4 / 7
紫陽花の咲く頃に 承1-2
しおりを挟む
「ほら! あれだよ、あれ! あのお店! たい焼きおいしいんだよ!」
ぐいぐいと葵の腕を引っ張って商店街の中を歩いた。
「あんまり引っ張るな。抜ける」
「キミの腕は丈夫そうだから大丈夫!」
「何も大丈夫じゃねぇ」
「ほらいい匂いー! 何にする? 僕はカスタード!」
「…お前って慣れると懐っこいんだな」
「ん? 何か言った? もしかして甘いの苦手?」
「いや、王道のつぶあんで」
放課後、最近できたおいしいたい焼き屋へと連れて行きそれぞれ注文するとすぐに包んでくれ、近くのベンチへ座って頬張った。
「あちち、あちち…ん! おいしー!」
「お、うまい。作りたては熱々だな」
「初めて食べたときはヤケドしたよ」
けらけら笑うと葵が近づいてきて「一口くれ」とたい焼きをかじられる。
いいよ、ってまだ言ってないのに。
「全部食べたら怒るよ」
「お前になら怒られてみたいもんだな」
「またそういうこと言う…」
睨みつけながらもこっそりと、小さな声でスミレは尋ねた。
「…最近何も言わないけど、僕の後ろ、まだいる?」
ここ最近、昼や放課後は一緒に行動しているけれど、ユーレイについてはほとんど口にしていない。
もしやいなくなったのでは、という淡い期待と同時に、あれは葵が話しかける口実だったのでは、と最近では思っている。
「いる」
「…いるんですね」
期待は全て砕け散った。
「夏休み前まではいなかったから、その間に憑いたんだろ」
「…夏休みの間に何回かあーちゃんのお墓参りになら行ったよ」
「そこは人間の墓もあるか?」
「うん。飼い主とペットが一緒にお墓に入れるところだから」
「あー、そこで憑いてきたんだな」
なるほど、と背後に目線を合わせて頷かれると怖い。
「除霊したいならさっさとキスさせろ」
「僕はホントにユーレイが憑いてるとは信じきれてないからねっ」
「ほう。興味深いことを」
「じゃ、じゃあ聞くけど! どんなユーレイが僕に憑いてるわけ? 女の人? 男の人?」
「あー…体型は男だな。だぼっとした上下ジャージ姿だから断定はできないが」
断定できない?
ぱっと見ればわかるんじゃないの?
不思議そうに首を傾ぐと、葵が残念なものを見るかのような、哀れみの眼差しを向けてきた。
「な、なんだよぅ」
「そうだよな。お前は見えないんだよな」
「どういうこと? あ、中性的な顔立ちってこと?」
「お前に憑いてるユーレイ、首から上がないんだよ」
葵の声が、こだまする。
ーー首から上がないんだよ。首から上が…。
思わず想像して一瞬にして血の気が引く。世界が揺れる。体もぐらりと大きく揺れ、ベンチに倒れかけるところで力強い腕に引っ張られた。
そのままぽすんと、葵の腕の中へ。
「大丈夫か?」
耳元で囁かれ、血の気が引いた体へ一気に熱が舞い戻る。
熱い!
「だだ、だ、だいじょぶ…」
「悪かった。驚かせる気はなかったんだ」
落ち着かせるように背中を撫でられるが今のスミレには逆効果で、さらに目がぐるぐると回ってしまう。
そんな目の端に、葵の髪の毛が映った。
今日も長い髪の毛をポニーテールに結っていた。
(綺麗な髪だよなぁ。すごい長いけど、似合ってる)
「痛い、引っ張るな」
気付けばぐいぐい引っ張っていたようで、慌てて手を離した。
「あ、そうか。その手があったな」
何を思いついたのか、体を剥がされる。ちょっと残念な気持ちになっていると、スッと左手を取られた。
何をするんだろうと見ていると、恭しく上げた左手の薬指のちょうど第二関節辺りを勢いよく齧られた。
「いたっ。え、あ、んぐっ」
痛さに悶える暇もなく、噛まれた部分をべろりと舌で滴るほど舐められ、続いて薬指の齧られた部分をなぜかスミレの口に突っ込んできた。
他人の唾液だらけの指に、自らの唾液が絡まる。
指を吐き出したいのにそれを許されない。ぐっとさらに奥へと押し込まれる。
「んんっ、ん…っ」
苦しさと恥ずかしさで涙目になりながら、堪えきれずに自分の唾液と葵の唾液を飲み込んだ。
口から喉奥へと落ちる。
真っ赤な顔で文句を言いかけたスミレの目に、奇妙なものが映った。
「なに、これ…」
ランドセルを背負って走る小学生、犬の散歩をする若い女性、忙しそうにスマホを見ながら歩く中年男性…座るベンチから見えるいつもの風景が、若干違った。
数人の背後に薄っすらと、透ける人間が浮いているのだ。
もしかしてこれが、と慌ててスミレを見ると頷かれた。
「後ろ見てみろ」
ゆっくりと、ゆっくりと。恐る恐る振り返ると先ほどまで見えなかったユーレイがそこにいた。
上下だぼっとしたジャージ姿の性別不明のユーレイ…首から上はない。
動けずじまいでただ見つめていると、ぼんやりと見えたそれの存在がゆっくりと消えていった。
いなくなったというよりは、見えなくなったという表現のほうが近い。
「初めてユーレイ見た…」
「あれがお前に憑いてるユーレイだ。俺が言ったとおり、首から上がなかっただろ」
「うん…」
葵の言っていたことは最初から正しかったようである。
でも…なんで今見えたんだろう?
