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第一章 使命の伝承
言いつけは守らない
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柚葉は風呂に入り、濡れた髪もタオルに巻いたそのままで、ふかふかのベッドへダイブした。
「久々のおふとんー!」
久々と言っても2日ぶりなだけだ。城のキングサイズのベッドから野宿という、天国と地獄を味わってからの普通のベッドは格別に居心地がいい。普通の幸せって最高。
幸せを噛み締めたからか、まだ寝るには早い時間なのに、瞼が自然とくっついていく。必死で引き剥がそうとするが、眉毛ばかり動いて瞼はアロンアルファでくっついているらしい。
遠くでドアをノックする音が聞こえるが反応できない。痺れを切らしたのか、控えめにガチャリとドアが開いた。
「おい、いるのか、って・・・」
「・・・・・・ん、・・・アリスさん・・・?」
「もう寝てんのか。年か・・・?」
「16歳、です・・・どうしました?」
その声と、柚葉の部屋を訪ねてくるのはアリスしかいないという、寝かぶりながらも推理を繰り広げた柚葉の目は閉じたままだ。ちなみにアリスは向かい側の部屋を取っている。
柚葉は身体だけなんとか起こしたが、ぐらんぐらんと揺れていた。
「いや、寝るのは構わんが、俺はちょっと出掛ける。部屋の鍵はちゃんと締めて、知らない人が来ても開けちゃ駄目だからな!」
「・・・・・・お母さんだ・・・!」
「目を覚ませ!誰がお母さんか!」
両手を広げて駆け寄ってくる柚葉の額を片手で押さえ、止める。柚葉の身体はそのままグリグリと後ろに押され、ベッドの上にポイッと戻された。
「薬屋のオヤジが言ってただろ。生贄はどんな時でもどんな形でも狙われる。俺がいないときは基本人に会うな。いる時でもあまり喋るな」
柚葉のことだから余計なことまで口を滑らすのがオチだ。極力黙っていてほしい。むしろニブル森に着くまで口をまつり縫いしておきたい。
不服そうな表情の柚葉だったが、窓の戸締りを確認しているところを見ると理解はしてくれたようだ。
「じゃあな。髪乾かせよ」
「はぁい・・・いってらっしゃい、お母さ・・・アリスさん」
へらっと笑って手を振っている柚葉に多少の、いや膨大な不安を抱きながらも、アリスは宿を出る。
***
それから、アリスが宿に帰ってきたのは深夜だった。そういえば夕飯も食べていないし、宿に着いてほぼ何もしてない状態で出てきたから、全身汚れたままだ。アリスとて疲れはするし、正直布団に入ってぐっすり眠りたい。
宿は食事付きだが、この時間では流石にもう出してくれないだろう。諦めて風呂に入ってきた。
「そういえば」
肩にかけたタオルで濡れた髪を拭きながら、アリスはドアに目を向けた。いや、正確にはドアの向こうの向かいの部屋に。
何かあった時のために、柚葉の部屋の鍵は預かっておいた。宿内に不穏な空気はないし、特にトラブルがあったようにも思えない。柚葉はあの状態だったから、既に寝ているだろうが、一応様子は見ておくかと、柚葉の部屋のドアを開いた。
「・・・・・・」
それはアリスが出掛ける前と何ら変わらないままだった。
柚葉がガウンのまま、ベッドの上で布団も被らず身を放り出している。タオルが外れてしまった髪を手に取ってみると、まだしっとりとした感覚が指に残る。恐らくあのまま本気の就寝に入ってしまったのだろう。
少しはだけてしまった胸元が目に入って、眉を寄せると、アリスは無言でそれを正してやる。
全く、と息をついてから、柚葉の下から布団を引っ張り出すと、乱暴に身体に掛けた。いや、落とした。
「・・・ん、」
珍しく眠りが浅かったのか、柚葉の睫毛がそれだけで動き、薄く目が開いた。アリスはとっさに距離を取る。もう殴られたくはない。
「・・・あ、れぇ、・・・アリスさん・・・おかえりなさい」
開いているかどうか分からないその瞳でアリスを見付けると、にへら、と笑う。
「・・・ああ。何もなかったか?」
「んー?・・・特に何も・・・?ずっと寝ていたので分からないですけど」
目を擦りながら柚葉は大きな欠伸をかます。口を押さえろ口を。
何はともあれ、ここに柚葉が呑気に寝ているということは何もなかった証拠だろう。
「ならいい。それからお前、髪乾かしてから寝ろって言っただろ。風邪ひくぞ」
「んあー・・・そうでした。でも睡魔には勝て、・・・なく、て・・・」
柚葉がまたこくりこくりと舟を漕いでいるのを横目に、ふとテーブルの上のものがアリスの目に入った。
トレイに入ったままの食事が並べてある。
──二人分。
「・・・あれは?」
「え・・・?・・・ああ、ご飯です」
「それは見れば分かる。何故あるのかを聞いてんだよ」
「そりゃあ宿の人からもらったからでしょ」
進まない話にアリスは苛立ちを募らせる。
確かに柚葉の食事はアリスが出ていく前に、前もって部屋に運ばせておいた。一人でいる時に、部屋の鍵を開けないで済むようにだ。
食事はその時のまま、手付かずでテーブルの上に居座っている。しかも、運ばせたのは柚葉の分、一人分だったはずだ。なのに・・・
「何故増えている・・・?」
「もらったからです」
「どうやって?」
「え?こうやって」
柚葉は両方の手のひらを上に向けて受け取る仕草をする。その瞬間に、アリスの額に青筋が浮かんだことには気付いていない。
カツカツ、と靴の音を響かせて柚葉と距離を詰めていく。ベッドに腰掛けて眠そうにしているその顔の、憎たらしいとでも言うような両頬を片手で両側からムギュリと押さえた。
「ひっ、ひたいひたいひたいひたい!!はひすんれすかアリスはん!」
「あ゛?何すんのかって?こっちが聞きたいわ!お前、鍵開けんなって、人に会うなっつったろ!何してんだよ!!」
「らららららって・・・!一人ふんしかなかっはから!」
「あん?何言ってんのか分かんねぇな」
「ひゃあ離してくらさいよっ!」
柚葉がアリスの手を掴み、顔を背けて圧迫から逃れる。赤くなってしまった頬を擦りながら、恨めしそうにアリスを見上げた。流石に眠気は覚めたらしい。
「一人分しかなかったから、もらってきたんです!」
「だから、何でだよ!そんなに腹減ってたのか!この宿は食事付きだが、一人一食だけだぞ!」
「分かってますよ、さすがに!だから、二人分です!」
「はあ?」
いよいよ訳が分からないとアリスは表情を歪める。アリスの言い付けを破って、力のない生贄が一人で知らない他人に会って、危険を冒してまで、何故もう一食分の食事をもらいに行ったのか。
「だって、アリスさん、まだご飯食べてないでしょ?」
「・・・俺?」
確かにそうだが、意外すぎる柚葉の返答に、アリスの顔は素っ頓狂なものになっていただろう。目がやけに乾き、瞬きが多くなった。
「はい。いつ帰るかは分からなかったですけど、遅くなるようだったら、ご飯貰っておかないと食べれなくなると、思って・・・その、・・・勝手に部屋から出たのは悪かったです・・・ごめんなさい」
「・・・・・・」
約束を破った自覚はあるのか、目線は外しながらも、柚葉は小さく謝った。
アリスはもう一度、テーブルの上に目を向けた。
もう、完全に冷えきってしまっているだろう。湯気を立てているべきものが、固く身を縮こませている。
「・・・・・・・・・まだ食べてないのか」
「えっ?・・・あ、はい」
まだ説教は終わってないと思ったのか、アリスの静かになった声に、柚葉は弾かれたように顔を上げる。黒と茶色がバランスよく混じった大きな瞳が、艶やかに光を撫でた。
「・・・なんで」
「なんでって・・・アリスさんがいなかったからでしょ?」
「じゃなくて、先に食べて寝てりゃ良かっただろ?」
だったら温かいものが温かいうちに、美味しく食べれただろうに。そうしなかった理由が、アリスには分からない。
「そんなの、一緒に食べるものだと思ってたから、仕方ないじゃないですか」
どこかどう、仕方ないかは分からない。
だけど、きっとそうなんだろう。
柚葉にとって、それは仕方ないことで、他の選択肢はなかったのだから。
アリスの昂っていた感情はあしらわれるようにいなされ、隅に追いやられてしまった。
「・・・・・・食べるか」
「そうですね!お腹空きました!」
「最近、お前お腹空いてばっかだな」
冷えてしまった食事は、一人で食べるよりは美味しかったかもしれない。
「久々のおふとんー!」
久々と言っても2日ぶりなだけだ。城のキングサイズのベッドから野宿という、天国と地獄を味わってからの普通のベッドは格別に居心地がいい。普通の幸せって最高。
幸せを噛み締めたからか、まだ寝るには早い時間なのに、瞼が自然とくっついていく。必死で引き剥がそうとするが、眉毛ばかり動いて瞼はアロンアルファでくっついているらしい。
遠くでドアをノックする音が聞こえるが反応できない。痺れを切らしたのか、控えめにガチャリとドアが開いた。
「おい、いるのか、って・・・」
「・・・・・・ん、・・・アリスさん・・・?」
「もう寝てんのか。年か・・・?」
「16歳、です・・・どうしました?」
その声と、柚葉の部屋を訪ねてくるのはアリスしかいないという、寝かぶりながらも推理を繰り広げた柚葉の目は閉じたままだ。ちなみにアリスは向かい側の部屋を取っている。
柚葉は身体だけなんとか起こしたが、ぐらんぐらんと揺れていた。
「いや、寝るのは構わんが、俺はちょっと出掛ける。部屋の鍵はちゃんと締めて、知らない人が来ても開けちゃ駄目だからな!」
「・・・・・・お母さんだ・・・!」
「目を覚ませ!誰がお母さんか!」
両手を広げて駆け寄ってくる柚葉の額を片手で押さえ、止める。柚葉の身体はそのままグリグリと後ろに押され、ベッドの上にポイッと戻された。
「薬屋のオヤジが言ってただろ。生贄はどんな時でもどんな形でも狙われる。俺がいないときは基本人に会うな。いる時でもあまり喋るな」
柚葉のことだから余計なことまで口を滑らすのがオチだ。極力黙っていてほしい。むしろニブル森に着くまで口をまつり縫いしておきたい。
不服そうな表情の柚葉だったが、窓の戸締りを確認しているところを見ると理解はしてくれたようだ。
「じゃあな。髪乾かせよ」
「はぁい・・・いってらっしゃい、お母さ・・・アリスさん」
へらっと笑って手を振っている柚葉に多少の、いや膨大な不安を抱きながらも、アリスは宿を出る。
***
それから、アリスが宿に帰ってきたのは深夜だった。そういえば夕飯も食べていないし、宿に着いてほぼ何もしてない状態で出てきたから、全身汚れたままだ。アリスとて疲れはするし、正直布団に入ってぐっすり眠りたい。
宿は食事付きだが、この時間では流石にもう出してくれないだろう。諦めて風呂に入ってきた。
「そういえば」
肩にかけたタオルで濡れた髪を拭きながら、アリスはドアに目を向けた。いや、正確にはドアの向こうの向かいの部屋に。
何かあった時のために、柚葉の部屋の鍵は預かっておいた。宿内に不穏な空気はないし、特にトラブルがあったようにも思えない。柚葉はあの状態だったから、既に寝ているだろうが、一応様子は見ておくかと、柚葉の部屋のドアを開いた。
「・・・・・・」
それはアリスが出掛ける前と何ら変わらないままだった。
柚葉がガウンのまま、ベッドの上で布団も被らず身を放り出している。タオルが外れてしまった髪を手に取ってみると、まだしっとりとした感覚が指に残る。恐らくあのまま本気の就寝に入ってしまったのだろう。
少しはだけてしまった胸元が目に入って、眉を寄せると、アリスは無言でそれを正してやる。
全く、と息をついてから、柚葉の下から布団を引っ張り出すと、乱暴に身体に掛けた。いや、落とした。
「・・・ん、」
珍しく眠りが浅かったのか、柚葉の睫毛がそれだけで動き、薄く目が開いた。アリスはとっさに距離を取る。もう殴られたくはない。
「・・・あ、れぇ、・・・アリスさん・・・おかえりなさい」
開いているかどうか分からないその瞳でアリスを見付けると、にへら、と笑う。
「・・・ああ。何もなかったか?」
「んー?・・・特に何も・・・?ずっと寝ていたので分からないですけど」
目を擦りながら柚葉は大きな欠伸をかます。口を押さえろ口を。
何はともあれ、ここに柚葉が呑気に寝ているということは何もなかった証拠だろう。
「ならいい。それからお前、髪乾かしてから寝ろって言っただろ。風邪ひくぞ」
「んあー・・・そうでした。でも睡魔には勝て、・・・なく、て・・・」
柚葉がまたこくりこくりと舟を漕いでいるのを横目に、ふとテーブルの上のものがアリスの目に入った。
トレイに入ったままの食事が並べてある。
──二人分。
「・・・あれは?」
「え・・・?・・・ああ、ご飯です」
「それは見れば分かる。何故あるのかを聞いてんだよ」
「そりゃあ宿の人からもらったからでしょ」
進まない話にアリスは苛立ちを募らせる。
確かに柚葉の食事はアリスが出ていく前に、前もって部屋に運ばせておいた。一人でいる時に、部屋の鍵を開けないで済むようにだ。
食事はその時のまま、手付かずでテーブルの上に居座っている。しかも、運ばせたのは柚葉の分、一人分だったはずだ。なのに・・・
「何故増えている・・・?」
「もらったからです」
「どうやって?」
「え?こうやって」
柚葉は両方の手のひらを上に向けて受け取る仕草をする。その瞬間に、アリスの額に青筋が浮かんだことには気付いていない。
カツカツ、と靴の音を響かせて柚葉と距離を詰めていく。ベッドに腰掛けて眠そうにしているその顔の、憎たらしいとでも言うような両頬を片手で両側からムギュリと押さえた。
「ひっ、ひたいひたいひたいひたい!!はひすんれすかアリスはん!」
「あ゛?何すんのかって?こっちが聞きたいわ!お前、鍵開けんなって、人に会うなっつったろ!何してんだよ!!」
「らららららって・・・!一人ふんしかなかっはから!」
「あん?何言ってんのか分かんねぇな」
「ひゃあ離してくらさいよっ!」
柚葉がアリスの手を掴み、顔を背けて圧迫から逃れる。赤くなってしまった頬を擦りながら、恨めしそうにアリスを見上げた。流石に眠気は覚めたらしい。
「一人分しかなかったから、もらってきたんです!」
「だから、何でだよ!そんなに腹減ってたのか!この宿は食事付きだが、一人一食だけだぞ!」
「分かってますよ、さすがに!だから、二人分です!」
「はあ?」
いよいよ訳が分からないとアリスは表情を歪める。アリスの言い付けを破って、力のない生贄が一人で知らない他人に会って、危険を冒してまで、何故もう一食分の食事をもらいに行ったのか。
「だって、アリスさん、まだご飯食べてないでしょ?」
「・・・俺?」
確かにそうだが、意外すぎる柚葉の返答に、アリスの顔は素っ頓狂なものになっていただろう。目がやけに乾き、瞬きが多くなった。
「はい。いつ帰るかは分からなかったですけど、遅くなるようだったら、ご飯貰っておかないと食べれなくなると、思って・・・その、・・・勝手に部屋から出たのは悪かったです・・・ごめんなさい」
「・・・・・・」
約束を破った自覚はあるのか、目線は外しながらも、柚葉は小さく謝った。
アリスはもう一度、テーブルの上に目を向けた。
もう、完全に冷えきってしまっているだろう。湯気を立てているべきものが、固く身を縮こませている。
「・・・・・・・・・まだ食べてないのか」
「えっ?・・・あ、はい」
まだ説教は終わってないと思ったのか、アリスの静かになった声に、柚葉は弾かれたように顔を上げる。黒と茶色がバランスよく混じった大きな瞳が、艶やかに光を撫でた。
「・・・なんで」
「なんでって・・・アリスさんがいなかったからでしょ?」
「じゃなくて、先に食べて寝てりゃ良かっただろ?」
だったら温かいものが温かいうちに、美味しく食べれただろうに。そうしなかった理由が、アリスには分からない。
「そんなの、一緒に食べるものだと思ってたから、仕方ないじゃないですか」
どこかどう、仕方ないかは分からない。
だけど、きっとそうなんだろう。
柚葉にとって、それは仕方ないことで、他の選択肢はなかったのだから。
アリスの昂っていた感情はあしらわれるようにいなされ、隅に追いやられてしまった。
「・・・・・・食べるか」
「そうですね!お腹空きました!」
「最近、お前お腹空いてばっかだな」
冷えてしまった食事は、一人で食べるよりは美味しかったかもしれない。
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