恥ずかしかったのか、放課後になると石神さんは逃げるように帰ってしまった。
 そこでぼくは、やらなければならないことがあったため『Master peace』へと赴いた。与儀さんに再び謝罪をするためだ。
 せっかくぼくを信頼して回してくれた仕事でヘマやらかし、彼女の信用を失わせ、本当に迷惑をかけてしまった。謝ったくらいでどうにかなるとは思えないが、誠意を見せずにはいられなかった。
「ーーーもう気にしてないわ。謝らなくていいわよ」
「でも、迷惑かけたのは事実ですから」
「あんた若いんだし、取り返しのつかない失敗なんてないわ。それに、あたしだって経験あるしね」
 あんたも知ってるでしょ? と与儀さんは言った。
 恐らく、甲津侭さんを取り巻く過去の失敗のことを言っているのだろう。一度は大切な物を失った与儀さんだったが、いまでは侭さんと再び通じ合うようになったのだから、確かに取り返しのつかない失敗なんて、ないのではないかと思う。
「まあ、間久辺がどうしても償いたいって思うんだったら、今度『華撃』のCDジャケット描きなさい。あんたが描いたグラフィティ自体は、メンバー全員結構気に入ってたらしくて、今度ぜひ一緒に仕事したいって言ってたわよ」
 ありがたい話だ。ぼくは、その際はお願いしますと与儀さんに伝えた。
 話すことも終わったし、今日はバイトのシフトもない。この後、短時間になってしまうが御堂の見舞いに行きたいと思っていたため、挨拶も早々に店を出た。
 病院に到着し、時刻を確認するとまだ夕方の六時。面会時間は夜の八時まで大丈夫なので、二時間以上余裕がある。受付を済ませ病室に入ると、数日前は眠ったままだった御堂が、今日は起き上がっていた。相変わらず体は包帯だらけだし、顔なんてほとんど見えないような状況だけど、目だけははっきりとぼくを見ていた。
「御堂っ!」
 安堵から思わず声が大きくなるぼく。すぐにそこが病室であることを思い出し、声のトーンを下げる。
「良かった、意識戻ったんだね。大丈夫? 辛くない? 起きてて平気?」
 矢継ぎ早にした質問に、御堂は腕を上げて待ったをかけた。
 ゆっくりとした動作だが、包帯だらけの指でペンを握ると、机に置かれたノートに辛うじて読めるような文字でこう書いた。
『お前は俺の彼女か』と。
「気持ち悪いこと言うな」
 ぼくはそう突っ込みながら、そういえば御堂は口の中も傷だらけで、まだ会話をすることができないのを思い出す。
 指も怪我しているため筆談もままならないが、それでもなんとか読み取ることはできた。
 御堂はふにゃふにゃとした文字で、『北島状態』と訳のわからんことを書き始めた。
 なんだ、いきなり謎解きスタートか?
 ぼくは御堂の状況を冷静に見極めてみた。大怪我を負って、体中を包帯でぐるぐる巻きにしている痛々しい姿を見て、ハッと思い付いた。
「―――超気持ちいいってことか!」
『なにも言えねえってことだ!』
 筆談で即座にそう訂正してくる御堂。
 ああ、なんだそっちか。御堂がおかしなベクトルの変態さんになってしまったのかと思って一瞬ヒヤッとしたが、安心した。それに、冗談をかませるくらいまで回復したことに、ぼくは心の底から安堵した。
 
 ゆっくりとした筆談のため、なかなか話は進まなかったが、それでも今回の事件が無事解決したことを伝えた。御堂は基本的に終始黙って聞いていたが、最後に気になったことがあったのか、ペンを再び手にした。
『お前の学校の生徒、大丈夫だったのか?』
 恐らく、御堂が聞こうとしているのは、「お前の学校の生徒でタトゥーを彫られていた生徒がいたが、大丈夫だったのか?」ということだろう。
 体にタトゥーを彫られてしまった黛さんが大丈夫かと聞かれたら、即座に頷くことは難しい。体に一生消えない痕を付けられてしまったのだから、当然だ。
 しかし、そんなことを話してもどうすることもできないため、取り敢えず御堂には大丈夫だと嘘を吐いておくことにする。
 そうして口を開きかけたところで、御堂はゆっくりとした動きだったけれど、さらに文字を続けた。まだすべてを書き終えていなかったのか、その文字に注視すると、不可解なことを御堂は書いた。

『あの、二人』と。

 二人……?
 御堂はいったいなにを書いているんだ。
 あそこで被害に遭ったのは、黛さん一人だけのはずだろう?
