約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅲ 約束の地 

第19話 宮殿へ

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 そんなの向けりゃ、そりゃ、そんな反応する。あまり出雲くんをいじめないでほしい。
「貴族様だぞ。身をわきまえろ!」
 嵐がせいらを指差した。せいらはむっとしてその腕をペシッと払いのける。出雲くんはゴロゴロと転がって僕にすがりつく。助けて、という表情。行く前からこんなんじゃやるせない。

 出雲くんを必死に宥めてやっとふた手に別れた。宮殿はここから三㌔ある場所。交通は走るしかない。もちろん隠れながら。
「ほら頑張ってっ!」
 後ろを走る今も倒れそうな走り方をする出雲くんに声かけた。
「待っ……待って……はぁ、おぇ、まってぇ」
 走りの原型も留めないグニャグニャな走り方で、三分も経たないうちにすぐに、休憩をとる。
「出雲くん頑張って! こんなんじゃ明日の朝までかかりそう」
「ごめ、ごめんねぇ」
 うぅと汗なのか涙なのか分からない大粒な雫がポタポタと滴り落ちて、二重顎や顔全体がテカっている。
「休憩しようか」
「そう、する……」
別荘からそれ程遠くない。屋根が遠目からでも見えて、少ししか走っていないのだと理解する。出雲くんは肩で大きく息を吸っていた。全力疾走したかのように体はぐにゃりと伸びていて、汗もすごいし、この状態で3㌔ある場所まで迎えるのか。せいらたちのほうが着くのが速いきがする。僕らが先にセキュリティを甘くすれば、門番のロボットも街中にいるロボットも止めれる。僕らが課題なんだ。
「ごめんね」
 ふと、足元にいた彼が泣き出しそうな声で搾り取るように呟いた。泣いているのか、と思って振り返ると彼は首を項垂れている。
 ゼェハァと喉を押しつぶしたような苦しい吐息。僕は背中をさすった。すると、ふらふらと腰を浮かせた。
「大丈夫。行こう」  
 子鹿のようにブルブル震えている。ほんとに大丈夫なのかと心配なので、隣りで歩く。
「こんなところで時間食ってる場合じゃないからね」
 額からシャワーのように汗が滴り落ち、どっと疲れた顔してる。彼がどうしてここまで必死になるのか。
「出雲くん、どうしてそこまで」
「はぁはぁ……そりゃ地球の人が困っていたら助けるよ。本当は僕たちと同じ血を通った人間なんだから、エデンの民とかそんなの関係ない」
 息を切らせながら途切れ途切れに言った。僕の目はうるっと潤った。エデンの民も地球の民も関係ない。そう思っていてもジェラシーを抱き続け、それをエデンの民である出雲くんから言われるとは思わなかった。


 出雲くんの隣で走り、倒れないように支える。 一歩一歩踏み出して確実に近づいてく。別荘を出て早30分が経った。宮殿まで程遠い。住宅街を抜けるのもやっとで路地裏を隠れながら行き来しているので、時間がかかる。緊張と不安が大きく重なり重圧がのしかかる。宮殿の建物も全く見えない。近くなのに建物のた、の字も見えない。処刑の時間が迫っているのに。

「おい」
 背後から声をかけられた。びくりと体を震わす。
 見つかった。ロボットがすぐに来る。
 背筋につぅ、と冷たい汗が伝って心臓がバクバク脈打つ。外に漏れているのではないかと思うほど。足音が近づいてくる。こっちにくる。逃げたいのに、足の裏がピタリと地面についていて離れられない。
「おいって、聞いてんだろ。人質を助けに行くぞ」
 その士気の高まった声色に一瞬思考が停止して、ある人物の顔が思い浮かべた。恐る恐る振り返ってみる。この声は……。
 人影の影が僕たちの足元まで伸びていてる。その人物は……良太だった。
「りょ、良太!」
 驚愕と安堵が重なって声がうわずった。影が異様に大きくて化物みたいな形だったのは背中に弟くんをおぶっていたから大きく見えたんだ。
「こんなところで何してんだよ。大勢が捕まっているときに」
 良太はぶつぶつ文句を言って近づいてくる。出雲くんはひっ、と小さな悲鳴をあげた。良太は僕の知っている限り体が大きくて肌は黒く焼けていて、近づくものを寄せ付けないオーラをまとって知らぬ人には怖い印象を受ける。話せば分かってくれる凄く努力家の人間だ。
「大丈夫。この人は良太っていって僕の仲間なんだ」
 僕は優しく彼を宥めた。仲間と聞いて、出雲くんは目を光らせた。
「そうなの⁉ 僕は出雲。よろしくね!」
 地球出身と聞いて彼は目を輝かせる。さっきは怯んでいたのに一歩前のめりになってジロジロ見ている。頭のてっぺんから足の爪先まで。良太は出雲くんのコロコロ変わる反応に少し引いている。怖がられることに慣れていて興味を示してくれる人はいなかったから。

