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Ⅰ 約束
第2話 少女
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あれから10年の歳月が経った。
嵐とは腐れ縁ていう間柄だけで、あの事件が起きて以降、つるんでいない。お互い一緒にいると太陽だけがいないという、孤独と罪悪感に飲み込まれるから。
お互い顔を見ても知らんぷり。一年に一回は一緒にいることがある。それは太陽の命日。
今日がその日だ。
「で、何時に集合て聞いてないの? あんたら」
むっとした表情で呆れた、と声を荒らげる。僕らの幼馴染の他に僕らを知っているのはもう一人いる。幼稚園から高校まで一緒の腐れ縁、瀬戸息せいら。太陽のこと知っている人物の一人。
「聞けないよ。というか、毎年言ってないから」
僕はパサついたパンを一口齧る。
せいらはそれを横目で睨んでくる。パンが欲しいじゃなくて、僕らの関係に腹立っている様子。ここは教室で現在昼休み。
生徒は殆ど他の教室に行ってるせいで、ごく少数人数だ。せいら声はよく響く。この教室から隣の教室まで聞こえたこともある。だからあまり、相談事はしないようにしてるけど、せいらのほうからガンガンコミュニケーションとってくる。
僕らの関係を知っているうえで、面倒見たいのだろう。
「せいら、僕らのことはいいから早くパン食べれば?」
「わかっているちゅうーの! わかってるんだけど、あぁもうっ‼ モヤモヤする! もっと仲良くできるでしょ。というか毎年言ってないのにピッタリ時間合わせられる幼馴染力よ。凄いのか、凄くないのか……いや、単純に言って凄いな」
せいらは一人でうんうん、と頷く。
昼休みの時間は短い。だから早く昼飯を食べたいのに、せいらはお構いなしだ。今日は特に命日なのを知って、ズカズカ入ってくる。
せいらはまだ、配給されたパン一口も噛っていない。昼休みの時間はあと、二十分だ。
「早く食べなよ」
「わかってる」
せいらは眉間にシワを寄せて、パンをムシャムシャ食べる。あまり美味しくないものだけど、あまりにも顔に出ていると、こっちも食欲が失せる。
パサついてて、粉がポロポロ落ちるのでその下にはハンカチを敷いている。
「毎年、この日はどんな会話すんの?」
せいらはパンを齧りながら訊いた。
「特に……無言で終わる」
「ほぉ~手だけ合わせてお終いかい。もっと会話しろや。そうすれば太陽だって、浮かばれるよ。太陽はきっとあんたらが楽しくしていれば――」
せいらははっとして口を閉ざした。
太陽の名前を出して、空気がざわついた。僕らの重い十字架であり、今日になると嫌でも耳にする名前。尊い幼馴染であり、聞きたくもない名前だ。
せいらが黙ったのは、僕の表情がおかしかったから。一体どんな顔してんのかわからない。せいらも黙るほど、恐ろしく険しい表情していたかもしれない。
せいらはそれから小さな声で「ごめん」と呟いた。
太陽が亡くなった場所で嵐と久々に顔を見た。学校でも一緒で、住んでいる場所も家も隣なのに、久々に顔を見た。
あれから何も変わっていない。少年のようなあどけなさが残っている。
お互い会話はしない。あの時、そこに船が置いてあった場所が太陽が亡くなった場所と決まっている。そこに一輪の花を置く。
地球で自然と咲いた花は毒素にやられて枯れるか、黒く灰となる。この花は温室で育った高値の花だ。一輪5万。
五万はこのご時世で手もつけられない。けど、太陽のためなら太陽を想うなら、そこに咲かせる。嵐もピンクの花を持ってきてた。
そういえば、太陽は男の子だったけど可愛いものが好きだったな。さすがにクマのぬいぐるみとかじゃなくて、例えるなら一輪の花が美しい、とかいって何時間も見れるほど。
花を添えて手を合わせる。
風が冷たく、毒素の臭いがつん、とした。10年前はここはまだ、息を吸えるくらい大丈夫な安全圏に入っていた。でも、10年の歳月が経つと空気も全然違くなる。
安全圏が狭くなり、人々の生活も集落も追い詰められてく。ここはもう、住めなくなっている。あまり長くここにいると毒素にやられる。
長居は無用だ。ほんとはもっと長く手を合わせていたい。それは嵐もだ。
帰路につく足はおぼつかない。名残り惜しそうに歩幅が小さくなる。
沈黙が流れる。ただ前を向いて隣は見ない。僕は大空を見上げた。曇天の雲であの日見上げた空より、どす黒くてエデンの星さえ見えない。
