だから僕は魔女を娶った

春野こもも

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第三章

新入りの男

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 夏も盛りを迎えようとする頃、レオンハルトは団長に呼ばれていた。

「祭りですか」
「あぁ、毎年この屯所の敷地を一部開放してるんだ。近隣への社会貢献として」
「なるほど」

 新参者のレオンハルトは初耳であったが、クラウスの口ぶりからして恒例行事の一環なのだろう。

「その日は早めに切り上げて、午後から祭りの設営を隊員らでやってもらう。幹部は会議があるからパスだ。祭りは17時からで、それまでには俺たちも切り上げられるようにするから、せっかくだし奥方を呼んだらいいんじゃないか?」
「あ……いいのですか」
「もちろんだ。夜には花火も上がるしきっと喜ぶと思うぞ」

 それはきっと喜ぶだろうな。ルーナのキラキラした笑顔を思い出すと胸が温かくなった。

「……お前、最近ダダ漏れだな」
「……?」

 ――――

 クラウスがレオンハルトを呼びつけた本題は祭りのことではなく、そのあとは仕事の話が続いた。

 時間に余裕があるときは家に戻って昼食を取ることも多いが、クラウスとの話で時間が押してしまったため、今日に限っては屯所の食堂で昼食を摂ることにした。

 食堂に足を運んだレオンハルトは、すぐに違和感に気が付いた。
 ……なんだこの殺気は?

 そこに足を踏み込んだ瞬間、異様な雰囲気を感じた。食堂で食事を摂る男たちが皆一様にどこか殺気立ってピリピリしていた。

 一体なんなんだ……?

 レオンハルトは戸惑いながら、食事を注文するべく厨房へ向かった。

「Aセットを一つください」
「あっレオンハルト様?!」

 目の前にいる従業員の背後から飛び出してきたのはエミリーだった。……今日は水曜日だが?

「……どうして君がいるんです?」

 しかも厨房に。眉を顰めると、エミリーがいそいそと器を取り、スープを注ぎ始める。どうやらレオンハルトの食事を用意しようとしているらしい。

「緊急発注があったんですよぉ。どうやら新人君がミスでパンを大量にパン粉にしちゃったみたいで」

 どんなミスだ。
 
「へぇ、それでパンを届けに?」
「はい! そのついでに厨房を手伝っています!」

 なるほど。だからエミリーが厨房の中にいたのか。
 レオンハルトは不思議に思った。それならば、なぜ食堂中の男たちがこんなに殺気立っているのだろうか?

 普段エミリーを前にするとエミリーエミリーとうるさく、鼻の下をデレデレと伸ばして情けない顔を見せるはずの兵士たちなのに。
 しかしその原因はすぐに判明した。

「エミリーさん! すみません、俺代わります!」

 厨房の奥からパタパタと1人の男が駆けてきた。見慣れない顔の男はエミリーのそばまでやって来ると、エミリーが途端に顔を赤らめた。……なるほど?

「いいのに……そんなに私のことが気になる?」
「えっ……そりゃ、俺のせいで仕事手伝ってもらってるので……」

 あたしゃ別に頼んでないけどね。と言ったのはレオンハルトが最初に注文をしようとした食堂の責任者の女性だ。皆にアデーレおばさん、と呼ばれ親しまれている。エミリーに先ほど押しのけられていた。

「どなたです?」
「新入りの料理人のカイだよ。副団長さんよりひとつ年上くらいじゃなかったかねぇ」

 新人料理人のカイは薄いアッシュブラウンの髪に、優しそうな甘い顔立ちをしていた。さらには恰幅までよく、逞しい腕をしている。レオンハルトよりも背は高そうで、なんていうか大型犬みたいな男だ。料理人ではなく騎士になった方がいいんじゃないか。

 レオンハルトにひとつ上ということは、18。ルーナと同じだ。つまりエミリーとも年が近いというわけだ。
 エミリーのカイへの態度を見ていて、レオンハルトはようやく食堂全体が殺気立っている理由が分かった。恰好の良い男にエミリーを取られたようで面白くないのだろう。

 なんてしょうもない理由なんだとレオンハルトは呆れて、アデーレからAセットを受け取った。

「副団長! こちらどうぞ!」

 下士官のドミニクが隣の席を指しながらレオンハルトを呼んだ。レオンハルトはなんだか嫌な予感がしたが、無視をする理由もなく、ドミニクの隣へ腰を下ろした。

「副団長、副団長。あいつ見ましたか?」
「あいつ……あぁ、あの新入りの料理人のことか?」
「そうっすよ! あいつ、エミリーにデレデレしやがって……エミリーを無理やり働かせてんすよ!」
「そうは見えなかったが……」
「あいつがいると風紀も乱れると思いませんか?! クビにしましょうよ!」
「僕にそんな権限はない。食堂のことは全部アデーレさんに一任してある。それに、風紀を正すというなら、エミリーの出入りを禁止する方がよっぽど効果的だと思うが?」
「ひえええっ! 何つー怖いこと言うんすか!」

 さめざめと泣く振りをするドミニクに呆れながらパンをちぎり口に運んだ。隣ではドミニクがまだぶつぶつと文句を言っている。

「エミリーが副団長に行くのはまだいいんすよ……副団長には美人な奥様がいるし、副団長は奥様大好きだし」

 ドミニクの言葉にレオンハルトはスープを吹き出しそうになり、そのまま咽せた。元凶であるドミニクは「大丈夫すかぁ?」と言いながらレオンハルトに水を差しだしてくる。

「健気なエミリーが見れてむしろラッキーみたいな。報われないけど頑張るエミリーって可愛いなみたいな。けど今回の男は……下手したら報われちゃうじゃないですか……」
「僕に聞かれても……」
「あんなポッと出のイケメンに俺らのエミリーを奪われたらと思うと、もう……!」
「僕が知ったことじゃない」

 レオンハルトは呆れて、立ち上がった。
 ドミニクの無駄話を聞いている間に、さっさと食事を平らげてしまったのだ。
 
「えっもう行っちゃうんですか! 副団長ぉ~」
「情けない声を出すな」

 追い縋るドミニクを無視して食器の返却に行くと、エミリーはまだ厨房の中にいた。カイの隣で楽しそうに食器を洗っている。レオンハルトの視線に気が付いたカイが笑顔を作ってからぺこりと頭を下げてきた。驚きながらレオンハルトも小さく会釈を返す。

 明るくて爽やかな好青年だ。ありゃ敵いっこなさそうだな……。
 レオンハルトは心の中でひそかに、エミリーファンの下士官たちの淡い恋心を弔った。
 
 ――――――――――

 ルーナがドレッサーで髪を梳きながらくすくす笑う。
 レオンハルトは寝台に横たわりながら、ルーナが寝支度をするのを見守っていた。

「それで、皆さんはエミリーさんを諦めるのかしら?」
「さぁ、対抗心はあるみたいだけれど……」
「ダメねぇ。行動に移さないと」

 2人の共寝は習慣になり、ルーナの部屋に置いていたものがレオンハルトの部屋に運ばれていた。今はここはレオンハルトの寝室というより、夫婦の寝室になっている。
 ルーナの家具が部屋に馴染んできたのを嬉しく思いながら、まだかな……とレオンハルトはそわそわしながらルーナの背中を見つめた。
 
 ようやくルーナが立ち上がってこちらを振り向いた。白いロングのネグリジェを揺らす姿はまるで女神みたいだ。
 
 ルーナはベッドに上がると、身を屈めて「おまたせ」とレオンハルトの前髪を細い指でかき分けて額にキスを落とした。その指先を掴んで、ルーナを腕の中に引っ張り込んだ。ぎゅうと抱きしめてから腕を緩めると、ルーナがレオンハルトの腕に頭を乗せて嬉しそうに笑った。

「急にどうしたの?」
「いい匂いがする」
「お風呂上りですもの」

 ルーナの上気したつやつやの薔薇色の頬を撫でていると、さっきの会話の続きが気になった。

「ダメなのか?」
「何が?」
「行動に移さないとって」
「えぇ、ダメよ。想う方がいるなら自分からアピールしないと。誰かに取られてからでは遅いんですもの」

 そりゃあそうだ、とレオンハルトはルーナの言葉に納得した。
 あの男たち……特にドミニクなんかは自分が行動を移すよりも前にレオンハルトにクビにしてくださいなどと頼んできた。

「私だって、レオンに振り向いてほしくてたくさん頑張ったんじゃない」
「……」
「あら、照れさせちゃった」

 顔を赤くしながらたじたじになったレオンハルトは、あれは僕に振り向いて欲しくて頑張っていたのか……と数か月前のことを思い出した。

「頑張ってよかったわ!」 
「君にアピールされて落ちない男はいないかと……」
「ふふ、どうかしら?」

 他に想う人がいたレオンハルトさえ、たった数か月でこのざまだ。
 きっと他の男なら、ルーナがウィンクをすれば、いや笑顔を見せれば、ただそれだけで皆恋に落ちるんじゃないだろうか。考えたら怖くなった。
 
「これから僕以外の男には笑わないでください」
「ど、どうしたの急に……」

 普段あまり見ない、困惑した様子のルーナにふは、と笑いながらレオンハルトはルーナを抱きしめるのだった。
 
 


 
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