 僕らは人質奪還のために宮殿に向かっていること。宮殿にあるセキュリティ線を破壊すれば、街中のセキュリティを壊すことが可能。良太はこの話にすぐに食いついてくれた。
「なるほどな。話はわかった。でも、ここからその宮殿は遠いぜ?」
 良太は呆れながら言った。処刑まであと30分しかないのに、課題がクリアされていない。良太は普通に街中を歩いていた。
「そんなの、家ん中入って服を掻っ攫うだろ。普通。あんな汚い服じゃ、どうみても怪しまれるからな」
 良太は「不法侵入」と「強盗」を当たり前みたいにやってみせた。そんな考え全く思いつかなかった。出雲くんの別荘宅で服を借りれば良かったな。
「兄ちゃん、服ならここにあるよ」
 背中で息を潜めてた弟くんが口を開いた。何年も床に伏せていて街中の住民から「元気にしているの?」と聞いてくる。遠回しに生きている? と聞いてくるようなものだ。一年一年、それに良太は耐えていた。
 弟くんの姿を隠すように包んでいた布からひょっこり顔を出した。
「おい、顔が見えるだろ」
 良太は面倒くさそうに言った。弟くんは何年も床に伏せていたとは思えないほど、肌がツヤツヤになり目は生き生きとしている。でも頬は痩せこげやせ細っている。 
「蘇生術台でやったの?」
「あぁ、不法侵入したお宅でな」
 蘇生術台でも肉つきは変えられないのか。当たり前か。
「時間がなくてな【体脂肪増加】はできなかった。でも見ろ。顔色も良くて話せてる」
 良太は今まで見たことない優しい顔で弟くんの顔を見た。
「良かった」
 ほんとに心の底から良かった。ん? 弟くんは話せるのに明保野さんは治っても眠ったまま。個人差があるのかも。
 不法侵入したお宅で盗んだ服を弟くんが腕いっぱいに持っていて、それを貸してもらった。もう時間がない。ここからは走っていく。 
「おいデブ、さっさとしろ」
 良太はきつく出雲くんを睨んだ。出雲くんは子鹿が走っているようにヘナヘナで周りに大粒の汗を飛沫しながら走っている。今にでも転けそう。そんな出雲くんを見て良太は大きな舌打ちした。
「弟を頼む」
「あ、うん」
 弟くんを僕に任せて出雲くんに歩み寄り、背中に乗せた。出雲くんはもうぐったりしていて、脂肪が上乗りになると良太はウェ、という顔をした。
「しっかり持てよ」
 良太は僕の目をじっと見て、弟くんを顎で指差した。
「分かってる」
「信頼してますからね」
 弟くんからもこの声をもらい、落としたら死、と考えるべきか。人一人おぶって走るのはしんどい。体力的にも持久力にも限界がくる。普段から重労働に慣れている良太は推定六十の体重がありそうな出雲くんを背負ってホイホイ慣れたように走っているので、弱音なんかはいちゃだめだ。しっかりしろ。


 宮殿の塔が見えてきて、門の前にたどり着いた。宮殿と聞いたので白い城のような、童話にでてくるお城をイメージしてたんだけど、実際の宮殿は違った。九階建てのビルの構造で、その周りは薔薇園が。ロボット一体見つからない。警備ロボはいないのか。
「これが地区住民認証カード。これをここに刺せば……ほら! さぁ行こう!」
 出雲くんは懐からカードを出して門の横にある機械に刺した。ピッと細かな音が出て、ピピと再度音がなり、門がガラガラと開いた。警備ロボも近くに人もいない。カードさえ刺せば誰でも侵入許可できる。セキュリティが厳しい本拠地が甘いとは。

 門を通り抜け中に入った。薔薇の香りがふわりと鼻孔にくすぐり、快感を突き抜ける。門と薔薇園の横を通り、九階ビルの真下にたどり着いた。
「こんなに簡単に入れるとは……守人がいなくて良かったね」
 出雲くんが活き活きと言った。
「セキュリティを壊す場所とやらは何処だ」
 良太は鏡戸を覗いた。
「昔の構造が変わっていなければ、最上階の一角。このカード二年も更新してないけど、使えるかな?」
 出雲くんは手に持っているカードを見下ろして不安げ。良太は扉を荒々しく開け中に入っていった。
「良太っ!」
 ロボットがいるかもしれないのに、よくそんな大胆な行動を。びっくりして叫んだ。良太はさっさとしろ、と言いたげに顎で招いた。ここまで来て、怯んでる場合じゃない。僕も堂々と中に入る。

 室内のほうは見た目より宮殿らしい。廊下に絨毯が敷いていて、柱や壁やら天井やらピカピカ光って眩しい。明るいシャンデリアがより白く神々しく反射している。 
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