 そう考えたぼくだったが、次の瞬間、別の可能性が頭に浮かんで思わず愕然とした。
 ぼくの様子に、なにごとか理解できないような目を向けてくる御堂に、言う。
「ごめん、御堂。確かめないといけないことができたからもう行くけど、最後に聞かせてくれ。いまの話は本当だよね?」
 一瞬なにを指しているのかわからないように首を傾げていたが、すぐに最後のやり取りのことだと気付いたのか、頷いた。
 ぼくはそれだけ確かめると、「また来るよ」と言い置いて病室を後にした。どうしても確かめなければならないことができた。スマホを取り出し、呼び出し音が続くこと五回目で、相手は電話に出た。
「聞きたいことがあるんだけどいいかなーーー中西」
 彼はいつも通りドモリながら、それでもぼくの質問に答えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 翌日、水曜日。
 いつも通り授業を受けたぼくは、昼休みになり、体育倉庫の脇に向かった。人気のないその場所に佇む女子生徒、黛さんの姿を発見する。
 ぼくは彼女の背後に立つと、言った。
「悪いね、こんな場所に呼びつけて」
 月曜日、保健室で背中に彫られた花と蝶のタトゥーをぼくに見せた彼女は、偶然にも同じような体勢でそこに立っていた。ぼくの声に振り返ると、すぐに答える。
「いいえ、大丈夫です。それより、いったいどうしたんですか?」
「一応、今回街で騒がれている事件が解決したからその報告をしておこうと思ったんだよ。君も無関係じゃないんだしね」
 そしてぼくは、彼女に大まかにだが事の成り行きを説明した。
 地下格闘技場は鍛島の手によって近々解体されること。
 そして、アートマンと呼ばれる男が花口組というヤクザに引き渡されることを簡単に説明する。
「そうですか。私の体にタトゥーを彫った人、見つかったんですね。良かった」
 安堵したように息をついた黛さんは、それ以上この話題に触れようとはしなかった。
「ありがとうございます、間久辺君。わざわざ教えてくれて」
 そう言って立ち去ろうとする彼女の背中に、ぼく言葉を放った。
「待ってよ、まだ話は終わってない。言っただろう、君も無関係じゃないって」
 足を止め、ゆっくりとした動作で振り返った彼女。
「どういう、意味ですか?」
「言葉のままさ。君は今回のアートマンが起こした事件の関係者だ。もちろん被害者という意味ではなく、加害者・・・として」
 数秒の沈黙の後、彼女は、
「意味がわかりません。間久辺君、なにを言ってるんですか?」
 しらを切るつもりか。まあいい、それなら言い逃れができないように論破するまでだ。
「先週の金曜、地下施設で女性がアートマンによってタトゥーを彫られている様子をぼくの友人が目撃した。その友人は、潜入していたことがバレてリンチを受けたんだけど、ボロボロになりながらぼくにあることを伝えようとしていた。それは、彼が見た部屋の中に、ぼくらの学校の校章がプリントされたカバンが置かれていたってことだった」
 黛さんがあの金曜日の夜、ライブハウスがある歓楽街の方にいたことは間違いない。ぼくが落としたフライヤー用のイラストを『Master peace』の前で拾ったことからそれは明らかだ。黛さんのような大人しそうな生徒が歓楽街に出入りするとは思えなかったため、彼女はアートマンの被害に遭ったのだとぼくは思い込んだ。
 だが、実際は違っていた。
「君は確かに、あの日、地下施設の部屋にいたんだろう。ぼくの友人が見たという、学校指定のカバンは君が持ち込んだ物だ。だけど、その場所でタトゥーを彫られていたのは君じゃない」
 そう。昨日、事件が解決したことを御堂の病室に報告しに行ったとき、彼は筆談でこう聞いてきた。
『大丈夫だったのか? あの二人・・』と。
 それを見たとき、一瞬、黛さんの他にも被害にあった女性がいたのかと考えたが、そもそも根本から間違っていたのだ。
「安住と坂崎。君と同じクラスのギャル二人組。彼女たち、月曜から学校に来ていないみたいだね」
 昨夜、同じクラスの中西に電話をかけて確認した。
 今日もクラスを覗いてみたが、来ていないようだった。
「思い返してみると、始業式の日、君は安住さんと坂崎さんにすごい剣幕で迫られていたよね?」
 始業式が行われる体育館へと続く廊下で、ぼくと石神さんは、三人の女子生徒が廊下で騒いでいるのを目撃した。観察してみると、それはギャル二人組が、黛さんに絡んでいる現場だった。
「君はあの日、安住と坂崎にどこかへ連れて行かれそうになっていた。あの二人組、クラスの大人しい女子を強引に連れ出して、男に紹介して金を要求してる、みたいな噂があるみたいじゃないか。だから、君も呼ばれて歓楽街の方に足を運んだんだよね?」
 無言のまま頷こうともしない黛さんを他所に、ぼくはさらに言葉を継ぐ。
「もしその噂が事実なら、あの二人組がやったことは許せない。クラスメイトを売って金にするような人間には、天罰が下って当然だと思うよ。だけど、それにしても運がないよ。まさかクラスメイトに、渦中の人物、アートマン・・・・・がいたなんてな」
 ぼくの言葉に振り返った彼女は、まるで冗談でも聞いたときのように口元に笑みをたたえた。
