あやかし奇談花恋

青桜さら

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はじまりの音

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 迷い込んだ森の中で、色あせた鳥居を見つけた。
 石畳も朽ちていて、とても綺麗とは言えない状態だった。
 那月(なつき)は誘われるように、その場所へたどり着く。もっと早く以上に気づいて引き返せば良かったと、後悔したのは鳥居をくぐった後。
 鳥居の中は異様な空間で、何かがそこに潜んでいる気配がする。空は今も青いのに、風が強く吹き始めた。
 神域の木々が一斉に葉音を立てて、那月が来たことを何者かに知らせているように感じる。

 風がやむ頃、目の間に白い大きな獣の姿が現れた。
 白く、光に輝く毛。とんがった耳は那月に向けられ、赤い瞳は問わられそうなくらい恐ろしい鋭さ。
(あぁ、俺はここに呼ばれたのか)
 那月がそう思ったときは、既に全てが遅すぎた。

**

 今朝ここに来た時は青空だったのに、今は小雨が落ちている。
(狐の嫁入り、だ)
 太陽が出ているのに、雨が降ってくることを祖母がそう言っていたのを思い出す。
 那月は、どうしようもなく泣きたかった。
 両親を見て育ったせいか、結婚の願望どころか人を信じることが難しい。
 これから一人で生きていく未来しか、那月は想像できなかった。

 大きな獣だと思ったものは、気が付くと人の姿をしていた。
「おや、迷子かい?」 
 ただ立っていただけなのに迷子かと、那月は誰かに声をかけられた。
「迷子じゃ、ないです」
「そう? 迷っているように見えたから、つい声をかけてしまった。悪かった」
 はっきり否定できなかった。ある意味、那月は迷っていたから。
 これから先のこと、祖母がいなくなったこと、両親がいなくなったこと。
 もう子供とは言えない歳だけど、那月は強くいられない。
(俺はどうしたらいいんだろう)
 時の流れなんて、なければいいのにとさえ思う。時代が変わるから、周囲も環境も変わっていく。
 那月だけが過去に囚われて、動けない。
「寂しいのかい?」
「…………」
 目の前の何者かに心を読まれ、那月は動揺する。
(とても寂しい。寂しい、寂しすぎて消えてしまいそうなほど、寂しい。でも……知らない人に打ち明けるなんて……)
「我と一緒に来るかい?」
 先程から那月に疑問形で話しかけてくる変なひとなのに……その言葉に強く惹かれた。
(このままついて行ってもいいかな……)
 友人がいても、家族のことは深くまで言えない。
 那月がいなくなれば心配をしてくれるかもしれない。それでも友人は友人でしかなくて、それ以上でもそれ以下でもない。
 家族がいなくなったことで、友人に弱音を吐いたことはなかった。
(誰といても、俺は孤独だ)
 不安があるけれど、このまま一人でいるより誰かのそばにいたいと思う。
 この時の那月は、冷静さに欠けていた。ただ感情のままに目の前の人に応えていた。

「一緒にいてもいいですか」
「もちろん」
 彼は柊(ひいらぎ)と名乗った。
 これが那月と柊の、出会いだった。
 
 この日の夕暮れに那月は、ひとりのあやかしに捕まった。
 白く輝く長い髪の毛に、男性的な容貌。その頭に獣の白き耳が印象的。
 着物は紺色で華やかな和柄が、とても似合っていた。
 ただ……着崩したそれはただならぬ気配と赤い目が……異常に見えた。

「人間、我は退屈しいたところ……楽しませてくれ」
 

**


 一時間ほど前。

(この神社に来るのは、何度目だろうか)
 那月は青い空を見つめた。
 
 何か困ったときや、悩むときは必ずここに参拝してきた。
 那月が幼い頃からの、いつもの場所だった。

 今日ここに来たのは……祖母が他界したから。
 育ての親と言っても過言ではなかった。いつも那月を大切にしてくれた祖母。
 時間の流れはとても残酷で、あらがうことなく祖母はこの世を去っていった。

「那月が心配だけど、大丈夫……?」

 最期の声が今でも覚えている。
 心配をかけないように
「心配ない、僕は大丈夫だよ」
 と、そう答えた。
 本当は不安でどうしようもなく、叫び泣きたかった。

 そんなことが過ぎて、祖母の納骨式は静かに行われた。
 祖母がいなくなり、心もとなくて那月はここへ来た。

 とても心が……気持ちが弱くなっていた。

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