約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅰ 約束 

第5話 一緒に

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 嵐はあんぐりした。
「一緒にっ⁉ こいつと一緒に⁉」
「そうだよ。席はここ」
 明保野さんは自分の席の前の席を指差した。嵐はジタバタ暴れる。
「離せっ‼ この」
「なんでそんな嫌がるの。みんなで食べたほうが美味しいよ」
 暴れる嵐の腕をがっちり掴んで離れまいとしている。さらに胸に当たって振り払えない。助けろ、と口パクでせいらの顔を見ている。せいらは何もしなかった。
「そんなことしている昼休みなくなるよ」
 せいらは席を指差して言った。嵐にぎろりと睨まれる。ついでに僕も睨まれた。嵐は僕と同じ空間にいたくないだけ。僕もだ。でも正直言ってずっとこのままずっとは嫌だと思っている。
 でもいざ、この場をもちかけられる緊張と不安で押し潰されて声がでない。昼休みの時間はまだある。でもせいらと明保野さんが焦らすように、席につけと言ってくるので、嵐は時間よりも、目の前にいるしつこい女に悩まされる。

 大きな舌打ちついて、ドカと席に座る。僕の斜め席だ。嵐は席についたものの、体ごと向こうを向いている。
 明保野さんはやり切ったという感じで自分の席に座り、配給パンを一口かじる。
「何このパサパサ!」
 一口食べての感想がこれ。
「でしょお。まだパサパサパンのほうがマシよ。それよりももっと酷いのが、カビが生えているパンがたまに配給されることあるの」
 せいらは明保野さんにハンカチを渡して、自慢げに言った。
「僕それ食べたことあって、一週間は生死さまよったよ」
 僕は苦笑して言うと、明保野さんは大きく目を見開いてくれた。他愛もない会話をする。授業の話だったり、地球の話だったり、他愛もない話でも明保野さんは表情コロコロ変えて聞いてくれる。
 嵐はパンを食べたら、さっさと立ち去っていった。嵐がいないことに気がついたせいらは、声を小さくした。
「あーちゃん、ありがとう」
「何が?」
「嵐と空を一緒の空間にさせて」
 あーちゃんとは、明保野のこと。明保野と呼ぶには長いのでせいらは勝手に「あーちゃん」と呼んでいる。あーちゃんは目をぱちくりさせた。
「あの二人幼馴染なんでしょ? 普通にすればいいのに。なんであんな避けてんの?」
 無垢な表情。せいらは言葉に詰まった。
「幼馴染だけど、決して仲いいとは言えない。幼馴染がもう一人いること知っているよね?」
 僕は彼女に過去のことを話した。彼女は終始じっと話を聞いていて、過去の出来事について初めて他人に話した。 
 明保野さんは過去話を聞いて「そっか」と返した。切ない表情。ポツリと呟いた。
「でも約束は終わっていない」
「え?」
 僕は聞き間違いかと思って彼女を凝視した。彼女は真っ直ぐな瞳で真剣な顔。
「約束をつけた本人がいなくても、約束はずっと続いている。だって約束を交したのは三人。空くんと嵐くんがいる限り、死んでいない。約束を果たすためには二人の力が必要」 
 僕は小さい頃の記憶を思い出した。
 あの日交わした約束。

『三人でエデンに行こう』

 太陽はいなくなったけど、この約束だけはまだ死んでいない。まだ、僕らの胸に残っている。どうしてこんな大事な約束を忘れていたのだろう。
 太陽がいなくなって、無意識にそれさえも忘れていた。幼馴染として、一番理解していた人間として恥だ。

 僕は背中を叩かれたように教室を飛び出し、校舎のどこかにいる嵐を探す。嵐は人の中で人を笑わすことに長けていた。もう随分見ない光景だ。あれから、嵐は人が変わったように、人混みをさけて一匹狼でいる。
 僕はしっている。嵐はいつも、一人で誰もいない教室で食べていること。度々くる悪い先輩たちと戲れている。
 嵐がいるのは、そこだ。直感する。その教室の扉を開けると、嵐はやっぱりそこにいた。扉を叩きつけるように開けたので、扉が縁から外れて大きい音を立てて崩れ落ちた。
 教室内に灰色の埃がブワッと舞う。
 すぐさま窓を開けて換気。高いところにあるほど毒素が多い。ここは2階で、換気は全くしていない。
 そのせいで、カビ臭い。
「嵐、ごめん」
「何の用だよ」
 嵐はゴホゴホ咳き込み、たった今開けた窓をすぐに閉めた。埃は外に逃げて少しだけ、室内は明るい。まだカビ臭いが。
 嵐はギロリと睨んで、壊した扉を起こして縁に取り付ける。
「話があるんだ」
「オレにはない」
 近くにいるのに目が合わない。僕は距離を詰めてもプイと離れる。こんなに拒否られてる、話はまともにできない。でも伝えたいことがある。
 10年間逃げていた距離とこの大きな壁に、ようやく目を向けれる。
「あの日星を見に僕と嵐と太陽――」
「太陽の話はすんなっ‼」
 太陽の名前を聞いて怒鳴り散らした。怒りで体が震えてる。怒声が廊下まで響きわたって、他の生徒たちが覗きにくる。

