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ゴーストライター

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 状況はいまいち理解できていないが、少なくとも、柊さんはぼくの味方らしい。
 どういう経緯で彼がこの場所に現れたのかわからないままだが、鍛島の名前が出たということは、柊さんがチーム『マサムネ』の関係者であることは間違いない。
 どういう心境の変化か知らないが、鍛島はぼくに手を貸してくれることにしたようだ。だが、いまは詳しく考えている余裕がない。少なくとも事態は好転していると捉えていいのだろう。
 柊さんに言われ、ぼくは逃げ出す振りをして公園の脇を移動する。こういうとき、自分の弱々しい見た目がつくづく役に立つと感じる。黒煙団ブラックスモーカーの連中は、ぼくのことを、偶然通りかかった一般人としか見ていなかったのだろう。それよりも、いきなりド派手な登場を見せた柊さんに意識が奪われている。ぼくは、逃げ出すふりをしながら、彼らの目を盗んで公園の先にある建物に近付く。出し抜くのは容易だった。
 ようやく、ここまで来たって感じだ。
 狙うは、鉄壁とされる黒煙団ブラックスモーカーのアジト。そこに、宣戦布告のグラフィティを打つ。
 それこそが、今回のぼくの狙いだ。
 計画では、この場所に彼女ーーー宗田さんも立ち会ってもらう予定だったが、入り口にあれだけの不良がいては入り込むのは難しいだろう。ぼくの場合は、柊さんが敵の目を引いてくれたおかげで隙をつくことができたが、同じ手が二度通用するほど甘くはないはずだ。
 こうなったら、一人でやりきるしかない。
 覚悟を決め、グラフィティのための準備に入ろうとすると、背後で人の気配がした。
「ーーー念のため様子見に来て正解だったわ」
 その台詞と声には、聞き覚えがあった。
 振り返ったぼくは、そこに立つ男を見て思わず身が固まった。
 男は憎々し気にこう言う。
「忘れねえぞ、その顔っ!」
 ぼくは、その言葉に思わず返す。
「それは、こっちのセリフだ!」
 忘れてなるものか。
 この男は、かつて石神さんを誘拐し、傷付けようとした男の一人だ。
「クソガキィ。お前のせいで、俺がどれだけの屈辱を味わってきたと思う? お前が邪魔したおかげで、俺は上からの命令を遂行できずに、信用をすべて失っちまった。そのせいで、いまじゃ一番リスクが高い仕事をやらされてる。いつ切り捨てられてもおかしくねえのに、自分からは逃げ出すこともできねえ。飼い殺し状態だっ。そんな生き地獄にいるのは、全部お前が邪魔をしたからだ!」
 この男は、自分のしたことを棚に上げてなにを言っているんだ。
 命令とはいえ、石神さんを誘拐したことは決して許されることじゃない。まして、石神さんは『マサムネ』と全く関係がない人間だ。そんな人をさらって、恐ろしい思いをさせておいて、この男はなにを自分勝手ことを口にしているのだろうか。
 あまりの憤りに、ぼくの声も自然と低くなる。
「……生き地獄。そんなの味わって当然だろう」
「あ?」
「お前が苦痛を味わうのは当然だって言ってるんだよ、このクソ野郎!」
 ぼくは声のかぎりそう叫んだ。
 ふざけるんじゃねえ。
 ここまで頭にきたのは、本当に久しぶりのことだ。それこそ、石神さんが誘拐されたとき以来かもしれない。
 彼女は、いまでも街を歩いているとき、不良を見ると体を強張らせることがある。
 そんなとき、ぼくは無理やりバカ話をして気を紛らわせようとするけれど、そんなぼくの下手くそな気遣いなんてすぐに気付かれてしまい、彼女は笑う。無理やり作った笑顔で、ぼくを逆に気遣うんだ。
 だけど、ぼくだけは気付いている。彼女自身気付いていないのだろうが、握る手が微かに震えていることに。
