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日が昇る

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 青い森の中に竜なんて存在しなかった。

 とても広いとは言えない森の中。

 端から端まで耳を澄ませて気配を探ったけれど、それらしいものは存在しなかった。

 竜。

 漠然とした伝説の生き物。

 それでもアーディは、それを知っているような気がした。

 

 リリが嘘を付いていると思いたくない。思いたくなくても現実は厳しかった。

 日の出の気配を感じ、雨ごいの儀へアーディは向かう。

(なにか良くないことが起きている気がする)

**

 予感は良くないものほど、当たるような気がする。

 そんなことを考えても、現状は変わることなどなかった。

「これは、どういうことだ?」

 アーディの口からそう零れた。

 湖の淵に祭壇らしきものと、それらを仕切る者たち。

 それから村人たちだろう。意外にも人数は多くない。

 だけど、リリの姿だけ見えなかった。

(儀式にリリは必要なはず。なら、祭壇の近くにリリがいないのは変だ)

 ゆっくり彼らに問う。

「リリはどこだ」

 動揺する彼らの中で白い衣をまとう老いた男性が答える。

「雨ごいの儀は終わりました。リリは役目を果たしたのです」

 人の命が消えたというのに、この人々の対応にアーディは心の中の何かが弾け飛んだ

 アーディの冷たい目が彼らを見渡す。


 封じられた記憶のほんの一部が蘇る。
 炎に包まれた街、兄の『生きろ』という言葉。

 乗せられた小舟は、荒波で沈んだ。
 そして運よくここへたどり着き、リリに助けてもらった。

 生きることは何よりも大切なこと。

 生きて生き延びて……思い出せないけれど、何か大切なものを探しに行かなければいけない。
 なのに、リリと突然の別れ。

「この湖に何がいるんだ?」
「この村の守り神が……」

 守り神なのに、人の命を奪うのか。
 この村の人とは話にならないとアーディは考えた。
 祭壇をよけて湖の淵に立ち、声を上げた。

「この湖に棲むものよ、姿を見せてくれないか」

 アーディの話し方に祭壇の近くにいた者は、目を吊り上げる。
 けれどそんなことはどうでも良かった。

「聞こえているんだろう? 話をしよう、取引だ。悪くない話だと思うが?」

**

 アーディの声に応じるように、凪いだ水面に波紋が広がる。

 どんな大物が出来るのだろうと、身構えた。

 確かにこの湖になにかがいる。

 

 

 

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