「やっぱり俺の推測は正しかった」
「え?」
「俺の体の一部…特に体液にはユーレイが見える効果があるらしい」
「たいえき…」
「俺の唾液を少し飲んだから、一瞬だけユーレイが見えたんだろ。俺も試したことがなかったから、これで実証された」
なるほどなるほど、と葵が満足気に頷いた後に「というわけで」。
「キスさせろ」
「なんでそうなるのっ」
「すげー少ない唾液飲んだだけでユーレイが一瞬見えた。ということは、キスをして俺の唾液をさらに流し込めばユーレイも除霊できる。できるかどうかはわからんが」
「わかんないのに挑戦しないでよね!」
なんとかして体を引き剥がそうとするが体格差により敵わない。
「除霊除霊って言うけどキスしたいだけじゃないの!?」
「当たり前だろ。好きなやつにキスしたいだけだ。ユーレイも除霊もどうでもいい」
「本音出た!」
「ちっ。うるさいやつめ」
表情を一切変えず舌打ちをした葵が立ち上がり、手を伸ばす。
「帰るぞ」
「う、うん…」
差し出された手にスミレが何気なく手を乗せた。ハッと気づいた時にはしっかり握られており離してはくれなさそうだ。
夏に比べて日が落ちるのが大分早くなった。今日は明るいうちに帰れそうだ。
夕日に照らされるこの頬が熱い。
繋いだ指先も熱い。
相変わらずユーレイは背負っているし、この目で見てしまったし、良いことなんて何もない。
でも…この時間が嫌じゃないと思う自分がいることも確かだった
ぐいぐいと葵の腕を引っ張って商店街の中を歩いた。
「あんまり引っ張るな。抜ける」
「キミの腕は丈夫そうだから大丈夫!」
「何も大丈夫じゃねぇ」
「ほらいい匂いー! 何にする? 僕はカスタード!」
「…お前って慣れると懐っこいんだな」
「ん? 何か言った? もしかして甘いの苦手?」
「いや、王道のつぶあんで」
放課後、最近できたおいしいたい焼き屋へと連れて行きそれぞれ注文するとすぐに包んでくれ、近くのベンチへ座って頬張った。
「あちち、あちち…ん! おいしー!」
「お、うまい。作りたては熱々だな」
「初めて食べたときはヤケドしたよ」
けらけら笑うと葵が近づいてきて「一口くれ」とたい焼きをかじられる。
いいよ、ってまだ言ってないのに。
「全部食べたら怒るよ」
「お前になら怒られてみたいもんだな」
「またそういうこと言う…」
睨みつけながらもこっそりと、小さな声でスミレは尋ねた。
「…最近何も言わないけど、僕の後ろ、まだいる?」
ここ最近、昼や放課後は一緒に行動しているけれど、ユーレイについてはほとんど口にしていない。
もしやいなくなったのでは、という淡い期待と同時に、あれは葵が話しかける口実だったのでは、と最近では思っている。
「いる」
「…いるんですね」
期待は全て砕け散った。
「夏休み前まではいなかったから、その間に憑いたんだろ」
「…夏休みの間に何回かあーちゃんのお墓参りになら行ったよ」
「そこは人間の墓もあるか?」
「うん。飼い主とペットが一緒にお墓に入れるところだから」
「あー、そこで憑いてきたんだな」
なるほど、と背後に目線を合わせて頷かれると怖い。
「除霊したいならさっさとキスさせろ」
「僕はホントにユーレイが憑いてるとは信じきれてないからねっ」
「ほう。興味深いことを」
「じゃ、じゃあ聞くけど! どんなユーレイが僕に憑いてるわけ? 女の人? 男の人?」
「あー…体型は男だな。だぼっとした上下ジャージ姿だから断定はできないが」
断定できない?
ぱっと見ればわかるんじゃないの?
不思議そうに首を傾ぐと、葵が残念なものを見るかのような、哀れみの眼差しを向けてきた。
「な、なんだよぅ」
「そうだよな。お前は見えないんだよな」
「どういうこと? あ、中性的な顔立ちってこと?」
「お前に憑いてるユーレイ、首から上がないんだよ」
葵の声が、こだまする。
ーー首から上がないんだよ。首から上が…。
思わず想像して一瞬にして血の気が引く。世界が揺れる。体もぐらりと大きく揺れ、ベンチに倒れかけるところで力強い腕に引っ張られた。
そのままぽすんと、葵の腕の中へ。
「大丈夫か?」
耳元で囁かれ、血の気が引いた体へ一気に熱が舞い戻る。
熱い!
