紫陽花の咲く頃に

ユーリ

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紫陽花の咲く頃に 承1-2

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「ほら! あれだよ、あれ! あのお店! たい焼きおいしいんだよ!」
ぐいぐいと葵の腕を引っ張って商店街の中を歩いた。
「あんまり引っ張るな。抜ける」
「キミの腕は丈夫そうだから大丈夫!」
「何も大丈夫じゃねぇ」
「ほらいい匂いー! 何にする? 僕はカスタード!」
「…お前って慣れると懐っこいんだな」
「ん? 何か言った? もしかして甘いの苦手?」
「いや、王道のつぶあんで」
放課後、最近できたおいしいたい焼き屋へと連れて行きそれぞれ注文するとすぐに包んでくれ、近くのベンチへ座って頬張った。
「あちち、あちち…ん! おいしー!」
「お、うまい。作りたては熱々だな」
「初めて食べたときはヤケドしたよ」
けらけら笑うと葵が近づいてきて「一口くれ」とたい焼きをかじられる。
いいよ、ってまだ言ってないのに。
「全部食べたら怒るよ」
「お前になら怒られてみたいもんだな」
「またそういうこと言う…」
睨みつけながらもこっそりと、小さな声でスミレは尋ねた。
「…最近何も言わないけど、僕の後ろ、まだいる?」
ここ最近、昼や放課後は一緒に行動しているけれど、ユーレイについてはほとんど口にしていない。
もしやいなくなったのでは、という淡い期待と同時に、あれは葵が話しかける口実だったのでは、と最近では思っている。
「いる」
「…いるんですね」
期待は全て砕け散った。
「夏休み前まではいなかったから、その間に憑いたんだろ」
「…夏休みの間に何回かあーちゃんのお墓参りになら行ったよ」
「そこは人間の墓もあるか?」
「うん。飼い主とペットが一緒にお墓に入れるところだから」
「あー、そこで憑いてきたんだな」
なるほど、と背後に目線を合わせて頷かれると怖い。
「除霊したいならさっさとキスさせろ」
「僕はホントにユーレイが憑いてるとは信じきれてないからねっ」
「ほう。興味深いことを」
「じゃ、じゃあ聞くけど! どんなユーレイが僕に憑いてるわけ? 女の人? 男の人?」
「あー…体型は男だな。だぼっとした上下ジャージ姿だから断定はできないが」
断定できない?
ぱっと見ればわかるんじゃないの?
不思議そうに首を傾ぐと、葵が残念なものを見るかのような、哀れみの眼差しを向けてきた。
「な、なんだよぅ」
「そうだよな。お前は見えないんだよな」
「どういうこと? あ、中性的な顔立ちってこと?」
「お前に憑いてるユーレイ、首から上がないんだよ」
葵の声が、こだまする。
ーー首から上がないんだよ。首から上が…。
思わず想像して一瞬にして血の気が引く。世界が揺れる。体もぐらりと大きく揺れ、ベンチに倒れかけるところで力強い腕に引っ張られた。
そのままぽすんと、葵の腕の中へ。
「大丈夫か?」
耳元で囁かれ、血の気が引いた体へ一気に熱が舞い戻る。
熱い!
「だだ、だ、だいじょぶ…」
「悪かった。驚かせる気はなかったんだ」
落ち着かせるように背中を撫でられるが今のスミレには逆効果で、さらに目がぐるぐると回ってしまう。
そんな目の端に、葵の髪の毛が映った。
今日も長い髪の毛をポニーテールに結っていた。
(綺麗な髪だよなぁ。すごい長いけど、似合ってる)
「痛い、引っ張るな」
気付けばぐいぐい引っ張っていたようで、慌てて手を離した。
「あ、そうか。その手があったな」
何を思いついたのか、体を剥がされる。ちょっと残念な気持ちになっていると、スッと左手を取られた。
何をするんだろうと見ていると、恭しく上げた左手の薬指のちょうど第二関節辺りを勢いよく齧られた。
「いたっ。え、あ、んぐっ」
痛さに悶える暇もなく、噛まれた部分をべろりと舌で滴るほど舐められ、続いて薬指の齧られた部分をなぜかスミレの口に突っ込んできた。
他人の唾液だらけの指に、自らの唾液が絡まる。
指を吐き出したいのにそれを許されない。ぐっとさらに奥へと押し込まれる。
「んんっ、ん…っ」
苦しさと恥ずかしさで涙目になりながら、堪えきれずに自分の唾液と葵の唾液を飲み込んだ。
口から喉奥へと落ちる。
真っ赤な顔で文句を言いかけたスミレの目に、奇妙なものが映った。
「なに、これ…」
ランドセルを背負って走る小学生、犬の散歩をする若い女性、忙しそうにスマホを見ながら歩く中年男性…座るベンチから見えるいつもの風景が、若干違った。
数人の背後に薄っすらと、透ける人間が浮いているのだ。
もしかしてこれが、と慌ててスミレを見ると頷かれた。
「後ろ見てみろ」
ゆっくりと、ゆっくりと。恐る恐る振り返ると先ほどまで見えなかったユーレイがそこにいた。
上下だぼっとしたジャージ姿の性別不明のユーレイ…首から上はない。
動けずじまいでただ見つめていると、ぼんやりと見えたそれの存在がゆっくりと消えていった。
いなくなったというよりは、見えなくなったという表現のほうが近い。
「初めてユーレイ見た…」
「あれがお前に憑いてるユーレイだ。俺が言ったとおり、首から上がなかっただろ」
「うん…」
葵の言っていたことは最初から正しかったようである。
でも…なんで今見えたんだろう?
「やっぱり俺の推測は正しかった」
「え?」
「俺の体の一部…特に体液にはユーレイが見える効果があるらしい」
「たいえき…」
「俺の唾液を少し飲んだから、一瞬だけユーレイが見えたんだろ。俺も試したことがなかったから、これで実証された」
なるほどなるほど、と葵が満足気に頷いた後に「というわけで」。
「キスさせろ」
「なんでそうなるのっ」
「すげー少ない唾液飲んだだけでユーレイが一瞬見えた。ということは、キスをして俺の唾液をさらに流し込めばユーレイも除霊できる。できるかどうかはわからんが」
「わかんないのに挑戦しないでよね!」
なんとかして体を引き剥がそうとするが体格差により敵わない。
「除霊除霊って言うけどキスしたいだけじゃないの!?」
「当たり前だろ。好きなやつにキスしたいだけだ。ユーレイも除霊もどうでもいい」
「本音出た!」
「ちっ。うるさいやつめ」
表情を一切変えず舌打ちをした葵が立ち上がり、手を伸ばす。
「帰るぞ」
「う、うん…」
差し出された手にスミレが何気なく手を乗せた。ハッと気づいた時にはしっかり握られており離してはくれなさそうだ。
夏に比べて日が落ちるのが大分早くなった。今日は明るいうちに帰れそうだ。
夕日に照らされるこの頬が熱い。
繋いだ指先も熱い。
相変わらずユーレイは背負っているし、この目で見てしまったし、良いことなんて何もない。
でも…この時間が嫌じゃないと思う自分がいることも確かだった
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