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Ⅶ 終末から明日~24歳~
第111話 愛した者
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気づかなかったけど、黒い霧のようなものはなくなっていた。怨霊のような声もない。頭上で輝いていたのは、白銀に輝いた鎌の形した月。
霧のように淡く輝いて、地上を照らしていた。どす黒い空に点々と煌めく星々。儚くキラキラしていた。
空に川が流れてた。無数の星が集まって、川の形をしている。幻想的な景色だ。
ちょうど流れ星がふっと流れた。
一瞬すぎて、分からないほど。流れたと思ったら消えてて、願いを告げる暇もない。
寝るのが惜しい幻想な光景に、ニアは近くにいるのに、惜しくも目撃していない。
うーんうーんと喉を殺したように呻きながら、考え事をしていた。顔しか取り柄がなんだから、そんな眉間に皺をよせないでほしい。
ニアの答えにあまり期待していない。酷いと言われ、殴られそうだが。だから深くは考えていなかった。星空をボーと眺め、また流れ星が流れるのを気長に待った。
必死に考えていたニアが唐突に口を開いた。手をポンと叩いて。まるで正解が分かった感じで。
「牡丹先輩の呪怨、すごいんだから!! 確かに島出ると緩むけど、すごいんだよっ!!」
案の定。
ニアは、ぱあと眩しい笑顔で当たり前のことを自信満々に答えた。牡丹先生の呪怨はすごいのは、初めから知ってる。
ニアに聞いたのが間違いだったな。
分かっていたのでそれ程ショックでもない。ただ、肩の力が緊張に解れ、緩んだのが分かった。
ニアはうーんうーんとまた唸り声を上げながら首をひねった。
「ユーちゃんとかリゼくんなら分かるかも」
「リゼ?」
聞きなれない名前が耳を通った。
「ユーちゃん」は分かる。ユーコミスという団体のリーダー。大物のリーダーが「ユーちゃん」という可愛いあだ名をつけられて、嫌じゃないのだろうか。そこら辺が気になる。
さらりと言ったから、不思議な表情で小さく首をかしげた。
「リゼくん? 知らないの?」
「もしかして、団体の仲間なのか?」
「違うよ! ニアと同じ二期生で島に留まって、教師になってるはず! 知らないの? かっっこいんだから、知らないはずないでしょ!」
リゼていう教師、いったけ。知らないぞ。関わりのなかった教師も少なからずいた。だけど、ニアの言う通り、かっこいい教師がいたとすれば女子生徒が騒ぎ出して、覚えていなくもない。なのに、一切記憶がない。
ニアは、リゼという人物にストーカーでもしてたのか? と思うほど詳細に語った。無駄に熱く。
同じAクラス出身で、すごくSっ気があって、成績も呪怨も一番で、とにかく惚れない女子はいなかったなぁ。教師になるって言ったときは子供を苛めるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、すごいよね。新任してクラスの担任を任されるなんて。
ニアはペラペラと気持ち悪いくらいに語っているので、俺は聞かないことにした。
リゼなんて名前も初めて知ったし、ニアが記憶のこと知らないで生きていたなんて衝撃だったし、なおかつ、記憶のことはやっぱり分からない件だ。やはり、牡丹先生に聞いたほうがいいかも。
深呼吸のようなため息をついた。それを横から眺めてたニアが口を閉じじっと、うかがってきた。
「夢に出てくるなんて、それ程強く想ってる証拠だよ」
切なく言った。
大きな目を細め、その瞳の中に頭にハテナマークを浮かし、すっとキョンな表情で胡座をかいていた俺が映っていた。
ちょうど海風が吹いて、髪の毛が静かになびいていく。塩の味がする、しょっぱくて冷たい海風。
紫の瞳が月光を浴び、輝きを増している。
「強い想いで解除する。それはどの呪怨にも匹敵する。多分、全部思い出すよ。カイくんのその想いが強いから」
普段、泣き喚く奴がこんな時清々しいほど綺麗だった。ふにゃりと笑うと、いつものお馬鹿な表情に戻った。
俺は暫くニアを凝視し、ふにゃりと笑った。
「ありがと。少し楽になったかも」
「そう!? なんならこれからニアお姉さんが恋について教えてあげる!」
「いらない」
元に戻ったのは、テンションのほうも。無駄に絡んでくるこの接客サービス、なんとかしてくれ。一度断ると、調子づいたニアは酔っ払いのように絡んできた。
