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去る者④

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 決闘。このシステムがヤサカニ学園に導入されてから早数十年。なぜ導入されたのか、その目的は実のところ生徒どころか教師すらも未だによく分かっていない。
生徒の競争心を煽るためだとか、戦闘力向上のためだとか言われてはいるが真実は謎のまま時ばかりが経ってしまったらしい。だが不思議なことに、ルールやらなんやら決闘に関する事は妙に整備されており、しかも審判委員会という新しい委員会まで発足させているのだから、その力の入れようは半端ではない。
なにせ学園へ入学した者はもれなく全員、決闘と書いてデュエルと読むよう強制させられたりするくらいだ。
どう考えても力の入れ方が間違っているとしか思えない。
しかし、そういうところが有ったとしてもこの決闘というシステムは意外と重宝されており、ことあるごとに、それこそ公私関係なく利用されることが多々あるのだ。
例えばそう今回のように、一人の生徒の運命を決めることにさえも。

『『『キャー! 凍治さま~!』』』
 美陰凍治が登場してから幾分たつというのに、いまだコールが鳴りやまない南東アリーナ。
「まだ始まってもいないのに。流石は美陰、すごい人気だな」
「……ヘッドロックかけられてんのに、平然としてるオメェもある意味凄えよ」
「そうか? まあ、もう慣れたし」
 ふんっ、つまらないといった顔をして京士郎の頭を放す哲也。
「しかし、いくら人気があるって言ってもよ騒がしすぎだろ。煩わしいったらありゃしねえ」
 アリーナ内の雰囲気はまさに美陰一色。いまからその本人と決闘しなければいけない哲也が居心地の悪さを感じるのは無理のない話であった。
 一発ビシッと、静かにしやがれ! の一言でも言ってやろうかと思った哲也だったが
「おい哲也見てみろ。美陰の様子が」
「あん?」
 京士郎が指さす方を見てみると、そこでは腕を天高く上げ、ジッと何かを待つように微動だにしない美陰の姿があった。揚げられた腕の先では人差し指のみがをピンと立たてられている。
観客たちも何時の間にやら声を出すのを止め、自然と静まりかえるアリーナ内。
『『『…………』』』
 その時、美陰の腕がふいに動く。
『『『……!!』』』
 固唾を呑んで見守る観客たち。ついつい哲也と京士郎も注目してしまう。
 美陰の腕がスーと下ろされていく。そのまま人差し指が丁度くちびるの前まで来たところで、またピタリと止まり、美陰は――

――「しーっ」という言葉と共にウインクをきめた。

『『『『キャアァァァァァ!!!』』』』
「うるせええええええ!!!」
 シンと静まり返っていたはずのアリーナ内はさっきと、否、先ほどよりさらに大きな歓声につつまれた。それほどまでに素晴らしいものだったのだろう。
哲也からしたらたまったものではない。
「何なんだよ! なんだったんだよ今のは!?」
「いや、だから、しーって静かにしてくれって意味だろ」
「んなもん分かってんだよ! どう見ても逆効果だろうが! なんならやる前の方が静かだったろうが!」
 怒気とツッコミが次々と湧いてくる哲也。しかし、ふと京士郎があることに気付く
「でも哲也。気のせいか段々と聞こえてくる声、少なくなってきてないか?」
「なに? ……確かに気持ち歓声が弱まっているような気が」
 確かに京士郎の言うとおり。さきほど一瞬で爆発的に大きくなった歓声が今度は徐々に小さくなってきているような気がする哲也。
「だが、どうして『こっち。こっちです!』ん?」
 哲也が観客席の方へ目を向けるとなにやら騒がしい。いや、今までも十分騒がしかったのだが、さっきまでのとは違う騒がしさであった。さらに目を凝らすと、担架なんかも出てきている。偶然、哲也たちの近くにも担架がやってきて、そのやり取りが聞こえてきた。
『すみません。この娘、突然白目むいて倒れちゃったんですけど、大丈夫でしょうか?』
『大丈夫、他の生徒たちと同じものです。おそらく、先ほどの光景を見たせいで感極まりすぎて倒れちゃったんでしょう』
『あー、そうだったんですか。それなら安心ですね』