「なぜ、私がアートマンになるんです? 私は被害者ですよ。背中のタトゥー、見なかったんですか?」
「この目でハッキリ見たよ。見惚れてしまうくらい、綺麗だった」
 そう。あのときは、まだタトゥーについて詳しく知らなかったから、ぼくは背中に彫られた見事な絵に見惚れてしまった。だけど、その後、地下施設に潜入するためにフェイクタトゥーを描く関係でタトゥーについて調べてわかったことがある。タトゥーは体に針を刺し、そこにインクを落とし込むことで色を沈着させる。つまり、体に針を刺して傷をつくるということなのだ。
 だから、本来タトゥーを彫られた数日間というのは、個人差はあるだろうがカサブタになるのが普通なのだそうだ。
 だが、思い返してみても黛さんの背中に描かれたタトゥーはカサブタになどなっていなかった。それどころか、美しい肌と絵に見惚れてしまったほどだ。間違いない。彼女の肌に傷痕は残っていなかった。
 そうなるとおかしい。
 金曜の夜にタトゥーが彫られたとすると、月曜日に保健室で見た時点で二日しか日にちが経っていないことになる。たったそれだけの期間でカサブタが治るはずがない。
 つまり、彼女の体にタトゥーが彫られたのはもっと前ということになる。
 その推測を確かなものにするため、ぼくは昨日の夜、中西に電話したんだ。
「ぼくと同じ美術部の仲間が前に言ってたんだ。同じクラスの女子生徒で、プールの授業をすべて見学していた女子生徒がいたって」
 そう、始業式の日に廣瀬と中西、二人と益体のない話をしているとき、その話題があがった。その話を覚えていたぼくは、中西に電話してプールの授業を休んでいた女子生徒が誰だったのかを確かめてみた。
「―――そうしたら黛さん、君の名前が挙がったよ。君は夏に行われたプールの授業をすべて見学した。確認しようと思えばいくらでも手段はあるんだ、嘘を吐かずに答えてくれ」
 そう言うと、彼女は躊躇なく一回頷いた。隠すつもりはないようだ。
「そう。黛さんはどうしてもプールの授業を休む必要があった。それは、背中にタトゥーが彫られていたからだ。肩甲骨の辺りに大きく描かれた蝶と花の絵は、水着になったら隠しようがない。だからすべてのプールの授業を休んだんだ」
 だが、そうなると彼女の発言に辻褄が合わなくなる。
 彼女は先週の金曜日にタトゥーを彫られたと言っていたが、プールの授業が行われたのは夏場、つまりいまから半年前にはタトゥーがあったことになる。
「つまり、君は嘘を吐いたんだ。金曜日の段階、いや、もっと以前から君の体にはタトゥーが彫られていた。そうなると、一つの疑問が浮かんでくる。タトゥーを彫られていた訳でもない君が、なぜ金曜日の夜、地下施設にいたんだ?」
 その答えは、もう既に出ている。
「君は被害者としてではなく、アートマンとしてあの地下施設にいたんだよ」
 そう考えるとすべてに納得がいく。御堂が地下施設で見たのは、女性二人がタトゥーを彫られている光景だった。そして、黛さんを呼び出したギャルも二人組。もし彼女たち二人が被害者だったとしたら、一緒にいた黛さんが一番怪しい。
 一通りぼくの話を聞いた彼女は、クスクスと笑い、やがてその笑みは高笑いに変わった。
「まるで名探偵気取りですけど、爪が甘いですね。確かに、間久辺君の言うように、私の背中に彫られたタトゥーはもっと前に彫られたものです。だけど、だからって私がアートマンだと決めつけるには、あまりにも推理が杜撰じゃありませんか。あなたの言う通り、私はライブハウスの地下で、安住さんと坂崎さんが体にタトゥーを入れられている姿を見ていました。だけど、それは観客として見ていただけかもしれないじゃないですか。私がアートマンだと言い張るのなら、もっとしっかり証明して下さいよ」
 まるで論じる様を楽しんでいるかのように、彼女は言う。
 逆にぼくは、話しているとだんだんと腹が立ってきた。この女は、狂気の部屋にいたことを認めた。クラスメイトが望まずに体にタトゥーを彫られる光景を見ていたと告白したのだ。それなのに、そんなことはまるでどうでもいいと言うように、話を先に進めようとする。
 もういい。さっさと終わりにしよう。

「その化けの皮、剥がしてやるよ」

 ぼくは彼女を睨みつけながら言う。
「アートマンが、今回、地下闘技場を根城とする『トライバル』という半グレ集団に守られるように隠れていたのは、花口組というヤクザがアートマンを追っていたからだ」
 病院で会ったとき、鍛島はそう言っていた。
 鍛島がアートマンを探していたのは、その花口組が捜索を口実に街に入り込んでくるのを避けるためだった。
「もともと、ヤクザと入れ墨には深い関係がある。アートマンも花口組と接点があった彫り師なんだろう。ちなみに、花口組ってヤクザは、違法な賭博で財を成して大きくなった組なんださそうだ。その名前の由来も、花を記号化して花となった」
「それが、いったい私とどう関係するんです?」
「君の背中に彫られていたタトゥー、いや、この場合入れ墨って言った方がいいのかな。ぼくも調べてみてわかったんだけど、タトゥーにもいろいろな種類があって、大きくわけると、日本的な絵柄を彫った"和彫り"と、洋風な絵柄を彫った"洋彫り"に区別できる。便宜上、前者を"入れ墨"、後者を"タトゥー"と表現するなら、君の背中に彫られたものは入れ墨だ」
