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二 名取美優
第49話 ポスター
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雨あがりの夏は、脳みそが焼けるほど蒸し蒸ししている。体中穴という穴から汗が浮き出て、洪水のように溢れてきそうだ。
「えっと……」
私は電話機を前に戸惑った。
そういえば、修斗くんたちと仲良くはなったけどメアドとかかえてないんだよね。
伝えようにも電話番号知らないし、適当に外出歩いても偶然がなかったら会えないし。それに、外行きたくない。
受話器を持とうとする腕を戻した。すると、はかったように目の前の電話が鳴った。勢いで受話器に手を伸ばし、耳元までかざした。癖というか条件反射でつい、もしもしと一言放った。
一言言って後悔が水のように溢れる。知らない番号に出るほど私は暇ではないのに。もしかしたら、昔、出会い系サイトで知り合った野郎がストーカーしてここまで電話してきたりするかも。
面倒な案件だったら、即効切る。受話器の奥の人間の声を今か今かと待った。すると、ようやく人の声がした。
少年なのに、やけに落ち着いた声。聞いた瞬間、誰かを思い浮かべた。第一声でははっきりと思い浮かべなかったが、一言一言話すたび、怠さを含んだおっとりとした口調で分かった。
「修斗くん、どうして番号知ってるの?」
『おばあちゃんの知り合いだからね。それより、今裏地にいるんだけど、会える?』
「もちろん。ちょうど、私も話しがしたかったの!」
それから、ちょっと小話をして電話を切った。今でも彼の声が鼓膜を通し、頭の中にいつまでも轟かせている。
胸がトクントクンと高鳴っている。あったかいのが心の中を支配して、頭がのぼせそうだ。
心を弾ませ、急いで玄関に向かった。靴を履いて、裏地へと向かった。そこには、小さな木陰で休む修斗くんの姿が。
私は大きく手を振った。修斗くんも気がついて、小さく手を振る。私は駆け足で寄ると、修斗くんはパッと笑った。
この暑さを全て払い込むような笑顔だ。
「そんなに慌てなくてもいいのに」
「だ、だって……」
私は無意識に上目遣いになった。
雨あがりの夏は、ほんとに蒸し蒸ししている。体全体に湿疹が湧く。でも、風が意外と涼しい。風鈴の音色が似合う風だ。
修斗くんは懐からポスターのようなものを取り出した。それは花のようにパッと咲いた花火の写真と暑い文字。
「夏祭り、一緒に来ない?」
「え!?」
私は返事に戸惑った。でも、心のなかは喜々が踊っていた。
希峰村は日本で最も夏祭りが開くのが速いと言われる。八月の頭、その日は希峰村にとって特別な日。
その特別な日とは、昔聞かされたけど今なら分かる。希峰村が希峰村と呼ばれた日、すなわち、事件が終わった日を祭りとしたんだ。
「ほら、あと三日でしょ? 思い出にどうかな? って」
照れ臭そうに言う修斗くん。
それを聞いて私の心はパリンと硝子のように割れた。そうだ、そうなんだ。あと三日なんだ。ここに居られるのはあと三日……。
最初は、退屈だった。嫌だと思っていた。でも、今は違う。この村で修斗くんとつーちゃんに会って嫌だと語ってた自分が嘘くらいに楽しい。今が楽しい。この瞬間が永遠と思えるほど。
「祭り……行くよ」
私の元気のなさになにを感づいたのか、修斗くんはこう言った。
「この祭り、例年少ないんだ。住人もあまり来ないし、でも今年は違うね。今年は美優ちゃんもいる。きっと賑わうよ」
毎年、この村に来ていた。夏祭りもあったのに参加していない。だって、だるかったし暑かったから。
でも、今年の夏は違う。今年の夏は、一緒に花火を見る人がいるんだ。修斗くんはニッコリ笑っていた。修斗くんはここぞというカンが強いのかもしれない。
「私の浴衣姿、楽しみにしてて!」
そう言って私たちは別れた。
早速、私は両親に掛け合った。お風呂場にはいなかった。扉を開けたとたん、ムサと青臭い臭いが襲った。ここにいないとすれば、客間であろう。
スパーンと襖を思いっきり開けてみせた。案の定、二人はこの蒸し暑い中、体を重ねていた。
「お母さん、浴衣ある!?」
二人はいきなり入ってきた私を驚異な眼差しで見上げる。そんなのお構いなしで私は問いかけた。
「ある? ない? どっち!?」
「あ、ある……」
突然起こされた人のようにおろおろ言う。お母さんが指差しているのはおばあちゃんの部屋だった。
実は隣同士なのである。おばあちゃんの部屋には物資はタンスだけ。まさか、まさかと思うけどおばあちゃんも着たあの浴衣じゃないよね?
