クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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ゴーストライター

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「『ロードアークギア』が熱すぎて眠れない」
 そう言いだしたのは、ぼくの心の友であるところの廣瀬だった。
「お、俺もやってる。あ、あのネトゲは、マ、マジ時間とか超越するね」
 中西まではまっているのか。
「へえ、ぼくやってないや。名前はネットでよく見かけるけど、そんなに面白の?」
「マジで面白いからマクベスもやれって……そんでネトゲ廃人になっちまえ」
 なんか心の友のどす黒い心の声が漏れてますけど?
「お、俺も賛成。マ、マクベスも絶対はまるって……そ、そんでリア充爆発しろ」
 ぼくの心の友二人は、心の中が真っ黒だよ。
「冗談はさておき、マクベス。最近、石神さんとマジで良い感じだよな」
「お、俺もそう思う。さ、三人でお昼食べてる場所に、い、石神さんと加須浦さん連れて来たときは、ほ、本気で頭かち割ってやろうかと思ったけど、話してみたら良い人たちだね」
 良かった。二人とも石神さんと加須浦さんの人柄を認めてくれたようだ。
 近頃、毎日ではないが石神さんと加須浦さんがぼくらと一緒にお昼を食べることが増えてきた。
 石神さんから言わせると、「付き合っているんだから当たり前」。人目を気にするぼくに対して、加須浦さんは、「見せつけてやればいいじゃない」と大胆な発言をしていた。その言葉通り、いままで以上に石神さんは積極的にぼくと関わるようになってくれて、クラスでの風当たりは良くなった。まあ、石神さんや加須浦さんに好意を寄せている連中からの妬み、嫉みは相変わらずあるようだが、クラスでは江津もぼくのことを気にかけてくれているため、直接的な嫌がらせをしてくる人もいなくなった。
 つくづく、ぼくはみんなに守られてばかりだなと実感する。
 
 アートマン絡みの事件からもう一か月が経とうとしていた。
 御堂の怪我はかなりよくなり、会話をすることもできるようになった。ただ、足の骨折で出歩くことが難しい関係上、まだ入院している。一か月近く入院していると、体がなまってしょうがないとは御堂の言葉。ぼくも頻繁に顔を出していたのだが、鍛島と会うと御堂があまり良い顔をしないため、退院まであと十日ほどだが、見舞いには来なくていいと言われている。
 御堂なりに、ぼくがなるべく裏社会と関わらないように気を遣ってくれているのだろう。
 アートマンといえば、あの女ーーー黛は相変わらず普通に学校に来ていた。ぼく個人としては、あの女と金輪際関わり合いになりたくないと思っているのだが、黛の方は意味深な視線をぼくに向けてくる。ぼくのことを気に入ったという言葉がどこまで本気かわからないが、迷惑な話だ。
 そもそも、この一か月の間、ぼくはグラフィティに関わることに一切手を付けていなかった。バイト先の『Master peace』で、何度か与儀さんにイラストの仕事をやらないかと聞かれたが、すべて断っている。以前失敗をやらかしたということもあるが、それよりもぼくの中で大きな変化があったのだと思う。
 ぼくが思っているよりも、ぼくが描くグラフィティには力がある。自惚れだと笑うかもしれないが、事実として線引屋の描くグラフィティには影響力という名の力が付随するようになってしまった。
 誰かの役に立てばいいと思い、この力を行使してきたけれど、果たしてそれは正しいことだったのだろうか。そもそも、グラフィティは違法行為だ。そんなこと、いまさら言うまでもない。それでも、目の前に困っている人がいたから、ぼくは唯一持ちえたこの力を使うことに目を瞑ってきた。
 だが、果たしてそれは正しいことだったのだろうか。ぼくが動くことで、迷惑している人間もいたのではないだろうか。ぼくが知らないだけで、裏で傷ついている人間がいたのではないか。
 そう思うと恐ろしくて、グラフィティを描けなくなった。
 これは、いい機会なのかもしれない。そろそろ、線引屋として、日常と非日常を綱渡りするのも限界だろう。