 花と蝶。それを見たとき、ぼくはイメージ的にタトゥー ―――洋彫りの代表的な絵柄だと考えた。
 だけど、そもそもこの二つの題材はさっきの区分に当てはめると、入れ墨―――和彫りだった。
「"花"と蝶、正確には『"牡丹"と蝶』は、花札に描かれる絵柄の一つだ」
 そう、花札。彼女の背中に描かれている入れ墨こそ、花口組と彼女に関係があるという大きな証拠だ。
「背中の入れ墨が彫られた時期を欺いていたこと。金曜の夜に地下施設にいたこと。そしてなにより、花口組と関わりの深い絵柄が背中に彫られていること。それらを総合すると、君がアートマンだと考えるのが一番しっくりくるんだ」
 彼女が背中に入れ墨を入れるほど、花口組と親しい間柄だというのなら、花口組が探しているアートマンの隠れ蓑に入り込んでいる理由がわからない。だが、以前花口組と関わりがあり、その頃に背中に『牡丹と蝶』の入れ墨を入れ、その後、関係が悪化して逃げ出したと考えれば話の筋は通る。ヤクザと彫り師の間には深い繋がりがある。花口組と一介の高校生に過ぎない彼女が繋がるのは、入れ墨―――つまり彼女が彫り師だというのが、ぼくの結論だ。
 そう考えれば、タトゥーによる繋がりを絶対とするトライバルの地下施設に彼女がいたことも頷ける。トライバルにとって、アートマンは凄腕の彫り師。リスペクトする対象なのだろう。
「どうだ? 化けの皮を剥がしてやったぞ、般若面っ」
 アートマンが顔を隠すために使っていた般若の面は、恨みや怨念のこもった鬼女を表すと言われる。ヤクザから追われる身となり、穴倉にこもるようになった彼女は、恨みを募らせ、その憂さ晴らしに無関係の若い女の体に入れ墨を彫っていたのかもしれない。
 そう思うと、彼女ほど般若の面が似合う人間もいないのではないかと思う。
 彼女の内にたまった恨みや怨念は、仮面を剥がそうとも関係ない。
 ぼくの話を聞き終えた彼女―――黛は、まるで悪戯が成功したときのように、ゲタゲタと腹を抱えて笑っていた。その姿は般若面などなくとも、鬼女そのものだった。
「すごいっ、すごいっ、すごいっ! よくこれだけ限られた情報から私が犯人だってわかりましたねっ。間久辺君、あなた最高よっ。ああ、なんて愛おしいのかしら」
 冗談はやめろ。吐き捨てるようにぼくはそう言った。
「冗談じゃないわ。だって、私はずっと孤独だったんだもの。あ、そうだ、君の名推理の答え合わせしてあげる。大筋は正解だけど、それでも君が知らない部分はたくさんあるでしょう?」
 そう言って、勝手にしゃべり出す黛。さっきまでとは別人のように饒舌に語る。
「一つ訂正しておくと、もともとアートマンは私じゃなく、別の彫り師のことを指していたのよ。まあ、その当時はアートマンなんて呼ばれ方してなかったけどね。昔は、特定の名前なんてなくて、凄腕の彫り師、それがアートマンの原型となる男の通り名だった」
 彼女は吐き捨てるように言う。
「当時、まだ中学生だった私は……大人の男に夢とか理想なんてものを抱いていた。そんなとき、街で声をかけてきた男性にほいほい付いて行って、その男がヤクザの人だって知った頃には、もう彼から離れられなくなってた。私は、大人の男に言い寄られていい気になっていたんだ。だから、彼が『もっと○○した方が可愛い』なんて言葉に踊らされて、自分をどんどん変えていった。着る服も、性格も、価値観も、倫理観すら彼に合わせた。そして、彼は私にこう言ってきたの」

『二人の愛の証を刻み込もう』

「わかる? 私の背中に彫られた『牡丹と蝶』は、花口組のヤクザだった彼が望んで入れさせたものだったのよ。そして、私の背中に墨を入れたのが、花口組と交流があった凄腕の彫り師だった。怖かったけれど、彼が望むのならと思って、私は自分の体に一生消えない痕を残した。それが彼との一生の繋がりになるって、そう信じていたの」
 一瞬目を伏せた彼女だったが、気を取り直すように顔をあげると、そこにはいまだ笑みが張り付いていた。
「でもさぁ、嘘だったんだ。彼が、私のこと、オモチャだって言ってるの聞いちゃったの。背中に入れた入れ墨、『牡丹と蝶』も、彼が私に飽きたから、組のオモチャにするために彫ったんだって」
 体育倉庫の壁をバンっ、といきなり強く叩いた彼女の表情からは、笑みは消えていた。
「学校のボールとか、備品に名前を書くのと同じ。私は組の所有物。彼は私は捨てるつもりだったんだ。だから、私は捨てられる前に自分を守った。私の体に一生消えない痕を残した張本人、凄腕の彫り師を脅して、私の身の安全を約束させたの。あの男、少なからず責任を感じていたのね。組に対してそれなりの発言力を持っていたから、私を貰うという名目の下、誰も私に手出ししてこなくなった」
 しかし、それで事態は終わらなかったと彼女は続ける。
「私はすべてを壊された。純粋だった心も、綺麗だった体も……だから、私は凄腕の彫り師に頼んで、ううん、脅して入れ墨のやり方を教わった。あんたには私の体を汚した責任がある。そう言って脅したら、簡単に教えてくれたわ。その日から、私は憑りつかれたように入れ墨の練習をした」
 
 ―――どうして、日常に戻らなかったかって?

