1 / 5
第1章 白い狼
しおりを挟む
祖母の家に着いたのは、午後も傾きかけた頃だった。
夏の終わりの陽射しはまだ強く、遠くで鳴くヒグラシの声が風に乗って届いてくる。
「久しぶりだね、真琴。都会の空気に疲れたかい?」
祖母・美代は昔と変わらず元気そうで、庭の朝顔の手入れをしていた。
私はスーツケースを玄関に置き、深呼吸する。どこか懐かしい木と土の匂いが肺に満ちた。
「うん。少しだけ、静かなところに来たくなって」
美代はにっこり笑い、縁側に座ってお茶を勧めてくれた。
そのまま私は夕方までうたた寝をしてしまい、目を覚ましたのは日が落ちてからだった。
夜になって、私は一人で外に出た。
祖母の家の裏手には広い森があり、小さな祠や山道が昔から残っている。子どもの頃、夏休みに遊びに来ては、よく探検した場所だ。
懐中電灯を持たずに歩いていたことに気づいたのは、かなり森の奥へ入ってからだった。
月明かりだけが道を照らしている。
(なんでこんな時間に散歩なんか……)
戻ろうとしたそのときだった。
低い唸り声が、木々の隙間から聞こえた。
「……誰かいるの?」
冗談半分で声をかけた私は、次の瞬間、言葉を失った。
——白い狼がいた。
月光を受けて銀に輝く毛並み。
その狼は、肩で息をしながらじっとこちらを見ていた。
前足のあたりが赤く染まり、血が流れている。
「……ケガ、してるの?」
近づくのは危険かもしれない。それでも、目が合った瞬間、私は不思議と恐怖を感じなかった。
——その目が、人間のように見えたから。
ゆっくりと私はしゃがみ込み、バッグの中からハンカチを取り出す。
そっと差し出すと、狼は一瞬、警戒したように首を引いた。だが、すぐにまた私を見つめてきた。
「……大丈夫。噛まないでよ」
小さく笑ってそう言うと、狼は……どこか寂しげに、目を細めた。
翌朝。私は縁側で麦茶を飲んでいた。
昨夜の出来事は、夢だったのかもしれない。
けれど、ハンカチがなくなっていたし、靴の裏には確かに森の泥がついていた。
そのとき——
「昨夜は、助けてくれてありがとう」
声がして、私は驚いて顔を上げた。
そこにいたのは、見知らぬ青年だった。
白いシャツに、濃紺のジーンズ。裸足の足元は少し泥がついている。
まるで月明かりがそのまま人間になったような、透き通るような雰囲気を持っていた。
「え……ど、どちら様ですか……?」
「君が差し出したハンカチ、返さなきゃと思って」
そう言って彼が差し出したのは——私の、あのハンカチだった。
夏の終わりの陽射しはまだ強く、遠くで鳴くヒグラシの声が風に乗って届いてくる。
「久しぶりだね、真琴。都会の空気に疲れたかい?」
祖母・美代は昔と変わらず元気そうで、庭の朝顔の手入れをしていた。
私はスーツケースを玄関に置き、深呼吸する。どこか懐かしい木と土の匂いが肺に満ちた。
「うん。少しだけ、静かなところに来たくなって」
美代はにっこり笑い、縁側に座ってお茶を勧めてくれた。
そのまま私は夕方までうたた寝をしてしまい、目を覚ましたのは日が落ちてからだった。
夜になって、私は一人で外に出た。
祖母の家の裏手には広い森があり、小さな祠や山道が昔から残っている。子どもの頃、夏休みに遊びに来ては、よく探検した場所だ。
懐中電灯を持たずに歩いていたことに気づいたのは、かなり森の奥へ入ってからだった。
月明かりだけが道を照らしている。
(なんでこんな時間に散歩なんか……)
戻ろうとしたそのときだった。
低い唸り声が、木々の隙間から聞こえた。
「……誰かいるの?」
冗談半分で声をかけた私は、次の瞬間、言葉を失った。
——白い狼がいた。
月光を受けて銀に輝く毛並み。
その狼は、肩で息をしながらじっとこちらを見ていた。
前足のあたりが赤く染まり、血が流れている。
「……ケガ、してるの?」
近づくのは危険かもしれない。それでも、目が合った瞬間、私は不思議と恐怖を感じなかった。
——その目が、人間のように見えたから。
ゆっくりと私はしゃがみ込み、バッグの中からハンカチを取り出す。
そっと差し出すと、狼は一瞬、警戒したように首を引いた。だが、すぐにまた私を見つめてきた。
「……大丈夫。噛まないでよ」
小さく笑ってそう言うと、狼は……どこか寂しげに、目を細めた。
翌朝。私は縁側で麦茶を飲んでいた。
昨夜の出来事は、夢だったのかもしれない。
けれど、ハンカチがなくなっていたし、靴の裏には確かに森の泥がついていた。
そのとき——
「昨夜は、助けてくれてありがとう」
声がして、私は驚いて顔を上げた。
そこにいたのは、見知らぬ青年だった。
白いシャツに、濃紺のジーンズ。裸足の足元は少し泥がついている。
まるで月明かりがそのまま人間になったような、透き通るような雰囲気を持っていた。
「え……ど、どちら様ですか……?」
「君が差し出したハンカチ、返さなきゃと思って」
そう言って彼が差し出したのは——私の、あのハンカチだった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる