森の呼び声

夕暮れ狼

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第四章: 森の中の声

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第四章: 森の中の声
綾乃は森の中へと足を踏み入れると、まるで空気が変わったように感じた。冷たい風が木々を揺らし、枝の間から月明かりが漏れ、幻想的な雰囲気が広がる。しかし、その美しさとは裏腹に、森の奥深くに潜む恐怖が彼女の胸を圧迫していた。
狼の遠吠えが再び聞こえる。今度は、前よりも近く、彼女のすぐ近くから響いているようだった。綾乃は思わず足を止め、周囲を見渡すが、視界に何も見当たらない。
「おかしい……」
そう呟くと、またもや耳元でかすかな音がした。足音か、それとも風の音か。誰かが近づいている――それとも何かが追ってきているのだろうか。
綾乃は思わず歩みを早めた。木々が密集する道を進んでいくと、突然、前方に人影が見えた。それは、村でよく見かける藤田だった。彼は森の中で過ごしていることで知られ、村人たちは彼を「森の人」と呼び、警戒していた。
「藤田さん……!」
綾乃は思わず声をかけたが、藤田はその場で立ち止まり、静かに振り向いた。彼の顔は月明かりで青白く見え、目が鋭く光っている。いつも無表情だった彼だが、その目には何か深い秘密が隠されているようだった。
「こんな時間に、君がここに来るなんて……」
藤田の声は低く、どこか警戒しているようだった。綾乃は息を呑み、続けて尋ねた。
「村で失踪事件が続いているんです。直樹も、まだ見つかっていない。藤田さん、何か知っているんじゃないですか?」
藤田はしばらく黙ったまま、綾乃を見つめていた。その沈黙の後、ようやく口を開いた。
「知っている……と言えば知っているが、君が知るべきではない。」
その言葉に、綾乃は驚き、思わず踏み込んだ。
「でも、私は直樹を探しに来たんです。私も……どうしても真実を知りたい。」
藤田は一瞬、苦悩するように顔を歪めた。彼の目の奥に、過去の何かがちらりと見えたような気がした。それから、彼はゆっくりと、森の奥深くを指さした。
「この森には、もう近づかない方がいい。君が見てはいけないものがある。」
その言葉を聞いた瞬間、再び狼の遠吠えが響き渡った。今度は、ただの遠吠えではなく、まるで人の声のように感じられた。
「行くんだ。」藤田は強く言った。「早く戻れ。」
その瞬間、遠くで何かが動いた。木々が揺れ、何かが迫ってくる気配が感じられた。綾乃は慌てて振り返ると、薄暗がりの中から、何かが近づいてくるのが見えた。初めは影だけだったが、それが徐々に形を成していく。
それは、狼のような、しかしただの動物ではない――人間に近い姿をした、恐ろしい存在だった。
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