約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅶ 自由 

第45話 それぞれの

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 明保野さんはじっ、と見てきている。
 白銀の髪の毛が焦げた太陽の光を浴びて神々しく光を帯びている。まるで妖精のようにその場に光が纏っている。
「明保野さん」
「うざい。取り敢えずこっち来て!」 
 僕の腕を取ってきてズルズルとどこかに向かう。名前を呼んだらまた、ウザいと言われるだろうか。ここはあえてなにも聞かず黙って連れ去られる。

 やがて、歩を止めた場所は安そうなボロアパート。天井裏の板は風に吹かれるたびにバサバサ音を立てて靡いている。雑草も伸び切って生ゴミがそこら辺に捨ててあった。嫌悪感はない。むしろ見慣れている。
「入って」
 そう言われて招待されたのは、ボロアパートの一室。重たい扉を開けたら、部屋の中は真っ暗。化物の口のように待ち受けている。明保野さんは僕を置いて真っ暗闇の口の中へスタスタと入っていった。
 やがてボォ、と蝋燭に乗せた炎が。
 少し部屋の中を見渡せる。ゴミ屋敷だ。足の踏み場もない。ゴミ袋がたくさん部屋から廊下まで果ては、天井まで高く登っている。プゥンと生ゴミの臭いが、そこまで強烈じゃないのは鼻がすでに捻じ曲がっているから。

 それにしてもここは……明保野さんのお宅だろうか。でも明保野さんは可愛いものが好きだし、部屋にはぬいぐるみとかあったよな。随分趣味嗜好からかけ離れているお宅だ。
 電気つかないのかな。ここは、一人で暮らしているのだろうか。こんな環境で過ごしているのだろうか。ねぇ、明保野さん。明保野さんはゴミ袋を蹴って、取り敢えず数冊の雑誌を載せた本に乗るように言われた。ここしか空いていないんだと。
「ねぇ明保野さん」
 明保野さんは、黙々と蝋燭に火をつけていた。そのまま話を振る。
「明保野さんはここで一人で過ごしているの? お父さんとお母さんは? あの、僕、お金持ってなくて明保野さんの欲求を受けれない。ごめん」
 僕はずっとその背に話をする。明保野さんは五本の蝋燭をつけ、くるりとこちらを向いた。ようやくこっちを振り向いてくれた。でも彼女は怒ったようにムッとした表情だ。
「あんたみたいな不細工と誰がやるか。わたしが振られたみたいな言い方しないで」
「ごめん」
 空気がまた悪くなった。どういえば機嫌が良くなるのかな。一人黙っていると代わりに明保野さんが口を開いた。
「五年前、ママが先立って残されたパパは膨大な借金を作った。おかげでこの有様だ。パパは最後自さつした。というのか、表向きで本当は裏の奴らに殺された……ギャンブルにはまって危ない奴らからも金を借りて借金は総額一億」
「一億⁉」
 僕は声を上げた。  
「だから何でもお金が欲しいの。まだパパの保険金があるけど、限界が近づいてきて。水は通るけどガスは止められている。汚いところだけど、ここは、元々幸せな家だった。これをあんたに話したの、ちょっとした賭け」
「賭け?」
 僕は身を乗り出してオウム返しに聞く。明保野さんは足元をじっと見て、硬く固まっている。それから暫くして口を開いた。
「昼間言ってたでしょ。正義のヒーローて。憧れてたの。ねぇ、何でも助けてくれるんでしょ?」  
 もうすぐ泣き出しそうな声。僕の顔を見て必死に命乞いをするかのようにそっ、とすり寄ってくる。あの夜と同じだ。そんな顔で空を見て「わたしを助けて」と言ってきたあの夜と姿が重なる。
「もちろんだ。絶対助ける」
 明保野さんの手を握ろうと伸ばした腕は寸前のところで、携帯の着信音が鳴った。明保野さんはすぐに取る。伸ばした腕が空を振って、どこにも行く宛がなくそのまま降ろす。
 明保野さんは一言二言話して携帯を切った。「誰から?」なんて知り合ったばかりの人から聞かれて答えてくれるだろうか。短い通話で終い、明保野さんは奥の部屋に行った。何しするんだろう。借りてきた猫のように彼女の後を追った。
 でもギロリと睨まれ追い出される。これから着替えるの、と突っ張られる。着替える? 何処かに行くのだろうか。
「どこに?」
「白い像のある公園」
 明保野さんはカーテンだけを隔てたところで着替え、それからシャと乾いた音とともにカーテンを開けた。あれ、着替えると言ってもジャージに着替えただけ。
「あれ、服は」
「これしかないの、文句言わないでくれる。そういうの聞きたくない」
 明保野さんはスタスタと玄関に向かっていく。え、僕を置いて? ここ明保野さん宅だよね。人の家なのに留守しているお宅に居たくない。僕もついていくことに。しかも、電話をかけてきたのは久乃さん。白い像がある公園に行くのは明保野さんだけじゃない。久乃さん、蜜鞘姉妹も揃って。
 もう外は真っ暗だ。
 肌寒い冬の季節、吐く息が白く凍えそうだ。こんな時間にあんな場所に。
「何しに行くの⁉ まさか、白い像に願いを告げるのか?」
「どうしてそれを?」
 明保野さんは足を止めてジト、と睨んできた。が、すぐに目を見開いた。
「あの噂、本当なの?」
「噂?」
 明保野さんはパァとひだまりのように笑った。可愛い。じゃなくて、その噂とやらはまさか「まさか、願いが本当に叶うとか」と聞くと、案の定頷いた。きっと誰かから聞いたその噂を四人は鵜呑みにして疑いもせずにそれを今から実行する。
 僕は止めた。
 あの噂は間違いだと。
 止めなければ、パンドラの函が開く。またしても同じ繰り返しだ。
 明保野さんは、早足で公園に行く。その背を追う。何度も宥めているのに、徐々に公園に近くに。
 外は寒いのに街の至るところが明るく灯っている。それのせいか、活気盛んで全然寂しくない。少し南の区域に似ている。公園には既に例のあの三人が揃っていた。このままじゃ……繰り返しだ。遂に四人揃ってしまった。