 引き際、なのかもしれないな。

 放課後になり、ぼくは一人、美術室に残っていた。廣瀬と中西は、ぼくと石神さんに気を遣って先に帰ってしまったのだが、今日は読者モデルの仕事があるらしく石神さんと一緒に帰ることができなかった。残念ではあるが、校内で頻繁に話すようになったし、会いたければいつでも会える。なにより、以前はぼくに気を遣って雑誌の撮影の予定を伏せていた石神さんだったが、いまでは隠すことなく、撮影に行ってくると知らせてくれるようになった。小さな変化かもしれないが、ぼくがそのことを聞かされても、もう劣等感を抱くことはないだろうと信頼してくれるようになった証だと思うと、嬉しい気持ちになる。
 一人美術室に取り残されたぼくは、せっかくなので描き途中のキャンバスに向かった。
 近頃、ぼくはグラフィティを控えるようになった代わりに真面目に美術部の活動をするようになった。いま取り組んでいるのは、四月に開催される絵画コンクールに向けての作品だ。エース絵画展と呼ばれるそのコンクールは、年齢問わず参加できる国内でも最大規模の絵画展で、受賞者から著名なプロ画家を多く排出していることで知られている。
 もちろん、それだけ名の通った絵画展で自分の描いた物が賞をもらえるなんて思ってはいないが、絵画展に応募するという目標があると作業も捗った。
 四時前から初めて、午後六時頃までぶっ通しでキャンバスに向き合った。短時間勝負のグラフィティに要求される、憑りつかれたような集中力とは違った意味で疲労が体を襲う。
 そろそろ一休みしようと思い、気分転換に教室を出て校舎の外を歩いていると、校庭で練習をしていた野球部が丁度水分補給のために休憩を取ろうとしているところだった。
 なんとなくその様子を立ち止まって見ていたぼく。
 視線に気付いたのか、野球部の集団の中にいた江津がこっちに近付いてきた。
「よお。こんな時間までどうした、間久辺」
「江津と一緒だよ。ぼくも部活」
「美術部も遅くまで活動してたんだな。知らなかったぜ」
「ぼくが個人的に残って絵を描いているだけなんだけどね」
「いいのかよ? 石神とデートしなくて」
 茶化すような江津の言葉に、ぼくは答える。彼女は雑誌の撮影があるのだと。
「そっか。石神のやつ、最近ますます人気みたいだもんな。彼氏としてどうなんだよその辺。やっぱ焦ったりするんじゃねえの?」
「焦るっていうのはないかな。そもそも、ぼくにはもったいないくらい魅力的な彼女だからね。自分が釣り合ってないことくらい最初からわかっていたことだよ」
「テメエ、卑下しながらノロケてんじゃねえぞこの野郎」
 そう言ってぼくの腕を小突いてくる江津。
「それに、釣り合ってないってこともないと思うぜ。最近のお前たち見てると、お似合いだなって俺は思うよ。二人が話しているときの空気とか、スゲー自然だしな」
 江津の言葉が素直に嬉しかった。
 以前は石神さんに好意を抱いていたはずの江津だが、もう吹っ切れたのだろう。彼女の話をしていても終始笑顔だった。
 益体のない話をしている間に、野球部の小休止もそろそろ終わりそうな雰囲気だ。
「やべっ、そろそろ戻らねえと。じゃあな間久辺っ」
 江津はそう言って、踵を返しかける。だが、その足が急に止まった。
「そうだ、言い忘れてた」
 再び振り返り、ぼくの方を見た江津の表情は、さっきまでと一転して険しいものに変わっていた。
「野球部の退学になった先輩たちが、不良グループに入っていたの覚えているよな?」
 いきなりの話に面食らったが、忘れたりするはずがない。
 この学校の野球部の元部員で、高校を中退した先輩たちが江津をグループに引き入れようとしたことがあった。そのチームは―――
「―――黒煙団ブラックスモーカー
「やっぱり間久辺も覚えていたな」
 当然だ。あのチームとはなにかと因縁がある。石神さんを誘拐して、傷つけようとしたのも黒煙団ブラックスモーカーの連中だ。
 だから、そのチームの話題があがったからだろうか。江津は気遣うように言った。
「間久辺、落ち着け。そんな怖い顔すんな」
 ぼくはそんなに険しい表情になっていたのだろうか。自分では気付かなかった。
「お前に話すかどうか迷ったんだが、やっぱり言っといた方がいいと思ってな」
 そう切り出した江津は、黒煙団ブラックスモーカーについて話し始めた。
「三人組の先輩の内、一人が警察に捕まったんだ。理由は、違法ドラッグの所持とその使用。最近、隣町はドラッグがかなり広まってるらしくて、顧問からも注意するように今朝話があったんだ。警察に捕まった先輩は、元野球部の部員だったからな」
 違法なドラッグか。あまりにも現実味がない話だし、ぼくの周囲では決して起こりえない事件だと思っていたのだけれど、そんなことはなかったようだ。
「江津……は大丈夫だろうけど、気を付けなよ。君はスポーツマンなんだ。もうおかしな先輩と関わらないようにしないと」
「わかってる。いま、こうして野球部に戻っていること自体、俺は感謝しないといけないんだからな。もう二度と同じ過ちは犯さない。不良と関わろうなんて思わないさ」
 そう言った江津は、一転してぼくに注意を促す。
「間久辺。お前こそ気を付けろよ。なにかあったら、俺も力になるから遠慮しないで言ってくれ」
 ぼくが感謝の言葉を告げると、校庭で野球部員が集まるのが見えて、江津はぼくの前を去って行った。その後ろ姿を見送ってから、再び美術室で作業に戻った。
 そのまま下校時刻まで作業をしていると、さすがに疲労で目がしばしばしてきた。
 長時間絵を描くと、動き回っているわけでもないのに体が疲労に襲われる。
 一旦街に出て、バイト先である『Master peace』に顔を出そうかとも思ったが、疲れてしまっていてその気になれなかった。バイトも休みだし、そのまま家に帰ることにする。
 その道すがら、ぼくは考えていた。
 さっきの江津の話を聞いていて、やはり気になったのは薬物の蔓延だ。違法なドラッグはそのまま治安の悪さに直結し、事件も増えることになる。
 考え事をしていると、急に頬に冷たいものを感じてぼくは空を見た。
 一週間ぶりの雨は、まるで街で起こるであろう嵐の前触れに感じられて、不吉に思えた。
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