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魔法使い候補生は夢を叶えられない
しおりを挟む「おいおい、それぐらいでへばんなよ。なあ魔法使い候補生」
バカにしたように笑われ、春風凪(はるかぜ・なぎ)はキッと睨みつけた。
「まだまだがんばるもん!」
「お前に魔法使いは無理だ。諦めろ」
「絶対に諦めないもんっ!」
そう言って刀を振り下ろすものの、大男…北里理斗(きたざと・りと)は軽々避けてしまう。
「大きく振り上げんなよ。使い方がわかんねえならそれこそ魔法でカバーしてみろ」
正論を言われ言葉に詰まる。
クナイを手にする理斗が笑みを浮かべる。尖った先端に手をかざし「こんな風にな」と言いながら手を横へスライドさせると刃の部分が一気に伸びた。
その魔法の使い方に驚くと同時に理斗が一瞬で凪の目の前にやってきては「遅えよ」とクナイの先端を目に突き立てる…ことはなく直前でピタリと止まる。
凪の全身から汗が噴き出た。
「ん? マジで殺されると思った?」
こくこくこく、と頷くと、はは、と笑われる。
「んなわけねえだろ。俺の将来の嫁に」
「理斗兄ちゃんのお嫁さんにはならないんだからっ」
「俺のプロポーズを何回も断んじゃねえよ。まあいい、今日はこれぐらいにしよう。おつかれさん」
「お、おつ、お疲れ様でした!」
凪は勢いよく頭を下げた。
「うーん、どうやったらさっきの理斗兄ちゃんのようなことができるんだろ…」
魔法省の食堂にて、いただきます、と手を合わせながら呟いた。
「あと二日で合格できるかな…」
一抹の不安を覚えながら箸を手に夜ごはんのカツ丼を食べた。
それにしても、と思いながらきょろきょろと辺りを見回す。
午後六時を過ぎた魔法省の食堂はたくさんの人で賑わっている。残業の人やこれから夜勤の人だろうか?
(僕もいずれはここで働きたいなあ。まずは合格しないと!)
ここは魔法省。魔法に関連した職場である。
常に人材を募集し、凪は何度も採用試験を受けるが落ちていた。そしてあまりにも落ちすぎるために幼馴染で魔法省に勤める理斗に頼み込んで、夏に行われる魔法使い候補生と呼ばれる合宿のようなものに来ていた。
期間は二泊三日。魔法省の人間とマンツーマンで勉強し、合格できれば晴れて魔法省で働くことができる。
今日はその一日目。まさか理斗が教官としてやってくるとは思わなかったが、とにかく全力でがんばった。
(うーん、勝てない…)
一日目の本日は演習場での実技。大量の武器を提示され、どれをどれだけ使ってもいいから戦ってみろ、というものだった。
結果は不合格。まあ一日目だから明日はもっとがんばろうと自分に喝を入れると、食堂内がざわつくことに気づいた。
顔を上げると理斗が立っていた。
「よう、凪」
「理斗兄ちゃん」
そう呼びかけるとざわつきがより一層ひどくなる。どうしたんだろうと思っていると、理斗が隣に座った。
「理斗兄ちゃんもごはん?」
「俺はここで食えねえよ。迷惑だろ」
「?? なんで?」
「これでも人事課の中では結構偉くてなあ」
「ふーん。理斗兄ちゃんって偉かったんだ」
「意外とな。俺にも一口くれ」
「はい、あーん」
カツを一切れ食べさせてあげる。ざわつきが増し、これには凪も驚いた。
「え、なに? ホントになに!?」
「俺に、はいあーん、なんてできるのはお前ぐらいだよ」
「え? 幼馴染ってこれぐらいするでしょ…?」
「凪、食い終わったら駐車場に来い。今日の詳しい採点を教えてやる」
「ん!」
もぐもぐ口を動かしながら頷いた。
駐車場へ行き、慣れた車の助手席に座り込む。
「どこ行くの?」
「俺ん家」
「今日の採点教えてくれるんじゃないの?」
「酒飲みながらな」
確かに職場で飲みながらはやめた方がいいだろう。
「お前も飲むか?」
「僕まだ未成年だよ」
「それもそうだな。じゃあ適当にツマミも買って帰ろう」
「焼き鳥食べたーい!」
「へーへー、今日がんばったからそれぐらい買ってやるよ」
