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鳥籠少年
しおりを挟む二十年前。
突如人間界に降り立った少年天使を見て、ひとりの青年が恋をした。
あまりの美しさにまさに一目惚れだった。
少年天使と一緒にいたいと、一生を添い遂げたいと青年が願おうとも、仲間の天使が迎えに来てしまった。
青年は戦った。
ただの我儘であることを理解しながら、ただ少年天使と共にいたい一心だった。
また、少年天使も青年と共にいることを願った。
仲間の天使は告げた。
「共にいたいなら示してみろ」
そして少年天使は涙を流しながら、命よりも大事にしていた白き羽根を切り落としたーー。
現在。
エレベーターへと乗り込んだ榊秋人(さかき・あきひと)は表示された画面にパスワードを打ち込んだ。
認証画面に顔を写し、そして最下層へと箱は落ちていく。
扉が開き暗い廊下を進み突き当たりの三重のドアを開ける。最後のドアを開けたとき、ガラス張りの部屋は明るく輝いていた。
秋人はガラスの前へと立ち、中の様子を見る。
偽物の青い空からは柔らかな光が差し込み、鳥や蝶が飛び交う。草原には色とりどりの花が咲き乱れ、そよ風と共に揺れた。
ひとりの少年が立っていた。金色の腰まで伸びる髪の毛に細い腰、華奢で真っ白な手足、そして背中には小ぶりながらも白い羽根が生えていた。
コンコン、と秋人がガラスをノックすると少年が振り返る。
金色の瞳に長いまつ毛…秋人に気づいた少年の頬が赤く染まり、小さな口元が柔らかく微笑んだ。
小さな羽根をバサリと広げ、少年が偽物の空を飛びながらガラスまで近づいた。
秋人が大きな手でガラスに触れると、それに重ねるように少年の小さな手もガラスに触れられた。
少年の小さな赤い唇が「秋人」と動いた。秋人はガラスから手を下ろし、もう少し先にある出入り口まで歩いた。
ドアを開ける。格子が自動的に開き、内側へと招かれる。
「秋人」
鈴の鳴るような高い声で名前を呼ばれ顔を上げると、白い羽根で飛ぶ少年がゆっくりと降りてきた。
秋人が両腕を広げる。少年は迷うことなく飛び込んだ。
「ルル」
秋人は少年を…ルルを抱きしめる。
「いい子にしてたか?」
「うん、いい子にしてたよ」
「そうか。じゃあご褒美だ。羽根の手入れをしてやろう」
「うん」
嬉そうに笑うルルを抱き上げ、秋人は草原の奥へ進んだ。
内側の格子が、音も立てずに閉鎖された。
ーーここは魔法省最下層にある天使専用保護空間、通称『鳥籠』。
意図せず何らかの原因によって間違って人間界へと降り立ってしまった天使を保護する専用空間だった。
ルルを膝に乗せ、柔らかいブラシを使って白い羽根を梳いてやる。
その羽根はあまりにも小さく、秋人の手のひらよりも小さかった。
「ルル、お前の羽根は小さくないか? 天使とはこういうものなのか?」
他の天使に会ったことがないのでこれが基準なのかがわからない。
この小ささでよく飛べるなあと感心していると、振り返ったルルは困ったように笑った。
「ううん、僕のが特別小さいんだ」
「理由はあるのか?」
「理由…」
垂れた眉がさらに垂れ、ルルの困った顔が続いてしまった。
恐らく羽根の小ささは何かしらの原因があるのだろう。それもあまり口にできないような原因が。
(羽根は綺麗だが…むしり取られたように見える跡もある)
それに気になる箇所はまだある。
「ルル、次は髪の毛を綺麗にしてやろう」
「うん」
ブラシを変え、腰まで伸びる長い髪の毛を梳いてやる。
首の裏側を露にすると、小さなかすり傷がいくつか見えるのだ。
秋人はそっと、指を伸ばす。
(こっちは古い傷…こっちは新しい…。なんで首にこんな傷があるんだ?)
「あの…秋人?」
あまり首ばかり触るものだから気になるのだろう、おずおずとルルが振り返る。
「えっと、どうしたの…?」
「この傷はなんだ?」
「これ、は……」
ルルの金色の目が逸らされる。大きな瞳は伏せられ、金色の長いまつ毛がそれを覆う。
言いたくないのだろう。
そもそもルルはどうして人間界へ来たのかを一切言おうとはしないし、帰りたいといった類の言葉を口にすることもなかった。
ーー五日前、突如この天使専用保護空間、通称『鳥籠』の中に強い光と共にルルが現れた。
通常、この鳥籠へ降り立つ天使というのは、天使が住む国いわゆる天界にて何らかの魔法を使った際にアクシデントとして人間の住む世界へ誤って来てしまったらしい。
彼らは体が弱く外へ出ることは難しいため、空調や温度等全てを管理されたこの鳥籠の中で保護される。
大体は迎えの天使が来て共に帰るというパターンが多いらしいが、何しろ文献が少なく、前回この鳥籠が使われたのは二十年前ということぐらいしかわからない。
こちらから天界へと送り返すことも可能だが、それには異界飛びという魔法を使える魔法使いがいなければ成り立たない。が、そんな魔法使いは滅多におらず、現在魔法省に登録されている魔法使いの中に異界飛びが出来る者はまだ見つからない。
しかし、そんな魔法使いは見つからないでほしいと秋人は願っていた。
「ルル、お前はここにいろ」
首元に顔を埋め抱きしめると、ぴく、と小さな体が反応した。
五日前、この鳥籠の中にルルが入ったことを確認した第一発見者が秋人だった。
数少ない残る文献の中には、天使は非常にデリケートなため人間との接触を嫌うらしい。そのため鳥籠に天使が入ったと分かれば報告だけして、あとは第一発見者が面倒を見るという仕組みになっていた。
天使は本当にアクシデントで人間の住む世界へやってくるのかとたまに鳥籠を見に来たことはあったが、そのたびに鳥籠は真っ暗で、薄っすら見える中は荒れ果てていた。
それが、鳥籠に天使が入った途端に鳥籠自体が機能し始めたのだ。
偽物の空は朝になれば偽の太陽が上がり、昼になれば頂点まで上り、夕方になれば暗い中で夕日は沈み、夜になれば今度は偽物の月が現れる。
ルルが振り返る。大きなその金色の瞳が揺れていた。
「秋人…?」
「お前が好きだ。天使だとはわかっている。それでも好きだ」
長い髪の毛を指に絡ませ、唇を落とす。
一目見た瞬間に恋をしたと、秋人はわかっていた。
ルルは微笑んだ。嬉そうにただ笑っていた。
白く細い首の傷跡が、秋人はたまらなく気になってしょうがなかった。
鳥籠の外からガラス越しに、秋人はルルの様子を見ていた。
ルルはこちらにはまだ気づいておらず、鳥に話しかけて楽しそうに笑っていた。
不意に足音が聞こえ、秋人は身構える。しかし現れた人影が見知ったものであると気づくとすぐに頭を下げた。
「源さん」
「おう。鳥籠に天使が入ったんだってな。久しぶりだな、二十年ぶりか?」
「鳥籠のことを知ってるっつーことは、源さん…」
「昔、ちょっと天使に絡んだことがあってな」
同じ魔法省公安課の上司である源二郎(げんじろう)だ。
「まさか公安にこんな仕事があるとは思ってませんでした」
「まあある意味外部から守るってこういうことだよな。天使が牙を剥く可能性も無きにしも非ず」
「牙…ルルには無理でしょう」
あんなに柔和に笑う少年にそんなことはできまい。
ふと、ルルの羽根を見た源二郎が不思議そうに首を傾ぐ。
「あの子の羽根、小さすぎないか?」
「え?」
「本来、天使は自分の身長ぐらいの羽根があるんだ。個体差はあるだろうが…いや、でも小さすぎる」
やはりあの羽根は小さいのか…。
「異界飛びのできる魔法使い、見つかったか?」
「まだです。委託のほうも探してはいるんですけど、難しいですね」
「異界飛びができる魔法使いはなー、あれはなかなかいない。二十年前もいなかった」
「二十年前の天使はどうなったんですか」
「あー、元気にやってるよ」
「どこで?」
「…まあいいか。お前には可愛がってる部下っつーことで話してやるよ。二十年前に鳥籠に入った少年天使、今は俺の嫁だ」
「……マジですか」
「仲間の天使が迎えに来たけど、どうしても帰したくなくてな」
「源さんよく言ってますよね。嫁とは大恋愛した、って。こういうことスか」
「そ。俺もアイツも歳食ったが、今でもふたり楽しく暮らしてる。あのときの俺よくがんばった! って未だに褒めたい。ーー仲間の天使がな、迎えに来たんだよ。でもこっちは渡したくない。持てる魔法全部使って抵抗したさ。最終的に……嫁を片翼にさせてしまったが、それでも俺は手放せなかった。我儘だろ? そんな俺を今でも嫁は笑いながら受け入れてくれてるよ。さて、俺は帰る。かわいいかわいい嫁が待ってる」
ひらひら、と手を振って源二郎が去る。
源さんのベタ惚れだなあれは、と笑いながらガラスをコンコンとノックする。
音に気づいたルルが小さな羽根を広げてこちらへやって来た。
手を伸ばせばガラス越しに手を伸ばしてくれる。秋人は笑った。ガラス越しでは満足できない。
すぐに内側へ入ると格子が開き、秋人は両腕を広げた。
「おいで、ルル」
空からキラキラ輝く存在が降り注ぐ。秋人は抱き止めた。
「ルル。俺はお前と一緒にいたい」
「秋人」
ルルが笑った。
「僕も秋人と一緒にいたい」
頭を撫で、するりと首元へ落とす。
首元の傷は…消えない。
「なあ、ルル。お前のことが知りたい。俺に教えてくれ。お前の全てを。首の傷は何なんだ?」
ルルは目を伏せてふるふると首を横に振った。
金色の髪の毛が揺れるもそれ以上は何も答えなかった。
「答えたくなければ無理には聞かない。…お前は天界へ帰りたいと思わないのか?」
「思わない。秋人と一緒にいたい。秋人は…優しい」
にこ、と笑うその顔は何かを思い出しているのだろうか、どこか弱々しい。
ルルの小さな指先が、秋人の指を絡めとる。
「キミの指先は優しい。優しく羽根を触ってくれる。僕の命よりも大事な羽根を、キミは優しく触ってくれる」
嬉しそうに頬へ当てられた。
どうやら天使にとって羽根は命以上に大事なものらしい。
じゃあどうして…そんなに小さいのだろうか。どうしてむしり取られた跡もあるのか。
聞きたいけれどまた困った顔をさせてしまうだろう。
ルルには笑っていてほしい。
じっと、ルルに見つめられていることに気づいた。
頬を撫で、どうした、と聞く。
「僕は」
「うん」
「秋人が好きなのかもしれない」
秋人は笑った。
「そこは、好きなのかも、じゃなく、好きだよ、って言ってほしいところだな」
「違うの?」
「全然違う」
「どう違うの?」
「そうだな…。好きなのかも、だったら心臓はただドキドキするだけだ。好きだよ、だったら心臓がドキドキして抱きしめたくなって、その人のことを全部知りたくなる。誰にも渡したくない、ずっと一緒にいたい、って思う」
不思議そうな顔をしてルルが自分の胸に触れた。
しかしよくわからないのだろう、首を傾いでいる。抱っこした状態の秋人は、ルルの胸に耳を寄せてみた。
「どれどれ? うん、すげードキドキいってる」
「秋人は?」
「触ってみろ」
小さな手のひらが、秋人の胸に触れる。途端にルルが驚いた顔をする。
「すごくドキドキいってる。すごい…心臓ってこんなに早く動くんだ…」
「お前も同じスピードだけど」
「え? …本当だ。僕の心臓もすごくドキドキいってる。わあ、すごい…。秋人、すごいね、秋人」
頬を染めるルルが嬉しそうに笑う。
「でもな、ただドキドキするだけじゃない。俺はお前のことが好きなんだ。だからルルのことが知りたい。誰にも渡したくない。ずっと一緒にいたいって思うんだ」
「ずっと一緒……僕も、秋人と一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。ーーそっか、僕、秋人のことが好きなんだ」
初めて知った感情と言わんばかりにルルは口を開けて驚いた顔をしている。
ルルの羽根が広がる。ふわりと、ルルの体が浮かんだ。
秋人の手のひらサイズ以下しかなかった羽根が、どんどん大きく広がる。
最終的にルルの小柄な体を包み込めるほどの大きさへと成長した。