 そういう恐怖の中に、彼女はいまでもいる。その元凶が、この男にあるのだ。
「許さない。お前は絶対、このぼくが倒す!」
「やってみろやクソガキッ!」
 そう言うと、男は冷静さを失っているのか、タックルする勢いで突っ込んできた。
 柊さんと戦っている仲間を一人でも呼べば、ぼくを蹴散らすことなど容易なはずだが、その考えはないようだ。
 まるで警戒されていないのか、あるいは頭に血がのぼってしまっているのか……どちらにしても、好都合だ。
 ぼくは背負っていたリュックを肩から外し、そのまま勢い良く男に向かって放り投げた。
 中にはびっしりとアニメグッズが入っていて、かなりの重量がある。勢い任せに突っ込んできている男の顔面めがけて、その重量が飛んで行った―――はずだった。
 見ると、男は立ち止まっており、冷静にぼくの挙動を見極めると、両腕を交差させて飛んで行ったリュックサックをガードした。
 しかし、ガードされることはぼくも考えていた。そのため、あらかじめリュックサックのチャックを開いておいた。投げた勢いと、男の腕にぶつかった勢いで、リュックサックの中に入っているフィギュアやCDの類が中から飛び出し、勢いに乗ったまま男目がけて飛んでいく。
 さすがにこれでは、男も怯むに違いない。
 そう思ったぼくは、一瞬の隙を突くために男へと駆け出していた。
 相手を攻撃することに慣れていないぼくでも、こちらを見ていない男に体当たりすることくらいはできる。
 だが、次の瞬間、ぼくは目に飛び込んできた光景に驚愕する。
 男は、交差した腕のガードの隙間から、こちらを凝視していたのだ。一瞬のまばたきもせず、ジッと……
 まずい、止まれない。
 勢い任せに突っ込んでしまい、ぼくはそのまま男に向かって行ってしまう。そして、男が右足を上げると、横方向から流すように蹴りを繰り出し、その蹴りがぼくの脇腹を正確に捉えた。
 こちらも勢いを殺そうとブレーキをかけていたこともあって、男の蹴りによって横方向に受けた衝撃が体を弾き飛ばす。ぼくの体は、蹴りを受けた方と反対の方向に飛ばされ、地面を転がる。
 すぐに体勢を整えなければ。
 そう思う頭は働いているのだが、脇腹を蹴られたことで息が上手く吸えず、その場で蹲ってしまう。
 痛い、痛い、痛い。
 頭では回避行動を起こさねばなららないとわかっているのに、体が発する痛いという信号に意識が奪われる。
 そのせいで、男が追い打ちをかけてきた攻撃を、ほとんどまともに受けてしまった。
 再び腹部に蹴りを受け、ぼくは吐きそうになりながら、何度も咳き込む。
 そして、二度、三度と蹴りを入れられ、さすがに腹部をガードしたところで、それを待っていたかのように胸の辺りに男が腰を下ろし、体重をかけてぼくの身動きを封じた。腕は腹部を守るために下ろしていたため、両腕が男の足によってがっちりと挟まれてしまい、ぼくは無防備なままマウントポジションを取られてしまった。
 ぼくの身動きを封じたところで、男はようやく余裕を見せるように口を開いた。
「おい、クソガキ。俺を倒すんじゃなかったのか?」
「っぐ、ぐ」
「無駄だ。お前と俺じゃあ体格差があり過ぎる。お前は喧嘩向きの体じゃねえよ。以前、廃工場で受けた屈辱は忘れない。奇襲さえ警戒しとけば、お前なんて恐れる価値もねえんだよ」
 男の言う通り、体をばたつかせても、体重をかける男の体はびくともしない。
「お前のっ、せいでっ、俺はっ―――」
 男は一息ごとに拳をぼくの顔に向けて打ち込んできた。
「―――もうっ、後戻りっ、できないっ、ところまでっ、きちまったんだっ」
 五発目辺りから、ぼくの意識は朦朧とし始めた。
 駄目だ、このままではやられる。
 ガードもろくにできないまま、九発目の攻撃を右のまぶたの辺りに受け、激しい痛みとともに、次に繰り出されるであろう左腕の攻撃を、身をよじってなんとか対処しようと試みた。だが、その抵抗も空しく、男は左腕を振り上げ、その拳を放った。
