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第一話
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小さな子供が契りを交わす指切りのようだと思った。
一方的な約束、一方的な願い。
それでも耳元で囁いた。
「約束だよ」
ーーずっとずっと一緒にいようね。
どれだけ涙が流れようとも知らない。どれだけあんたが悲しそうな顔をしても知らない。
だって好きだから。
「ーー約束だよ」
伏せられる長い金色の睫からこぼれ落ちた涙が宝石のようで綺麗だと、ノワールは笑った。
愛してるよ、エクル。
お昼休憩が終わった次の授業、明るい日差し中でこっくりこっくりと船を漕ぐ色島生成(しきしま・きなり)は古文を受けていた。
(お弁当食べた後の古文はダメだ…)
なんかもう子守唄にしか聞こえないと思った時だった。
静かな教室内に、ピンポンパンと校内放送が轟いた。
『一年一組色島生成さん、一年一組色島生成さん、至急校門まで来てください。繰り返します…』
一気に眠気が吹っ飛んだ生成は勢いよく立ち上がり教師に「行ってきます!」とだけ言ってから走って教室を出て行った。
もつれそうになる足で校庭へと出る。他の学年やクラスが体育中で少々邪魔だが真ん中を突っ切って行くと、校門から猛スピードの大型バイクが走ってきた。
「お待たせ兄さん!」
フルフェイスのシールドを上げた男が笑う。
生成の目の前に砂煙を上げて止まるのでひらりとかっこよく飛び乗り…たいところだが背が低く運動能力も低い生成が飛び乗れるはずもなく「乗れない!」と足をジタバタさせるだけだった。
それを見た大型バイクの男が…双子の弟である黒雨(くろさめ)が指を差してケラケラ笑う。
「兄さんダッサ!」
「むー! 僕だってかっこよく飛び乗りたいもん!」
「足短いから無理だって。ほら、両手挙げて」
そう言われて生成が両手を挙げると素早く抱っこされ後ろのタンデムシートに乗せられる。はい、とフルフェイスのヘルメットを渡された。
「僕は顔が出てるやつがいい」
「万が一事故った時が危ないからそれで我慢して」
「免許ないくせによく言うよね」
「魔法省公認の偽造免許証だから安心です。さあ行くよ兄さん。しっかり捕まって!」
「うん!」
ヘルメットを被り、運転手である黒雨の腰にぎゅっと抱きつく。大型バイクは凄まじい勢いで学校を出て行き街中を走り抜けた。
渋滞する道をスピードは維持したまま大型バイクが通り抜ける様子に「ほへー」と生成は声を上げる。
「黒くん運転うまいよねー。ぶつかりそうでぶつからない」
「毎日運転してっからねー。ていうかちゃんと声届いてる? 前にマイク機能のこと言ってたけど」
「うん、大声出さなくてもよく聞こえる」
「それは良かった」
フルフェイスのヘルメットに黒雨が魔法をかけてくれているため、普通の音量でもお互いの声が聞き取りやすい。
「今日は天使さん? 悪魔さん?」
「天使。通報された時はまだ血が流れてたらしいから、羽根が切り取られてすぐだと思う。羽根は近くに見当たらず持ち去られたっぽいから、修復じゃなくて再生の方だね」
「わかった!」
規制線が貼られた中へとバイクは入っていき、キッと勢いよく止まったため降りたいけれど降りられない生成は、ケラケラ笑われる黒雨に抱っこで降ろされた。
「はは、兄さん降りることもできないとは」
「むー! 僕だってジャンプしようと思えばできるんだからね!」
「はいはい、怪我しちゃいけねーのでやめましょう」