 彼女はぼくの疑問に先回りする。
「だって、もう戻ることなんてできないよ。私は知ってしまったんだ。彫り師の男が、なぜ責任を感じながらも、それでも中学生の私の体に針を落としたのか。それはね、入れ墨ってものにどうしようもなく魅了されてしまっていたからなのよ」
 ぼくは、その頃になると気分が悪くなっていた。
 彼女の話が胸糞悪いから、という理由だけではない。彼女の置かれた環境と、ぼくの置かれた環境、それがどこか似ているように感じられてしまい、その既視感に酔ったのかもしれない。
「一年かけたわ。一年間、他のことなんて構わず、ただただ入れ墨の技術を体に叩き込んだ。ただ、あの彫り師がうるさいから、学校だけは真面目に行ってたよ。受験勉強まで強要はされなかったから、受かる圏内だったこの学校に進学したけど、その頃には私のもう一つの顔、彫り師としての腕は格段に上がっていた。その頃から、凄腕の彫り師に代わって私が入れ墨を彫ることが増えてきた。正体がバレないように、事務所にあった般若の面を被るようになったのもこの頃ね」
 アートマンのトレードマークとも呼べるその面は、まさしく彼女の心象を表しているのだろう。
「私が彫り師の代わりを務めるようになって数か月が経った頃、あの男が依頼にやってきた。私を好き放題して、後戻りのできない体にした挙句、平気で捨てたあの男が、私の存在に気付きもせずに、間抜け面で入れ墨を依頼してきたのよ。入れて欲しいのは、本人ではなく女。いま交際している相手だって言ってたわ。相手の女性は、組の幹部を務める男の娘で、上手くすれば近々若頭になれると自慢げに話していた。話している相手が私とも気付かずに」
 だから、ちょっとした悪戯をすることにした、と彼女は言った。
「女は、見るからに甘やかされて育ったのがわかる頭の悪そうなタイプだった。入れ墨は綺麗な花柄がいいとか言ってたから、私が勧めた絵柄を、その女はすぐに了承したわ」
 ふふ、と再び笑いをこぼす。邪悪な笑みだ。
「彼女の背中に、私とお揃いの大きな牡丹を描いてあげたわ。丹精込めて、決して色あせないようにね。後日、その絵柄を見た男は激怒したそうよ。当たり前よね。だって、恋人の背中に彫られたのは『牡丹のカス・・札』の絵柄。頭が空っぽな女は別にして、花口組の人間がこの絵柄を体に彫るなんて、ありえない。だって、自分の体にカスの絵柄なんて誰も入れたがる訳がないわ。あー、気分良かったわ。ただ、相手が悪かったのよね。その女、さっきも言ったけど花口組幹部の娘なのよ。その幹部の男が怒っちゃって、恋人はもちろん責任を取るためにリンチされたけど、入れ墨を入れた彫り師への怒りはそれ以上に強かった。だから、私と凄腕の彫り師は仕方なく身を潜めながら、ようやくあの地下施設を隠れ蓑とすることができたの。幸い、凄腕の彫り師に憧れを抱いていたトライバルという半グレ集団が、専属の彫り師として雇われるなら守ってくれると言っていた。だけど、その頃には、私を社会の暗部に関わらせてしまったことに後悔した彫り師は、自責の念から逃れるように薬にはまっていた。ヤクザとの繋がりはあったから、入手は簡単だったんでしょうね。オーバードーズを繰り返して、身を隠すようになって入手が困難になった最近じゃ少しでも薬を抜いたら手の震えが止まらなくなる。だから、ここ三か月くらいの間はずっと私が凄腕の彫り師―――アートマンとして仕事をこなすようになった。ジャンキーに落ちた彫り師は、機材なんかの扱いはできるから私の補佐をさせていたわ」
 ぼくは思わずハッとした。
 アカサビさんと協力して地下格闘技を再起不能にした夜。ぼくはアートマンがいるとされる部屋で一人の男と会った。その男は、部屋に一人きりで入れ墨に使う機材を手入れしていた。
 そして、鍛島たちチームマサムネに取り囲まれた男は、逃げも隠れもしないと言いながら、その手は震えていた。あれは怯えていたからではない。薬が切れていたから、手が震えていたんだ。
 つまり、あの男が黛の言う凄腕の彫り師だったのだろう。
「お前は、なんとも思わないのか? 入れ墨を教えてくれたその彫り師は、お前の代わりに花口組に差し出されたんだぞ」
「別に、なんとも思わないわね。確かに和彫りの腕は一流だったけど、近頃じゃ手がまともに動かせなくて入れ墨を彫ることもできない。そんな人間から学ぶことはないし、私の代わりに犠牲になってくれたら、もうアートマンを追いまわす人間はいなくなるでしょう? アートマンとしていままで築いてきたキャリアは惜しいけど、また一から彫り師としてやり直すつもりよ。まあ、なにか思うことがあるとしたら、新しい門出に重荷がなくなって、すっきりしたことくらいじゃないかしら?」
