わたしとあなたの夏。

ハコニワ

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一 大倉麻耶 

第8話 第一発見

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 亜希子の叔父は村長なのだ。つまり、矢田家はこの村、名誉と地位のあるお嬢様だ。
「村長からなんだよ。見せろよ亜希子」
 洋介が亜希子の机にある封筒を奪い取ろうと近寄った途端、亜希子は化物じみた目つきで洋介を睨んだ。
「触らないで!」
 学校中に亜希子の声が響いた。シンと静かになる。びっくりした。いつも大声ださない亜希子が別人となっている。洋介は目を丸くし、次第にプルプルと震えた。
「はぁ!? お前なんだよ」
 野生の狼のような鋭い目つきをし、亜希子につかみかかった。ふわふわで綿のようなフリルの服。
「きゃあ!」
「こら、やめろ! やめろって!!」
 見かねた白蔵先生が仲介に入る。机と椅子がばらつき、わたしたちもなすすべなくそれを見ていただけだった。白蔵先生が仲介に入っても洋介は野生のように止まらなかった。
 教室中の椅子と机がひっくり返っても亜希子にかかる。しかし、対して亜希子のほうも分厚い封筒を大事そうに両手で抱え、血溜まりの目つきで洋介を睨む。
 その二人の姿はまさに虎と龍。
 普段の喧嘩なら、こんなことにならないのに、今日は掴みかかっている。洋介の凶暴さと亜希子の執着には度肝を抜かれそうで腰が震える。
 わたしたちは白蔵先生の後ろで二人が止まることを祈った。しかし、予期せぬことで洋介が止まった。
「ごぶぉ…――!!」
 亜希子に対し、怒声を浴びせていた口端から夥しい血が溢れでた。いきなりの事態にわたしたちは目をびっくり箱のように飛びだす。
 赤い、絵の具じゃない赤色。
「田村、どうした!?」
 白蔵先生も思わず、駆け寄り、様子を窺う。口端からはまるで、噴水の蛇口を止めようと思い、間違えて流すほうを回してしまい、蛇口からはダバダバと赤い血が滝のように流れ出た。
 茶色の木造の床も血痕がポツポツと滴してる。
 あの赤い血がわたしにも入ってんだ。一瞬、寒気がした。
「ひょ、ひょっと……舌を噛んだだけ」
 涙目で洋介は言う。
 今だに止まることも知らない血は洋介の鼻や床を汚している。

 洋介はこのあと、白蔵先生が保健室に運んでいき、わたしたちはこれでお開きになった。今日の出来事は忘れ去らないだろう。
「洋介、ちょっとおかしかったよね」
 帰り道、田んぼの狭いあぜ道を歩き、わたしは礼子と一緒に帰っている。ミーンミーンとミンミンゼミの甲高い鳴き声を背後に感じつっ、暑さに火照る。
 礼子はわたしの問いかけにも気付いていないのか、真っ直ぐ、視線を足元に向けていた。
「礼子?」
「あ、ごめんなさい。何かしら」
 意識がやっと冴えたのか、礼子はわたしのほうを見て謝った。均等に整えられた前髪から覗く小さな眉が、ハチの字に曲がっている。
 どうしたのかな、こんな時冷静に悪いほうを愚痴るのに、思わず声をかけた。
「どうしたの? 悩みごと?」
 礼子は自分に向けられている眼差しにふと気づき、何事もないようにほくそ笑んだ。
「本当になんでもないの。ごめんなさい。田村くん、心配ね」
「うん。だよね。舌噛んだだけであの血はありえないよね」
 そう喋っているうちに、十字路に別れた道へと辿りついた。横断歩道も歩行者の為の白い石灰もない砂利道。高く伸びたトウモロコシ畑や生い茂る杉の木が、死角となっている。急に車が来たら危ない道だ。
 所詮、車が通るとしてもトラクターしかない。木を切り裂くような機械音がするものだけど、それでも耳の遠いおばあちゃんやおじいちゃんらはトラクターが目の前にきてもわからないらしい。
 十字路に行けば、礼子と別れる。
 礼子は右に、わたしは左にそれぞれ別れるのだ。
「それじゃあ麻耶、宿題頑張ってね」
「うぅ、礼子も手伝ってよぉ!」
「嫌よ。宿題は自分でやらなければ大人になったら自分が損するのよ」
 わたしの耳にはどんなに冷酷で聞こえたのだろうか。それは、冷たい地べたに落とされた気分。
 わたしは、はちきれんばかりの風船のように頬を膨らませ、礼子を上目遣いで睨んだ。礼子はため息を吐き、しぶしぶ言った。
「……わかった。私が暇なときに教えるわ。その時はビシバシ教えるから!」
「礼子っ! いいや、礼子様っ! 大好きです!」
 川の流れにのった藁をやっと掴み、わたしは兎のようにぴょんぴょん跳ねた。礼子はそんなわたしをまるで幼い妹を見るかのような愛しい眼差しで微笑む。

 すると、礼子がわたしを横に視線をそらした。十字路に別れた道をそのまま真っ直ぐ進んだ道の方向の民家を凝視している。
「どうしたの?」
「あれ……」
 指差した方向を思わずみると、ある民家に人だがりが集まっていた。この時間帯は農業やら家事で忙しいのに近隣住民が揃いも揃って民家を囲んでいる。
 その民家は確か、佐竹家だ。その家から聞いたこともない苦痛の叫び声が響いた。何事かと思い、礼子と一緒にその民家へと走って向かった。小さな村なのに人だがりがごみのように集まっている。
 人ごみを交してなんなく、先頭へと辿りついた。そこで目にしたのは目を疑う光景だった。
 庭にごろりと肉の塊が転がっていた。タンパク質でできた肉。人間の肉だ。それが無惨にも手足がバラバラになっていた。
 肩から両腕がもぎ取られ、太腿から両足が失っている。完全に人間だるま。しかも、お腹からなにか赤黒いのがドロリとはみ出している。
 誰かに食われたような乱暴な切り口。そこから小さい骨が覗いている。
 この世の色でもない赤赤しさと異臭が庭一面をよごして。
「しゅんんんん! いやあああああ!! 起きて、しゅんん!!」
 塊のそばにヒロミさんが泣き崩れてる。そう、肉の塊と化した死体は佐竹瞬之助。あの瞬ちゃんだ。
「うそ……」
 人生で一度も見たことない光景にわたしは目眩がした。太陽の眩しい逆光の暑さに火照りながら、陽炎が今でも景色を惑わしてる。


§

 7月26日、午前11時16分、行方をくらませた佐竹瞬之助の遺体があがった。死因は四股バラバラによる出血性ショック死。第一死体があがり、実意と疑念渦巻く惨劇の幕があがる。
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