近くにいる警備員にバイクの鍵を渡してツカツカ進んでいく黒雨の後を追って生成も進む。取り囲まれた人混みの中に黒雨が突っ込んだ。
「どーも、兄さん連れて来ましたー」
「色島くん! それにお兄さん! いつも助かります」
そう声をかけたのは魔法省に勤める黒雨の同僚だ。にこっと生成に笑いかける。
「いつもありがとう。学校抜け出して大丈夫だった?」
「まだ学校始まったばかりだからわかんないです。これがテスト中だったら僕は赤点扱いになるのかなあ…」
「そうならないように学校側に言っときますので!」
「御託はいいからそろそろ行くよ兄さん。いつも通り血だらけだろうから覚悟してね」
あっち、と言われた方向を見た瞬間、ドクン、と生成の心臓が大きく響いた。
一人の長い髪の毛の少年が横たわっている。金色のはずの髪の毛が、背中から流れる大量の自身の血で真っ赤に染まる。地面だって赤黒い。かろうじて生きているけれど、羽根をもぎ取られ苦しむ天使だ。
一瞬、生成の息が止まった。
もう何度も見てる現場のはずなのに慣れない。呼吸が浅く、早くなる。
胸に手を当ててぎゅっと目を閉じ呼吸を繰り返していると、黒雨に強く腰を抱かれた。
「兄さん」
耳元で囁かれる。
「これはあんたにしかできないことだ。わかってるか?」
目を閉じたままこくりと頷いた。汗が、垂れた。
「俺と一緒の来世のためにがんばろうぜ、兄さん。ーーさあ、祈れ。あんたにしか使えない魔法だ」
低い声が体の中に入っていく。冷たくなった手足に温度が戻る。
生成はゆっくりと両膝を地面についた。
小さな両手のひらを合わせ、指を絡める。
生成は呟いた。
「さあ、祈りましょう」
生成の足元から出現した光が天使を包み込んだ。あまりにも強い光にその場にいた誰もが目を細める。
「僕の想像を、あなたの創造を、形にしましょう。あなたは正しい、あなたは美しい。さあーー祈りましょう」
生成の高い声が辺りに響いた。気付けば町中の喧騒が聞こえない。生成の魔法によるものだ。
光に包まれる天使の背中から、真っ白な羽根がゆっくりと再生されていく。それに伴い苦痛の表情だった天使の顔が和らぎ始めた。
まるで祈りを捧げるかのような兄の仕草を見る黒雨が小さく笑う。同僚が口を開いた。
「相変わらずすごい光景…。天使の羽根の再生なんて本来は天使や悪魔の創造主である神にしかできないはずなのに…」
「前も言ったけど、兄さんのこれは奉仕だ」
「…その奉仕って何? どういうこと?」
「兄さんは前世での罪が深い。それを前世で償いきれなかったから今世にまで引き継がれた。それが奉仕って意味」
「…お兄さんに前世の記憶ってある?」
「ない」
「それってお兄さんが引き継がなきゃいけない理由ある?」
「それを魔王に直接聞いてみてほしいものだね。兄さんを転生させたのは魔王だから。今兄さんのこと可哀想って思っただろ。それ直接本人に言ってやれ。泣くから」
「…」
「兄さんは今世で、本人には何の得にもならないこの奉仕を延々続けなきゃならならねえ。可哀想だよ、ホント」
「…色島くん笑顔で言ってるの怖いんだけど」
「兄さんが苦しむ顔ってかわいいじゃん」
「……理解に苦しむわあ」
はあ、と同僚がため息を吐くと「終わったな」と黒雨が天使に向き直る。
生成が絡んだ指を解くと天使を包んでいた光が消えた。そこから現れたのは、すーすーと小さな寝息を立てて眠る少年天使だった。
大量に出ていた血もなくなり、抉られた傷跡があったはずの背中からは真っ白い羽根が再生されていた。
ーーよかった、できた。
生成が大きな息を吐く。何度も繰り返したはずのこの天使の羽根の再生だけれど、ちゃんと再生されるかいつも不安なのだ。
