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一 大倉麻耶
第9話 重い
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午前12時5分。村の集会場に集まったのは村人全員。みな、重々しい空気で黙りこんでいる。
普段、集まると噂話や世間話など、黙らせるのが困難なおばさんおじさんたちは、針にでも縫られたように口を強く閉じている。
まるで、この空間では何も喋ってはいけないルールがあるように。
実際、室内は甲高く鳴くミンミンゼミの鳴き声しかしない。静寂に身を包んでいる。
瞬ちゃんの死体を間近に見たわたしは、肺の中に炎を当てられ、酷くむせ焦げる胸焼けがしている。
それが、次第に胃酸や食道液を取り巻き、嘔吐を交えそうになった。
思わず、口に手を持っていく。すると、太陽に干されたシーツのように暖かく、景子がわたしの体を覆い被さった。まるで、赤子を愛しく抱いているような。
「大丈夫。大丈夫」
「景子……」
「まっちゃん。そんな恐い顔しないで」
どうやら、俯いて黙ったまま、眉間に皺を寄せていたらしい。そんな感覚なかったけど、どうやら怖がらせてしまった。
今でも室内にはヒロミさんの苦痛な叫び声が反響している。
「こんなの、現実じゃない! 現実じゃない!! わたしのわたしの瞬をぉぉ!」
うわあぁとお菓子でも取り上げられた子どものように泣きじゃくる。
その隣には、呆然としている瞬ちゃんのお父さんと、泣きじゃくるヒロミさんを宥めている義父の佐竹 覚さん。
ヒロミさんの周囲には、冷えついたアイスをスプーンですくうように、手を取り合っている。
その光景は本当に胸が痛かった。体を裂くよりもずっと。わたしはいたたまれなく、その光景を黙って見ているしかなかった。
「一時間後、警察がくる。それまで、皆さん、待機でず」
村長の図太い声が、この部屋ではいつもなく小さい。北から吹いた風が煉瓦や民家の建物などを強く荒らし、崩壊する中、小さな鼠が生存しているよう。豪風が吹けば吹っ飛ぶ勢いに掠れている。
一時間後、警察がくる。それまでこの部屋でずっと待機なんて、荷が重すぎる。わたしの体はドッと重くなった。
頭の中には何度もあの死体がフラッシュバックのように思いだす。この世の色でもない赤々しい血。無残に切り取られた手足からは小さな骨が覗いていた。化物でも見たような恐ろしい血相で横たわる瞬ちゃん。
この記憶は何年も何度も思いだすだろう。
ポツリと誰かが喋った。室内の中の喋ってはいけないルールを打ち破る。喋ったのは瞬ちゃんのお父さん、和也さんだ。
「冗談じゃない! この中に瞬を殺った犯罪者がいるんだ! それなのに、ずっとここにいろと!?」
「落ち着け。和也くん!」
村長が宥めようと腰が悪いのに、立ち上がった。瞬ちゃんのお父さんは普段、穏やかで優しい人なのに、声を荒げて誰かを殺す勢いだ。その姿を見て、神社の裏で起きた喧嘩のことを思い出し、手足の毛が逆立った。
「やめんかい!!」
村長と荒立つ瞬ちゃんのお父さんの間に入ったのは覚さん。
「んなあ時になん、争っちよっとよ! 一番大事なのは、これからの話しやろ!?」
それが合図だったようにヒロミさんの泣きじゃくる声が高まった。畳を何度も拳で叩いている。それは怒りと憎悪が満ちていた。
すると、亜希子の姉矢田 千夏さんが割って入ってきた。
「隣町の境目近くに葬儀屋、あったよね? 一番近いしとりあえず、瞬ちゃんの葬儀はそこでしよう」
そう言うと村長、次に覚さん、そして全員が賛同した。
疑念と絶望が渦巻く室内の中、わたしはサイド隣にいる景子と礼子の手をがっちりと握った。
まるで、お化け屋敷で離れ離れになった親友と再会し、その手をお互い離れないと誓うように握り合うようだ。
この言いようのない空間に、恐ろしくって涙が溢れそうな不安に全身の毛が逆立ちました。
「麻耶、痛い」
礼子がややつり上がった口調でそう言うが耳にしない。
きっとこの手を離したら礼子、いいや若しくは、わたしが死ぬ。瞬ちゃんみたいに手足をバラバラにされて……。いやだ! いやいや! あんなの、絶対に痛いに決まっている。
「この中に犯人なんかいるのかな」
景子が喋った。
「さぁ……」
氷のように冷めた表情で礼子が応える。刹那、ニタァと、薄気味悪い笑みを漂わす。
「この中に犯人がいると仮説したら、この村は一体どうなるんでしょうね」
その笑みを見て、ぞわりと鳥肌が立つわたしと景子。
「どういうこと?」
思わず訪ねたのは景子。礼子は真っ暗な室内の中、明かりも点けず周囲を見渡しているような眼光で室内を見回した。
「考えてみて、この村は何十年も新しい都会人が来ていない。あんな酷いことをやった人間がこの村にいたとすると、この村はずっと昔から汚れていた。今回、その汚れが顕にし子どもの瞬ちゃんを狙った。どうして弱い子どもを狙ったの? その時刻、ヒロミさんだって家にいたのになんで? 人間にはある一種、人を殺して快楽を覚えるサイコパスという心理が存在する。快楽を覚えた一種はさらなる快楽を求めて残酷に化物じみた狂気に走る。このあとどうなると思う? その一種がいる限り、警察がきて終わりじゃなさそう。私の考えは、これはまだ続く」
「つ、続く!?」
唇をわなわなし、前乗りになった。礼子はいつもと全く同じ冷めた表情であくまで仮説よ、と言うが聞いた麻耶と景子は戦慄を覚えた。
「もしかしたら脱走した死刑囚かも」
曖昧な口調で景子が仮説を取り立てる。しかし、その仮説をすぐに覆す礼子。
「脱走した死刑囚がこの村にたどり着けると思う? 都会からも離れているし、なにより、山道が複雑で足を滑らせたら崖に真っ逆さまよ。ま、しぶとい神経してたらこの村にたどり着けるけど村住民じゃないってすぐに分かるわ。子どもでもね」
氷河のように冷たく、淡々と言う礼子。瞬ちゃんの死体を間近に一緒に見たはずなのに、至って普通。それよか、冷酷だ。
こんな緊迫とした空間でゾクゾクするような寒気が背中を伝っているのに、礼子は顔色も変えていない。
普段、集まると噂話や世間話など、黙らせるのが困難なおばさんおじさんたちは、針にでも縫られたように口を強く閉じている。
まるで、この空間では何も喋ってはいけないルールがあるように。
実際、室内は甲高く鳴くミンミンゼミの鳴き声しかしない。静寂に身を包んでいる。
瞬ちゃんの死体を間近に見たわたしは、肺の中に炎を当てられ、酷くむせ焦げる胸焼けがしている。
それが、次第に胃酸や食道液を取り巻き、嘔吐を交えそうになった。
思わず、口に手を持っていく。すると、太陽に干されたシーツのように暖かく、景子がわたしの体を覆い被さった。まるで、赤子を愛しく抱いているような。
「大丈夫。大丈夫」
「景子……」
「まっちゃん。そんな恐い顔しないで」
どうやら、俯いて黙ったまま、眉間に皺を寄せていたらしい。そんな感覚なかったけど、どうやら怖がらせてしまった。
今でも室内にはヒロミさんの苦痛な叫び声が反響している。
「こんなの、現実じゃない! 現実じゃない!! わたしのわたしの瞬をぉぉ!」
うわあぁとお菓子でも取り上げられた子どものように泣きじゃくる。
その隣には、呆然としている瞬ちゃんのお父さんと、泣きじゃくるヒロミさんを宥めている義父の佐竹 覚さん。
ヒロミさんの周囲には、冷えついたアイスをスプーンですくうように、手を取り合っている。
その光景は本当に胸が痛かった。体を裂くよりもずっと。わたしはいたたまれなく、その光景を黙って見ているしかなかった。
「一時間後、警察がくる。それまで、皆さん、待機でず」
村長の図太い声が、この部屋ではいつもなく小さい。北から吹いた風が煉瓦や民家の建物などを強く荒らし、崩壊する中、小さな鼠が生存しているよう。豪風が吹けば吹っ飛ぶ勢いに掠れている。
一時間後、警察がくる。それまでこの部屋でずっと待機なんて、荷が重すぎる。わたしの体はドッと重くなった。
頭の中には何度もあの死体がフラッシュバックのように思いだす。この世の色でもない赤々しい血。無残に切り取られた手足からは小さな骨が覗いていた。化物でも見たような恐ろしい血相で横たわる瞬ちゃん。
この記憶は何年も何度も思いだすだろう。
ポツリと誰かが喋った。室内の中の喋ってはいけないルールを打ち破る。喋ったのは瞬ちゃんのお父さん、和也さんだ。
「冗談じゃない! この中に瞬を殺った犯罪者がいるんだ! それなのに、ずっとここにいろと!?」
「落ち着け。和也くん!」
村長が宥めようと腰が悪いのに、立ち上がった。瞬ちゃんのお父さんは普段、穏やかで優しい人なのに、声を荒げて誰かを殺す勢いだ。その姿を見て、神社の裏で起きた喧嘩のことを思い出し、手足の毛が逆立った。
「やめんかい!!」
村長と荒立つ瞬ちゃんのお父さんの間に入ったのは覚さん。
「んなあ時になん、争っちよっとよ! 一番大事なのは、これからの話しやろ!?」
それが合図だったようにヒロミさんの泣きじゃくる声が高まった。畳を何度も拳で叩いている。それは怒りと憎悪が満ちていた。
すると、亜希子の姉矢田 千夏さんが割って入ってきた。
「隣町の境目近くに葬儀屋、あったよね? 一番近いしとりあえず、瞬ちゃんの葬儀はそこでしよう」
そう言うと村長、次に覚さん、そして全員が賛同した。
疑念と絶望が渦巻く室内の中、わたしはサイド隣にいる景子と礼子の手をがっちりと握った。
まるで、お化け屋敷で離れ離れになった親友と再会し、その手をお互い離れないと誓うように握り合うようだ。
この言いようのない空間に、恐ろしくって涙が溢れそうな不安に全身の毛が逆立ちました。
「麻耶、痛い」
礼子がややつり上がった口調でそう言うが耳にしない。
きっとこの手を離したら礼子、いいや若しくは、わたしが死ぬ。瞬ちゃんみたいに手足をバラバラにされて……。いやだ! いやいや! あんなの、絶対に痛いに決まっている。
「この中に犯人なんかいるのかな」
景子が喋った。
「さぁ……」
氷のように冷めた表情で礼子が応える。刹那、ニタァと、薄気味悪い笑みを漂わす。
「この中に犯人がいると仮説したら、この村は一体どうなるんでしょうね」
その笑みを見て、ぞわりと鳥肌が立つわたしと景子。
「どういうこと?」
思わず訪ねたのは景子。礼子は真っ暗な室内の中、明かりも点けず周囲を見渡しているような眼光で室内を見回した。
「考えてみて、この村は何十年も新しい都会人が来ていない。あんな酷いことをやった人間がこの村にいたとすると、この村はずっと昔から汚れていた。今回、その汚れが顕にし子どもの瞬ちゃんを狙った。どうして弱い子どもを狙ったの? その時刻、ヒロミさんだって家にいたのになんで? 人間にはある一種、人を殺して快楽を覚えるサイコパスという心理が存在する。快楽を覚えた一種はさらなる快楽を求めて残酷に化物じみた狂気に走る。このあとどうなると思う? その一種がいる限り、警察がきて終わりじゃなさそう。私の考えは、これはまだ続く」
「つ、続く!?」
唇をわなわなし、前乗りになった。礼子はいつもと全く同じ冷めた表情であくまで仮説よ、と言うが聞いた麻耶と景子は戦慄を覚えた。
「もしかしたら脱走した死刑囚かも」
曖昧な口調で景子が仮説を取り立てる。しかし、その仮説をすぐに覆す礼子。
「脱走した死刑囚がこの村にたどり着けると思う? 都会からも離れているし、なにより、山道が複雑で足を滑らせたら崖に真っ逆さまよ。ま、しぶとい神経してたらこの村にたどり着けるけど村住民じゃないってすぐに分かるわ。子どもでもね」
氷河のように冷たく、淡々と言う礼子。瞬ちゃんの死体を間近に一緒に見たはずなのに、至って普通。それよか、冷酷だ。
こんな緊迫とした空間でゾクゾクするような寒気が背中を伝っているのに、礼子は顔色も変えていない。
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