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第4章:地球での戦い

第64話 交錯する思い

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 サトルとサクラは無言でドームの中を歩く。親しい中ではあるものの、勝負に関して妥協をしない性格であることをお互いに理解しているからだ。つまり、2人の勝負はすでに始まっているといえる。

 警備員が立つ扉を抜けると豪華なエレベーターに一瞬息をのむ。明らかに場違いな雰囲気だが、そもそもこのドームの地下6階に闘技場のようなものを作るという発想自体が常軌を逸している。サトルは深く考えないことにした。


 しかしサクラの心情は少々違っていた。本当はサトルともっと語らいたかったのである。上京時のこと、新宿の画材屋で会った時のこと、ここ数か月会えなくて寂しかったこと。そして将来の夢についても。でも、その会話をこの場で持ち込むことは避けるべきだとわかっている。そんな同情を引くような話をすれば、サトルはより自分に厳しくなるからだ。

 およそ数分間の移動時間を経て、サトルとサクラは闘技場に脚を踏み入れた。


「凄いな。何というか、昔のコロシアムみたいな雰囲気なんだな。しかも魔法での結界も感じる。これは驚いた」

「でしょ。サトルさんも気に入ると思ったわ。現時点で、あっちの世界での力を使える唯一の場所だからね。ただし装備はなし。エヌで使っていた武器や装備はないけど、練習用に借りられるので、そこから選んで」


 サクラが示した場所にはさまざまな武器が揃っていた。ただし剣にしても斧にしても、刃は潰してある。加えて魔法による防御結界もあるようなので、致命傷にはならないだろう。


「私は魔法使いだから、この杖で構わない。では始めましょうか。準備運動はいらないわよね」


 サクラは魔法使い、魔法剣士であるサトル相手に接近戦は不利なのが定石。いかに近寄らせずダメージを与えられるかが鍵になる。

 ただし長距離では確実に避けられるので、長距離攻撃は魔力の無駄遣いになる。勝負は中間距離戦だろう、サトルはそう判断した。

 サトルの想像するサクラの攻撃パターンは、概ね間違っていない。ただしサクラの覚悟はひとつ先を行っていた。

(長距離の攻撃は見せ球で、中間距離に入った時に最大限の攻撃を与える。もしそれをかわされて懐に入られたら、自分もダメージを受けることを承知でトラップ型の魔法を発動させる。ソーマジック・サーガの中にあった魔法と、エヌで手に入れた魔法、それを組み合わせたオリジナルの戦い方。トラップ型の魔法は自分の半径1mで物理的な攻撃があった時に反応。サトルさんに通じるかわからないけど、自分のすべてを出して受け止めてもらう、いや認めてもらうだけ)


 サトルは魔法戦士だが、使える攻撃魔法はサクラとは天地の差。魔法はあくまでも補助にとどめて、魔法戦士のスキルを使って攻撃の射程距離に入れるかが鍵。


(効果範囲に制限のあるレイエン【相手の行動を遅延させるスキル】は、特別なイベントで手に入れたものだけに、おそらくサクラは知らない。ただこの技を使うのは最後の最後。まずは自分の基本的な体術と戦略で、サクラを上回っているかどうかを確認したい)


 そもそもサトルはサクラを次の戦いで死なせたくないという思いは強いが、戦力として認めているところもある。あのエヌのダンジョンをクリアしたわけだし、マサノリやスカーレット王女が認めた存在というだけで、その資格はある。

 とはいえ、本人に自信がなければ辞退させるのが正しいと考えていたが、そんなことはなかった。以前の控え目な性格が一変して自信満々、しかも自分を守るとも断言していたほど。逆に興味がわいたというのもある。

 サクラはどれほどの力を手に入れたのか、そして対モンスターでしか発揮していなかった能力が、他のプレイヤーに通用するのか。自然と笑みがこぼれる中、二人は向かい合った。


「いつでもいいわよ」

「いつでもいいぞ」

「じゃあ先手は譲ってもらうわ!」



サトルの頭上におびただしい数の火球が発生し、降り注いだ





 この会場にマサノリたち召喚メンバーは誰もいないが、事務所からモニター越しに二人の戦いを見つめていた。特にマサノリの目は真剣そのもの。だが、花村夫妻から驚きの連絡が届いた。


『遂に完成したよ。賢者の、あのラーメンが』


「マサノリの焦り」へつづく
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