「っ、その彫り師は、あんたに入れ墨を入れてしまったことをずっと後悔していたんじゃないのか! だから、薬物に逃げるようになったんだろう? それでも、あんたの側を離れなかったんじゃないのかよっ! どうして、そんな言い方ができるんだっ」
 
 ―――心が壊れてるんじゃないのか!
 
 吐き出した言葉は、彼女の心に響かない。
 クラスメイトの体に躊躇なく針を入れたとわかった時点で、この女は狂っているとわかっていたじゃないか。いままでだって、頭のおかしい連中はいっぱい見てきた。だけど、黛という女の闇はそのどれよりも深く、黒い。
「心が壊れて、ねえ? それってあなたも同じじゃないの、間久辺君」
「は?」
「だって、私とあなたはよく似ているもの」
「ふざけるな。一緒にするなよっ!」
「同じよ。私は人の体を、そしてあなたは壁をキャンバスにして芸術を生み出すアーティスト」
 ぼくは、思わず息を飲んだ。
 どうして―――
「『どうして線引屋の正体がぼくだって知ってるのか』って顔してるわね? 忘れたの? あなた、イラストを私に拾われたじゃない。あのイラスト、駅の工事中の壁に大きくグラフィティとして描かれたものよね。あのイラストは紙に描かれた下書きのようなものと同じ構図だった。つまり、あのグラフィティを描いたのはイラストの持ち主、つまり間久辺君ってことになるわよね。そして、この街であれだけの画力と構図力、そして度胸を兼ね備えるグラフィティライターは、線引屋以外に考えられない」
 世間的には、ヒップホップ集団『華撃』の熱烈なファンがグラフィティをやったとしか認識されていないが、この女には見抜かれている。おそらく、彼女も入れ墨ではあるが、絵に触れる日々を送っているからわかるのだろう。
 ぼくは、そう考えぶんぶんと頭を振った。
「違う。ぼくはお前とは違うっ、一緒にするなっ!」
「語るに落ちたわね。線引屋を否定しなかったってことは、やっぱりあなたがそうなんだ。へえ、まさか君が街を騒がせている渦中の人間とは、誰も思わないでしょうね」
「あんたには言われたくないけどな」
 肩を竦めた黛。
「言われなくてもわかっていると思うけど、私の正体については他言無用でお願いね。あなたが誠意を見せてくれるなら、私も誠意でお返しするわ」
 つまり、お互いに正体については黙っていようと言っているのだろう。
 選択の余地はなさそうだ。ぼくは不承不承頷いた。
 これ以上話をする気になれなかったぼくは、彼女に背中を向けた。
 だが、歩き去ろうとすると呼び止められる。
「ねえ、間久辺君。あなたとは、もっと早く知り合っておきたかったわ。そうしたら私たち、きっと良い理解者になれたと思う」
「言ったはずだ。あんたと一緒にするなって。他人を傷つけて笑っているような人間を、ぼくは軽蔑する」
「ひどいなー。私だって、いっぱい、いーっぱい傷ついてきたのに。あんまりひどいことばっかり言うと私、また傷ついちゃうよ。恨みに支配された女は、嫉妬に狂った鬼になるのよ? そう、例えば、私を捨てた男のときのように、あなたの彼女―――石神さんにも同じことをしちゃおうかしら」
 ぼくはカーッと頭に血が上り、気が付くと彼女の胸倉を掴み上げ、そのまま体育倉庫の壁に背中を押し付けていた。空いた方の手でポケットから取り出したカッターナイフを握り、彼女の首元にあてがう。
「なにこれ? 間久辺君、いつもこんな物持ち歩いているの?」
 この状況でもひどく冷静な女の態度に、ぼくの方が熱くなってしまう。
 なるべく冷静さを取り戻そうと、意図的に言葉を落ち着かせる。
「いつもじゃない。今日は頭のおかしい犯罪者と対峙するから、護身用で持ってきたんだ」
「護身用って、こんなか弱い女子が、なよなよしてるとはいえ男子に勝てる訳ないじゃない」
「わかってる。護身用っていうのは、別にぼくを守るためのものじゃない」
 そう言い置いてから、再び胸倉を掴む力を強めた。
「いいか、よく聞け。お前のことなんてどうだっていい。関わり合いになりたいとも思わない。だけど、もしお前がぼくの手の届く範囲の人間を傷つけたら、そのときは絶対に許さない。どんな手段を使ってもお前を消してやる」