濃厚な霧が常にある。
もはや空とも言えまい。すると、ある物を見つけた。空から何かが降ってきてる。ゆっくり飛行している。宇宙船かな。
でも今月の配給は終わったから来月だ。
それ以外エデンから何も恵みも渡されない。配給以外降りてくるはずない。それじゃああれは、なんだ。
「嵐」
「あ?」
久しぶりに名前を呼んだ。
嵐は立ち止まってくるりと振り向く。怪訝な表情で見てくる。僕は空を指差した。空からゆっくり飛行してるもの、それは人だった。
「嘘だろあれ」
嵐も口を呆けた。
僕らはその人が落ちていく場所まで走った。
「あれ女の子だぞ!」
着ていた服がヒラヒラ揺れてたので女性と断定した。僕より足が速い嵐のほうが先に駆け寄る。昔はそんなに差はなかったのに、いつの間にか越されてて距離はもう縮まらない。
女の子は落ちてきているのに、まるで羽が生えているかのようにゆっくり降りてくるし、彼女は死んだように横たわった姿勢で微動だにしない。ゆっくり降りてくるので、着陸してくる場所にすでにたどり着いた。
僕らは手を伸ばした。白いワンピースの服の端に指先を掠めると急に、がくんと降りてきた。慌てて受け止める。女の子と一緒に地面に尻もちつく。
「ぐぉ、重っ!」
嵐は声を荒げた。
「この子、生きてるのか?」
僕は彼女の肩を揺さぶった。
体がすごい冷たい。死んでいるかのように眠っている。ガスが充満した空に長くいたはずなのに、白いワンピースには埃もついていないし、あの空からどうやって降りてきたんだ。
空を何度も見上げても船らしきものは見つからない。
「脈は?」
「ある。けど小さい」
手首の脈を測るとトクン、トクンと小さな鼓動が聞こえる。嵐が「病院に送る」と言って彼女を背中におぶる。
僕もその付き添いに行こうとしたら、嵐に睨まれた。
「オレがしっかりするからお前はもう要は無い」
「心配だからついて行きたい」
じっ、と目を睨み合い、先に顔を逸したのは嵐のほう。嵐は何も言わず歩いていく。僕は背中に背負った彼女の背中を支える。
小さな体で僕らと同い年くらいの女の子だ。
ワンピースが似合う華奢な体で白髪の髪の毛。日焼けしたことないような真っ白な肌、白いワンピースから全身見ても白が印象的な。
街の一つしかない病院までたどり着く。古びた病院で高齢のおじいさん一人が医者で、看護師が二人しかいない。電気はこの前替えたばかりなのに、パチパチと点滅している。
街一つしかないというのに、ガランとしている。やって来るのは将棋仲間ばかり。
「おっちゃーん!」
食堂みたいに病院内に入った。
すぐさま受け付けカウンターから、バタバタと足音が。
「声が大きい! 病院内は静かにしろっつてんだろ!」
嵐よりもこれまた大きな怒声の飛んできた。
現れたのはせいら。せいらはここの病院の娘だ。「お前のほうが声でぇよ」と嵐が呟いたのは言うまでもない。
僕と嵐が二人きりのを見て、せいらは固まる。大きな目をさらに大きく見開かせ次は奇声をあげた。同じように受け付けのほうから「病院内では静かにしろっ!」という怒声が飛んできてせいらは、黙る。
「あんたら、私が面倒観なくても仲良くできるじゃなーい」
うるうる目が潤っている。
今日一番の笑顔でニコニコ笑う。嵐はせいらを押し退け、奥へと進む。背中に背負った少女に気づいて、口をあんぐり。
「あんたらまさか……誘拐っ⁉」
「違う。落ちてきたんだ」
「は?」
僕は嵐のあとを追った。
嵐はズカズカと入っていき、やがて診察室に勝手に入ってく。せいらのおじさんは、びっくりしてたけど相手が嵐ならば、声を荒らげることも叱ることもなかった。
「その子は?」
「空から落ちてきた」
僕と嵐は口を揃えて言った。説明なんてできるわけない。空から落ちてきた、これが事実でありありのままを話している。
「空からって、船から?」
せいらが間に入ってくる。
僕らの一見、おかしな説明になんの疑問も持っていない顔。信じてくれている。
「船はなかった。配給船以外降りてこないし、もしかすると……エデンから?」
しん、と静まり返った。
流石にないか、惑星から地球にまで落ちてきた、という非科学的なこと流石にな。
すると、ベットで眠っていた彼女が起きた。白い髪の毛が白いシーツに広がっている。彼女は薄っすらと目を開けた。
「おい起きたぞ!」
「んなこと見たら分かるちゅうねん!」
「大丈夫⁉」
僕らは彼女のそばに駆け寄ると、彼女はぼんやりした眼差し。
「ここは、何処……?」
嵐とは腐れ縁ていう間柄だけで、あの事件が起きて以降、つるんでいない。お互い一緒にいると太陽だけがいないという、孤独と罪悪感に飲み込まれるから。
お互い顔を見ても知らんぷり。一年に一回は一緒にいることがある。それは太陽の命日。
今日がその日だ。
「で、何時に集合て聞いてないの? あんたら」
むっとした表情で呆れた、と声を荒らげる。僕らの幼馴染の他に僕らを知っているのはもう一人いる。幼稚園から高校まで一緒の腐れ縁、瀬戸息せいら。太陽のこと知っている人物の一人。
「聞けないよ。というか、毎年言ってないから」
僕はパサついたパンを一口齧る。
せいらはそれを横目で睨んでくる。パンが欲しいじゃなくて、僕らの関係に腹立っている様子。ここは教室で現在昼休み。
生徒は殆ど他の教室に行ってるせいで、ごく少数人数だ。せいら声はよく響く。この教室から隣の教室まで聞こえたこともある。だからあまり、相談事はしないようにしてるけど、せいらのほうからガンガンコミュニケーションとってくる。
僕らの関係を知っているうえで、面倒見たいのだろう。
「せいら、僕らのことはいいから早くパン食べれば?」
「わかっているちゅうーの! わかってるんだけど、あぁもうっ‼ モヤモヤする! もっと仲良くできるでしょ。というか毎年言ってないのにピッタリ時間合わせられる幼馴染力よ。凄いのか、凄くないのか……いや、単純に言って凄いな」
せいらは一人でうんうん、と頷く。
昼休みの時間は短い。だから早く昼飯を食べたいのに、せいらはお構いなしだ。今日は特に命日なのを知って、ズカズカ入ってくる。
せいらはまだ、配給されたパン一口も噛っていない。昼休みの時間はあと、二十分だ。
「早く食べなよ」
「わかってる」
せいらは眉間にシワを寄せて、パンをムシャムシャ食べる。あまり美味しくないものだけど、あまりにも顔に出ていると、こっちも食欲が失せる。
パサついてて、粉がポロポロ落ちるのでその下にはハンカチを敷いている。
「毎年、この日はどんな会話すんの?」
せいらはパンを齧りながら訊いた。
「特に……無言で終わる」
「ほぉ~手だけ合わせてお終いかい。もっと会話しろや。そうすれば太陽だって、浮かばれるよ。太陽はきっとあんたらが楽しくしていれば――」
せいらははっとして口を閉ざした。
太陽の名前を出して、空気がざわついた。僕らの重い十字架であり、今日になると嫌でも耳にする名前。尊い幼馴染であり、聞きたくもない名前だ。
せいらが黙ったのは、僕の表情がおかしかったから。一体どんな顔してんのかわからない。せいらも黙るほど、恐ろしく険しい表情していたかもしれない。
せいらはそれから小さな声で「ごめん」と呟いた。
太陽が亡くなった場所で嵐と久々に顔を見た。学校でも一緒で、住んでいる場所も家も隣なのに、久々に顔を見た。
あれから何も変わっていない。少年のようなあどけなさが残っている。
お互い会話はしない。あの時、そこに船が置いてあった場所が太陽が亡くなった場所と決まっている。そこに一輪の花を置く。
地球で自然と咲いた花は毒素にやられて枯れるか、黒く灰となる。この花は温室で育った高値の花だ。一輪5万。
五万はこのご時世で手もつけられない。けど、太陽のためなら太陽を想うなら、そこに咲かせる。嵐もピンクの花を持ってきてた。
そういえば、太陽は男の子だったけど可愛いものが好きだったな。さすがにクマのぬいぐるみとかじゃなくて、例えるなら一輪の花が美しい、とかいって何時間も見れるほど。
花を添えて手を合わせる。
風が冷たく、毒素の臭いがつん、とした。10年前はここはまだ、息を吸えるくらい大丈夫な安全圏に入っていた。でも、10年の歳月が経つと空気も全然違くなる。
安全圏が狭くなり、人々の生活も集落も追い詰められてく。ここはもう、住めなくなっている。あまり長くここにいると毒素にやられる。
長居は無用だ。ほんとはもっと長く手を合わせていたい。それは嵐もだ。
帰路につく足はおぼつかない。名残り惜しそうに歩幅が小さくなる。
沈黙が流れる。ただ前を向いて隣は見ない。僕は大空を見上げた。曇天の雲であの日見上げた空より、どす黒くてエデンの星さえ見えない。
濃厚な霧が常にある。
もはや空とも言えまい。すると、ある物を見つけた。空から何かが降ってきてる。ゆっくり飛行している。宇宙船かな。
