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Ⅴ 救済の魔女
第76話 クーデター
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わたしの心は朝から、雨模様だ。
何故かというと、今日は二日連休明け仕事だ。リュウとはなんとなく気まずい。ハルトとはもっと気まずい。どうやって、この二人と接すればいいのやら。
「普通でよくない?」
シノがさらりと軽く言った
ここは、わたしとシノが住んでいるルームシェア。わたしたちは今、シノがつくってくれた目玉焼きパンを食べている。とっても美味しい。
「人事だと思って」
わたしは、パクパクパンを貪り食う。
「えぇ、人事よ」
シノは冷たく言った。
砂糖も何も入れてないブラックコーヒーを口にする。砂糖入れてない珈琲は口に合わないのに、よく平気で口にできるなぁ。シノは、カップを置くとわたしの顔をじっと見た。
「大人なのに、子供舌。そんなユナが気に病むほどじゃないわ」
完全に人事だ。
シノは残りの珈琲も飲んで、さっと立ち上がると流し台に。今日は、シノがお休み。わたしは仕事。頭がだんだん重くなってきた。風邪かも。
「風邪じゃないわ。さっさと行きなさい」
頭を抱えて風邪かも、とゼスチャーしたけどシノにはお見通し。丸分かりすぎて、嘘がバレた。わたしは家から、追い出された形でうちを出た。シノのやろう、覚えておきやがれ。
研究室の前に立ち止まった。扉の前で立ち竦む。この扉の向こうには、リュウが資料を読んでて、当たり前みたいにハルトがくつろいでいる。
わたしはもう覚悟を決めた。わたしも普通通りにする。わたしばかり変だと、二人も気まずいもんね。
大きく深呼吸して深く吐いた。
よし、いける。
わたしは扉に手をかけ、一歩足を踏み入れた。驚くことに、リュウもハルトもいない。リュウが寝ているソファーにも、ハルトがくつろいでいる椅子にも、二人の影はない。
心の底からほっとした。
何緊張してたの自分。バカらしく思えた。瞬間、背後からリュウの声が。
「早よ退け。いつまで立ち竦んでるんだ」
相変わらず扉から少し歩いた先で止まっているから、新たに入ってきた人には迷惑かも。というか、リュウが後ろにいる。全然気が付かなかった。忍者かよ。
わたしは恐る恐る振り向く。リュウはスタスタと中に入っていった。指定位置のソファーで寝転がる。朝起きてきたばかりだよね。
「おはよう」
「おぅ、休みの日、孤児院のバザーに行ってたんだ」
リュウの口から思いがけない言葉が。どうして知ってるの。リュウには伝えていないはず。バディだからって、いちいちそんな位置情報してないはず。まさか、ストーカーか。
わたしが慄いていると、リュウは舌を出した。
「ストーカーでも何でもない。普通に分かるわ、白昼堂々あんなにバザーがあるから来いて宣言するやつ、悪目たちしてた」
わたしはかぁの火の手があがった。
そういえば、それしていたかも。バザーが楽しくて、ハルトから告白されたことに、すっかりそんなことを忘れていた。わたし、そんなことしてたわ。思い出すと、恥ずかしい。外に出られない。もう外に出たけど。
そうだ。あの放送は街中に響き渡っている。そりゃあ、リュウも聞こえるよね。
「ごめん、誘ってない」
「別に。寝てたから誘っても行けねぇし。あと、ハルトがいたな」
まさか、リュウは放送を聞いてたんじゃなくて、あそこの現場近くにいたの。ハルトは確かに近くにいた。わたしがしっかり、宣言してるかどうか。大きなお世話、て払ったんだけど結局ついてきて、しつこかった。
「そ、そうだね、ハルトいたね」
緊張が走る。リュウ、なんだか怒っている。言葉には言い表さないけど、眉間にシワを寄せている。何か言いたそうだ。
誘ってくれなかったの、そんなに落ちこんでいるのかも。
「ごめんね、次は絶対誘うから!」
「その話はもういい……ダイキたち、元気だった?」
「元気元気! あとあの二人、実りそう」
後半言った独り言に、リュウは怪訝な表情。わたしは咄嗟に孤児院のある花が開くとごまかした。
リュウは、その後何も言わなかった。少しだけど、リュウと喋れた。嬉しい。わたしだけが変な気分だった。ちゃんと顔を見れば話せるんだよ。
寝転がって、今日買ってきた漫画を読んでいる。子供のころからそのシリーズ好きだな。主人公が悪の組織と立ち向かってヒロイン共々、世界を救う王道ストーリー。
わたしも、一度読んでみると面白くてその漫画でリュウと共通点の話ができた。この漫画は、恋のキューピットだよ。
今もこの漫画のおかげで、リュウと話している。わたしは主人公の一番最初に出会えったヒロインが好きだな。
主人公に一番初めに恋した女の子。いっぱいヒロインはいるけど、この子だけは嫌いになれない。むしろ、自分が投影される。
この漫画の主人公は、悪の組織と立ち向かいながら、ヒロインも救うというハーレム的展開がちょくある。だから、ヒロインの恋敵はいっぱい。だから、応援してるよ。
リュウと久しぶりに会話した。この空間は、凪のように穏やか。時間が止まればいいのにと思った瞬間は、前と後もない。
穏やかに時間が流れていく。砂糖が溶けていくあっという間の時間だった。
漫画の話に夢中で、ハルトが訪れたことに気が付かなかった。コンコンとドアをノックする音で気がついた。
ハルトはもう中に入ってて、わたしたちの注意を引くために鳴らした。ハルトは、ムスゥと頰を膨らませた状態で立っていた。
「なんだ、来たか」
リュウがやらやれと、ため息をついた。あからさまに、邪魔だと目で語っている。ハルトは頰袋を膨らませ、ズカズカ中に入ってきた。
「ハルト様がやってきたのに、二人でいちゃついて、けしからん」
ハルトも定位置の椅子に座る。
ハルトの顔を見て、ドキリとした。気まずかったから、どうも顔が見えない。でもハルトのほうは、案外ケロとしててわたしが思っていたのと違う。
シノが軽く流してたけど、わたしも流せばよかった。変にドキドキして、わたしほんとにばかじゃん。
それに、わたしはリュウのことが好きだ。だから、ハルトのことを振らないと。大丈夫。決心はついているはず。
ハルトは、そういえばと、顔を明るくした。ムスゥと不快に怒っていた姿は何処にもない。
「朝のニュース見たか!? 最近目立ってるよな。クーデター」
「クーデター?」
わたしとリュウがオウム返しに聞き返した。ハルトは、信じられないものをみる表情で「え、もしかして知らないの?」と叫んだ。
早寝早起きするけど、朝のニュースは見ない。決まってその時間帯にある、国民アニメを見ている。見ながらご飯を食べている。勿論シノもね。
リュウは、朝が弱いから朝のニュースなんて見ないだろう。楽観的で何も考えてなさそうなハルトなのに、朝のニュースを見ているなんて、真面目な部分が浮き出しに。
ハルトは、わたしたちに呆れて説明した。最近、いや、10年前から存在していたクーデター。最初はほんの団体だった。それがいつしか、軍に並ぶ数になりクーデターを引き起こしてると。
そのクーデターの理由は、ウルド様が神界に戻り、人間は元の儚い寿命に。長寿だった人間にとって、この限りのある命が窮屈で堪らなかった。もう一度、ウルド様を再び地上に。
わたしとリュウは、耳を疑った。
あんなに戦って、世界のために契を結んでやっと平和になったのに、人間はまた、過ちを繰り返すの?
信じられない。胸がざわざわする。腹の底から、グツグツと煮えたぎる音がする。怒りが込み上がってくる。同時に憐れみと寂しさと悔しさ。
わたしたちが救ったこの世界はまた、破滅へと自ら向かっていく。どうしようもない哀れな感情で。
胸に手を添えてたら、その手に温もりが。リュウの手が添えられていた。グツグツと腹の底から怒りの音が静かになった。
ハルトは話を続けた。
「最近は、クーデターを主催している人間がテレビにも出てきて活動範囲が広くなっている。この街も危ういよ。クーデターを起こしている奴らを、まるで救世主だと、崇める奴らもいる。ほんと、おかしな話」
ほんと、おかしな話だ。そんな奴らは、救世主じゃない。自分たちのエゴを押し付けてくる奴らだ。間違っている。こんな世界、間違っている。
クーデターの話を聞いて、リュウは真剣な表情で黙り込んでいた。リュウのことだから、クーデターをどうにか収まる方法を考えているに違いない。そんな方法、ないよ。
だって、相手は人間だもん。感情がある。感情があるから、クーデターを起こす。悲劇な話だ。
「その、クーデターを起こす人たちは、寿命を長くしたいの? またノルンが降ってくるのに?」
わたしは怒りなの感情を伏せて、訊いた。ハルトは、コテンと首をかしげた。
「そんなの知らないよ。俺、そんな詳しくねぇもん。まぁ、運命の神様を引きずり降ろしたいんだ。寿命を長くさせるのが魂胆だな」