「だだ、だ、だいじょぶ…」
「悪かった。驚かせる気はなかったんだ」
落ち着かせるように背中を撫でられるが今のスミレには逆効果で、さらに目がぐるぐると回ってしまう。
そんな目の端に、葵の髪の毛が映った。
今日も長い髪の毛をポニーテールに結っていた。
(綺麗な髪だよなぁ。すごい長いけど、似合ってる)
「痛い、引っ張るな」
気付けばぐいぐい引っ張っていたようで、慌てて手を離した。
「あ、そうか。その手があったな」
何を思いついたのか、体を剥がされる。ちょっと残念な気持ちになっていると、スッと左手を取られた。
何をするんだろうと見ていると、恭しく上げた左手の薬指のちょうど第二関節辺りを勢いよく齧られた。
「いたっ。え、あ、んぐっ」
痛さに悶える暇もなく、噛まれた部分をべろりと舌で滴るほど舐められ、続いて薬指の齧られた部分をなぜかスミレの口に突っ込んできた。
他人の唾液だらけの指に、自らの唾液が絡まる。
指を吐き出したいのにそれを許されない。ぐっとさらに奥へと押し込まれる。
「んんっ、ん…っ」
苦しさと恥ずかしさで涙目になりながら、堪えきれずに自分の唾液と葵の唾液を飲み込んだ。
口から喉奥へと落ちる。
真っ赤な顔で文句を言いかけたスミレの目に、奇妙なものが映った。
「なに、これ…」
ランドセルを背負って走る小学生、犬の散歩をする若い女性、忙しそうにスマホを見ながら歩く中年男性…座るベンチから見えるいつもの風景が、若干違った。
数人の背後に薄っすらと、透ける人間が浮いているのだ。
もしかしてこれが、と慌ててスミレを見ると頷かれた。
「後ろ見てみろ」
ゆっくりと、ゆっくりと。恐る恐る振り返ると先ほどまで見えなかったユーレイがそこにいた。
上下だぼっとしたジャージ姿の性別不明のユーレイ…首から上はない。
動けずじまいでただ見つめていると、ぼんやりと見えたそれの存在がゆっくりと消えていった。
いなくなったというよりは、見えなくなったという表現のほうが近い。
「初めてユーレイ見た…」
「あれがお前に憑いてるユーレイだ。俺が言ったとおり、首から上がなかっただろ」
「うん…」
葵の言っていたことは最初から正しかったようである。
でも…なんで今見えたんだろう?
「やっぱり俺の推測は正しかった」
「え?」
「俺の体の一部…特に体液にはユーレイが見える効果があるらしい」
「たいえき…」
「俺の唾液を少し飲んだから、一瞬だけユーレイが見えたんだろ。俺も試したことがなかったから、これで実証された」
なるほどなるほど、と葵が満足気に頷いた後に「というわけで」。
「キスさせろ」
「なんでそうなるのっ」
「すげー少ない唾液飲んだだけでユーレイが一瞬見えた。ということは、キスをして俺の唾液をさらに流し込めばユーレイも除霊できる。できるかどうかはわからんが」
「わかんないのに挑戦しないでよね!」
なんとかして体を引き剥がそうとするが体格差により敵わない。
「除霊除霊って言うけどキスしたいだけじゃないの!?」
「当たり前だろ。好きなやつにキスしたいだけだ。ユーレイも除霊もどうでもいい」
「本音出た!」
「ちっ。うるさいやつめ」
表情を一切変えず舌打ちをした葵が立ち上がり、手を伸ばす。
「帰るぞ」
「う、うん…」
差し出された手にスミレが何気なく手を乗せた。ハッと気づいた時にはしっかり握られており離してはくれなさそうだ。
夏に比べて日が落ちるのが大分早くなった。今日は明るいうちに帰れそうだ。
夕日に照らされるこの頬が熱い。
繋いだ指先も熱い。
相変わらずユーレイは背負っているし、この目で見てしまったし、良いことなんて何もない。
でも…この時間が嫌じゃないと思う自分がいることも確かだった
2
あなたにおすすめの小説
痩せようとか思わねぇの?〜デリカシー0の君は、デブにゾッコン〜
四月一日 真実
BL
ふくよか体型で、自分に自信のない主人公 佐分は、嫌いな陽キャ似鳥と同じクラスになってしまう。
「あんなやつ、誰が好きになるんだよ」と心無い一言を言われたり、「痩せるきねえの?」なんてデリカシーの無い言葉をかけられたり。好きになる要素がない!
__と思っていたが、実は似鳥は、佐分のことが好みどストライクで……
※他サイトにも掲載しています。
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
兄弟の恋のキューピッドはかわいい天使
ユーリ
BL
魔法省に勤める千歳は仕事で天使の子育てを言い渡された。しかしその天使はあまりにも元気で千歳の手に負えなくて…そんな時、自分を追いかけてきた弟が子育てに名乗り出て…??
「まさか俺と兄さんの子供!?」兄大好きな弟×初の子育てでお疲れな兄「お仕事で預かってる天使です…」ーー兄弟の恋のキューピッドはかわいい天使!
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる