クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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ブラック & ホワイト

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 事件は解決した。
 とはいえ、それは街で騒がれていたアートマン事件であって、ぼくの周りで起きた問題がすべて滞りなく解決したわけではない。
 翌日の火曜日、昼休みになるのを見計らって、メールで石神さんを呼び出した。少し気まずさはあったが、借りていたエアブラシを返却しなければならかったのだ。
「もういいんだ?」
 そう言いながら、石神さんはエアブラシを受け取った。
「うん。ありがとう、役に立ったよ」
「そ」
 石神さんは短くそう返事すると、口を閉ざしてしまった。いまだご機嫌斜めなのは、やはり昨日、保健室で黛さんと二人でいる所を見られてしまったからだろう。
 そんな風に思っていたぼくは、次に石神さんが放った言葉に面食らった。
「なんで、普通に教室で声かけない訳?」
「え?」
 言っている意味がわからず、ぼくは首を捻った。
「だから、これ、借りてた物返したいなら普通に声かければいいじゃん。なんで、ケータイでわざわざ人気のない場所に呼び出すのよ。あんたのそういうこそこそした所、ほんと嫌い」
「だって、恥ずかしいじゃん」
「は? ウチと話すことが恥ずかしいって言いたいの?」
「いやいや、そうじゃないよ。石神さんが、ぼくと話している所をクラスメイトに見られたら恥ずかしいでしょって言ってるの」
 そう言うと、まるで洞窟に潜んだ獣の声かと疑うほど、深淵から吐き出された溜息を石神さんが吐いた。
「ウチ、一度でもあんたにそんな態度見せた? つーか、昨日話したこと全然理解してないじゃん。あんたがそうやって自分のことを落とす態度を取って、傷付く人間がいるってなんでわからないのよ」
「そんな人、どこにいるのさ?」
「ここにいるっつーの!」
 叫び声が、屋上へと続く踊り場に響いた。
 あまり大声を出したら、流石に人が来てしまうかもしれない。だけど、石神さんのヒートアップした口調は収まらない。
「人のことバカにするのもいい加減にしろ。ウチがどれだけの言葉を、態度を尽くせばあんたは理解するのよっ。いつになったら、あんたはあんたを認められるの? ねえ、そこまで追い込んだのはウチ? それとも、クラスの連中? それとも、もっと昔の―――」
「やめてくれ」
 ぼくは咄嗟に彼女の言葉を制した。
「誰の所為でもないよ。ぼくが悪いんだ」
 そう、すべてはぼくの責任。
「昔からそうだった。なにもしていなくても、ぼくは相手をイラつかせてしまうんだ。小学校でも、クラスメイトからのけ者にされた。その持ち上がりで中学に上がったから、相変わらずぼくの居場所はクラスになかった。ううん。役割は確かにあったんだ。クラスの連中がむしゃくしゃしたときに、サンドバックになるっていう、役割が」
 いま思い返すと、地獄のような九年間だった。
 特に、中学時代のことを考えるといまでも目の前がかすむ。
 息苦しいし、嫌な汗がにじみ出てくる。
 ―――ああ、まただ。また、キモいって言われる。臭いって、マクベ菌ってバカにされる。もう嫌だ、どうしてぼくばかりこんな目に遭わないといけないんだ。悪いのは誰だ。いじめなんてこのクラスにある訳がないと高をくくっていた教師か? 見て見ぬふりをした、女子連中か? ぼくにプロレス技をかけて笑っていた、男子連中か? 
