この虚空の地で

ハコニワ

文字の大きさ
112 / 126
Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第112話 出港

しおりを挟む
 アルカ理事長に言われては、出港しないとは言えない。俺たちはそのまま身支度を整え、海辺まで歩いた。
 土削りしないで済むのは良かったが、これから渦の海域をまた通って、満杯島に行くとなると、気が遠くなる。
 タウラスさんは、海辺まで送ってくれた。ニアは大粒の涙を辺り一面に飛沫させ、わんわん泣き出した。
「やだあああああああ!! 行きたくない行きたくない! タウラス先輩とお別れしたくないよぉおおっ!!」
 そんなギャン泣きするニアを引っ張る牡丹先生にも、うるっと涙が潤っている。
「わがまま言わないの!」

 この滞在してる期間で、空気ボートじゃなくて、本物の舟を造った。もちろん俺たちがな。
 土削りしてる時間と一緒に。ほぼニアは働かなかったけどな。サボってて。

 海辺まで着くと、そのボートを白い泡と砂浜のギリギリまで持っていった。

「僕も別れるのは寂しいな」
 タウラスさんが切なく言った。
 この島でたった一人、俺だったら耐えられない。この人の精神もニア並に凄い。
 ニアはタウラスさんにひしっと抱きついた。涙がタウラスさんにもかかって、服がびしょびしょだ。
 牡丹先生がニアの布の少ないメイドコスを引っ張るも、ニアは磁石のように離れない。〝死の島〟の行く前と今じゃ、全然違うな。今じゃこの島から離れたくないと雄叫ぶ。
 すると、牡丹先生とニアの頭上をふわふわ浮いてたタンポポが、タウラスさんの顔の前まで下がってきた。
 風が吹いていないこの日。まるで意思を持っているかのように、自然と下がってきた。

『タウラスもどうじゃ? マモルもついてくると言ってくれたのじゃ。お主も事情を知っておろう? 協力してくれぬか?』

 思いがけない勧誘。
 タウラスさんは目を見開き、びっくりしていた。タウラスさんがいれば、確かに心強い。治癒系の呪怨者はアカネちゃん以外いなくて、もし、満杯島に行くまでの間に重症を負ったら、もともこうもない。
 タウラスさん一人いれば、心強くて安心する。ニアも牡丹先生もどうか同行してくれ、という懇願する眼差しを向けていた。
 でも俺たちの想いとは裏腹に、タウラスさんは断った。
「僕はこの島に留まります。墓土造らないといけないから。理事長、ありがとう。それと、みんなもごめんね」
 察してくれたのか、タウラスさんは俺たちの顔を交互に見た。それぞれ想いをブチ切られ、切なそうにタウラスさんを見ていた。タウラスさんは牡丹先生に近づいた。ニアを捕まえていないもう片方の手のひらに腕を伸ばし、ぎゅと握る。
「今度は遊びにきてね。文通だけじゃなくて」
「うん……絶対、行く」 
 牡丹先生の頬が微かに紅色になった。
 高熱にでもなっているんじゃないかと思う真っ赤赤。間違いなく昼間だったら、鈍感なタウラスさんも気づく反応。霧が覆われてて、良かったな、牡丹先生。
 タウラスさんは、ニコッと爽やかに笑い、今度はニアの側に近づいた。頭をポンポンとする。
「大丈夫大丈夫。ニアちゃんは強いからきっと、こんな別れも乗り越えられる」
「しぇんぱぁい……!」 
 ポロポロ流してた涙を止め、腕でゴシゴシ鼻水やら拭った。ずずっと鼻を啜り、顔をあげた。今度は俺の近くに寄ってきた。
「君がいるから、心配ないね。任せたよ」
「俺は、そんな頼りには……ならないと思う」
 だって、俺は守りたいと誓った人たちを守りきったこと、一切ないのだ。タウラスさんに頼られても、俺は功績をあげられない。
 心の中にモヤモヤとした黒い霧が発生した。

 タウラスさんは目を細め、寂しそうな眼差しを向けていた。俺の両手をすくい、ぎゅと力強く握られた。熱く抱擁するような感じで。
「君は、ここにくるまでに色々と頑張ったでしょ? 君の疲労だけが他の二人よりも重かった。頑張った証拠だよ。大丈夫。自信を持って。君ならやれる、やり遂げる、胸を張って」
 言葉がしん、と心に突き刺さった。
 モヤモヤと覆っていた黒い霧に、陽光の一筋が現れ、すっと消えていく。邪念がサラサラと消えていく。
 迷いも葛藤も過去のことも、なかったことにはできない。でも、その全てが軽くなっている。
 涙が出てくるほどの安心感に、感情の制御ができなかった。俺はニアみたいに泣かない。喚かない。でも、コントロールを失った機械のように目から貯まっていたものが一気に溢れた。
 牡丹先生もニアもびっくりして、泣いてる俺を必死にあやした。二人とも、オロオロして困惑してる。

 普段からニアは泣いてるくせに、宥める役は経験ゼロと言っていいほど下手で、牡丹先生に限ってはニアじゃないのに、バナナを渡してきた。

 どうしてこの人の言葉はどれも、心に強く響いてくるんだろう。水にかかったように、心が清らかだ。
 暫く泣いたあと、落ち着いてきた。落ち着いてきたら、どうしてあんな子どもみたいに泣いたんだ、と後悔の渦が頭を回った。
 タウラスさんがまた駆け寄ってきた。今度は感情のコントロール出来ているぞ。
 タウラスさんは身構えている俺を見て苦笑した。

 落ち着いた頃合いを見計らって、舟を出港する。牡丹先生とニアは舟に乗り、ぶんぶんと腕を振った。
 俺は舟を海まで浸かるまで押す役。足元はザザ、と白い泡が打ち付けていた。氷のように冷たくて、ヒリヒリする。

 そのうち、時間も経ってきて太陽が海から顔を出してきた。朝の陽光は目が眩むほど眩しくて、包まれているように温かい。
 霧が晴れ、辺りの景色に色がついて影を落とした。俺たち四人の体にも艶を出し、潤った目がより一層真珠のように輝いた。
 すべてを飲み込むようなどす黒い海面が、緑色となり、目を開けないほどの金色の粒が輝いていた。
 地平線の彼方まで見渡せる広大な海。地平線の海は、漆色で、全てを飲み込むような雰囲気。
 太陽の光が海面に何重の水面に映ってチカチカする。静かに吹いた風が海面を揺らし、水面に映ってある光の粒が揺れ動く。
 水面下の光が顔に当たると眩しい。朝の海は綺麗だけど、眩しくて痛い。
 静かに吹いた風で、俺は決意を決め、砂を蹴った。牡丹先生とニアを乗せた舟は青々とした海に向かって進んでいく。
 よし、出港だ。
「タウラス先輩っ! また来ますから! 絶対会いにくるから、ニアのこと忘れないでねぇ!!」
 ニアが口を大きく開けて、海辺にいるタウラスさんに向かって大きく手を振った。牡丹先生は叫ばなかったが、小さく手を振っている。
 近かった舟は徐々に海面を一人でに進んでいく。二人を乗せた舟は、穏やかだった海面に潮飛沫をたたせ、波紋を広がる。
 俺もそろそろ追わないと。
 タウラスさんのほうに振り向いて「頑張ります」と意気込んだ。タウラスさんが励ました言葉、絶対に忘れない。くるりと踵を返した。すると、タウラスさんが「待って」と叫んだ。
 びっくりして振り向くと、タウラスさんはとても、真剣な表情。怒っているのと似ている。空気がピリピリするほどの雰囲気だった。
「この書は、破滅をもたらす」
 穏やかの口調のタウラスさんが、鋭く言った。
「破滅……?」
 オウム返しに聞き返す。
 俺のバックと牡丹先生のバックに〝終末の書〟を分けて入れている。俺が五冊で牡丹先生が二冊。重いので分けてくれた。
 五冊分の書を持っているバックに視線を落とし、憐れむような眼差しで、こう言った。
「〝終末の書〟はどれも内容は書かれてない。空白で、何も書かれてない本なんて、価値はない。けど、破滅をもたせるとしたら? どんな悪鬼も欲しがるだろうね。理事長は、僕たちにこの書をもたせたのは、学園がまず襲われるからと知って、書を持たせたんだ。そして、それを一つに集めたとき、絶対的に何かが起きる。覚悟したほうがいい。止めたかったけど、もう無理だね」
 さっ、行ってと手を振った。
 いつもの穏やかな雰囲気に戻っている。
 舟がもう見えないほど小さくなっていく。
 俺はオロオロとたじろきながらも、冷たい海水を泳ぎ、舟にとたどり着いた。到着が遅かったせいで、ニアは「タウラス先輩とどんな話をしてたの、妬ましいっ!!」と首を捕まれたけど、最後に交したあの話は、流石にできなかった。
 牡丹先生にも。
 振り返ると、島が小さい。島を囲う無数の十字架は見えるものの、タウラスさんの人影は豆粒のよう。
 もう、はっきりとは見えなかった。タウラスさんは、こちらに手を振っていた。一体どんな表情で。
 ニアは、いつまでもいつまでも手を振った。



 地平線の近くは漆色でそのポイントの場所に辿り着くと今度は、さらに地平線の場所が漆色に変わっていた。
 とても渦がある海域とは思えない穏やかな海。静かな風が海面をさぁ、となびかせた。塩の味する。
 真珠のような光が海面を輝き、眩しい。
 鏡のような平らな海が、俺たちがくると大きな波紋が広がる。海底が透き通って見える海面に、舟を漕ぐ俺と遠くを眺める牡丹先生、バナナを食べるニアが映っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...