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第二章 繋がる命
冷たい世界
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寒い。
冷たい。
寂しい。
置いていかないで。
ああ、まただ。
またこの夢。
柚葉が小さい時から見る、同じ夢。
氷のような寒い場所に閉じ込められ、一人で凍えている。助けてと叫んでいるのに、誰も返事は返してくれない。声をあげる度に寒さは増して、身体は動かなくなる。足、手、腰、肩と全身が氷に覆われてくる。それはどんどんと侵食していき、顔、腹、そして、心臓へ。
「あいたっ!」
氷が割れたように世界が変わったのは額に受けた衝撃のせいだ。押さえると熱を持ってヒリヒリとする。
「何すんですか」
「何って、お前が急に立ち止まって呼んでも反応しないからだろうが」
「何も叩くことないでしょうに」
ちょっと肩を叩くとか、揺すってみるとか、優しくしてくれる方法はないものか。ちょっとおでこが広いからって、皆そうやって叩くんだ。柚葉自身もどんなものかと叩いたことはあるが、確かにいい音をさせた。
だが、お陰で現実に戻ることができた。寝ていたのだろうか。
「アリスさん、私寝てました?」
「さあな。目を開けて寝る特技でも持ってるわけじゃなければ起きてたんじゃないか」
「それは特訓中です」
授業中用に。
だが、だとすればあれは夢じゃないのか。いつもあの光景を見るのは寝ている時だったから、夢だと思っていたのだが。
自分で感じたことなのに、自分のことじゃないような、不思議な光景を、柚葉は物心ついたときにはもう見ていた。最初は現実との境目が分からず、パニックになっていた時もあったが、同じようなことを繰り返せば慣れてもくる。夢だと割り切ってしまえば、同じ夢を何度も見るということだけで、他に支障はなかった。ただ、未だにその光景が何なのかは分かっていなかった。少なくとも、柚葉が経験したことではない。
「まさか寝てたのか?歩きながら?」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど・・・夢を見ました」
「夢は寝て見るもんだ。もしくは叶えるもんだ」
「何かの学校紹介のテレビCMみたいですね」
「てれび?」
言葉で説明しようとなると、どうもいい表現が浮かばず、柚葉は必死に言葉を選びながらアリスに伝えようとする。
「えーと、なんかですね。たまに見るんです、同じ夢」
「同じ夢?」
「はい。寒くて暗いとこにいるんですけど、それがどこかは分からなくて、助けを呼ぶけど誰もいなくて、寒くて、寒くて、寂しくて、冷たくなって・・・」
その感覚は、記憶にある。だが、身体の感覚は全くなくて、自分のことなのに、自分ではない。それをどう説明したらいいのか。
「氷が、足から、指先から、どんどん迫ってきて、身体が動かなくなってくるんです。目が見えなくなって、耳が聞こえなくなって・・・心臓が、動かなくなる」
慣れていても、やはり思い出すとあまりいい気持ちにはなれない。柚葉は無意識に自分の身体を抱えていた。寒くもないし、震えているわけでもないのに。
あと、どんな感じだったかなと記憶を巡らすと、自然と眉間に皺が寄る。地面を睨んでいると、ふと視界が暗くなった。
「っ、」
「もういいよ、思い出さなくて」
「え、」
「手、冷たくなってる」
気が付くと、自分の腕を掴む自分の手に力が入り、その上からアリスの繊細な手が被せられていた。それはすぐに離れていったが、熱は残っていった。
「お前の経験じゃないんだろ?」
「あ、はい。だと思います」
「じゃあただの夢だ。架空の世界だろ」
気にしたってしょうがない。
柚葉が前から思ってきたことだが、瞬間、忘れる時がある。気になって気になって仕方ない時。忘れようとすることも叶わず、その時は昔と同じように頭がおかしくなりそうになる。もしかして、今そういう状態だったのかもしれない。
アリスがいてくれてよかった。
柚葉はほっと胸を撫で下ろした。
この世界に来てから、あの夢を見る回数が増えた気がする。時には、二夜連続放送もサービスしてくれる。全くありがたくはないのだが。柚葉に心当たりはないのだが、魔力が目覚めたからだとか、そんな感じなんだろうか。それはそれでアリスに聞いてみたい気もするが、うまく説明できる自信はないし、アリスも”もういい”と言ってくれた。うまく説明できる言葉が見つかったら、また聞いてもらおう。そんなことを思いながら、アリスの背中を追った。
それからしばらく歩いていると、朝は快晴だったのに、どうも雲行きがが怪しくなってきた。色の濃い雲が集まってきていて、今にも雨が降りそうだ。
「少し急ぐぞ」
「雨降りそうですもんね」
次の町まではそこまで距離はないようだが、少々足を速めないと雨に見舞われそうだ。柚葉はもう見え始めている町の入り口を遠くに見て、先の距離を確認した。
「・・・あれ?」
そこに行くまでの途中、ただだだっ広い原っぱを縦断する道に、人影が見える。しかもそれは倒れていて、動いてはいないようだ。あまり大きな身体には見えないが、子どもだろうか。
「アリスさん、あそこ、人が倒れてる!」
「は?どこに?」
「あれ!あそこ!」
「・・・?どこだ?」
柚葉は必死に指さすが、アリスはそれがどこを指しているか分からないようだ。それは、アリスの目が悪いわけではなく、柚葉の目が良すぎたのだ。小学校の視力検査で2.1を叩き出して以降、視力は全く衰えない。
「あー、もうっ。来てください!」
どんなに指し示したって、見えないものは説明のしようがない。柚葉は諦めてアリスの手を引っ張っていった。