「やった! …ねえ理斗兄ちゃん、僕は魔法使いになれるかな」
「無理だ」
「うぐっ」
「家に帰ったら丁寧に教えてやるよ。何が無理なのか」
聞きたいけど聞くのが怖い、なんて思いながら流れる景色を見ていた。
「ちょっ、ちょっと理斗兄ちゃん! 今日の採点教えてくれるんじゃなかったの!?」
理斗の住むマンションの部屋に着いた瞬間に迫られ、凪は真っ赤な顔をしながら必死に手で制す。
「手え邪魔。どけろや」
「だからだからだからっ! 採点はー!?」
「そんなのお前を部屋に連れ込む口実に決まってんだろバカが。好きだよ、凪」
「ちょっ、んんっ」
キスされると思い身構えると、べろりと唇を舐められた。そっと目を開けると理斗が舌を出して笑っている。
「なに? べろちゅーがよかったか?」
「からかわないでよっ」
「こっちは真剣に口説いてんだけど? それなのにお前はいつも断る」
「だから僕は理斗兄ちゃんと結婚しないってば!」
「お前が小さかったときはなー、理斗兄ちゃんとケッコンする! って毎日のように言ってたじゃないか」
「そっ、それはまだ僕が小さかったから…!」
「あの頃のお前はかわいかった。もちろん今もかわいい。好きだぜー、凪」
「だか、ら、っん、んっ」
今度こそキスをされてしまった。
五分ほど玄関で一悶着あり、ようやくリビングにたどり着いた凪はぜーはーと肩で息をしていた。
「なんだ凪。それぐらいでへばってんじゃねえよ」
「原因はそっちですけどね…!」
「食わねえの?」
「食べるーっ!」
焼き鳥を差し出され頬張ると「バカだなお前は」と笑われるが焼き鳥のおいしさには勝てず理斗を睨みながら食べる。
「今日の詳しい採点を教えてやる」
プシュ、と缶ビールを開けて飲みながら理斗が教えてくれる。
「お前は全体的になんでもできる。だからダメなんだ」
「なんで!?」
「攻撃、治療、結界、薬学、その他諸々…高校三年生の魔法使い候補生にしてはまあまあだ。出来は決して悪くない。でもなあ、面白みが全くない」
「…魔法使いに面白みっているの?」
「魔法省はなあ、面白い奴が欲しいんだよ。たとえ魔法が使えなくても特技で入った奴もいる。魔法省が出版した本の内容を全て暗記して三時間ひたすら喋ったっつー伝説の面接をした人間がいる。そいつのために魔法省は新しい部署を作ったぐらいだ。あとは…そうだな、魔法を使えなくても驚くほどの身体能力を武器に前線で戦う奴もいる。あれはもう怖えよ」
「魔法使えなくてもなんとかなるんだあ」
もぐもぐと口にしながら喋る。本当はキチンと正座をして聞くべきありがたいお言葉だろうが、理斗だって酒を飲みながらだからいいだろう。
「しかしだな、凪」
びしっ、とツマミを食べる箸で指された。
「お前はつまらん」
「ぐっ」
「別にひとつのことに秀でろとは言わん。でもなあ、お前を一言で表すものが何もない。ま、言えるならアレか? 将来は俺の嫁、ぐらいか」
「だからっ、僕は理斗兄ちゃんのお嫁さんにはならないって!」
「いいじゃん別に。魔法使いにはなれなくても、魔法使いの嫁にはなれるんだから」
「僕は魔法使いになりたいのっ」
「お前にゃ無理だ」
そう言って押し倒される。
「特別授業だ。魔法でもなんでもいい、ここから抜け出してみろ」
ニヤリと笑う顔が近づき唇を塞がれる。
「んっ、はうぅっ…んんっ、んっ…んっ…」
ぬるりと舌が侵入。凪の舌を絡め取っては吸い付かれる。
なんとかして抜け出そうと魔法を使いかけるも、ズボンに手を入れられすでに半勃ち状態の性器を包まれては難しかった。
「ほら、早く魔法使ってみろよ。魔法使い候補生さん?」
「うるさ、い…あっ、あっ…ん、ぅう…っ」
「このままじゃあ俺に食われちまうぜ?」
耳元でくすくす笑われてしまい、その低い声に余計に下半身に熱が溜まってしまう。
魔法を使うために意識を集中させたいのに、頭は理斗の指先を追ってしまう。ぬちぬちと上下に動かす指、先走った蜜が溢れる先端をぐりぐり押す指…全く集中できない。
しかも、もうすぐ絶頂というときに理斗の手がぱっと離される。
「どうする? 特別授業続けるか?」
凪は涙目で見上げる。その目元を舐められた。
「しないもん…」
「ふーん。で、ホントは?」
「……したい」
真っ赤な顔でそう告げると理斗は嬉しそうに笑った。
「かわいいなあ、将来の俺の嫁は。快楽に弱いとこ、ホントにバカで大好きだ。愛してるよ凪」
「なんかバカって言われた…」
「かわいいってことだろ」
またもや笑われながら体を抱き上げられた。
「ーー最後にヤってどれぐらいだ? 一ヶ月か? 一ヶ月もお預けくらってんのかよ俺は」
ずぶずぶと性器を挿入しながら理斗が文句を言う。
「あ…っ、ああっ、あっあ…んんんっ」
「お前が毎週末ウチに来りゃいいだけなのにな。なあ凪、聞いてんのか?」
腰を打ち付けながら言われても困る。ぐちゅぐちゅといやらしい音は響くし、喘ぎ声は止まらないしで恥ずかしくてとてもじゃないが答えられない。
「なあ早く結婚しようぜ。毎日一緒にいたいし毎晩抱きたい」
「ぼ、くは…っ、んっ、ああ、あっ、魔法使いに、なりたいもん……んっ、は、あ…っ」
「喘ぎながら言われてもかわいいだけだ。それにお前に魔法使いは無理だ。さっさと諦めろ」
勢いよく打ち付けると凪の背がしなる。ぐいっと腕を引っ張られて抱きしめられた。
「お前には俺の嫁でちょうどいいんだよ」
凪の目の前がチカチカする。もう理斗が何を言ってるのかよくわからない。気持ち良すぎて考えられない。
ぼーっとする頭で理斗を見つめるとキスをしてくれた。
重ねるだけの優しいキスに、そっと腕を伸ばして首元に絡める。
「り、と…にいちゃん…」
名前を呼べば笑ってくれる。抱きしめてくれる。キスをしてくれる。
ーー僕の憧れの魔法使い。
目を閉じた凪はひたすら快感を受け入れた。
前髪をかき上げてやりながら、すよすよと気持ちよさそうに眠る凪を見つめた。
「かわいい顔で寝やがって」
ぎゅむ、と鼻を摘むと苦しそうな顔をし始めたので手を離す。すぐにまたかわいらしい寝息が再開した。
「悪いな、凪。お前を魔法使いにはさせられないんだ」
頭を撫でた。
ーーこんな危ない仕事させられるか。
(魔法使いと一言で表すにはやることが多すぎる。万が一、前線で戦う部署に配属されたときが怖い。まあ人事課の俺がそこは操作できるが…一番怖いのは特別召集だ。誰かれ構わず連れていっちまう)
凪にはどこか別の企業で就職してほしいものだ。それか俺への永久就職。
理斗と凪は七歳差の幼馴染だった。
近所に住んでおり小さい頃から「りとにいちゃん」と呼んではくっついて歩いてきた。
かわいかった。自分の後ろをとてとてついてくる様子がかわいくてしょうがなかった。
そんな凪には憧れの魔法使いがいたことに、理斗はとっくに気づいていた。
(まさか俺に憧れて魔法使いを目指すとはなあ…)
理斗は将来有望な魔法使いとして小さな頃から魔法省へ入ることが義務付けられていた。恐らくそのせいだ。
(別に凪は劣等生ではない。普通に普通だ。魔法使いになれないことはない。でも、ダメだ)
自分のエゴであることぐらいはわかっている。その上で言いたい「お前は魔法使いにはなれない」と。
眠る凪を見つめる。
血生臭い世界なんて知らなくていい。
涎を垂らしながら平和に寝ていてほしい。
「うぅ…」
何やら凪が寝言を言い始めたので耳を澄ます。
「やきとり…」
さっき食べた焼き鳥がよっぽどおいしかったのだろう、その寝言に理斗は吹き出す。
「そうかそうか、明日も買ってやろうな」
肩を震わせながら頭を撫でてやる。
こんなバカみたいで幸せな寝言を呟く愛おしい子に、危ない世界なんか見てほしくなかった。
「凪、いい加減に起きろ」
「うー…腰が痛いいいい」
「じゃあ今日の合宿は中止にするか? 俺は構わん」
「僕は構うのっ。絶対に魔法使いになるんだから」
「はいはい。メシできたぞ。食うか?」
「食べるーっ! 理斗兄ちゃんのごはんっておいしいんだよねえ! いただきます! んー! おいしいっ!」