 ぼくは本気だ。そう言って、カッターナイフの刃を首元に押し付けた。
 一瞬でも恐怖に歪む顔が見られるかと思ったが、そうはならなかった。
「覚悟もないくせに、必死になってお姫様を守ろうなんて、健気ね。でも、そんなカッターナイフで誰かを守ることができるって思っているの? だったら世間知らずね」
「知ってるさ。この世界は残酷だ。だから、ぼくはこの残酷な世界で、それでも大切な人を守るためだったらなんでもする」
 そのときのぼくは、どこまでも冷静だった。冷静に、冷徹に、本気で彼女の首元に刃物を突き付けていた。ぼくは無力だから、どんなことをしても大切な人を守る。たとえ、それが他人を傷つけることだったとしても。
「うはっ」
 そんな覚悟を持ったぼくの瞳を見て、黛は笑った。
「無力だけど勇敢な騎士に免じて、お姫様に手は出さないわ。それにしても間久辺君、あなた最高っ。いままで抱いていた興味が、好意に変わったわ」
 そう言って、カッターを突き付けられているにも関わらず、首を前に突き出してぼくの頬に唇を当てた。
 思わず怯んだぼくを見て、再び彼女は笑う。
「親愛のしるし。ほら、私たちこれから秘密を共有する訳だし、お互いに助け合うこともできると思うんだ」
「お前みたいな異常者と関わるつもりはない。願い下げだ」
「そんなに嫌われると、流石に傷つくわね。だけど、私が異常者だって言うなら、その私の思考を読み取った君はどうなるのかな?」
「……どういう、意味だよ?」
「君は、限られた情報から私の悪事を見抜き、正体を暴いて見せた。でも、それって私の思考を想像したってことよね? 君が言うように、私が異常者だったとしたら、その思考を数少ない手がかりから見破ってしまった君もやはり異常者だよ。異常者の心理は、異常者にしかわからないのだからね」
 この女の心は壊れている。ぼくと同じように。
 黛を認められないのは、似た思考を持つ相手への近親憎悪だろうか。
 そんなことは決して認められず、ぼくは押し黙った。
「そんなに怖い顔しないの。それじゃあ一つ、良いこと教えてあげる。アートマンは若い女を無差別に襲って、体にタトゥーを彫っていると噂されていたけど、実際はそうじゃないのよ。それぞれ裏で悪さをしている女にしか罰を与えていない。安住と坂崎だって、クラスメイトを騙して変な男に紹介し、小遣い稼ぎをしているような汚い連中よ。いままでクラスメイトを売ったお金を使えば、レーザー除去でタトゥーを消すことくらいできる。良い報いだと思わない?」
 無差別に人を傷つけている訳ではない、と言いたいのだろうが、それでもやっていることは変わらない。彼女はダークヒーローを気取っているつもりみたいだが、やっていることはただの異常者だ。他人を傷つけておきながら、平気な顔で日常を過ごす。黒でも白でもないその立ち居振る舞いこそ、狂気としか思えなかった。
 ぼくは今度こそ黛に背中を向け、カッターナイフをポケットに入れると、そのまま歩き出す。まだなにか言おうとしている彼女を無視して、校舎へと歩むその足取りは重たい。
 考えないようにしても、考えてしまう。
 黛が言っていたように、ぼくらは似ているのだろうか。
 両者ともに仮面で顔を隠し、あの女は人体にタトゥーを。そしてぼくは、壁にグラフィティを。一見相いれない二つだが、お互い退廃的なその本質は確かに似ている。
 そしてなにより、ぼくも黛も心が壊れているという点では一緒だ。
 大切ななにかを守るためには、どんな手段も使う。
 認めたくはないが、ぼくらは近しい存在なのかもしれない。
 
 教室に戻ったぼくに、「あー、間久辺君戻ってきた!」と甲高い声が。特有のその声には聞き覚えがある。加須浦さんだ。
 声の方を見ると、ぼくの机に別の机が二つ、密着して設置されている。一つは声の主である加須浦さん。そしてもう一つは、ふくれ面の石神さんだった。
「あんた、どこでなにしてたの? いつの間にかいなくなってさ」
 ぼくの机に向き合う形で席を移動している石神さん。もう昼休みが始まって二十分も経っているというに、広げられた弁当には一切手をつけていない。
「ごめん、ちょっと用事があって。それより、えっと……これはどういう状況?」
 なぜぼくの机が彼女たちに囲まれてはいるのだろう。クラスメイトから奇異な視線が送られている。
 呆然と佇むぼくに、石神さんが言う。
「見ればわかるでしょう? あんたを待ってたのよ。さっさと座れば?」
 ぼくを待っていた?