 どす黒い感情が、当時のぼくを支配していた。この行き場のない感情を、誰にぶつけたらいいだろう。なにを壊したら、ぼくのこの苦しみは終わるのだろうか。毎日、そんなことを考えて過ごした。
 独白するような心の内を聞いていた石神さんは、溜まりかねたように口を開いた。
「そんなのって、酷い」
 さっきまで怒気がこもっていた口調が嘘のように、石神さんの声は弱く、かすれていた。
「だって、それじゃあぜんぜん報われないじゃん。あんたなにも悪くないのに、追い詰められて、追い詰められて、心を守るためには、現状を変えるためになにかを壊さなきゃならなくって……だけど、あんた優しいから」
 石神さんは、瞳に涙をにじませながら、途切れ途切れに必死に言葉を紡いでいるように見えた。
「優しいからーーー自分の心を壊すことにしたんでしょうっ?」
 人に言われて、初めてはっきりとわかることがある。
 ああ、そうなんだ。ぼくの心は壊れてしまっていたのか。
 だけど、そんなの自分じゃわからないよ。
 だって、もう何年も前から、ぼくはずっとこうなんだ。
 ぼくには価値がない。だから、みんなぼくを嫌う。だから虐げられるんだ。
 そうでも思わないと、虐げられていた日常を受け入れることができなかった。
 一時、こんな無価値なぼくは消えてなくなった方がいいのではないかと本気で考えたことがあった。だけど、できなかった。こんなぼくにも家族はいるから、きっとぼくが消えたら迷惑する。悲しむかどうかわからないけれど、迷惑することは間違いないから、ぼくは惰性のように生きてきた。
 夜、静かな部屋で眠ろうとすると、なぜか息苦しくて目が冴える。だから、深夜、薄暗い部屋でボリュームを絞ったテレビ番組を、茫然と眺める。
 バラエティー番組は嫌いだ。お笑い芸人の耳をつく笑いが、クラスメイトの嘲笑を想起させるから。
 ドラマや映画は嫌いだ。そこに人間を感じてしまうから。
 だから、アニメは好きなんだ。生々しい人間を感じずに済むから。
 ああ、いいなぁ。ぼくも、異世界に行けたらいいのに。
 別に、チートもハーレムも、本当はいらないんだ。
 ただ、どこか別の世界に行けたらいいのに。誰にも迷惑をかけず、不愉快に思われない場所。ぼくがここにいてもいいんだよって、それだけを認めてくれるような場所に、
「―――行きたかったんだよ」
 そう口にした瞬間、ドン、という衝撃で壁に背中を打ち付けられた。
 バランスを崩し、そのまま背中を壁につけたまま、するすると体が滑って地面に尻もちをついた。
 耳元にかかる吐息に交じって、嗚咽が聞こえる。
 ぼくの独白を聞き終えるや否や、石神さんは飛びかかるみたいにぶつかってきた。そして、そのまま両腕でぼくの体を包み込むと、覆い被さるように地面に倒れ込む。
「いいんだよっ。ここにいればいいんじゃんっ。あんたの居場所、ウチが作るからっ。だから、そんな悲しいこと言わないでよっ!」
 その言葉は、ぼくにとって頭をガツンと殴られたくらい衝撃的なものだった。きっと、ずっとその一言をぼくは待っていたんだ。
「ぼくの、居場所を?」
「うん。作ってあげる。ウチの隣だよ」
 それだけ言うと、あとは涙声になってなにを言っているのかわからない石神さんの背中を、あやすようにしてぽんぽんと叩いた。
 彼女は、ぼくを優しいと言った。
 だけど、こんなぼくのために涙を流してくれる彼女の方がずっと優しいと思う。
 石神さんは、見た目はチャラチャラして近付き難いけれど、心根の優しい人なんだ。
 壊れてしまった心が修復されるのかはわからない。だけど、それでもぼくは思ってしまった。彼女の隣にいたいと、心から、そう願ってしまった。
 本当に、苦しかったんだ。
 誰にも言えなかったんだ。
 あの九年間、助けてって、誰にも……。
 もしも、過去の自分に一言だけ言えるとしたら、言ってやりたい。
 お前のことを認めてくれる人が現れるって、言ってやりたい。
 それがどれだけ自分にとって救いになるか、言ってやりたい。
 報われないと言って、ぼくのために涙を流してくれた石神さん。君に出会えたことで、きっとぼくは報われたのだと、いまならそう思えた。
 
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