約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅱ 地球とエデンの革命 

第14話 エデンへ

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 おばあちゃんは静かに言った。
「地球で生まれたなら地球で死にたい。ここはどんなに過酷な環境でも故郷には変わりない。見捨てることあろうか。生まれた場所から離れたくない。わたしゃ地球に残る。あんたらは好きにせい」
 おばあちゃんは襖を閉じて、一切顔を出さなかった。母さんはやれやれとため息ついて、考えておくと答えた。
 僕は母さんも連れてエデンに行きたい。おばあちゃんは無理だけど。
 母さんの中でおばあちゃんを置いていけないのと、エデンに行きたいという葛藤がある。僕はそこつく。薬や食べ物、蝿や寄生虫がいない豊かな国、まさに理想郷。誰もが一度は行ってみたいもの。揺らいでいた心は一気に傾いた。
「おばあちゃんも行ってこい、て言ってるし行きましょうか」
 母さんも荷物の整理を。
 整理をしているとき、おばあちゃんは一切襖から顔も音も出さなかった。昔から風変わりでよく分からない人だと思っていたが、今回助けてくれたことすごく感謝している。
 だから行く前にちゃんと感謝を伝えないと。襖の前に立った。相変わらず音がないから、そこにおばあちゃんの気配は感じられない。他に出口はないからここにいると断言する。
「おばあちゃん、今日、助けてくれたことすごく感謝している。おばあちゃんが来なかったら多分……殺されてた。ありがとう」
 襖の奥から何も聞こえない。
 暫くしてからスズと鼻水を啜る音が聞こえて、僕はその場から立ち去った。おばあちゃんに最後の別れを言って、今まで育ってきた我が家をあとにした。

 地球に残る人は割といる。せいらのおじさんだってこの地に残るらしい。理由はおばあちゃんと同じ。地球で生まれたなら地球で死にたい。よく見てみると集まった中でお年寄りの人がいない。
 人生長い分だけこの地に留まる。故郷を捨てたくない想いがこの地に留まらせているんだ。
「街にもうロボットがいた。早く出航しよう」
「あぁ」
 もうロボットが動き出したのか。近くの人たちの会話を盗み聞きして、焦燥感にかられた。船の場所ではエデンに行く人間がごっちゃがえていた。
「革命だよね」
 ふと、せいらが呟いた。
「革命?」
 僕はオウム返しに訊いた。革命とは自由を得るために下層国民が上層国民に反逆を企てること。確かに下層国民が上層国民に抗った。今の今までなかった事例だ。
「今、エデンに行くために立ち上がった。序章かもしれない。けれど、今の今までになかった。これは全部あーちゃんのおかげだね」
 せいらは嵐の背中に背負わされた明保野さんを眺めて穏やかに笑った。明保野さんと出会えて約束のこと、エデンへの憧れがより強くなったこと、そして地球の民全員がエデンの民に立ち向かうため立ち上がった。これは明保野さんが空から降ってきて約一ヶ月もない期間でこれだけのこと。
 一体何があったのやらと目を疑う。

 良太は弟さんを抱えてやってきた。エデンにある超速攻な治療法があるからその為。良太の家の弟さんは疫病だってこと、近隣住民は知っているし知っている人たちからざわざわと煙たがられている。
「けっ。人をバケモンみたいに避けやがって」 
 良太は悪態ついた。
 弟さんは分厚い毛布で包まれピクリとも動かない。腕はだらりと垂れていてその肌は青白くて生きているのを疑うほど。良太の背中にいるせいでか、とてつもなく小さく感じる。確か、歳の差は二つで今年は一六歳なのに、10歳くらい幼く小さい。栄養失調のようにその腕は細く、握れば簡単に折れそうな。
「慣れているからってあんたマスクしなさいよ」
 せいらは懐から分厚めのマスクを良太に差し出した。が、良太は受け取らない。
「俺はずっとこいつの看病しているが、かかった覚えはねぇ。それにそんなの借りたり後が怖ぇからよしとく」
「あらそう。あらそうなの。元気ねぇ。馬鹿だから?」
 せいら、やめて。
 無駄な争いが起きようとしている。火花がバチバチに散って空気が凍てつくように痛い。すると、周りの監視をしていた人たちがバタバタと慌てて駆け寄ってきた。まるで本物の化物を見たかのような恐ろしい形相で。
「大変だ! 大変だっ‼ もうすぐそこに監視ロボットが来ている! 急いで出航させろ!」
「しかも見たことねぇ殺戮マシーンだ! 既に殺されてる奴がいる!」
 周りはざわっと恐怖に戦いた。
 エデンはすぐに代えのロボットを下ろした。まだ一日も経っていないのに、配給船がきたわけでもないのに一体どうやって運んだのか。
 周りは恐怖に一気に染まった。それまでエデンに行けれると高揚していたのが嘘のように、沈黙に包まれている。
 殺戮マシーンがくるとなると、平穏に穏やかに生きたいと願う者が先に挫折する。せっかく立ち上がったのに、エデンの民はこれが狙いなのか。奥歯がギシリと鳴った。体が怒りで震える。こんな体験は初めてだ。
「それでもオレは行く。誰になんと言われてもな」
 嵐が言った。静まり返る空間でやけに響く。一斉に嵐の顔を凝視する。嵐は何も間違ったこと言っていないと正義の顔をしている。
「ここにいる何人か折れても別に構わねぇ。これに勝ったら本物の安息がある。それを諦めた連中なんかほっとけ」 
 周りがまたざわついた。嵐は鋭い目つきで周りを一瞥した。嵐の士気に当てられたのか周りは、顔を上げた。
「そうだ! これを乗り越えれば本物の楽園がある。行こうエデンに!」
 みんなの士気が一つになった。
 腕を振り上げ船に乗り込む。四つの船があって地区に別けられた。僕らが乗る船は当然自ら修理して掃除した船だ。

