魔女は世界を救えますか?

ハコニワ

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Ⅲ 奪取の魔女 

第37話 向けられる眼差しの事実

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 かつて、ココアとスバルがパン屋の直美さんを見てこう告げていた。『僕らを目の敵にしている』と。あれはあながち、間違っていなかったのだ。わたしだけが気づいていなかった。

 信じていたものに裏切られ、途方もない絶望に苛まれた。目の前が真っ暗で見えない。 深い谷底に突き落とされた気分だ。
「どうして魔女が……畏怖されるの?」
 その声は震えていた。
 マドカ先輩が眉をハチの字に曲げた。おばあちゃんも、悟った表情。マドカ先輩が、自分たちの立場が嫌われているのを、随分前から知っていた。
 そして、おばあちゃんは学校に眠っている、アリス様を北欧神話ウルド様と分かっている。おばあちゃんは、数百年間生きているらしい。アリス様が、ウルド様と呼ばれ、世間から敬愛され言われていた頃の子どもだった。
 
「魔女が畏怖されるのは、神殺しをやっているからさ」
 おばあちゃんが教えてくれた。わたしはカッとなった。
「でも、それは大人のせいで、先祖のせいでしょ?」
「確かに、大人のせい。子どもは罪もない。だが、それを知らない世代がどんどん生まれ、ついには罪が子どもになすりつけていった」
 おばあちゃんの細い目から、つぅと透明な涙が零れた。おばあちゃんは流れる雫を、ハンカチで拭き取る。鼻水を啜って。
「ほんとに申し訳ない。大人の罪を子どもになすりつけた。大人として恥」
 マドカ先輩がおばあちゃんの背中をさすった。おばあちゃんは、罪を乞うようにして泣き出したので、マドカ先輩が代わりに喋る。
「私たちの学校は、植物園やら畑とかありますよね? そのお金は、どこから貰ってくると思いますか?」
「まさか……街から?」
 恐る恐る、これが答えじゃないと信じたかった。だけど、現実はあまりにも残酷だった。
「その通りです。資金は全て、街の住民から奪っています。嫌われて当然ですよね? 街の人たちも暮らしがあるのに、そのお金を掻っ攫っい、無駄な建物を作っている」 
 マドカ先輩は、残酷な現実を淡々と言った。それは、冷たい地べたに叩き付ける衝撃。そんなまさか、わたしたちの教室、ウルド様がいる地下、あの植物園を建てたお金は、街の人から掻っ攫ってつくっていたなんて。
 街の人たちは生活が苦しいのに、わたしたちは知らないで、ぬくぬくと生活してた。欲しいものを頼めば、用意してくれるし、食べ物には困らなかった。

 街の人たちの眼差しがやっと、わかった。
 畏怖され、嫌われて当然だ。

 それじゃあわたしたちは、魔女は、世界を救っているの? 世界を救っていた気になっていた。ほんとは違う。世界中魔女なんて、いなくなればいいと思われていたんだ。

 それじゃあ、わたしたちは何をしていたの?
 何を守ってきたの?
 何を誇りに生きいたの?

 これまでの全てが否定された。目の前が暗闇で、ドロドロの沼に足が浸かっていく。粘土のような泥で、落ちたら永遠と這い上がれない暗闇へ。
 そんな泥に浸かったわたしに、希望の光を与えたのは、マドカ先輩。わたしの手を握り、ぎゅと抱擁した。
「絶望しないでください。大丈夫。あなたは一人じゃない」
 優しく言った。その声は、暗い泥の中にさえ温かみを与えた。足に浸かっていた泥が溶け、現実世界に引き戻される。
「ユナさん、確かに何の為に戦って守ってきたんだ、と絶望に打ちのめしているでしょう。ですが、前を向いてください。うつむいても、時間は止まってくれないのだから。大丈夫です。私がいます」
 にこっと穏やかに笑った。
 横にいたおばあちゃんも、鼻水を啜り、涙を止めて「そうだ」と頷いた。

 例のあの子とは、わたしのようにこの真実を知り孤独になった魔女がいた。おばあちゃんが言うには、昔のこと。マドカ先輩的に言うと、数十年前の出来事だったと語る。
 その子は絶望に打ちのめされ、ある日、街中で自さつした。ある店のトイレで、首をつって。
 その子の近くには、小さなメモ書きが遺されていた。『永遠に忘れるな』と。その子は、孤独で寂しくて、自分たちを否定してきた街の人たちに自分の死を、知らしめたかったんだ。
 そのせいで、街の人たちからさらに畏怖された。この一件で、学校側も考えてこの事実を、知らせないことにした。だから、わたしたちには何も教えられてこなかったんだ。

 数十年前に、そんな事があったなんて。知らなかった。知る必要があるのに、無知だった。何もかも。
 それから暫くしてから、駄菓子屋を出た。おばあちゃんは最後に飴をくれた。お店のものを無料で。生活が苦しいのに。それでもおばあちゃんは、大人の責任をさせてくれ、とわたしたちに与えた。
 わたしはイチゴ飴。
 マドカ先輩はリンゴ飴。
 口の中でコロコロ転がすと、味が出てきて美味しい。砂糖みたいに甘い。

 むろん、このことは他言無用。殆どの魔女が、自分たちの行いを信じ希望を抱いているから。その希望を、絶望に打ちのめすことはしたくない。
 特に、ナノカ。
 ナノカは、わたしみたいに自分たちが街の人たちを守っているんだ、て信じきっている。疑う心もない。
 だから、その心を壊すことは口が裂けても言えない。 

 おばあちゃんと喋っていたら、約束の二十分も過ぎていた。シノ、絶対一人で待っているだろうな。わたしたちは、大急ぎで帰ると校門前にシノがいた。
 持参してきた本で、読書している。この暑い中、ずっとここで待っていたのだろうか。
「ごめん! シノ!」
 駆け寄ると、シノは気づいて本をパタリと閉じた。
「駄菓子屋、そんな手こずったの?」
 あれ、怒っていない。ずっとここで待たされていたのに、けろりとしている。
「ううん。その、ちょっと話し込んでいた」
 他言は無用。それは親友でも。心は壊したくないから。わたしは後ろの頭をかいた。シノは、その行動にじっと睨むも、そばにいたマドカ先輩に目をやる。
「お疲れ様です。スズカ先輩が待っています」
「まぁ!! スズカさんが!? やっぱり釘の在り処を教えていなかったからね」
 マドカ先輩は、嬉しそうに。わたしと居たときよりすごい嬉しそうに、この場を去った。スズカ先輩がマドカ先輩を執着しているのは分かったけど、マドカ先輩もそれなりにしてるし。
 このところ、喧嘩して肩を落としていたけど、そんなのは全然なくてむしろ元気。満面の笑みで、去っていった。
 マドカ先輩が、ピューと立ち去り残されたわたしたちは、虚無感。仕方なく校門を一緒に入った。
「シノもお疲れ、コルクとか集まった?」
「そうね。代々は。そっちは?」
 ギクリとした。
 だって、シノ切れ長の目でじっとこっちを観察するんだもん。シノの観察力は、些細な行動でも探偵のように、解明する。
 この切れ長の目から、離れられない。
「こっちは、マドカ先輩がいたから準備万端だよ。お菓子は全部発注して届けられるし」
 怪しまれないように、普通に、わたしらしく言った。あれ、わたしらしくてどんなだっけ。
 シノは、じとと睨む。まるで、頭の裏まで見過ごしているような目。
 わたしは耐え切れなくて、シノの後ろに回った。シノは、少し目を見開いて振り向く。
「シノの足も疲れただろうから、わたしが押すね!」
「構わないけど……」
 電動スイッチを消し、車椅子を押した。
 軽い。難なく進む。校門には、段差がなくてバリアフリーになっている。これは、薬物の飲みすぎで人体に影響があった魔女のために、設備したのだろう。
 街の人の税金で。
 玄関はスロープになっていて進むことができる。

 シノと目を合わさなくて良かった。白状しちゃうところだったよ。もう空は夕陽だった。白銀の色だった天井の照明が、真っ赤な果実のように、紅く照らしている。
 夕陽の表現だろう。
 辺りは血のように真っ赤になり、建物の影が大きく、長く伸びていた。
 シノの白い髪の毛が、赤くなっている。まるで、血のようだ。
 腰まである髪の毛は、さらさらしてて風になびくたび、その綺麗さに魅了される。
「ねぇ」
 シノがおもむろに口を開けた。
「何?」
「さっき、嘘ついたでしょ」
 ざぁ、と風が吹いた。強い風がわたしたちを襲う。頬を伝った雫は、冷たかった。もう暑くもないのに、汗を全身にかいている。
「な、なんのこと?」
 平静を保とうと、放った言葉がこれ。
 これが逆に、観察力の強いシノが確信持った。
「慌ててる。心拍数が激しい。汗でてる。ユナ、気づいていないだろうと思うけど、嘘ついたりとか、ごまかすときとか、必ず後ろの頭をかく仕草をつけるの」 
 シノは、淡々と言った。
 開いた口が塞げない。シノの観察眼恐るべし。実際舐めていたのかも。これほどとは。
「別に。ナノカも気づくほど単純よ」
「そ、そんな?」
 シノはやれやれとため息をたいた。わたしのほうを向いた。真面目な表情で。
「何で嘘ついているのか、分からないけど、私にはそのごまかし、通用しないから」
「……シノには完敗だよ」
 トホホ。
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