タンスを探ると流石に違った。二段目にあって、まだ新品そうな袋に畳まれていた。毬の絵が描かれた赤色の浴衣。
臭いはどうだろう。いつからここに仕舞ってたのか分からないが、カビと湿布臭さが目立つタンスの中で、仕舞ってたんだ。臭いが相当こびりついていただろう。
恐る恐る、臭いを嗅いだ。
ホコリ臭いような……でも、ほんのり防臭剤の臭いがする。ちょっと臭うけど大丈夫だよね。これなら着れる。
明日は楽しみだ。浴衣をハンマーにかけて、私はその夜布団に潜った。
§
何時頃だろう。深夜だったと思う。私は目が覚めた。中々寝つけないので水でも飲みに行こう。
布団から足を出した矢先、なにかを踏んだ。表面がザラザラしている。砂? どうしてこんなところに砂が。思考が曖昧なので、考えらよりも先にそれが何なのか目視した。
おばあちゃんのノートだった。いけない、踏んづけちゃった。私はすぐに足を退けて、それを拾った。拾ったとき、ページが開かれていた。
空白のページ。こんなページあったっけ。そのページは二~三ページあった。空白のページの前に、ちゃんと著者と書かれた日付が描かれている。
これは余白? それにしては多い。三ページをめくって、四ページ目。文字が書かれていた。小さな文字で。それまで達筆に書いてた文字が嘘のような筆体。
【この本は燃やしてください】
その文字から目が離せられなかった。
「えっと……」
私は電話機を前に戸惑った。
そういえば、修斗くんたちと仲良くはなったけどメアドとかかえてないんだよね。
伝えようにも電話番号知らないし、適当に外出歩いても偶然がなかったら会えないし。それに、外行きたくない。
受話器を持とうとする腕を戻した。すると、はかったように目の前の電話が鳴った。勢いで受話器に手を伸ばし、耳元までかざした。癖というか条件反射でつい、もしもしと一言放った。
一言言って後悔が水のように溢れる。知らない番号に出るほど私は暇ではないのに。もしかしたら、昔、出会い系サイトで知り合った野郎がストーカーしてここまで電話してきたりするかも。
面倒な案件だったら、即効切る。受話器の奥の人間の声を今か今かと待った。すると、ようやく人の声がした。
少年なのに、やけに落ち着いた声。聞いた瞬間、誰かを思い浮かべた。第一声でははっきりと思い浮かべなかったが、一言一言話すたび、怠さを含んだおっとりとした口調で分かった。
「修斗くん、どうして番号知ってるの?」
『おばあちゃんの知り合いだからね。それより、今裏地にいるんだけど、会える?』
「もちろん。ちょうど、私も話しがしたかったの!」
それから、ちょっと小話をして電話を切った。今でも彼の声が鼓膜を通し、頭の中にいつまでも轟かせている。
胸がトクントクンと高鳴っている。あったかいのが心の中を支配して、頭がのぼせそうだ。
心を弾ませ、急いで玄関に向かった。靴を履いて、裏地へと向かった。そこには、小さな木陰で休む修斗くんの姿が。
私は大きく手を振った。修斗くんも気がついて、小さく手を振る。私は駆け足で寄ると、修斗くんはパッと笑った。
この暑さを全て払い込むような笑顔だ。
「そんなに慌てなくてもいいのに」
「だ、だって……」
私は無意識に上目遣いになった。
雨あがりの夏は、ほんとに蒸し蒸ししている。体全体に湿疹が湧く。でも、風が意外と涼しい。風鈴の音色が似合う風だ。
修斗くんは懐からポスターのようなものを取り出した。それは花のようにパッと咲いた花火の写真と暑い文字。
「夏祭り、一緒に来ない?」
「え!?」
私は返事に戸惑った。でも、心のなかは喜々が踊っていた。
希峰村は日本で最も夏祭りが開くのが速いと言われる。八月の頭、その日は希峰村にとって特別な日。
その特別な日とは、昔聞かされたけど今なら分かる。希峰村が希峰村と呼ばれた日、すなわち、事件が終わった日を祭りとしたんだ。
「ほら、あと三日でしょ? 思い出にどうかな? って」
照れ臭そうに言う修斗くん。
それを聞いて私の心はパリンと硝子のように割れた。そうだ、そうなんだ。あと三日なんだ。ここに居られるのはあと三日……。
最初は、退屈だった。嫌だと思っていた。でも、今は違う。この村で修斗くんとつーちゃんに会って嫌だと語ってた自分が嘘くらいに楽しい。今が楽しい。この瞬間が永遠と思えるほど。
「祭り……行くよ」
私の元気のなさになにを感づいたのか、修斗くんはこう言った。
「この祭り、例年少ないんだ。住人もあまり来ないし、でも今年は違うね。今年は美優ちゃんもいる。きっと賑わうよ」
毎年、この村に来ていた。夏祭りもあったのに参加していない。だって、だるかったし暑かったから。
でも、今年の夏は違う。今年の夏は、一緒に花火を見る人がいるんだ。修斗くんはニッコリ笑っていた。修斗くんはここぞというカンが強いのかもしれない。
「私の浴衣姿、楽しみにしてて!」
そう言って私たちは別れた。
早速、私は両親に掛け合った。お風呂場にはいなかった。扉を開けたとたん、ムサと青臭い臭いが襲った。ここにいないとすれば、客間であろう。
スパーンと襖を思いっきり開けてみせた。案の定、二人はこの蒸し暑い中、体を重ねていた。
「お母さん、浴衣ある!?」
二人はいきなり入ってきた私を驚異な眼差しで見上げる。そんなのお構いなしで私は問いかけた。
「ある? ない? どっち!?」
「あ、ある……」
突然起こされた人のようにおろおろ言う。お母さんが指差しているのはおばあちゃんの部屋だった。
実は隣同士なのである。おばあちゃんの部屋には物資はタンスだけ。まさか、まさかと思うけどおばあちゃんも着たあの浴衣じゃないよね?
タンスを探ると流石に違った。二段目にあって、まだ新品そうな袋に畳まれていた。毬の絵が描かれた赤色の浴衣。
臭いはどうだろう。いつからここに仕舞ってたのか分からないが、カビと湿布臭さが目立つタンスの中で、仕舞ってたんだ。臭いが相当こびりついていただろう。
恐る恐る、臭いを嗅いだ。
ホコリ臭いような……でも、ほんのり防臭剤の臭いがする。ちょっと臭うけど大丈夫だよね。これなら着れる。
明日は楽しみだ。浴衣をハンマーにかけて、私はその夜布団に潜った。
§
何時頃だろう。深夜だったと思う。私は目が覚めた。中々寝つけないので水でも飲みに行こう。
布団から足を出した矢先、なにかを踏んだ。表面がザラザラしている。砂? どうしてこんなところに砂が。思考が曖昧なので、考えらよりも先にそれが何なのか目視した。
おばあちゃんのノートだった。いけない、踏んづけちゃった。私はすぐに足を退けて、それを拾った。拾ったとき、ページが開かれていた。
空白のページ。こんなページあったっけ。そのページは二~三ページあった。空白のページの前に、ちゃんと著者と書かれた日付が描かれている。
これは余白? それにしては多い。三ページをめくって、四ページ目。文字が書かれていた。小さな文字で。それまで達筆に書いてた文字が嘘のような筆体。
【この本は燃やしてください】
その文字から目が離せられなかった。
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