 仮にその船を一号と名付けよう。その隣にある真っ赤な船は二号。まるで某海賊船のように海賊の旗がある船を三号。一番小さい船が四号。まず一号から出航した。
 乗っている間はふわりと浮いた感覚なくて、窓から外を見てみたらもう既に、大地から切り離されていてこの船が浮いていることにようやく気付く。
「浮いてる!」 
「オレら浮いているぞ! 人がごみのようだ」
 せいらと嵐がきゃっきゃとはしゃぐ。その場でジャンプしてて子供みたい。でもその様子を眺めていると僕もつられて窓の外を見上げてみた。だんだんと地上が小さくなっていく。せいらの病院、学校、自分の家、生まれ育った場所を上から見上げると途端に、きゅうと胸が締め付けられた。

 生まれ育った場所、いつかエデンに行こうと三人で約束した丘、どれも思い出が詰まった場所。名残惜しさがます。特におばあちゃん一人を残したことに。無理矢理にでも連れてきたほうが良かったのか。いいや、頑固なおばあちゃんだから爪が割れてでもその場にしがみつくから無理な話だ。
「やったようやく……ようやくエデンに!」
 良太は感極まって弟さんの手をずっと握りしめていた。その隣で寝ている明保野さんがうっすら目を開けた気がした。
「明保野さん。僕らエデンに行くんだ。船を改造してね」
 僕は明保野さんに話しかける。
 明保野さんからは返事はないがうっすらと開いた瞳がゆっくり、僕の顔を見た。久しぶりに明保野さんの目を見た。明保野さんは無表情でそれでいて、何度か瞬きする。

 みるみるうちに血相変えた。
「エ、デン?」
 掠れた声。細目がだんだん瞳孔が開き、丸い瞳が更に丸くなった。
「うん。そうだよ。約束のことも、こうして全員が立ち上がったのも、全部明保野さんのおかげなんだ」
 僕は優しく言うと、彼女はぷるぷる震えた。
「わ、わたしの? 今すぐ……」
 バタンと明保野さんがベットから倒れた。元々二人寝そべっているから、両者共範囲が狭い。身を乗り出すようにジリジリと外側に行くので、やばいと思った瞬間には地に吸い込まれるように倒れた。
 バタン、と大きな音が響いた。
 その音を聞いて駆けつけてやってきたの嵐とせいらたち。
「なにやってんの!」
 せいらが僕を蹴って明保野さんを抱えた。
「あーちゃん大丈夫⁉」  
「おいおい何が一体どうしたんだよ」
 血相変えるせいらの横でわしわし、頭の後ろをかく嵐が聞いてきた。僕は尻もちついたまま呆然。
「分からない。いきなり」
 明保野さんは苦しそうに悶ていた。床に落ちたとき毛布も一緒におちた。せいらの着ている冬服を着ていた。派手でもなく、地味でもなく、灰色のブカブカのセーターとその下には何枚か着ている。それなのに、ぶるぶる震えてる。
「明保野さん、一体どうし……」
「今、すぐ、降りて」
 かろうじて喋った言葉はこれ。
 切羽詰まった息使い、その目は潤い、僕たちをしっかりと認識していた。
「降りる? 冗談じゃない。せっかく治せるんだ。こんな機会みすみす逃すものか!」
 良太が叫んだ。せいらがきつく睨む。
「そうだ。こんな機会みすみす逃したらオレたちどうなる。一生汚物と過ごすんだぜ。汚物を触ったり食べなきゃいけないときがある。もうあんな思いはごめんだ」
 嵐も全否定。僕は口にしなかったけど、喉から出そうになった。『地球になんかに降りたくない』と。


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