「俺にメシ作らせるなんて人事課の奴らが知ったら卒倒するぞ」
「理斗兄ちゃんがそんなに偉いの想像できないや。理斗兄ちゃんは理斗兄ちゃんだし」
「結婚したらお前もメシ作れよ。そうだ、合宿は中止にして花嫁修行にするか」
「僕は魔法使いになるのーっ!!」
足元に意識を集中させてふわりと宙に浮く。
少し先の理斗は、演習場に設けられた岩の上に立っていた。
「さあ来い。一瞬の隙を突いてみろ」
浮いた状態で凪は弓矢を打つポーズを取った。ギリギリと音を立てて見えない弓がしなる。指先を離せば空気の塊が理斗の足元の岩を砕く。
理斗がバランスを崩したのを見逃さなかった凪は素早く二発目、三発目を射った。
辺りに砂煙が舞う。これで隙ができたーーしかし気づいた時には理斗は凪の真後ろにいた。慌てて振り向こうとするも背中を蹴られ地面に叩きつけられる。
「惜しくもない。なんで二発目を打った? 打たずに俺を殴りに来ればいいものを」
素早く立とうとするも立てなかった。
「え、なんで…」
見ると地面から生えた草に足首が絡まっている。理斗はいつの間に魔法を使ったのだろう?
これでは飛ぼうに飛べない。
「さて」
そう言いながら転がる凪の両手首を理斗が踏みつけた。
「っ」
「これでも魔法で手加減してる。俺の体重の半分以下の重さだ。それでも重いだろ?」
「…っ」
「これで徐々に体重をかけて、さらに俺の体以上の重さがかかったらどうなると思う? ああ、確実に骨折だ」
楽しそうに笑う理斗に寒気がする。
凪は必死で体を動かして逃げ出そうとするも敵わない。ミシ、と両手首から嫌な音が立った。
「なあ魔法使い候補生。ここからどう形成逆転するんだ?」
ギッと凪は睨みつけるが理斗はどこ吹く風でにこりと笑ってひょいと退いた。
「一旦休憩だ。こっち来い。治してやるよ」
大きなため息を吐いた凪はよろよろと立ち上がった。
「手首痛い…理斗兄ちゃんのバカあああ」
青白い光に両手首が包まれる。理斗による魔法治療開始である。
「バカはお前だろ。つかまだ折れてもねえよ。魔法使い候補生がこれぐらいで泣くんじゃねえ」
「泣いてないもんっ」
「首の皮一枚繋がってれば戦える、どっかの魔法使いの名言だ」
「ひいいいい」
壁にもたれて座っていると、小さな地響きが聞こえてきた。
「ん? 何か音がする…」
「隣の演習場でも合宿してる奴がいる。まあそいつもお前と同じで不合格だろうけどな。治療は終わりだ。まだ痛むようだったら治療課連れて行くがどうだ? 俺は治療専門じゃねえから完璧にはできない」
「んー、大丈夫」
手首を捻りながら確認する。
するとゴシゴシと顔を擦られた。
「んう、痛い」
「外で顔洗ってこい。汚ねえ。ついでにどうやったら俺に勝てるか考えてこい」
ーー外の洗い場にて蛇口を捻り、顔に水を叩きつけた。
「ぷはっ。冷たいっ。あー…疲れた…どうやっても勝てる気がしないよ…僕もうボロボロなのに理斗兄ちゃんは涼しい顔してるし…」
持ってきたタオルで顔を拭く。
ふと、手首を見た。
(…さっきの理斗兄ちゃん、怖かったな)
ーーなあ魔法使い候補生。ここからどう形成逆転するんだ?
口元に笑みを浮かべ、瞳も楽しそうに歪められていた。戦っているんじゃない、弱き者を虐めて楽しんでいる顔だった。
勝てない…咄嗟に判断した自分が情けない。
「魔法使い、諦めた方がいいのかな…」
理斗のような魔法使いに憧れる。いや、そもそも理斗自体に憧れて…ふと隣を見ると自分と同じぐらいの少年が顔を洗っていた。
さっき理斗が言っていた、隣の演習場の子かもしれないと凪は話しかけた。
「あ、あの、魔法使い候補生ですか?」
「あー、うん、そうだよ。でももうやめようと思う」
「え?」
「現実を叩きつけられた気がした。僕には才能がないんだ。…だからまだ合宿途中だけど終わろうと思う」
そう言って少年は力なく笑った。
凪は、目の前がぼんやりした。
ーーそれって魔法使いを諦めるってこと?