でも今月の配給は終わったから来月だ。
それ以外エデンから何も恵みも渡されない。配給以外降りてくるはずない。それじゃああれは、なんだ。
「嵐」
「あ?」
久しぶりに名前を呼んだ。
嵐は立ち止まってくるりと振り向く。怪訝な表情で見てくる。僕は空を指差した。空からゆっくり飛行してるもの、それは人だった。
「嘘だろあれ」
嵐も口を呆けた。
僕らはその人が落ちていく場所まで走った。
「あれ女の子だぞ!」
着ていた服がヒラヒラ揺れてたので女性と断定した。僕より足が速い嵐のほうが先に駆け寄る。昔はそんなに差はなかったのに、いつの間にか越されてて距離はもう縮まらない。
女の子は落ちてきているのに、まるで羽が生えているかのようにゆっくり降りてくるし、彼女は死んだように横たわった姿勢で微動だにしない。ゆっくり降りてくるので、着陸してくる場所にすでにたどり着いた。
僕らは手を伸ばした。白いワンピースの服の端に指先を掠めると急に、がくんと降りてきた。慌てて受け止める。女の子と一緒に地面に尻もちつく。
「ぐぉ、重っ!」
嵐は声を荒げた。
「この子、生きてるのか?」
僕は彼女の肩を揺さぶった。
体がすごい冷たい。死んでいるかのように眠っている。ガスが充満した空に長くいたはずなのに、白いワンピースには埃もついていないし、あの空からどうやって降りてきたんだ。
空を何度も見上げても船らしきものは見つからない。
「脈は?」
「ある。けど小さい」
手首の脈を測るとトクン、トクンと小さな鼓動が聞こえる。嵐が「病院に送る」と言って彼女を背中におぶる。
僕もその付き添いに行こうとしたら、嵐に睨まれた。
「オレがしっかりするからお前はもう要は無い」
「心配だからついて行きたい」
じっ、と目を睨み合い、先に顔を逸したのは嵐のほう。嵐は何も言わず歩いていく。僕は背中に背負った彼女の背中を支える。
小さな体で僕らと同い年くらいの女の子だ。
ワンピースが似合う華奢な体で白髪の髪の毛。日焼けしたことないような真っ白な肌、白いワンピースから全身見ても白が印象的な。
街の一つしかない病院までたどり着く。古びた病院で高齢のおじいさん一人が医者で、看護師が二人しかいない。電気はこの前替えたばかりなのに、パチパチと点滅している。
街一つしかないというのに、ガランとしている。やって来るのは将棋仲間ばかり。
「おっちゃーん!」
食堂みたいに病院内に入った。
すぐさま受け付けカウンターから、バタバタと足音が。
「声が大きい! 病院内は静かにしろっつてんだろ!」
嵐よりもこれまた大きな怒声の飛んできた。
現れたのはせいら。せいらはここの病院の娘だ。「お前のほうが声でぇよ」と嵐が呟いたのは言うまでもない。
僕と嵐が二人きりのを見て、せいらは固まる。大きな目をさらに大きく見開かせ次は奇声をあげた。同じように受け付けのほうから「病院内では静かにしろっ!」という怒声が飛んできてせいらは、黙る。
「あんたら、私が面倒観なくても仲良くできるじゃなーい」
うるうる目が潤っている。
今日一番の笑顔でニコニコ笑う。嵐はせいらを押し退け、奥へと進む。背中に背負った少女に気づいて、口をあんぐり。
「あんたらまさか……誘拐っ⁉」
「違う。落ちてきたんだ」
「は?」
僕は嵐のあとを追った。
嵐はズカズカと入っていき、やがて診察室に勝手に入ってく。せいらのおじさんは、びっくりしてたけど相手が嵐ならば、声を荒らげることも叱ることもなかった。
「その子は?」
「空から落ちてきた」
僕と嵐は口を揃えて言った。説明なんてできるわけない。空から落ちてきた、これが事実でありありのままを話している。
「空からって、船から?」
せいらが間に入ってくる。
僕らの一見、おかしな説明になんの疑問も持っていない顔。信じてくれている。
「船はなかった。配給船以外降りてこないし、もしかすると……エデンから?」
しん、と静まり返った。
流石にないか、惑星から地球にまで落ちてきた、という非科学的なこと流石にな。
すると、ベットで眠っていた彼女が起きた。白い髪の毛が白いシーツに広がっている。彼女は薄っすらと目を開けた。
「おい起きたぞ!」
「んなこと見たら分かるちゅうねん!」
「大丈夫⁉」
僕らは彼女のそばに駆け寄ると、彼女はぼんやりした眼差し。
「ここは、何処……?」
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