 嵐は舌打ちして、扉を閉めた。
 僕の肩を押して、室内の壁際まで行く。目の奥の眼光は光ってて鋭利な刃物みたいだ。
「てめぇ、どういう御身分だ。あいつの名前を出すことはオレたちには軽くない!」
「もうそろそろ、前を向いてもいい頃だ。嵐、覚えてる? あの日、太陽と三人で交わした約束」
「約束?」
 嵐はオウム返しに口ずさんだ。
 今にでも食ってきそうな勢いだったのが、シュウと風船の膨らみが消えていくように落ちていく。
 あの日交わした約束。
 あの日三人と交わした約束。
 忘れるはずがない。
 嵐はみるみるうちに血相を変える。
「三人で、エデンに……」
「そうだ。その約束はまだ死んでない。僕らがいる限りまだ、生きている。太陽はまだここにいるんだ。嵐、ここで立ち止まったらそれこそ、太陽に顔向けできない」
 僕はじっと嵐の顔を見た。
 嵐は俯いてた顔を上げ、覚悟を決めた表情。心の中の重いものがストン、と抜け落ちたような安心した顔つきにもみえる。


 10年見てみぬふりしていた距離が縮まった。太陽と交わした約束を今度こそ果たすためには、己自身が向き合い、前を見ること。その覚悟と勇気を奮い立たせてくれたのは明保野さんのおかげだ。
 帰り際お礼を言うと彼女は、照れくさく笑った。彼女からみれば、ただの仲が悪くなった関係だ。
「その約束て、何なの?」
「『三人でエデンに行こう』ていう約束」
 僕はどす黒い雲で覆われた大空を指差した。その雲の向こうには、約束の地がある。明保野さんは上空を見上げてキョトンとした。
「エデンて、アダムとイヴの?」
「豊かな水と空気、全ての命が宿る星、まるで理想郷のようだと思って、地球の民は『エデン』と名付けたんだ」
 最近はちっとも見れなくなった惑星。
 晴れの日でも微かに見えるか、見えないになってきた。
「昔はよく見えてたのになぁ」
 大空を見上げて昔のことを、昨日のことのように思い出す。あの日見上げた空はまだ、こんなんじゃなかった。10年の間地球は酷く劣化している。
「でも実際はどうなんだろうね。僕は見たことないから知らないけど、エデンの民はずる賢いよ。自分たちだって、地球の民だったくせに地球を捨ててなおかつ、地球の民を殺している。エデンで死んだ遺体とか、廃棄物は地球に落としているんだって。僕らがいるのに、いつまでたってもこんな環境だ」
 僕は大きなため息つく。

 すると、さっきまで隣で歩いていた明保野さんの気配がないことに気がついて、振り向くと、明保野さんは苦しそうにその場で蹲っていた。
「明保野さんっ! 大丈夫⁉ ごめん、僕何かしたかな?」
 僕は慌てて駆け寄ると、彼女はボソボソ何かをつぶやいていた。
「いさなんめごいさなんめご、いめし、らしは、れだ、れだれだ、はしたわのぼけあれだ?」
 まるで壊れたロボットのように同じ言葉を繰り返す。何度も名前を呼んでも、全然こっちを見ない。大きな瞳はずっと、瞬きもせずに一点だけ見つめている。
 目が乾いてつぅ、と透明な雫が頬を伝うと、彼女ははっとして顔を上げた。
「あれ? わたし、どうして泣いてんだろ?」
 涙をゴシゴシと服で吹く。僕はハンカチを手渡すとニコリと笑って受け取った。今のは何だったんだ。見たことない一面だ。いいや、よくよく考えれば彼女は記憶喪失者で本来の性格を知らない。もしかしたら、本当の一面があるのかも。僕らの知らない彼女の一面が。

 明保野さんは何事もなく接してくる。いつものニコニコの笑顔を見せて。
「ずっと気になってきたけど、あの白い像は何?」
 明保野さんは塔の上にたっている白い像を指差した。聖母マリア像のように女性型で、両手を胸の前で手を合わせている。
「あれは『白い像』だよ」
「そのまんまだね」
「あのかたは、ずっとこの地球を守ってくださっている唯一の神様じゃ」 
 僕と明保野さんの間に割り込んできたのは、僕のおばあちゃん。おばあちゃんは杖を付きながら歩いてきた。明保野さんをじっと見ると、怪訝な表情をした。
「なんだか、胡散臭いにおいがプンプンするね。あんた、エデンからの追放者じゃないだろうね」
「おばあちゃんそれはないだろ。明保野さんは僕らの大事な友達だ」 
 かっとなって抗議すると、おばあちゃんに叩かれた。軽く。おばあちゃんは小さな歩幅で立ち去っていった。まだぶつぶつ何か言っているけど、もう聞こえない。

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