ハルトは、ケロリとして流し台にあるコップを取って、珈琲を淹れた。
何故かというと、今日は二日連休明け仕事だ。リュウとはなんとなく気まずい。ハルトとはもっと気まずい。どうやって、この二人と接すればいいのやら。
「普通でよくない?」
シノがさらりと軽く言った
ここは、わたしとシノが住んでいるルームシェア。わたしたちは今、シノがつくってくれた目玉焼きパンを食べている。とっても美味しい。
「人事だと思って」
わたしは、パクパクパンを貪り食う。
「えぇ、人事よ」
シノは冷たく言った。
砂糖も何も入れてないブラックコーヒーを口にする。砂糖入れてない珈琲は口に合わないのに、よく平気で口にできるなぁ。シノは、カップを置くとわたしの顔をじっと見た。
「大人なのに、子供舌。そんなユナが気に病むほどじゃないわ」
完全に人事だ。
シノは残りの珈琲も飲んで、さっと立ち上がると流し台に。今日は、シノがお休み。わたしは仕事。頭がだんだん重くなってきた。風邪かも。
「風邪じゃないわ。さっさと行きなさい」
頭を抱えて風邪かも、とゼスチャーしたけどシノにはお見通し。丸分かりすぎて、嘘がバレた。わたしは家から、追い出された形でうちを出た。シノのやろう、覚えておきやがれ。
研究室の前に立ち止まった。扉の前で立ち竦む。この扉の向こうには、リュウが資料を読んでて、当たり前みたいにハルトがくつろいでいる。
わたしはもう覚悟を決めた。わたしも普通通りにする。わたしばかり変だと、二人も気まずいもんね。
大きく深呼吸して深く吐いた。
よし、いける。
わたしは扉に手をかけ、一歩足を踏み入れた。驚くことに、リュウもハルトもいない。リュウが寝ているソファーにも、ハルトがくつろいでいる椅子にも、二人の影はない。
心の底からほっとした。
何緊張してたの自分。バカらしく思えた。瞬間、背後からリュウの声が。
「早よ退け。いつまで立ち竦んでるんだ」
相変わらず扉から少し歩いた先で止まっているから、新たに入ってきた人には迷惑かも。というか、リュウが後ろにいる。全然気が付かなかった。忍者かよ。
わたしは恐る恐る振り向く。リュウはスタスタと中に入っていった。指定位置のソファーで寝転がる。朝起きてきたばかりだよね。
「おはよう」
「おぅ、休みの日、孤児院のバザーに行ってたんだ」
リュウの口から思いがけない言葉が。どうして知ってるの。リュウには伝えていないはず。バディだからって、いちいちそんな位置情報してないはず。まさか、ストーカーか。
わたしが慄いていると、リュウは舌を出した。
「ストーカーでも何でもない。普通に分かるわ、白昼堂々あんなにバザーがあるから来いて宣言するやつ、悪目たちしてた」
わたしはかぁの火の手があがった。
そういえば、それしていたかも。バザーが楽しくて、ハルトから告白されたことに、すっかりそんなことを忘れていた。わたし、そんなことしてたわ。思い出すと、恥ずかしい。外に出られない。もう外に出たけど。
そうだ。あの放送は街中に響き渡っている。そりゃあ、リュウも聞こえるよね。
「ごめん、誘ってない」
「別に。寝てたから誘っても行けねぇし。あと、ハルトがいたな」
まさか、リュウは放送を聞いてたんじゃなくて、あそこの現場近くにいたの。ハルトは確かに近くにいた。わたしがしっかり、宣言してるかどうか。大きなお世話、て払ったんだけど結局ついてきて、しつこかった。
「そ、そうだね、ハルトいたね」
緊張が走る。リュウ、なんだか怒っている。言葉には言い表さないけど、眉間にシワを寄せている。何か言いたそうだ。
誘ってくれなかったの、そんなに落ちこんでいるのかも。
「ごめんね、次は絶対誘うから!」
「その話はもういい……ダイキたち、元気だった?」
「元気元気! あとあの二人、実りそう」
後半言った独り言に、リュウは怪訝な表情。わたしは咄嗟に孤児院のある花が開くとごまかした。
リュウは、その後何も言わなかった。少しだけど、リュウと喋れた。嬉しい。わたしだけが変な気分だった。ちゃんと顔を見れば話せるんだよ。
寝転がって、今日買ってきた漫画を読んでいる。子供のころからそのシリーズ好きだな。主人公が悪の組織と立ち向かってヒロイン共々、世界を救う王道ストーリー。
わたしも、一度読んでみると面白くてその漫画でリュウと共通点の話ができた。この漫画は、恋のキューピットだよ。