「どうした哲也? 頭なんか抱えて」
「いや、ちょっと具合がな」
「担架呼ぶ?」
「なんだったらそのまま家まで運んでほしい気分だ」
「それですと棄権という事になりますが、よろしいですか?」
「よろしくねえからまだココに居るんだろうが」
じゃなきゃとっくに帰ってる。それが哲也の正直な気持ちだ。
だが、帰れないのだ。どんなにアホらしくてもアウェイ感があっても居心地が悪くても決闘しなきゃ、勝たなきゃいかんのだ。それも哲也の正直な気持ちだった。


            ☆


「両者、闘技台の中央へ」
 準備も無事に終わり、審判委員である紅が闘技台の真ん中に立ち、決闘を行う二人を呼び出す。
「がんばれよ哲也。とりあえず応援はしとくからな」
「とりあえずってなんだ。するなら全力でしやがれ」
 京士郎からの激励? も受け、闘技台へと上がる哲也。美陰もちょうど上がってきて、二人はほぼ同時に闘技台中央へと歩みを進める。
ふたりの距離はどんどん縮まっていき、その差、残り一メートル有るか無いかというところで、お互いとも足をピタリと止めた。
 二人の間に紅が入ってくる。
「お待たせいたしました、この度、この決闘の審判員を担当させていただく私、紅と申します」
 改めて自己紹介とともに深々とお辞儀をした後、決闘の説明を始めだす。
「今回の決闘では特別なルールは一切なし。通常どおり、学則に基づいたものを採用させていただいております。もし、決闘中こちらが違反と判断した場合、違反した方には即反則負けを言い渡しますので、お二人とも、くれぐれもお忘れの無きよう。それと――」
 紅が淡々と説明している最中、哲也は目の前の美陰が気になっていた。いや、今から戦う相手なのだから気になるのは当たり前だが、どうにも哲也にはこちらを見る美陰の目が気になった。
(気に食わねえ)
 あれはひとを見下している目だと哲也は感じた。そしてそんな目で見られて黙っていられるほど哲也は大人ではない。
「――以上になります。なにか質問は「はっきり言って」?」
「?」
紅の説明も一通り終わり、哲也が口を開こうとした瞬間。意外にも先に口を出したのは美陰の方からであった。
「僕は君と戦いたくはない」
「……ほお。何を言うかと思えば、またどうして戦いたくねえんだ?」
「君が醜いからだよ」
「ぶっ飛ばしたろかテメエ!?」
 ド直球な言い方をされて思わず飛びかかりそうになる哲也。しかし言葉の刃はそれだけではなかった。
『そうよそうよ、凍治様に近づくんじゃないわよ脳天ゴリラ!』
『全身わいせつ物犯!』
『さっさと凍治様に負けちゃえー!』
 ファンからの攻撃である。元々アウェイな状況なのだ。こうなるのは火を見るより明らかだった。だが哲也とてただ言われほうだいなわけでない。
「だれがゴリラでわいせつ物だぁ、このボケども! もの考えてから言いやがれ!」
「そうだ。ひどすぎるぞみんな」
 すかさずフォローに入る京士郎。
「この高身長と引き締まった体!」
「身長二メートルのゴリマッチョ!」
「彫の深いワイルドな風貌!」
「なく子も脅える顔面凶器!」
「絶えることない飽くなき情熱!」
「集めたエロ本200冊!」
「京士郎ちょっとこっち来い。大事な話があるんだ」
「ごめん哲也。俺は部外者だから闘技台へ上がっちゃダメなんだ」
「ちなみにいま降りれば試合放棄とみなしますので」
 四面楚歌。そんな言葉が頭に浮かんだ哲也。
因果応報とも言うのかもしれないが。
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