ルルが笑う。
「僕は秋人が好き」
そう言って伸ばされた手が、秋人へ届くことはなかった。
突如現れたガラスの壁に阻まれる。
ルルの顔が強張る。背後の白い影にルルが抱きしめられた。
「ーーバカな天使め。ようやく羽根を手に入れたか」
ルルの体が、見たことのない大男の腕の中に包まれていた。
突如現れた大きな白い羽根を持つ大男が、ルルを背後から抱きしめる。
「ルル。まさかお前の羽根の原動力が人間からの愛とはなあ。俺の愛じゃ足りなかったか? 毎晩毎晩可愛がったってのに。新しい羽根が生えてきますように、ってむしり取ってやったのになあ」
「兄さん…」
「また捕まえとかねえとなあ」
ルルの首に真っ黒の首輪が現れ長い鎖で繋がれ、その先は兄と呼ばれた男の手に握られる。
浮かぶ兄が冷たい目で秋人を見下ろした。
「おい人間。お前には感謝している。ルルの羽根を大きくしてもらえた。これでようやく一人前だ」
「…ルルをどうする気だ」
「連れて帰んだよ。羽根がデカくならねえ罰として人間界に落としたつもりが、まさか回収する前に羽根が大きくなってるとは。よかったなあ、ルル。人間に感謝しねえと」
「うぅ…」
そう言って兄がルルの頬をべろりと舐める。
秋人は理解した。ルルは誤って人間界へ来たのではなく、この男に落とされたのだ。
その理由は羽根の大きさ。どうやら羽根の大きさで一人前かどうか判断されるらしい。
そして…首元の傷は、あの首輪のせいだ。
(…天使に俺の力がどこまで及ぶのかはわからんが)
やるしかない。
秋人は走って勢いよく跳んだ瞬間に体を捻ってガラスの壁を蹴り破り、兄が驚くその隙に手に握られる鎖を引きちぎった。素早く腕の中にルルを抱き込んで草原の中へと転がり落ちる。
「今外してやるからな」
分厚い首輪に指先を当てると二分割されてルルの白い首が見えた。
用済みとなった鎖を兄が放り投げる。
「魔法使いか。しかもパワー系」
秋人は立ち上がり、背後にルルを隠す。
「ここは魔法省だ。嫌になるほどの魔法使いがいる。ーー騒ぎを起こしてみろ。凄腕の魔法使いがわんさか来るぞ」
「俺は知ってんだ。ここは鳥籠。存在を知る者はごく一部ってことをな」
秋人は舌打ちをした。天使の力がどのようなものかはわからないが、場所が悪い。外へ出ようにも鳥籠に入っていた天使のルルは外気に耐えられるのか?
秋人は草を踏みつけた。途端に透明な結界が貼られる。自分とルルに貼り、鳥籠自体にも貼り付ける。
「知ってんぜえそれ。結界監視だろ。人間がよく使う結界だ。二十年前もそうだったらしいな」
「二十年前…」
源二郎だ。二十年前にも少年天使が降り立ち、源二郎が寄り添ったと聞いた。
兄が、ギリ、と歯を食いしばる。
「あのときだってメアル様は人間に奪われた。ルルは絶対に渡さねえ」
恐らく少年天使の名前だ。
(おいおい源さん…大恋愛じゃなくて大戦争だろこれ…)
兄が弓を構えるポーズを取る。確かに何も持っていないのに、ギリギリとしなる音が聞こえる。指先が動いた瞬間、巨大な空気の塊に襲われ秋人の体が吹っ飛んだ。咄嗟に自身に貼り付けた結界を二重にし、落下の衝撃へと備える。
「秋人!」
ルルの心配そうな声が響く中、落下した秋人は素早く立ち上がると同時にルルの元へ駆け寄った。
「ルル、お前は大丈夫か?」
「秋人…」
「帰ってこいルル。お前は自分の使命を忘れたのか。神に仕える神官候補生がこんなところで何してやがる」
「僕、は…」
背後のルルの声が揺らぐ。
「…ここにいたい…」
兄の目が見開いた。
「は? お前自分が何言ってるかわかってんのか」
「わかってる…これでもわかってるつもりだよ…」
「じゃあお前にその羽根は落とせるのか」
「っ」
「二十年前、メアル様は示しとして片翼となられた。お前にその命より大事な羽根をお前は自分で切り落とせるのか!?」
ビクッとルルの体が震え、小さく首を横に振った。
「できない…僕にはできない…」
「だろ? ルル、お前にそんな覚悟はねえよ。お前の思いなんてそんなもんだ。さっさと帰ってこい」
震えるルルの体を秋人が抱きしめる。