(僕にしか使えない魔法…僕にしかできない…)
天使や悪魔の羽根は、本人たちの命よりも重いものと聞く。そのような大事なものがこれから先の人生ずっと失われたままだと傷つくだろう。
だから、よかった。
この子が生きる気力を失わずに済んだ。
生成はそっと、少年天使の羽根を撫でた。
「神のご加護がありますように」
生成が額を拭うとべったりと汗が付いたことに驚いた。想像以上に緊張していたらしい。
「お疲れ兄さん」
「あ、黒くん…」
「顔真っ赤。汗もすげーことになってる。さ、後は他のヤツらに任せて俺らは休もうぜ」
「うん…」
しかし動けない。思った以上に体力も消耗しているらしく立ち上がることすらできない。
ヘらあ、と生成は力なく笑った。
「ごめん黒くん、動けないや…。抱っこ」
そう言って両腕を広げると途端に黒雨が嬉しそうな顔となり「しょうがねえなあ兄さんは」とうきうき声で生成の小柄な体を抱っこした。
コツン、と額同士がくっつく。
「お疲れ兄さん。今世で罪を償って徳積んで、来世も俺と一緒に転生しような」
「うんっ」
同僚が黒雨に車のキーを渡したところで、ぷしゅうう、と頭から煙を上げる生成は「あ、もうダメ…」と限界を超えて意識を失う。
魔法を使うといつもこうだ。
消えゆく意識の中、ぽんぽんと背中を叩かれながら黒雨が呟いた。
「好きだよ、兄さん。前世も今世も来世も一緒にいようね」
天使のいる世界・天界、悪魔のいる世界・地界ーー天使も悪魔も皆、神の創造物である。
数十年前、そんな天界地界で事件が起こった。天使や悪魔の羽根が大量に剥ぎ取られるという事件が。
犯人はすぐに捕まった。悪魔ノワール。しかし彼は羽根を何に使ったのか最後まで一切喋らなかった。
神は激怒した。
自分の美しい創造物である天使の羽根を剥ぎ取るなんてと怒り、この悪魔を消すようにと地界の管轄である魔王に対して命令した。
魔王はすぐには実行しなかった。あろうことかこの悪魔ノワールと「何かの取引」をした後にノワールを消した。
そして数年後、悪魔ノワールは人間の色島生成として生まれ変わった。
しかし生成にその時の記憶はゼロで、なぜか代わりに双子の弟である黒雨が全てを覚えていた。
生成は今世、悪魔ノワールの罪を償うために天使や悪魔の羽根を修復・再生するという奉仕をしなければならなかった。
ーー生成は目を覚ました。
「ん…」
体を起こし辺りを見回すといつもの家だった。ソファーでブランケットをかけられている。
「あ、兄さん起きた?」
すぐさま黒雨が駆け寄り頬や首をさすり「熱は下がったね」と笑う。
そのまま、ちゅ、頬にキスされた。
「んん、くすぐったい」
「痛いところない? 気持ち悪いとかもない?」
「全然大丈夫! ていうかいつも気絶しちゃうなあ」
「しょうがないよ。だって誰にも使えない魔法使うんだから、そりゃあ体力消耗するっしょ」
「うむむ…」
生成は自身の小さな両手のひらを見た。羽根の修復や再生といった魔法は使えるが、それ以外は使えない。
便利なような不便なような…生成を抱き上げ、ソファーに座った黒雨が膝の上に生成を座らせる。
「兄さん」
すりすり、と頬を寄せられるとくすぐったい。
「今日は兄さんの好きなハンバーグ作ってあげる」
「やった!」
「今日も頑張って奉仕活動したご褒美」
「…黒くんも仕事してるんだから僕から何かご褒美あげたい」
双子の弟である黒雨は同じく十六歳だが、魔法使いとして特に優秀なため十三歳から魔法省で働いていた。
黒雨が笑う。
「俺は兄さんと一緒にいられることがご褒美だから」
「んもー黒くんいつもそればっかり。欲がないねえ」
「そう? 強欲すぎると思うけど」
生成の頭に顔を埋めてすんすんすんすん。生成の小さな手を取って、自身の大きな手のひらで愛おしそうに包み込んだ。
ぽつりと、黒雨の腕の中で生成が呟いた。
「僕さあ、前世の罪償えるかなあ…。ていうかそもそもなんで僕が償うんだろう…」
「しょうがねえよ。そういうもんだから」
「仮にさ、僕に悪魔ノワールだった頃の記憶があればまだわかるけど一切ないし…」
「代わりに俺が覚えてるから」
「…黒くんは前世で何だったの? 僕の悪魔ノワールのこと覚えてるってことは、ノワールの近しい人?」
「内緒」
「黒くんいつもそればっかり」
「でも前世での罪を今世で償うと、来世でも俺と一緒ってのは確約されてるから。兄さんそれなら頑張れるでしょ?」
生成は振り向いて、照れたように笑った。
「うんっ。僕は来世でも黒くんと一緒にいたいな」
「俺も。来世でも兄さんと一緒がいい」
黒雨の顔が近付き生成がそっと目を閉じると、唇に柔らかく口付けられた。
「あーあ、兄さんまた腹出して寝てる」
くすくす笑いながら布団を掛け直してあげる。一糸纏わない姿では特に肩も冷えるから、と黒雨はしっかりと布団を掛けてやる。
くうくうと気持ちよさそうな寝息を立てながら眠る、兄の生成。
そっと、頭を撫でてやった。
「好きだよ兄さん」
柔らかなその髪の毛に口付ける。
小さな手のひらに、自身の大きな手を重ねた。
「あんたの前世は悪魔ノワールじゃないよ。ーーノワールは俺だよ」
眠る生成の眉間に小さく皺が寄った。その部分にキスを落とすと生成が安心したように眠りながら笑った。
「愛してるよ、エクル。愛してるよ、兄さん」
天使エクルーーそれが生成の本当の前世だ。
悪魔ノワールがずっとずっと恋焦がれた天使。
そっと、生成に覆い被さった。
「前世でも今世でも来世でも愛してる。ずっとずっと、嫌になるぐらい一緒にいようね」
黒雨は囁いた。
「約束だよ」
一方的な約束、一方的な願い。
それでも耳元で囁いた。
「約束だよ」
ーーずっとずっと一緒にいようね。
どれだけ涙が流れようとも知らない。どれだけあんたが悲しそうな顔をしても知らない。
だって好きだから。
「ーー約束だよ」
伏せられる長い金色の睫からこぼれ落ちた涙が宝石のようで綺麗だと、ノワールは笑った。
愛してるよ、エクル。
お昼休憩が終わった次の授業、明るい日差し中でこっくりこっくりと船を漕ぐ色島生成(しきしま・きなり)は古文を受けていた。
(お弁当食べた後の古文はダメだ…)
なんかもう子守唄にしか聞こえないと思った時だった。
静かな教室内に、ピンポンパンと校内放送が轟いた。
『一年一組色島生成さん、一年一組色島生成さん、至急校門まで来てください。繰り返します…』
一気に眠気が吹っ飛んだ生成は勢いよく立ち上がり教師に「行ってきます!」とだけ言ってから走って教室を出て行った。
もつれそうになる足で校庭へと出る。他の学年やクラスが体育中で少々邪魔だが真ん中を突っ切って行くと、校門から猛スピードの大型バイクが走ってきた。
「お待たせ兄さん!」
フルフェイスのシールドを上げた男が笑う。
生成の目の前に砂煙を上げて止まるのでひらりとかっこよく飛び乗り…たいところだが背が低く運動能力も低い生成が飛び乗れるはずもなく「乗れない!」と足をジタバタさせるだけだった。
それを見た大型バイクの男が…双子の弟である黒雨(くろさめ)が指を差してケラケラ笑う。
「兄さんダッサ!」
「むー! 僕だってかっこよく飛び乗りたいもん!」
「足短いから無理だって。ほら、両手挙げて」
そう言われて生成が両手を挙げると素早く抱っこされ後ろのタンデムシートに乗せられる。はい、とフルフェイスのヘルメットを渡された。
「僕は顔が出てるやつがいい」
「万が一事故った時が危ないからそれで我慢して」
「免許ないくせによく言うよね」
「魔法省公認の偽造免許証だから安心です。さあ行くよ兄さん。しっかり捕まって!」
「うん!」
ヘルメットを被り、運転手である黒雨の腰にぎゅっと抱きつく。大型バイクは凄まじい勢いで学校を出て行き街中を走り抜けた。
渋滞する道をスピードは維持したまま大型バイクが通り抜ける様子に「ほへー」と生成は声を上げる。
「黒くん運転うまいよねー。ぶつかりそうでぶつからない」
「毎日運転してっからねー。ていうかちゃんと声届いてる? 前にマイク機能のこと言ってたけど」
「うん、大声出さなくてもよく聞こえる」
「それは良かった」
フルフェイスのヘルメットに黒雨が魔法をかけてくれているため、普通の音量でもお互いの声が聞き取りやすい。
「今日は天使さん? 悪魔さん?」
「天使。通報された時はまだ血が流れてたらしいから、羽根が切り取られてすぐだと思う。羽根は近くに見当たらず持ち去られたっぽいから、修復じゃなくて再生の方だね」
「わかった!」
規制線が貼られた中へとバイクは入っていき、キッと勢いよく止まったため降りたいけれど降りられない生成は、ケラケラ笑われる黒雨に抱っこで降ろされた。
「はは、兄さん降りることもできないとは」
「むー! 僕だってジャンプしようと思えばできるんだからね!」
「はいはい、怪我しちゃいけねーのでやめましょう」
近くにいる警備員にバイクの鍵を渡してツカツカ進んでいく黒雨の後を追って生成も進む。取り囲まれた人混みの中に黒雨が突っ込んだ。
「どーも、兄さん連れて来ましたー」
「色島くん! それにお兄さん! いつも助かります」
そう声をかけたのは魔法省に勤める黒雨の同僚だ。にこっと生成に笑いかける。
「いつもありがとう。学校抜け出して大丈夫だった?」
「まだ学校始まったばかりだからわかんないです。これがテスト中だったら僕は赤点扱いになるのかなあ…」
「そうならないように学校側に言っときますので!」
「御託はいいからそろそろ行くよ兄さん。いつも通り血だらけだろうから覚悟してね」
あっち、と言われた方向を見た瞬間、ドクン、と生成の心臓が大きく響いた。
一人の長い髪の毛の少年が横たわっている。金色のはずの髪の毛が、背中から流れる大量の自身の血で真っ赤に染まる。地面だって赤黒い。かろうじて生きているけれど、羽根をもぎ取られ苦しむ天使だ。
一瞬、生成の息が止まった。
もう何度も見てる現場のはずなのに慣れない。呼吸が浅く、早くなる。
胸に手を当ててぎゅっと目を閉じ呼吸を繰り返していると、黒雨に強く腰を抱かれた。
「兄さん」
耳元で囁かれる。
「これはあんたにしかできないことだ。わかってるか?」
目を閉じたままこくりと頷いた。汗が、垂れた。
「俺と一緒の来世のためにがんばろうぜ、兄さん。ーーさあ、祈れ。あんたにしか使えない魔法だ」
低い声が体の中に入っていく。冷たくなった手足に温度が戻る。
生成はゆっくりと両膝を地面についた。
小さな両手のひらを合わせ、指を絡める。
生成は呟いた。
「さあ、祈りましょう」
生成の足元から出現した光が天使を包み込んだ。あまりにも強い光にその場にいた誰もが目を細める。
「僕の想像を、あなたの創造を、形にしましょう。あなたは正しい、あなたは美しい。さあーー祈りましょう」
生成の高い声が辺りに響いた。気付けば町中の喧騒が聞こえない。生成の魔法によるものだ。
光に包まれる天使の背中から、真っ白な羽根がゆっくりと再生されていく。それに伴い苦痛の表情だった天使の顔が和らぎ始めた。
まるで祈りを捧げるかのような兄の仕草を見る黒雨が小さく笑う。同僚が口を開いた。
「相変わらずすごい光景…。天使の羽根の再生なんて本来は天使や悪魔の創造主である神にしかできないはずなのに…」
「前も言ったけど、兄さんのこれは奉仕だ」
「…その奉仕って何? どういうこと?」
「兄さんは前世での罪が深い。それを前世で償いきれなかったから今世にまで引き継がれた。それが奉仕って意味」
「…お兄さんに前世の記憶ってある?」
「ない」
「それってお兄さんが引き継がなきゃいけない理由ある?」
「それを魔王に直接聞いてみてほしいものだね。兄さんを転生させたのは魔王だから。今兄さんのこと可哀想って思っただろ。それ直接本人に言ってやれ。泣くから」
「…」
「兄さんは今世で、本人には何の得にもならないこの奉仕を延々続けなきゃならならねえ。可哀想だよ、ホント」
「…色島くん笑顔で言ってるの怖いんだけど」
「兄さんが苦しむ顔ってかわいいじゃん」
「……理解に苦しむわあ」
はあ、と同僚がため息を吐くと「終わったな」と黒雨が天使に向き直る。
生成が絡んだ指を解くと天使を包んでいた光が消えた。そこから現れたのは、すーすーと小さな寝息を立てて眠る少年天使だった。
大量に出ていた血もなくなり、抉られた傷跡があったはずの背中からは真っ白い羽根が再生されていた。
ーーよかった、できた。
生成が大きな息を吐く。何度も繰り返したはずのこの天使の羽根の再生だけれど、ちゃんと再生されるかいつも不安なのだ。
(僕にしか使えない魔法…僕にしかできない…)
天使や悪魔の羽根は、本人たちの命よりも重いものと聞く。そのような大事なものがこれから先の人生ずっと失われたままだと傷つくだろう。
だから、よかった。
この子が生きる気力を失わずに済んだ。
生成はそっと、少年天使の羽根を撫でた。
「神のご加護がありますように」
生成が額を拭うとべったりと汗が付いたことに驚いた。想像以上に緊張していたらしい。
「お疲れ兄さん」
「あ、黒くん…」
「顔真っ赤。汗もすげーことになってる。さ、後は他のヤツらに任せて俺らは休もうぜ」
「うん…」
しかし動けない。思った以上に体力も消耗しているらしく立ち上がることすらできない。
ヘらあ、と生成は力なく笑った。
「ごめん黒くん、動けないや…。抱っこ」
そう言って両腕を広げると途端に黒雨が嬉しそうな顔となり「しょうがねえなあ兄さんは」とうきうき声で生成の小柄な体を抱っこした。
コツン、と額同士がくっつく。
「お疲れ兄さん。今世で罪を償って徳積んで、来世も俺と一緒に転生しような」
「うんっ」
同僚が黒雨に車のキーを渡したところで、ぷしゅうう、と頭から煙を上げる生成は「あ、もうダメ…」と限界を超えて意識を失う。
魔法を使うといつもこうだ。
消えゆく意識の中、ぽんぽんと背中を叩かれながら黒雨が呟いた。
「好きだよ、兄さん。前世も今世も来世も一緒にいようね」
天使のいる世界・天界、悪魔のいる世界・地界ーー天使も悪魔も皆、神の創造物である。
数十年前、そんな天界地界で事件が起こった。天使や悪魔の羽根が大量に剥ぎ取られるという事件が。
犯人はすぐに捕まった。悪魔ノワール。しかし彼は羽根を何に使ったのか最後まで一切喋らなかった。
神は激怒した。
自分の美しい創造物である天使の羽根を剥ぎ取るなんてと怒り、この悪魔を消すようにと地界の管轄である魔王に対して命令した。
魔王はすぐには実行しなかった。あろうことかこの悪魔ノワールと「何かの取引」をした後にノワールを消した。
そして数年後、悪魔ノワールは人間の色島生成として生まれ変わった。
しかし生成にその時の記憶はゼロで、なぜか代わりに双子の弟である黒雨が全てを覚えていた。
生成は今世、悪魔ノワールの罪を償うために天使や悪魔の羽根を修復・再生するという奉仕をしなければならなかった。
ーー生成は目を覚ました。
「ん…」
体を起こし辺りを見回すといつもの家だった。ソファーでブランケットをかけられている。
「あ、兄さん起きた?」
すぐさま黒雨が駆け寄り頬や首をさすり「熱は下がったね」と笑う。
そのまま、ちゅ、頬にキスされた。
「んん、くすぐったい」
「痛いところない? 気持ち悪いとかもない?」
「全然大丈夫! ていうかいつも気絶しちゃうなあ」
「しょうがないよ。だって誰にも使えない魔法使うんだから、そりゃあ体力消耗するっしょ」
「うむむ…」
生成は自身の小さな両手のひらを見た。羽根の修復や再生といった魔法は使えるが、それ以外は使えない。
便利なような不便なような…生成を抱き上げ、ソファーに座った黒雨が膝の上に生成を座らせる。
「兄さん」
すりすり、と頬を寄せられるとくすぐったい。
「今日は兄さんの好きなハンバーグ作ってあげる」
「やった!」
「今日も頑張って奉仕活動したご褒美」
「…黒くんも仕事してるんだから僕から何かご褒美あげたい」
双子の弟である黒雨は同じく十六歳だが、魔法使いとして特に優秀なため十三歳から魔法省で働いていた。
黒雨が笑う。
「俺は兄さんと一緒にいられることがご褒美だから」
「んもー黒くんいつもそればっかり。欲がないねえ」
「そう? 強欲すぎると思うけど」
生成の頭に顔を埋めてすんすんすんすん。生成の小さな手を取って、自身の大きな手のひらで愛おしそうに包み込んだ。
ぽつりと、黒雨の腕の中で生成が呟いた。
「僕さあ、前世の罪償えるかなあ…。ていうかそもそもなんで僕が償うんだろう…」
「しょうがねえよ。そういうもんだから」
「仮にさ、僕に悪魔ノワールだった頃の記憶があればまだわかるけど一切ないし…」
「代わりに俺が覚えてるから」
「…黒くんは前世で何だったの? 僕の悪魔ノワールのこと覚えてるってことは、ノワールの近しい人?」
「内緒」
「黒くんいつもそればっかり」
「でも前世での罪を今世で償うと、来世でも俺と一緒ってのは確約されてるから。兄さんそれなら頑張れるでしょ?」
生成は振り向いて、照れたように笑った。
「うんっ。僕は来世でも黒くんと一緒にいたいな」
「俺も。来世でも兄さんと一緒がいい」
黒雨の顔が近付き生成がそっと目を閉じると、唇に柔らかく口付けられた。
「あーあ、兄さんまた腹出して寝てる」
くすくす笑いながら布団を掛け直してあげる。一糸纏わない姿では特に肩も冷えるから、と黒雨はしっかりと布団を掛けてやる。
くうくうと気持ちよさそうな寝息を立てながら眠る、兄の生成。
そっと、頭を撫でてやった。
「好きだよ兄さん」
柔らかなその髪の毛に口付ける。
小さな手のひらに、自身の大きな手を重ねた。
「あんたの前世は悪魔ノワールじゃないよ。ーーノワールは俺だよ」
眠る生成の眉間に小さく皺が寄った。その部分にキスを落とすと生成が安心したように眠りながら笑った。
「愛してるよ、エクル。愛してるよ、兄さん」
天使エクルーーそれが生成の本当の前世だ。
悪魔ノワールがずっとずっと恋焦がれた天使。
そっと、生成に覆い被さった。
「前世でも今世でも来世でも愛してる。ずっとずっと、嫌になるぐらい一緒にいようね」
黒雨は囁いた。
「約束だよ」
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