 その瞬間、「お兄ちゃんっ!」という叫び声がして、拳がぼくの顔に届く直前で停止した。
 朦朧とする意識の中で、声の方に目をやると、そこには宗田さんの姿があった。
 そうだ。この男は彼女の―――宗田明都の兄なのだ。
「お兄ちゃん、やめてよ。これ以上、その人を傷つけないで!」
「ああっ? 明都テメエ、なんでここに居るんだ!」
「私がお願いしたの。その人は……間久辺さんは、私を救ってくれようとしているの。私だけじゃない。きっとお兄ちゃんにとっても、それは救いになるはずよ!」
「なにを訳のわからねえこと言ってやがるんだ! この男のせいで、俺はチームから奴隷のような扱いを受けるようになったんだぞ! そんな男が、どうして」
「だから、その人が壊してくれるの。この街を覆う悪意の渦、黒煙団ブラックスモーカーを」
 宗田さんがそう言うと、一瞬の沈黙のあと、男は大口を開いて笑った。
「明都、お前本気で言ってるのか? 俺一人を倒すこともできない男が、この街で―――いや、県内でも最大規模のチームを潰すことなんてできるはずがねえじゃなねえかっ」
 再び大笑いする男。
 だが、その笑い声を聞いたおかげで、ぼくの意識は再びはっきりした。
 この悪意の権化のような男の笑い声は、耳に張り付いて消えない。ぼくにとっては、恐ろしい記憶の一つだ。
 それでも、ぼくは男の笑い声をかき消すように叫んだ。
「なにがおかしいっ!」
 口の中が切れて激しく痛んだ。だが、吐き出す言葉を止めようとは思わない。
「宗田さんがこの場所にやって来たのは、あんたを救い出すためだ。自分で言っていただろうがっ、生き地獄だって! だけど、それは身から出た錆だ。そんな自業自得の生き地獄から、あんたを救い出し、過ちを正させるためにこんな危険な場所に踏み込んできた彼女の言葉の、なにがおかしいっ!!」
 男が油断していたこともあったのだろう。さっき大笑いして力が抜けていたのか、あるいはぼく自身が怒りに支配されるあまり通常以上の力が出たのかわからないが、体をもう一度激しく揺らしたことで、右腕だけが固定から解放された。
 ぼくは、このチャンスを逃すまいと右腕を自分のポケットに突っ込んだ。
 ―――良かった、利き腕が解放されて。
 そのまま勢いよく手を抜き取ると、銀色に光る刃先が姿を見せる。念のため仕込んでいたナイフが見えると、男は動揺の色を瞳に映した。
 ぼくはその男の顔目がけて、容赦なくナイフを向ける。すると、男は体を大きくのけ反らせ、体勢を崩した。
 その瞬間、ぼくは体を大きく揺らして暴れまわった。その勢いが、さっきまでがっちりとぼくの体をガードしていた男の体を弾き飛ばし、ようやく身動きが取れるようになった。
 顔は痛む。
 だが、体へのダメージは既に回復しており、立ち上がったぼくは右手にナイフを構えたまま男と対峙する。
「ナイフ……綺麗ごと並べ立てておいて、結局やる気満々じゃねえか、クソがっ」
 男が悪態を吐きながら立ち上がる。
 このままでは降り出しに戻っただけだ。
 ぼくは男が完全に体勢を整える前に一気に距離を詰める。そして、右手に握ったナイフの先端を男目がけて突き出した。
 一振り、二振り、男はぼくの攻撃をすんででかわした。だが、余裕があるようには見えない。必死に避けていることは表情からうかがえた。
 そして、三度目の攻撃のとき、男は短い雄たけびのあと、手を開いたまま、ナイフを握るぼくの手めがけて振り下ろした。手首に鈍い痛みと衝撃が走り、思わずナイフを落としてしまったぼくは、ナイフを拾おうと一歩前に出た。だが、踏み出した足がナイフの柄の部分を蹴ってしまい、男の方に向かう。
 男は、足元に転がってきたナイフに手を伸ばす。

 やるなら、いましかないっ!

 一瞬身を屈めたその隙を突いて、ぼくは再び全速力で男に向かって駆け出した。
 男はぼくが突っ込んで来ていることを確認すると、慌ててナイフに手を伸ばした。そして、それを手に握ると、ナイフの先端をぼくの体めがけて突き出した。
 交錯する腕と腕。
 男の握るナイフがぼくの腹部に届いていた。
 だが、ぼくの握った拳も男の顎を確実に捉えている。
「な、んで」
 男は戸惑っているようだった。
 恐らく、ナイフを突き出したのはけん制のためで、ぼくが怯んで及び腰になると思っていたのだろう。
 だが、実際ぼくはナイフを恐れずに突っ込み、男に一撃を入れることに成功した。
 走って行った勢いと、これまで何度か目にしてきたアカサビさんの攻撃を再現した一撃が、男の顎から脳に伝わり、そのまま膝から崩れ落ちる。
 そして男の手にしたナイフが腹部に到達していたぼくはというと、無傷のままその場に立っていた。
「なぜ、ぼくが無傷で立っているのか。その疑問に答えてやるよ」
 そう言うと、ぼくは、倒れた男が落としたナイフを手に持った。
 その刃先を手の平で力一杯握り込むが、刃で手に傷が付くことはなかった。
 それは当然。これは通常のナイフとはまるで用途の違う、ペンチングナイフという油絵に使用する道具だ。
 マウントポジションを取られていたとき、このナイフを取り出したのもはったりに過ぎなかった。切れないとわかっていたからこそ、全力で振り切ることができたのだ。
 正直、形状からして気付かれるのではないかという不安はあった。だが、勢いよく出したことと、気が動転したことで男はそれがまさか切れないナイフだということに気付かなかったようだ。最後に、落としたナイフを拾おうとしたときも、既にぼくは男目がけ走り出していたため、ナイフを拾うことに焦るあまり、その形状にまでしっかり目がいかなかったのだろう。
 そうして男は、切れないナイフとも知らず、それを用いてぼくに攻撃を仕掛けてきた。結果として、男はその場に伏し、ぼくは立っている。
 男を見下すようにして、ぼくは言った。
「あんたの言う通り、ぼくは喧嘩には向いてないよ。だから、奇襲にかけるしかなかった」
 リュックサックを投げたのも、その中身が散らばるようにしたのも、全部布石だった。用意してきた策を使い果たし、ボロボロになったところを見せれば、もう既に手がないと男は思うに違いない。そこでナイフを見せれば、男は動揺するに決まっている。そうして、争いの末にこのペンチングナイフを男が手にし、優位に立ったと思わせることこそ、ぼくの狙いだった。
「小細工かもしれない。だけど、あんたは負けたんだよ。このぼくにっ!」
 男は脳が揺れたためか、立ち上がることができなかった。
 地面に倒れた状態で、奥歯を噛み締めるギリッという音がした。
 すぐにぼくは、持ってきていたビニールテープで男の両腕を後ろ手にきつく縛り、両足も固定した。
 その場に男を残し、立ち去ろうとするぼくの背中に、男は言葉をぶつけてくる。
「お前ぇっ、なにするつもりだっ!」
「そこで黙って寝ていろ。ぼくは、あんたら不良とは違う。ぼくなりの戦い方っていうものがあるんだ」
 そうして、ぼくは歩き出す。この街を支配する黒煙団ブラックスモーカー。ヤツラが支配する中で最も重要な防衛拠点と呼べるアジトに、ようやく到着した。これだけ外が騒がしいのに誰も様子を見に出てこないことから、このアジトの中にはもう誰も残っていないことはわかっていた。だが、一応用心のためにゆっくりと扉を開く。中は一階が倉庫のようになっていて、二階には和室の部屋があった。本来は、自治体が祭かなにかの道具を収納したり、集会をするためのスペースなのだろうが、そこは完全に黒煙団ブラックスモーカーのアジトとなっていた。雀卓などの遊戯具が散乱し、大量のたばこの吸い殻が入った灰皿と、ジッポライターが乱雑に置かれている。
 あらかた中を調べ終わり、建物から出ると、そこに宗田さんの姿があった。ぼくについて来ていたようだ。
「お兄さんはいいの?」
 そう聞くと、彼女は小さく「はい」と答えた。
「あの人には反省していてもらいます。それに、いまは間久辺さんのお手伝いをしないと」
 それはありがたい。正直、一人でどうするか悩んでいたんだ。
 ぼくが準備を整えている間に、彼女も持ってきた荷物でなにか準備を始めた。
 その間、ぼくは、彼女がどうやってこの場所まで来たのか聞いてみることにした。場所はあらかじめ指定しておいたが、入り口には大勢の不良たちがいたはずだ。それをどうやってかいくぐってきたのだろう。
 だが、その疑問には至極簡単な答えが返ってきた。
 彼女の話によると、不良たちはほとんどが身動き取れない状態で倒れていて、通ることは容易だったらしい。
 つまり、あれだけの数の不良を柊さんは一人で片づけてしまったということか。無事ならいいのだが、無傷という訳にはいかないだろうな。それでもすごい。鍛島がわざわざ寄越しただけのことはある。
 ぼくが感心している間に、彼女は道具の準備に入る。
 その様子を見て、あらためて時間があまり許されていないことを思い出す。いつ黒煙団ブラックスモーカーの連中が戻ってくるかもわからないのだ。
 ぼくはポケットの中からバンダナを取り出すと、そのバンダナに包まった指輪とネックレスをそれぞれ着け、最後に残ったバンダナで口元を隠した。懐かしい感覚だ。かつて、まだぼくが線引屋という名前を名乗っていなかった頃、チーム『マサムネ』に呼び出しを受けた際、正体を隠すために使ったのがバンダナだった。
 ぼくは、口元をバンダナで隠し、私服として着ているパーカーのフードを被ると、宗田さんに告げる。

「準備は整った。さあ、始めよう―――落書きグラフィティを」

 そして、ぼくは深呼吸を繰り返すと、一歩前に出た。ぼくが向かう先には、黒煙団ブラックスモーカーのアジトーーーその壁がある。いまからこの壁を染め上げていく。そう考えると、一抹の不安が頭を過る。いまからぼくがしようとしていることは、大それた行為ではないか。大きな衝突と、争いを巻き起こすことになるのではないか。そんな不安に心が支配されていた。
 黒煙団ブラックスモーカーは恐ろしい連中だ。
 ヤクザから卸された薬物に手を染め、それを街の若者を使って売りさばいていることで、トラブルは多発している。妹の絵里加も、薬を使っていたドライバーの運転する車と接触し、怪我を負ったばかりだ。
 それだけではない。過去に与儀さんを傷つけ、侭さんを街から追い出す原因を作ったのも黒煙団ブラックスモーカーだった。
 アカサビさんがまだ学生だった頃、慕っていた警察官に暴行し、死に至らしめたのも黒煙団ブラックスモーカーの一員だったようだ。
 野球部の江津が非行に走りかけたとき、バックについたのもヤツらだった。
 そしてなにより、先程ぼくに牙を剥いた男は、同じチームメンバー数名と石神さんを誘拐し、彼女に恐怖を植え付けもした。
 こうしてあらためて考えてみると、黒煙団ブラックスモーカーという不良グループは、ぼくにとって非常に因縁が深い組織だ。それだけ、この不良グループの毒牙はこの地域一帯に伸びているということでもあるのだろう。
 あらためて、黒煙団ブラックスモーカーという闇に包まれた巨大な組織を恐ろしいと感じた。ぼく一人が行動を起こしたところで、なにかが変わることなんて本当にあるのだろうか?
 自信を失いかけていると、ふと視線を感じて振り返ると、背後で、固定カメラがぼくに向けられていた。
 気になって、視線を横にずらすと、そこに宗田さんの姿がある。彼女がぼくのことを心配そうに見ているのを確認すると、うんと頷いてから、彼女にだけわかるようにさりげなく親指を立てた。
 ぼくが怯んでいてどうするんだ。
 協力してくれている宗田さんは、さらに不安なはずだ。彼女はもともと、椎名清香率いる『ファランクス』の側についていて、話によると、その椎名清香は金で不良を雇っているらしい。しかも、その不良というのが、鍛島と同じく千葉連合の幹部をしている男だというから、恐れるのも当然だ。それでも、彼女はこうしてぼくに賭けてくれた。こんな非力なぼくに。
 だったら虚勢だろうとなんだろうと、ぼくは彼女のーーーいや、もっと大勢のカメラの向こうの人に対して弱いところを見せる訳にはいかない。
 なぜならぼくが、本物の線引屋なのだから。
 線引屋の衣装が盗まれてしまったときは、これが引退する良い切っ掛けなのではないかとも思った。だが、もうそういう訳にはいかないのだと気づかされた。以前のように、ひとりぼっちだった頃は、自分の身だけを気にして生きていればよかった。でも、大勢の人と関わるようになり、その人たちが抱える問題にぼく自身も直面するようになると、自分の無力さをあらためて理解させられた。
 誰かを守るためには、立ち上がる勇気と、戦う力が必要になる。ぼくにとって、その力こそが線引屋だったんだ。
 ぼくは、再び自分の置かれている状況を精査した。
 狙うは、県内最大規模のチームにして、最悪のならず者集団。場所は、その黒煙団ブラックスモーカーのアジト。
 衣装も道具もまともに揃っていないこの状況で、ぼくが線引屋であると証明する術はほとんど限られている。
 それは、グラフィティを置いて他にない。
 丁度今頃、椎名清香も同じようにグラフィティを行っているはずだ。向こうには、本物の線引屋の衣装があって、当然道具などの準備も万端に整っていることだろう。
 それでも超えてみせる。
 椎名清香が芸術家としてどれだけの年数を重ねてきたのか知らないが、少なくともグラフィティライターとして積み上げてきた経験と、その濃密さは誰にも負けない自負がある。

ーーー教えてやるさ。格の違いってやつを。
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