 だめだ。どうやって止める。僕が言ってもまず信用するところからはじまるわけで、今日あったばかりの僕がみんなから信用されるわけがない。

 明保野さんが公園に顔を出すと久乃さんが引っ付いてきた。まるで迷子になった子供が親と再会したようなそんな動きで、久乃さんの顔はやんわり落ち着いている。すると、明保野さんの背後に立っていた僕を見て途端睨みつけた。
「まだ狙っているの? これ以上付き纏わないで」
 言動はキツめだが、明保野さんの後ろに隠れながら僕を睨みつけるその姿は痛くも痒くもない。ガルルと犬のように吠えている。

 すると、間に入ってきたのは蜜鞘鳳華。ドン、と体当たりで入ってきた。腕に柔らかい乳の感触が。
「はいはい。みんな集まりましたね~。それじゃ始めますか! 時間もないし」
 鳳華姐さんはニコニコとそう言って明保野さんと久乃さんの手を取り白い像に向かう。この四人の願いとはなんだ。
 開くことは絶対にできないパンドラを開けれる願いとは……。
「みんなの願いは何?」  
 僕は恐る恐る聞いてみると四人は振り向いた。遠くから車の音や機械音が騒がしく鳴っているが、ここは静かで吹く風が冷たく心までも凍てつく。
 明保野さんの願いは「一億が欲しい」
 久乃さんの願いは「義父を殺して欲しい」
 鳳華姐さんの願いは「蜜鞘一家その親戚殺して欲しい」
 苗化ちゃんの願いは「イジメの主犯格が消えて欲しい」
 なんて聞いてその願いがあまりにも、僕の手じゃ手に負えないものだった。重い。すっごい重い。殺しとか、消えてとか物資が欲しいとかだったら僕でもなんとかできるのにその力量じゃない。まず明保野さんの願いはさっきも聞いたとおり。借金返済の為の一億。
「久乃さんの義父さんは」
「正直荒れた人。近所でもいい噂聞かないの」
 明保野さんが弁明してくれる。久乃さんは言いたくないのか、はたまた思い出したくないのか頭を抱えて両耳を聞こえないように手で覆っていた。 
 こちらは家庭環境か。
 今度は鳳華姐さん。
「蜜鞘家、知っているでしょ? 知らない人はいない芸能から企業まで名を馳せる一家。その親戚もその家の仕来りで濁ってて、彼氏どころか友人まで作れない。それに誰かが決めたレールに走るのはうんざり。こんな家、名前を変えても整形しても出ていっても何処までも追いかける。だから殺して。全員」
 鳳華姐さんのこんな低い声、初めて聞いた。
 空気がまた冷たくなっていく。蜜鞘家は言うなれば貴族に近い。その権限は偉大で、他の貴族でさえも圧倒するほど。その家をまるごとブッ壊して欲しいと。

 本来なら自分で決めた服を着て、自分で選んだものを身に着けて、普通に学校友達とお喋りする。そんな自由さえもない仕来りにうんざり。それは妹の苗化ちゃんも。苗化ちゃんの願いはこの中じゃ一番正当。
「学校という檻のかごでそんな醜いものが勃発して、普段からあの家でストレスなのに、学校でもそんなストレス抱えたくない。家もクソだし、教師もクソ、世の中そんなガキがいるから政治も世の中も腐ってんだよ」
 小学生女子が愚痴する発言じゃない。苗化ちゃんは大きく舌打ちする。
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