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第一話
しおりを挟む「あのね、ママ。いいですか? ボクもパパもずっとゆってるの。ママはキッチンつかっちゃダメだよ、って。なんでママはヤクソクまもれないの?」
「…面目ないです」
「こどもにむずかしいことばつかわないで。ボクはわかりません」
「…ごめんなさい」
七歳児に本気で叱られるとは。
原沢紬(はらさわ・つむぎ)がしゅんとしていると大きな手で頭を撫でられた。
ぱっと顔を上げると男が…大石勝希(おおいし・かつき)が笑っていた。
「ほらアイル。あんまり詰めたらママが泣くぞ?」
「パパ! パパからもゆってください! ママはキッチンつかっちゃダメだよって!」
「ははっ、まーたママがキッチン使ったか」
「そうなのです!」
「そうかそうか。じゃあパパからちゃんと言わないとな」
そう言って七歳児の子供…アイルをひょいと抱っこする。
勝希がにこっと笑いながら「紬」と名前を呼ぶ。
「ママは不器用だからキッチン使うなよ」
「よ!」
結婚してもいないのに勝希にママと呼ばれるのは不服だが、産んではいないけれどかわいいかわいいアイルからママと呼ばれるのは正直悪くない。
謎の気持ちに揺れながらも結局は「もうキッチン使いません…」と何度目かわからない宣言を紬は口にした。
「かわいい寝顔…ホントに天使だよねえ」
「まあ実際に天使だからな」
「正真正銘の天使の寝顔…」
子供部屋ですやすや眠るアイルの寝顔を見て、紬と勝希は頷いた。
ふふ、と紬は笑った。
「天使の養育者なんて最初はどうなるかと思ったけど、うまくいってるみたいでよかった」
そう言ってアイルの頭を撫でてやる。金色の髪の毛がさらりと揺れた。
すると勝希に頬を撫でられた。
「ありがとな、俺のワガママに付き合ってくれて」
「…アイルに会えたから帳消しにしてあげる」
「じゃあこのまま俺たちはパパとママにならないとな」
「それとこれとは話が別ですー。…だって僕たち別に付き合ってもないし」
アイルがもぞもぞと動くのを見て「リビング行こう」と子供部屋を出た。
ソファーに隣同士座り、缶ビールを開ける。
「これから大人の時間だな」
「アイルにお酒見せたら飲みたがると思うからね。人間の食べ物に興味津々だもん」
「天使は何も食べないで平気って話だもんな。ちなみに明日の朝はメロンパンを焼く予定だ。アイルが気になってた」
「え!? 勝希くんメロンパン作れるの!? ていうか家でメロンパンって焼けるの…!?」
「俺は大体のものは作れる」
「すごい…! 僕なんて何もできないや…」
思わず膝を抱えてシクシク泣いてしまう。
「今日だってさ、カフェオレ飲もうと思って鍋でお湯沸かしてたんだ」
「ケトルがあるのになぜ」
「…鍋で沸かしたことないからやってみたかったんだ。そしたらさ…吹きこぼれちゃった」
「お前、牛乳も一緒に入れただろ。そりゃあ吹きこぼれるぞ」
「身をもって知りました…。それをちょうどアイルに見られちゃってさあ」
「ああ、だからあんなに詰められてたんだな。お前キッチン使うの禁止されてるもんな」
「アイルの監視の目は厳しくてかわいいよ」
キッチンに立つと七歳児に険しい顔で見つめられるのである。
くすくす笑うと頬を撫でられた。
「お前もかわいいよ、紬」
むー、と唇を尖らせるとキスされた。
ーーそれは一週間前の出来事だった。
紬の勤める魔法省にて呼び出されとある一室へ向かうと、そこには上司の男と共に、たまに喋るぐらいの間柄である同僚の勝希が立っていた。
上司は言う。
『キミたちふたりに天使の養育者になってもらいたい。て言っても期限は三週間だけどね』
意味がわからず首を傾いでいると上司は続けた。
『この国には人間以外の生き物がいることは知ってるでしょう? その中に天使や悪魔もいる。彼らはみんな、双子の神様の創造物だ。生まれたときからすでに大人の姿をしている。神様の片割れがね、ちょっとした実験をしてみたいということになったんだ。子供の姿で創造して、人間としての知識も取り入れたい、と。そこで人間界の生活を知るために三週間だけ天使の養育者を選んでほしいと相談されたんだ。魔法省はこれをオーケーとした。魔法省は悪魔との関わりは積極的に持っているが、これからは天使とのパイプも欲しいんだろうね』
話の内容がよくわからない。
というのも紬は事務員で、魔法などは一切使えないのである。
上司がにっこりと笑った。
『まあ簡単に言うと、七歳児ぐらいの子供を三週間、キミたちふたりに預かってほしいってことだよ』
『はあ。でもなんで…僕ですか?』
ちらりと勝希を見た。
食堂などでたまに会えば話をするぐらいだけど、どこの課に勤めているかも知らない。
上司は言った。キミたちふたりに、ということは自分と勝希にだろう。
『なんで、って、キミの隣の子が指名したからだよ。キミたち付き合ってるんでしょう?』
これには驚いた。そんな事実はないからだ。
思わず背の高い勝希を見上げるも、勝希はにっこりと笑っていた。え、どういう笑顔?
『養育する子は天使のアイル。七歳児ぐらいだよ。今回色んなコースがある中で、アイルは親子体験をしてみたいという希望だったんだ。天使や悪魔には親という概念がないからね、気になるんだろうね』
色んなコース、親子体験…なんだそのテーマパークのイベントみたいなものは。
『あの、えっと、だからなんで僕…』
『ああ、キミたちを選んだ理由? まずそっちの…勝希くんだっけ? 勝希くんは警護課所属の魔法使いだから何かあった時にすぐ対処ができるからね。性格は穏やかで面倒見が良く手先が器用。この上ない養育者向きだ。で、紬くん、キミはそんな勝希くんが選んだだけ。特に僕からのコメントはありません』
直属の上司なのに切ない。
『必要なものは全てこちらで用意します。詳細はメールで送るよ。アイル、入っておいで』
ドアに向かって上司がそう言うと、ゆっくり扉が開いてひとりの子供が入ってきた。
金色の髪の毛に金色の瞳、背中からは小さく真っ白な羽根を生やした小さな子供。
子供が…アイルが首を傾いだ。
『パパとママ?』
笑いながら勝希が膝をつき、その小さな手を優しく包み込んだ。
『初めまして、アイル。俺は大石勝希。俺がパパだ。こっちがママ。紬っていうんだ』
え、僕がママなの?
思わず紬が固まっていると、アイルが指を差してきた。
『こっちがパパ。こっちがママ』
『ああそうだ』
『これからよろしくおねがいします!』
舌足らずな口調で嬉しそうに言い、紬の手をその小さな手できゅっと握られた瞬間、紬の中に眠っていた母性のような父性のような何かしらの感情が爆発した。
「ーーていうかさ、なんで僕がママなの?」
飲み終わった缶ビールをテーブルに置きながら紬は文句を言った。
「お前のほうがママっぽいだろ」
「そういう意味じゃなくてね、なんで僕と付き合ってるって嘘を付いたのか、って聞きたいんだよ」
「お前が好きだから」
にこりと笑いながらさらりと告げられ、むー、と唇を尖らせる。
「…僕はキミのことをよく知りません」
「俺もお前のことはよく知らん。だからこれからお互いに知ろうな。ーー大人の時間だよ、紬」
額にキスをされると体をひょいと横抱きにし、寝室へ連れて行かれる。
そっと、ベッドへ置かれた。
服を脱がされ露わとなった首元を軽く噛まれる。
「んっ…」
「嫌なら抵抗すればいいのに」
「…パパとママは仲良くしないといけないみたいだからね」
「ははっ、確かにそうだな。夫婦仲良しが一番だからな」
そう言うと優しくキスをされた。唇を割って舌が入ってくるので紬は腕を伸ばして勝希の首元に巻きつけた。
「ン…ふ、……っ、あ…」
ちろちろと歯列をなぞられ背筋がゾクゾク震える。ぴく、と下半身も反応し始めた。
「紬、舌出してごらん」
小さく舌を出すと絡め取られた。舌同士がねっとり合わさって気持ちいい。
体をまさぐられる。胸をくすぐるように撫でられ紬から甘い声が漏れ出た。
「あ、ん……」
自分で思った以上に声が甘く思わず口元を抑えると、くすくすと笑われた。
「もっと声出していいんだぜ?」
「だめ、だよ…アイルに聞こえちゃう…」
「大丈夫。アイルは一度寝るとなかなか起きないから」
「そうだけど…」
そういう問題でもない。
明後日の方向を見ながら言葉を濁していると「紬」と呼ばれてキスをされた。
重ねるだけの優しい口付け。紬の目がとろんと落ちてしまう。
「紬」
「ん…かつ、き、くん……勝希くん……」
「好きだよ、紬」
目元に唇を落としながら、勝希は紬の腰を持ち上げた。
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