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異形なるもの
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揺らめく水面から、ゆらりと一人のヒトが現れた。
祭壇の片付けをしていた人々は、声を上げ頭を地に擦り付ける。
「どうか鎮まり下さい。余所者がここに入り込んでしまいました」
余所者と言われたアーディは、手のひらを握りしめ耐えた。心の奥底がざわつく。
青い瞳に、エメラルド色の長い髪。ヒトの姿をしているけど、違うとすぐ分かる雰囲気を纏っていた。
「青年よ、名は?」
「アーディ。今日この場所に沈められた、リリの友人です」
「あの子はリリというのか。身寄りのない孤独な子だと聞いていたが……そうか、友人か」
背後で息を飲む音が聞こえる。
あえて孤独にして忌避していたのは、ここのものたちだ。
「リリを返してください。この地の守り神なら、リリもまた守られるべきでしょう」
黙っていない人々は、アーディを追い出そうとするが、神はそれを止めた。
「良い機会だから、皆に言っておこう」
今まで捧げられてきた者たちは、神域の中で生きていたこと。
地上に戻りたくないと、訴える者もいた。
そうして、皆は穏やかな神域で最期まで過ごしたこと。
「男女関係なく、贄にされた者はこの地の人々を怖がっていた。同じ人なのに優劣をつけて、虐げるとはどういうことだ?」
静かにしかし、腹の底まで響く声は威厳に満ちていた。
髪の色が違うとか、目の色が違うとか……能力が他の者より秀でいるだけで、人は畏れる。
とくに今アーディがいる場所は小さな集落のようなところなら、なおさらその傾向が強いだろう。
祀ればこの地を守る人神として、失えない存在になる。
実際は人柱など贄にしてしまうことが多い。結局、多数派ではないものを異端視してしまう。
見た目や能力が違うだけで、ごく普通の人だ。幼いならば、心も幼い。大人ならこの地に住む者を恨むかもしれない。泣きながら贄になった者もいるだろう。
絶望の中で沈んでいく人を救ったのは、今目の前にいる異形なるものだ。想像するだけでそれはどれほどの救いだっただろう。
この儀式がいつから行なわれていたなんて知らないけど、ごく普通の事として皆がなんとも思っていない顔を見れば……考えるまでもない。
慣習とはときに恐ろしいことだ。
「状況は知らないけど、友人を先に返して欲しい」
所詮よそ者のアーディが何を言っても仕方ない。ならリリだけでも無事に返して欲しかった。
**
「リリ!」
「アーディなの? 本当に来てくれたの?」
いつもの白いワンピースより華やかな衣装を纏うリリは、目の前にいるアーディを信じられないように見つめた。
「嘘までついたのに……アーディは本当に馬鹿よ」
涙を零しながらも、アーディに駆け寄り抱きついた。
白いワンピースに白いオーガンジーを重ね、金糸で独特の刺繍が施されている。
あとで聞いたら、贄にされるものの衣装との事だった。
それでもリリが無事であれば、そんな些細なことはどうでも良かった。
目の前に佇む人ならざるものは、アーディとリリを満足気に見ていた。
そうして集落のものたちに、再び対峙する。
「私の本性は水竜。だが、お前たちが思うほど私に天候へ干渉できる権限はない。今まで雨が降っていたのは、儀式のときの焚き木の煙とチリが雲を呼んだだけのこと。わかっただろう? 最初から人柱なんて必要はなかった」
ならなぜ今まで姿を表わさず、黙認してきたのかアーディは疑問に思う。
不意に水竜はアーディを見た。
「リリの友人とやら、お前には別の龍に加護されているだろう? それによって、私は人と話せる姿を取れた。感謝する」
アーディ自身の理解できないことが、水竜に変化をもたらしたらしい。
確かに巨大な竜の姿と、人の言語を話せないなら、意思疎通は難しいだろう。
「この者たちには、それなりの代償をしてもらう。それで良いか? それから私からも加護を与えよう」
アーディに近寄り、その額に指を触れる。
何も起こらない。
祭壇の片付けをしていた人々は、声を上げ頭を地に擦り付ける。
「どうか鎮まり下さい。余所者がここに入り込んでしまいました」
余所者と言われたアーディは、手のひらを握りしめ耐えた。心の奥底がざわつく。
青い瞳に、エメラルド色の長い髪。ヒトの姿をしているけど、違うとすぐ分かる雰囲気を纏っていた。
「青年よ、名は?」
「アーディ。今日この場所に沈められた、リリの友人です」
「あの子はリリというのか。身寄りのない孤独な子だと聞いていたが……そうか、友人か」
背後で息を飲む音が聞こえる。
あえて孤独にして忌避していたのは、ここのものたちだ。
「リリを返してください。この地の守り神なら、リリもまた守られるべきでしょう」
黙っていない人々は、アーディを追い出そうとするが、神はそれを止めた。
「良い機会だから、皆に言っておこう」
今まで捧げられてきた者たちは、神域の中で生きていたこと。
地上に戻りたくないと、訴える者もいた。
そうして、皆は穏やかな神域で最期まで過ごしたこと。
「男女関係なく、贄にされた者はこの地の人々を怖がっていた。同じ人なのに優劣をつけて、虐げるとはどういうことだ?」
静かにしかし、腹の底まで響く声は威厳に満ちていた。
髪の色が違うとか、目の色が違うとか……能力が他の者より秀でいるだけで、人は畏れる。
とくに今アーディがいる場所は小さな集落のようなところなら、なおさらその傾向が強いだろう。
祀ればこの地を守る人神として、失えない存在になる。
実際は人柱など贄にしてしまうことが多い。結局、多数派ではないものを異端視してしまう。
見た目や能力が違うだけで、ごく普通の人だ。幼いならば、心も幼い。大人ならこの地に住む者を恨むかもしれない。泣きながら贄になった者もいるだろう。
絶望の中で沈んでいく人を救ったのは、今目の前にいる異形なるものだ。想像するだけでそれはどれほどの救いだっただろう。
この儀式がいつから行なわれていたなんて知らないけど、ごく普通の事として皆がなんとも思っていない顔を見れば……考えるまでもない。
慣習とはときに恐ろしいことだ。
「状況は知らないけど、友人を先に返して欲しい」
所詮よそ者のアーディが何を言っても仕方ない。ならリリだけでも無事に返して欲しかった。
**
「リリ!」
「アーディなの? 本当に来てくれたの?」
いつもの白いワンピースより華やかな衣装を纏うリリは、目の前にいるアーディを信じられないように見つめた。
「嘘までついたのに……アーディは本当に馬鹿よ」
涙を零しながらも、アーディに駆け寄り抱きついた。
白いワンピースに白いオーガンジーを重ね、金糸で独特の刺繍が施されている。
あとで聞いたら、贄にされるものの衣装との事だった。
それでもリリが無事であれば、そんな些細なことはどうでも良かった。
目の前に佇む人ならざるものは、アーディとリリを満足気に見ていた。
そうして集落のものたちに、再び対峙する。
「私の本性は水竜。だが、お前たちが思うほど私に天候へ干渉できる権限はない。今まで雨が降っていたのは、儀式のときの焚き木の煙とチリが雲を呼んだだけのこと。わかっただろう? 最初から人柱なんて必要はなかった」
ならなぜ今まで姿を表わさず、黙認してきたのかアーディは疑問に思う。
不意に水竜はアーディを見た。
「リリの友人とやら、お前には別の龍に加護されているだろう? それによって、私は人と話せる姿を取れた。感謝する」
アーディ自身の理解できないことが、水竜に変化をもたらしたらしい。
確かに巨大な竜の姿と、人の言語を話せないなら、意思疎通は難しいだろう。
「この者たちには、それなりの代償をしてもらう。それで良いか? それから私からも加護を与えよう」
アーディに近寄り、その額に指を触れる。
何も起こらない。
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