「大丈夫だ、ルル」
その耳元で囁いた。
「絶対に守る。お前は俺と一緒にいることを選んでくれた。俺だってお前と一緒にいたい」
「秋人…」
「お前がその羽根を大事にしているのは知ってる。絶対に切り落とすな」
一度手を離し、ルルを背で隠す。
ーー偉そうなことを言ったものの、さてどうするか…。
(どうやら羽根を切り落とせば示しとなるらしいが…ルルにそんなこと絶対にさせるか)
しかしどうすればーーへたりとその場にルルが座り込んだ。
その金色の瞳は涙で溢れ返っていた。
「ごめんなさい兄さん…ごめんなさい、ごめんなさい……僕はあなたの期待に応えられません…」
地面がうねりをあげる。鳥籠には結界を貼ったはずなのにそれを貫き通されていることに秋人は驚いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
頬から伝った涙が一滴、草原へ落ちたときだった。
地面がひび割れる。兄が慌てて空中へ浮かぶ中、地面から巨大で真っ暗な手が一対現れた。
秋人は不思議だった。自分の足元だけは崩れていない。
一対の手の指が、大きく開く。
「ごめんなさい、秋人…僕は羽根を切り落とせない。大事な、大事な羽根だから…。でもね、僕は秋人と一緒にいたい…だから」
ルルの涙がふよふよと浮かぶ。にこ、とルルは笑った。
腹に響くような低い声が聞こえた。
『天使ルル』
手が、喋った。
『お前の思い、地界が受け入れた』
巨大で真っ暗な手で、バクンッ、とルルの体が包み込まれた。
次にその両手が開いた時にはルルの姿は変わっていた。
髪の毛は真っ黒に染まり、生える羽根も真っ黒で…明らかに種族が変わっていた。
あーあ、と兄が手で顔を覆う。
「勝手に堕天しやがって…」
「ごめんなさい兄さん…それでも…秋人のそばにいたい…これが僕なりの示しなんだ…」
「…堕天使に用はねえよ」
落ちていた首輪を蹴り上げ、兄が姿を消す。
ふと気づいたときには巨大な手は消えていた。
鳥籠の地面の一部が大きく歪んでいる。鳥籠の主が変わったためか、まだ昼だというのに鳥籠の内部は暗い夜へと変化していた。
ルルが黒く大きな羽根を広げてこちらへ向かってきたのを見た秋人は両腕を広げる。
「ルル?」
しかしルルは降りてこない。困ったような顔をして秋人を見ている。
「どうしたルル。おいで」
「…いいの? 僕もう天使じゃないよ?」
そよ風に揺れる長い髪の毛は真っ黒だ。瞳の色もまつ毛も、同じく暗闇に染まっている。
「俺と一緒にいるために堕天したんだろ?」
こくりとルルが頷く。
「僕には羽根は切り落とせない…。だから、こうするしかなくて…」
「堕天使でも悪魔でもなんでもいい。おいで、俺の好きなルル」
震える指先を柔らかく包んでやると、ルルが降りてきた。その体を抱きしめる。
「ありがとうルル」
「今日からこの家で住むわけだが、一通り説明したがわかるか?」
「よくわかんない」
「だよなあ。初めてみるものだらけだもんなあ。でも家に連れて帰れてよかった。堕天したから外気に対応できてる」
「ねえ、秋人」
「ん?」
「僕、ここにいていいの?」
「ここにいてくれ。毎日羽根の手入れをしてやる」
「秋人の指好き。僕を大事にしてくれる。僕、秋人が好き」
「俺も好きだよ。ーーなあ、ルル。ずっと一緒にいような」
「うん」
突如人間界に降り立った少年天使を見て、ひとりの青年が恋をした。
あまりの美しさにまさに一目惚れだった。
少年天使と一緒にいたいと、一生を添い遂げたいと青年が願おうとも、仲間の天使が迎えに来てしまった。
青年は戦った。
ただの我儘であることを理解しながら、ただ少年天使と共にいたい一心だった。
また、少年天使も青年と共にいることを願った。
仲間の天使は告げた。
「共にいたいなら示してみろ」
そして少年天使は泣きながら自ら堕天した。
ーー二十年前の少年天使も現在の少年堕天使も、自らの行いに一切の悔いはなく幸せに過ごした。
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