少年に向かってゆっくり手が伸びる。
(ねえ、魔法使い諦めるの?)
ーーだったらその魔力、僕にちょうだい?
「さて、どうやって凪に魔法使いを諦めさせるか…」
魔法使いの質としては悪くないし、高校生の時分であれだけできれば優秀だ。
しかしこちらのエゴで魔法使いにはさせたくない。絶対に。
何かいい手はないものか考えているときだった。洗い場から戻ったのだろう、凪が演習場へ入ってきた。
「凪、再開するか。…凪?」
凪の様子がおかしい。目の色がおかしいしどこかフラフラしている。
これは何かあったなと、理斗は咄嗟に結界監視を発動させた。結界を貼りつつ内側を監視するーー演習場には特に何も問題がないと判断し外の洗い場まで範囲を広げたときだった。
誰か倒れている。あれは…隣の演習場で合宿中の別の魔法使い候補生だ。
「…? 凪、何があった?」
しかし凪から返事はない。目が虚だ。不意に凪が片手を上げた。
演習場に設けられた岩、全てが砕け散った。そして一瞬に全てが砂となり旋風によって巻き上げられる。
理斗は首を傾ぐ。
(なんだ? お前にそんなことできねえだろ?)
この数分で何が、と考えるより先に一瞬で目の前に凪が現れる。拳を振り上げている。理斗は咄嗟に両腕でガードするものの数メートル吹っ飛ばされた。
「おい、凪」
こんな魔法今まで使ってなかっただろ、と言うより先に凪がその場に倒れた。受け身も一切取らないその倒れ方に理斗は駆け寄った。
「凪!」
目は開きっぱなしで体がブルブルと震えている。まるで体の内側で何かを拒絶しているようだ。
状況が全く理解できない。とりあえず、と理斗が凪に魔法をかけると凪が目を閉じ眠り始めた。
「ったく、何が起こってんだお前は…」
外側に目立った怪我はない。ということは内側だ。
理斗はポケットに手を突っ込み、試験管型の採血キットを取り出した。
「これで何かわかればいいが」
凪の首元に刺し採血開始。あとは自動的にコイツが判断してくれると数秒後に出た結果に、理斗は目を丸くした。
そしてすぐさま魔法を解き、凪の顔を思いっきり叩いた。
「おい起きろ!」
「ふえ!? あ、理斗兄ちゃん…どうしたの?」
目を覚ました凪はいつも通りの凪に戻っていた。
「どうしたのじゃねえ! お前、自分が何やったか分かってんのか!?」
「え?」
「これを見ろ」
そう言って試験管に現れた結果を凪に見せた。
「?? なに? わかんないんだけど」
「ここにはな、本来あるはずのない魔力のデータがふたつある。魔力は一人に一つ。どんな魔法使いでもそうだ。どういうことかわかるか? お前は今、法律を犯したんだよ」
「へ…?」
「演習場の洗い場に一人、ガキが倒れてる。恐らくお前はさっき、あのガキから魔力を奪った。同意のない魔力の譲渡は法律で禁止されている」
凪の目がぱちくりとされる様子に理斗は理解した。
(コイツ…無意識で魔力を奪ったな。しまったな、それだけの力を持ってたのか)
「つまり、その、僕は……犯罪者ですか?」
「ああそうだ」
「……うそ」
「うそじゃねえ。自分で確かめてみろ」
そう言うと凪がぎゅっと目を閉じた。次に目を開けた時、凪は顔中から汗を噴き出していた。
「あ、あれ…? なんか、僕じゃない何かがいる感じ…」
「それが他人の魔力だ」
「ぼ、僕、奪っちゃったの…?」
「恐らく同意はない」
「…どうしよう理斗兄ちゃん!!」
泣きべそをかく凪にとてつもなく大きなため息を吐いた。
魔法使い候補生として合宿を受けたいと聞いたときもこんな感じだったなと思い出す。
かわいいけどバカ。バカだけどかわいい。
「しょうがねえな」
しかしこの手を使わないことはない。
理斗は微笑んだ。
「凪、交換条件だ」
「おめでとうございます!」
そう言って受理された処理を手に、凪は助手席へと乗り込んだ。
「僕は絶対にバカだと思う」
「何を今更」
「もうちょっと考えればなんとかなったんじゃないかと思うけどやっぱりなんともならないと思うんだ」
「まあな」
「でもこうするしかなかったんだ…。僕は犯罪者になったから…」
「犯罪者じゃなくて俺の嫁だろ。さっき婚姻届出して受理されたから正式に俺の嫁だ」
「ははは…」
凪は力なく笑った。
無意識とは言え同意のない魔力の譲渡は法律で禁止されている。つまりあの瞬間、凪は法律違反をしてしまった。
通報義務があるだろうに理斗はとある交換条件を飲み込めば黙っててやると言ってくれて。
それが、結婚だった。
合宿最終日の三日目、二人は朝イチで役所へと来ていた。
「いやー、俺としては渡に船だ。最高の結末を迎えた」
ちらりと横目で見た運転中の理斗はにこにこ笑っている。
ついでに言えばその交換条件の中に魔法使いになることの禁止も含まれていた。
「…ちょっと聞きたいんだけど。そのー、僕が魔力奪った子って…」
「あのあと目を覚ましたから、試験なしに魔法大学へ行ける推薦状を書いてやった。俺の名前があれば魔法を扱う大学だったらどこへでも入学できる。それぐらいはしてやらんとな。もちろんお前のことは一切言ってない。そもそも魔力を奪われたことに気づいていない」
「魔力は…元に戻るのかな」
「それはわからん。でもこうするしかないのはわかるだろ?」
「…わかる」
自分を守ってくれたことには感謝している。しかし、理斗を巻き込んでしまったことに納得がいかなかった。
「ごめんなさい…理斗兄ちゃん…」
犯罪の片棒を担がせてしまった。
泣きべそをかいていると頭を撫でられた。
「まあ正直に言うが」
「…うん」
「あれぐらいの犯罪、魔法省では日常茶飯事だ」
「……え?」
「いちいち法律守って仕事なんかできるか。お前が犯罪者なら俺はとっくに死刑だな、死刑」
「ちょっ!? 理斗兄ちゃん!?」
車が止まり、どこだろうと思っていると魔法省の駐車場だった。
「え? 合宿もう中止だよね?」
首を捻っていると頭を小突かれた。
「今のお前の体には二人分の魔力が入ってる。使い方をレクチャーしてやる。じゃねえとお前、魔法に飲み込まれるぞ」
「じゃ、じゃあもしかしてまだ魔法使いになれる道が…!」
「絶対に魔法使いにはさせねえ。俺のかわいいかわいい嫁にそんな危なねえこと誰がさせるか」
むぅ、と凪は唇を尖らせる。
「はは、いいじゃねえか、魔法使いの嫁で」
「よくないよ! 僕が魔法使いになりたいんだよっ!」
「なんで?」
「だって理斗兄ちゃんみたいな…」
ハッ、と口を手で抑えて顔を上げると、理斗は笑っていた。
「お前が俺に憧れてることは知ってる」
「…知ってたのね」
「その様子がかわいくてな。だからそんなお前と結婚したかったんだよ。ちと強引だったが夢は叶った」
「じゃあ僕の魔法使いになりたいって夢も叶えてよ」
「絶対にやだね」
頬を撫でられくすぐったさに目を細める。
どうやら完全に魔法使いへの道は諦めなければならないらしい。
悔しい。とんでもなく悔しい。
…でも。
(魔法使いとしてじゃないけど理斗兄ちゃんの隣に立てるのは、それはそれでアリなのかなあ…)
憧れの理斗兄ちゃん。
できれば魔法使いとして理斗の隣に立ちたかった。
「ほら、行くぞ凪。俺にかすり傷一つでも負わせたら焼き鳥を買ってやろう」
「わー! 食べる食べるっ!」
「まあお前にゃ無理だな。この二日間で俺は無傷だ」
「うぐっ」
「魔法使いとしてはダメかもしんねえが、安心しろ。嫁としてなら満点だ」
「そっちの採点いらないっ」
文句を言いながらも凪は笑った。
「これからもよろしくね、理斗兄ちゃんっ」
「ああ、いくらでも面倒見てやるよ」
そして車から飛び出し演習場へ走っていった。
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