「そう言わな……」
「いらない」
二度も三度も四度も、学習しない猿のように同じ言葉で絡んできて、うざったい。
タウラスさんのおかげで体は羽のように軽い。あんなに腰やらバンバン動かしたのに、さほど体は重くない。寝付けるのは困難なようだ。
だが、一刻もここを去りたい。ニアから離れて一人でいたい。
来たころと同じように炎をつけて、海辺からログハウスへと歩いた。距離は遠いものの、体はまだまだ動ける。
ログハウスへと戻る道、ずっとニアは酔っ払いのように絡んできた。流石にしつこくなって怒鳴ったが、ニアは諦めてくれなかった。
ログハウスへと戻ると、さすがに口にチャックをかけた。あんなにうざったいほど絡んでいたのが嘘のようだ。
静かに戸を開けると、うちの中は、誰もいないように静かだった。時計の針だけがチクチクけたましく鳴っていた。
タウラスさん、牡丹先生は寝ているな。寝息も微かに聞こえて、それが奥の部屋だと確認すると、静かに中にはいった。物音一つもせずに忍び足で自分の部屋へと駆け上がる。
俺はタウラスさんと同じ部屋。ニアは牡丹先生と同室だ。お互い起こさないように気をつけよう、と合図を送り別れた。
そっと部屋に入ると、向こうのベットでは寝息をたててタウラスさんが横になっていた。寝ている。良かった。そっとベットに入り横になった。ホッとした安堵感と緊張感がどっとシーツに沈む。
ニアは、大丈夫だろうか。牡丹先生は感が良い。怪しまれてなければいいけど。
無事に摂取も交わし、安堵したのか瞼が急に重くなった。意識が遠のいていく。視界全体に霧のような霞が。
体がシーツの沈んでいくようにして、思考や意識も暗闇の底に落ちていく。
あぁ、明日も土削りがあるんだ。頑張んないと。
そうして、沼のように眠った。
§
まだ辺りが薄暗い時間帯に起こされた。牡丹先生に。なんだ。こんな時間帯に起こさなくても、土削りは昼間でもできるじゃないか。
昨日寝付けるのが遅かったせいで、まだ意識が夢の中にいる。
窓の外は、白い霧が覆われていた。遠い景色が見えないほど濃ゆい霧。ここ辺りの大きな岩が巨人のシルエットとそっくりでびっくりする。
起こされた俺はリビングテーブルに集まった。タウラスさんもニアもいる。ニアも俺と同じように起こされたのか、立ったままウトウトしている。
ウトウトして、牡丹先生の背中に顔を埋めると、牡丹先生はニアを叩き起こした。容赦なく。
寝起きであんな叩かれたら、俺だったら怒る。なのに、ニアはそれでもうたた寝していた。どんな精神してんだよ。
危ない。
俺もうたた寝してたらあんな風に叩かれる。起きないと。ばし、と手のひらで頬を叩き目が覚めた。
大きな木彫りのテーブルに集まった俺たち。机を中心にして囲んだ。最初に口を開いたのはタウラスさんだった。
「今朝、ようやく残りの二冊を見つけたよ。これで七冊揃ったね」
テーブルに白い表紙の本を並べた。どれも同じ白くてタイトル名も載っていない。誰が誰のものなのか区別がつけられない。
「二人を起こしたのは、他でもない。出港よ。〝終末の書〟を手に要れた」
牡丹先生が険しい表情で鋭く言った。
うたた寝していたニアが、わんわん泣き出した。
「えー!! やだやだやだやだ!! もう出港なのぉ!? 疲れたぁ眠いしんどい、タウラス先輩ともっとお喋りしたぁい!!」
暴れ回る犬を押さえ付けるように、牡丹先生がニアをくぎ、と足を踏んづけた。すごい音がしたぞ。ニアは「痛い痛い」と発狂して足を抑え、ジタバタ藻掻く。
さすがにこれには、同情した。
牡丹先生は下で転がりまくる後輩を、汚物でも見るかのような眼差しで、鋭く言った。
「私だって嫌よ、でも集まったの。集まんないと、人質が一生救えないし、ほら、アルカ理事長だって……」
ちょん、と指差す方向にはタンポポのようなふわふわとしたものが空中で浮いていた。
牡丹先生の頭上で、ずっと留まっている。
ほんとにタンポポの欠片なんだけど、実際のタンポポはそんな一定以上浮かない。これは、アルカ理事長の光の玉を小さく分割したものらしい。伝達として、タンポポに擬人化したらしい。
すごいな。そんなこともできるのか。
タンポポの欠片は、ふわふわと下がってきた。牡丹先生の手のひらがそれをすくう。
『こちらはマモルも協力してもらって、満杯島に行く所じゃ。そっちは集まったのは知っておる。駄々こねておらず、早よ来ぬか』
タンポポからアルカ理事長の声がした。
甲高いキンキン声。でも口調は年寄りくさい。こちらをずっと観察していたのか、こちらの動きを読まれてる。
霧のように淡く輝いて、地上を照らしていた。どす黒い空に点々と煌めく星々。儚くキラキラしていた。
空に川が流れてた。無数の星が集まって、川の形をしている。幻想的な景色だ。
ちょうど流れ星がふっと流れた。
一瞬すぎて、分からないほど。流れたと思ったら消えてて、願いを告げる暇もない。
寝るのが惜しい幻想な光景に、ニアは近くにいるのに、惜しくも目撃していない。
うーんうーんと喉を殺したように呻きながら、考え事をしていた。顔しか取り柄がなんだから、そんな眉間に皺をよせないでほしい。
ニアの答えにあまり期待していない。酷いと言われ、殴られそうだが。だから深くは考えていなかった。星空をボーと眺め、また流れ星が流れるのを気長に待った。
必死に考えていたニアが唐突に口を開いた。手をポンと叩いて。まるで正解が分かった感じで。
「牡丹先輩の呪怨、すごいんだから!! 確かに島出ると緩むけど、すごいんだよっ!!」
案の定。
ニアは、ぱあと眩しい笑顔で当たり前のことを自信満々に答えた。牡丹先生の呪怨はすごいのは、初めから知ってる。
ニアに聞いたのが間違いだったな。
分かっていたのでそれ程ショックでもない。ただ、肩の力が緊張に解れ、緩んだのが分かった。
ニアはうーんうーんとまた唸り声を上げながら首をひねった。
「ユーちゃんとかリゼくんなら分かるかも」
「リゼ?」
聞きなれない名前が耳を通った。
「ユーちゃん」は分かる。ユーコミスという団体のリーダー。大物のリーダーが「ユーちゃん」という可愛いあだ名をつけられて、嫌じゃないのだろうか。そこら辺が気になる。
さらりと言ったから、不思議な表情で小さく首をかしげた。
「リゼくん? 知らないの?」
「もしかして、団体の仲間なのか?」
「違うよ! ニアと同じ二期生で島に留まって、教師になってるはず! 知らないの? かっっこいんだから、知らないはずないでしょ!」
リゼていう教師、いったけ。知らないぞ。関わりのなかった教師も少なからずいた。だけど、ニアの言う通り、かっこいい教師がいたとすれば女子生徒が騒ぎ出して、覚えていなくもない。なのに、一切記憶がない。
ニアは、リゼという人物にストーカーでもしてたのか? と思うほど詳細に語った。無駄に熱く。
同じAクラス出身で、すごくSっ気があって、成績も呪怨も一番で、とにかく惚れない女子はいなかったなぁ。教師になるって言ったときは子供を苛めるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、すごいよね。新任してクラスの担任を任されるなんて。
ニアはペラペラと気持ち悪いくらいに語っているので、俺は聞かないことにした。
リゼなんて名前も初めて知ったし、ニアが記憶のこと知らないで生きていたなんて衝撃だったし、なおかつ、記憶のことはやっぱり分からない件だ。やはり、牡丹先生に聞いたほうがいいかも。
深呼吸のようなため息をついた。それを横から眺めてたニアが口を閉じじっと、うかがってきた。
「夢に出てくるなんて、それ程強く想ってる証拠だよ」
切なく言った。
大きな目を細め、その瞳の中に頭にハテナマークを浮かし、すっとキョンな表情で胡座をかいていた俺が映っていた。
ちょうど海風が吹いて、髪の毛が静かになびいていく。塩の味がする、しょっぱくて冷たい海風。
紫の瞳が月光を浴び、輝きを増している。
「強い想いで解除する。それはどの呪怨にも匹敵する。多分、全部思い出すよ。カイくんのその想いが強いから」
普段、泣き喚く奴がこんな時清々しいほど綺麗だった。ふにゃりと笑うと、いつものお馬鹿な表情に戻った。
俺は暫くニアを凝視し、ふにゃりと笑った。
「ありがと。少し楽になったかも」
「そう!? なんならこれからニアお姉さんが恋について教えてあげる!」
「いらない」
元に戻ったのは、テンションのほうも。無駄に絡んでくるこの接客サービス、なんとかしてくれ。一度断ると、調子づいたニアは酔っ払いのように絡んできた。
「そう言わな……」
「いらない」
二度も三度も四度も、学習しない猿のように同じ言葉で絡んできて、うざったい。
タウラスさんのおかげで体は羽のように軽い。あんなに腰やらバンバン動かしたのに、さほど体は重くない。寝付けるのは困難なようだ。
だが、一刻もここを去りたい。ニアから離れて一人でいたい。
来たころと同じように炎をつけて、海辺からログハウスへと歩いた。距離は遠いものの、体はまだまだ動ける。
ログハウスへと戻る道、ずっとニアは酔っ払いのように絡んできた。流石にしつこくなって怒鳴ったが、ニアは諦めてくれなかった。
ログハウスへと戻ると、さすがに口にチャックをかけた。あんなにうざったいほど絡んでいたのが嘘のようだ。
静かに戸を開けると、うちの中は、誰もいないように静かだった。時計の針だけがチクチクけたましく鳴っていた。
タウラスさん、牡丹先生は寝ているな。寝息も微かに聞こえて、それが奥の部屋だと確認すると、静かに中にはいった。物音一つもせずに忍び足で自分の部屋へと駆け上がる。
俺はタウラスさんと同じ部屋。ニアは牡丹先生と同室だ。お互い起こさないように気をつけよう、と合図を送り別れた。
そっと部屋に入ると、向こうのベットでは寝息をたててタウラスさんが横になっていた。寝ている。良かった。そっとベットに入り横になった。ホッとした安堵感と緊張感がどっとシーツに沈む。
ニアは、大丈夫だろうか。牡丹先生は感が良い。怪しまれてなければいいけど。
無事に摂取も交わし、安堵したのか瞼が急に重くなった。意識が遠のいていく。視界全体に霧のような霞が。
体がシーツの沈んでいくようにして、思考や意識も暗闇の底に落ちていく。
あぁ、明日も土削りがあるんだ。頑張んないと。
そうして、沼のように眠った。
§
まだ辺りが薄暗い時間帯に起こされた。牡丹先生に。なんだ。こんな時間帯に起こさなくても、土削りは昼間でもできるじゃないか。
昨日寝付けるのが遅かったせいで、まだ意識が夢の中にいる。
窓の外は、白い霧が覆われていた。遠い景色が見えないほど濃ゆい霧。ここ辺りの大きな岩が巨人のシルエットとそっくりでびっくりする。
起こされた俺はリビングテーブルに集まった。タウラスさんもニアもいる。ニアも俺と同じように起こされたのか、立ったままウトウトしている。
ウトウトして、牡丹先生の背中に顔を埋めると、牡丹先生はニアを叩き起こした。容赦なく。
寝起きであんな叩かれたら、俺だったら怒る。なのに、ニアはそれでもうたた寝していた。どんな精神してんだよ。
危ない。
俺もうたた寝してたらあんな風に叩かれる。起きないと。ばし、と手のひらで頬を叩き目が覚めた。
大きな木彫りのテーブルに集まった俺たち。机を中心にして囲んだ。最初に口を開いたのはタウラスさんだった。
「今朝、ようやく残りの二冊を見つけたよ。これで七冊揃ったね」
テーブルに白い表紙の本を並べた。どれも同じ白くてタイトル名も載っていない。誰が誰のものなのか区別がつけられない。
「二人を起こしたのは、他でもない。出港よ。〝終末の書〟を手に要れた」
牡丹先生が険しい表情で鋭く言った。
うたた寝していたニアが、わんわん泣き出した。
「えー!! やだやだやだやだ!! もう出港なのぉ!? 疲れたぁ眠いしんどい、タウラス先輩ともっとお喋りしたぁい!!」
暴れ回る犬を押さえ付けるように、牡丹先生がニアをくぎ、と足を踏んづけた。すごい音がしたぞ。ニアは「痛い痛い」と発狂して足を抑え、ジタバタ藻掻く。
さすがにこれには、同情した。
牡丹先生は下で転がりまくる後輩を、汚物でも見るかのような眼差しで、鋭く言った。
「私だって嫌よ、でも集まったの。集まんないと、人質が一生救えないし、ほら、アルカ理事長だって……」
ちょん、と指差す方向にはタンポポのようなふわふわとしたものが空中で浮いていた。
牡丹先生の頭上で、ずっと留まっている。
ほんとにタンポポの欠片なんだけど、実際のタンポポはそんな一定以上浮かない。これは、アルカ理事長の光の玉を小さく分割したものらしい。伝達として、タンポポに擬人化したらしい。
すごいな。そんなこともできるのか。
タンポポの欠片は、ふわふわと下がってきた。牡丹先生の手のひらがそれをすくう。
『こちらはマモルも協力してもらって、満杯島に行く所じゃ。そっちは集まったのは知っておる。駄々こねておらず、早よ来ぬか』
タンポポからアルカ理事長の声がした。
甲高いキンキン声。でも口調は年寄りくさい。こちらをずっと観察していたのか、こちらの動きを読まれてる。
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