今もこの漫画のおかげで、リュウと話している。わたしは主人公の一番最初に出会えったヒロインが好きだな。
主人公に一番初めに恋した女の子。いっぱいヒロインはいるけど、この子だけは嫌いになれない。むしろ、自分が投影される。
この漫画の主人公は、悪の組織と立ち向かいながら、ヒロインも救うというハーレム的展開がちょくある。だから、ヒロインの恋敵はいっぱい。だから、応援してるよ。
リュウと久しぶりに会話した。この空間は、凪のように穏やか。時間が止まればいいのにと思った瞬間は、前と後もない。
穏やかに時間が流れていく。砂糖が溶けていくあっという間の時間だった。
漫画の話に夢中で、ハルトが訪れたことに気が付かなかった。コンコンとドアをノックする音で気がついた。
ハルトはもう中に入ってて、わたしたちの注意を引くために鳴らした。ハルトは、ムスゥと頰を膨らませた状態で立っていた。
「なんだ、来たか」
リュウがやらやれと、ため息をついた。あからさまに、邪魔だと目で語っている。ハルトは頰袋を膨らませ、ズカズカ中に入ってきた。
「ハルト様がやってきたのに、二人でいちゃついて、けしからん」
ハルトも定位置の椅子に座る。
ハルトの顔を見て、ドキリとした。気まずかったから、どうも顔が見えない。でもハルトのほうは、案外ケロとしててわたしが思っていたのと違う。
シノが軽く流してたけど、わたしも流せばよかった。変にドキドキして、わたしほんとにばかじゃん。
それに、わたしはリュウのことが好きだ。だから、ハルトのことを振らないと。大丈夫。決心はついているはず。
ハルトは、そういえばと、顔を明るくした。ムスゥと不快に怒っていた姿は何処にもない。
「朝のニュース見たか!? 最近目立ってるよな。クーデター」
「クーデター?」
わたしとリュウがオウム返しに聞き返した。ハルトは、信じられないものをみる表情で「え、もしかして知らないの?」と叫んだ。
早寝早起きするけど、朝のニュースは見ない。決まってその時間帯にある、国民アニメを見ている。見ながらご飯を食べている。勿論シノもね。
リュウは、朝が弱いから朝のニュースなんて見ないだろう。楽観的で何も考えてなさそうなハルトなのに、朝のニュースを見ているなんて、真面目な部分が浮き出しに。
ハルトは、わたしたちに呆れて説明した。最近、いや、10年前から存在していたクーデター。最初はほんの団体だった。それがいつしか、軍に並ぶ数になりクーデターを引き起こしてると。
そのクーデターの理由は、ウルド様が神界に戻り、人間は元の儚い寿命に。長寿だった人間にとって、この限りのある命が窮屈で堪らなかった。もう一度、ウルド様を再び地上に。
わたしとリュウは、耳を疑った。
あんなに戦って、世界のために契を結んでやっと平和になったのに、人間はまた、過ちを繰り返すの?
信じられない。胸がざわざわする。腹の底から、グツグツと煮えたぎる音がする。怒りが込み上がってくる。同時に憐れみと寂しさと悔しさ。
わたしたちが救ったこの世界はまた、破滅へと自ら向かっていく。どうしようもない哀れな感情で。
胸に手を添えてたら、その手に温もりが。リュウの手が添えられていた。グツグツと腹の底から怒りの音が静かになった。
ハルトは話を続けた。
「最近は、クーデターを主催している人間がテレビにも出てきて活動範囲が広くなっている。この街も危ういよ。クーデターを起こしている奴らを、まるで救世主だと、崇める奴らもいる。ほんと、おかしな話」
ほんと、おかしな話だ。そんな奴らは、救世主じゃない。自分たちのエゴを押し付けてくる奴らだ。間違っている。こんな世界、間違っている。
クーデターの話を聞いて、リュウは真剣な表情で黙り込んでいた。リュウのことだから、クーデターをどうにか収まる方法を考えているに違いない。そんな方法、ないよ。
だって、相手は人間だもん。感情がある。感情があるから、クーデターを起こす。悲劇な話だ。
「その、クーデターを起こす人たちは、寿命を長くしたいの? またノルンが降ってくるのに?」
わたしは怒りなの感情を伏せて、訊いた。ハルトは、コテンと首をかしげた。
「そんなの知らないよ。俺、そんな詳しくねぇもん。まぁ、運命の神様を引きずり降ろしたいんだ。寿命を長くさせるのが魂胆だな」
ハルトは、ケロリとして流し台にあるコップを取って、珈琲を淹れた。
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