 そんなこと言われても、この二人と一緒に食事する自分の姿が想像できない。
「っていうか、ぼくなんかと一緒にいて平気なの? その……」
 二人はクラスカースト上位で、ぼくは最下層のオタク。彼女たちの評判に関わってしまうだろう。
「くだらないこと気にしてんじゃないわよ。ウチが誰と一緒にいようが文句言われる筋合いないし、他のやつにとやかく言わせるつもりもない。最初から、こうしていれば良かった」
 そう言って、石神さんはふっと笑みをこぼす。
「座れば?」
 その笑顔を見ただけで、さっきまで荒んでいた気持ちが吹き飛んだ気がした。
 そうだ、ぼくと黛には決定的に違うものがある。それは、大切な人を想う気持ちだ。黛は、自分を守るために、ずっと側にいた彫り師のことを犠牲にした。だけど、ぼくは違う。ぼくは、側にいる人を守るためなら、自分のことを犠牲にしても構わないと思っている。どちらの思考も壊れているのかもしれないが、大切な人を守りたいと思う気持ちは、決して間違っていないはずだ。
 だから、黛とは根本的に違うのだと、ぼくは自分に言い聞かせた。
 さて、そろそろ観念して席につくとしよう。いい加減、石神さんに怒られそうだ。
 あとで、廣瀬と中西に伝えておかないといけないな。今度から、ぼくら三人の食事に彼女たちも加わることになりそうだって。
  

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 家に戻ったぼくは、これまで彼女との違いを感じるからという理由で率先して見ようとしなかった石神さんがモデルを務める雑誌を見てみることにした。幸い、妹の絵里香はファンを自称するだけあって過去、石神さんがモデルをした雑誌をほとんど持っているらしい。
 こうして見ていると、回を重ねるごとに石神さんは綺麗になっていって、それに比例するように彼女が飾るページの大きさや数が増えていた。それら一冊一冊が、石神さんが積み重ねてきた努力の結晶なのだと、よくわかった。
 そうして、古いナンバリングの物から順番にページをめくっていくと、クリスマスよりも以前、まだぼくたちが付き合う前の物を見ていて、その手が思わず止まった。
 そこに映し出されている石神さんは、いつも通りカッコよく決まっている。だが、彼女が映っているページの反対側には、ティーン向け雑誌にしてはダークな色彩のページに違和感を覚えた。しかし、それ以上にそこに映し出されている自分の姿に・・・・・、違和感を覚えずにはいられなかった。
 自分の姿、と言ってもそこに映っているのは素顔のぼくではなく、線引屋としての姿。つまり、ガスマスクを被った状態だ。
 いつの間にこんな物が撮られていたのだろう。状況を見るかぎり、以前参加したヒップホップイベントで、無理やりステージに上げられてグラフィティをやらされたときの姿だろう。そのページが宣伝しているアクセサリーブランドが『KT』であることからも、間違いないだろう。
 そういえば、あのとき、KTのデザイナーからシルバーアクセサリーを貰ったんだ。あれは自分のブランドを雑誌で宣伝するための小道具だったのだと、いまさら気付く。
 それにしても、こうして改めて自分の姿を見るという機会はあまりない。まして、それは線引屋としての姿で、しかも全国で売っている雑誌の一ページを飾っているのだ。
 あらためてそのページを俯瞰して見たとき、偶然にもぼくと石神さんが向かい合うような形で載っていた。
 たったそれだけのことだというのに、ぼくの気持ちはずいぶんと晴れ晴れとしたものになる。
 モデルの男たちみたいに、彼女の隣で撮影された訳ではないが、こうして同じ雑誌ステージに立てたことが、ほんの少し自信につながった。
 しかし、すぐに新たな不安が心を支配した。
 この雑誌に掲載されているのは、ぼくではなく線引屋だ。認められているのは、表の顔ではない。つまり、認められ続けるためには、線引屋―――裏の顔を持ち続けなければならない。
 ぼくは、これからもいまの状態を保っていられるだろうか。黛のように手を汚しながら、それでも平穏な日常に後ろめたさを感じずにいられるだろうか。きっと、ぼくには無理だ。裏と表ーーー黒と白を使い分ける器用さはない。根暗なオタクと線引屋、いまはその二つの顔を使い分けてなんとかグレーな状態を保っているけれど、いつか選ばなければならなくなるのだろう。 
 非日常ブラック&日常ホワイト、どちらで生きていくのかを。
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