やはり柚葉の視力は本物だ。
柚葉がアリスを引っ張っていった先には、十歳くらいの少年が傷だらけで倒れていた。息はあるようだが、意識がなく、魘されている。
「・・・何、これ。ひどい・・・」
目を背けたくなるほどなるほど全身が傷や痣でいっぱいだ。頭の傷は血が止まっておらず、地面に血だまりを作っているほどだ。
眉を顰めたアリスが、膝をついて少年の身体を抱え、魔法をかけていった。柚葉が前にしてもらったときと同じように、光が少年を覆う。
「・・・助かりますか?」
「分からん。そもそも治癒魔法は人間の治癒力を強制的に引き出しているだけのものだ。治癒力さえ失っているものには効果が薄い」
言っている間にも、小さな擦り傷や切り傷は消えていく。抉られたような大きな傷は、血は止まっているが、一向に塞がる様子はない。
アリスの額には汗が滲んでいく。
「・・・・くそ、限界だ」
「大丈夫ですか?」
アリスは息が上がり、片手を地面につく。柚葉の時はそんな素振りなど全くなかったので、この少年の傷がそれほどまでに大きいということだろう。それでも、少年の傷は治りきっていなかった。腕と腹の大きい傷が痛々しく残っている。
「・・・う・・・・っ」
「!」
そのとき、アリスの腕の中にいる少年が顔を歪ませ、びくりと反応した。声をかけると、僅かに目が開いた。
「・・・痛・・・」
「あなた、大丈夫?」
「・・・誰・・・?」
視界がぼやけているのか、あまり目が合わない。そこに誰かがいることは分かっているのか、少年は掠れた声で小さく呟いた。
「ここを通りかかったら、あなたが傷だらけであなたが倒れてた。今、アリスさんが治せるところは治してくれたけど・・・」
「・・・アリス・・・?・・・・殿下・・・?」
ここはまだアステリア王国内だ。聞き覚えのある名前に、少年は自分を抱える人の顔を必死で確かめようとしていた。だが、まだ意識がはっきりしていないのか、目を開けておくことが億劫なのか、王子様だ!という感嘆の声はなかった。
「・・・ごめん、なさい・・・・ごめんなさい・・・」
「何が・・・?何に謝ってるの?」
「ごめんなさい・・・・」
「・・・気を失ってる。意識はしてないようだ」
アリスが少年の脈を確かめるが、ちゃんと確認はできたようだ。気が付いた時には目は閉じられ、消え入るような声でひたすら謝りながら涙を流していた。
一体、誰に謝っているのか。一体、誰にこんなふうにさせられたのか。こんな傷を受けてまで無意識に謝る姿を目にしてしまうと、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「とりあえず、町まで運ぶぞ」
アリスが少年を抱いて立ち上がった拍子に、少年の頬から涙の雫が零れ落ちた。
冷たい。
寂しい。
置いていかないで。
ああ、まただ。
またこの夢。
柚葉が小さい時から見る、同じ夢。
氷のような寒い場所に閉じ込められ、一人で凍えている。助けてと叫んでいるのに、誰も返事は返してくれない。声をあげる度に寒さは増して、身体は動かなくなる。足、手、腰、肩と全身が氷に覆われてくる。それはどんどんと侵食していき、顔、腹、そして、心臓へ。
「あいたっ!」
氷が割れたように世界が変わったのは額に受けた衝撃のせいだ。押さえると熱を持ってヒリヒリとする。
「何すんですか」
「何って、お前が急に立ち止まって呼んでも反応しないからだろうが」
「何も叩くことないでしょうに」
ちょっと肩を叩くとか、揺すってみるとか、優しくしてくれる方法はないものか。ちょっとおでこが広いからって、皆そうやって叩くんだ。柚葉自身もどんなものかと叩いたことはあるが、確かにいい音をさせた。
だが、お陰で現実に戻ることができた。寝ていたのだろうか。
「アリスさん、私寝てました?」
「さあな。目を開けて寝る特技でも持ってるわけじゃなければ起きてたんじゃないか」
「それは特訓中です」
授業中用に。
だが、だとすればあれは夢じゃないのか。いつもあの光景を見るのは寝ている時だったから、夢だと思っていたのだが。
自分で感じたことなのに、自分のことじゃないような、不思議な光景を、柚葉は物心ついたときにはもう見ていた。最初は現実との境目が分からず、パニックになっていた時もあったが、同じようなことを繰り返せば慣れてもくる。夢だと割り切ってしまえば、同じ夢を何度も見るということだけで、他に支障はなかった。ただ、未だにその光景が何なのかは分かっていなかった。少なくとも、柚葉が経験したことではない。
「まさか寝てたのか?歩きながら?」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど・・・夢を見ました」
「夢は寝て見るもんだ。もしくは叶えるもんだ」
「何かの学校紹介のテレビCMみたいですね」
「てれび?」
言葉で説明しようとなると、どうもいい表現が浮かばず、柚葉は必死に言葉を選びながらアリスに伝えようとする。
「えーと、なんかですね。たまに見るんです、同じ夢」
「同じ夢?」
「はい。寒くて暗いとこにいるんですけど、それがどこかは分からなくて、助けを呼ぶけど誰もいなくて、寒くて、寒くて、寂しくて、冷たくなって・・・」
その感覚は、記憶にある。だが、身体の感覚は全くなくて、自分のことなのに、自分ではない。それをどう説明したらいいのか。
「氷が、足から、指先から、どんどん迫ってきて、身体が動かなくなってくるんです。目が見えなくなって、耳が聞こえなくなって・・・心臓が、動かなくなる」
慣れていても、やはり思い出すとあまりいい気持ちにはなれない。柚葉は無意識に自分の身体を抱えていた。寒くもないし、震えているわけでもないのに。
あと、どんな感じだったかなと記憶を巡らすと、自然と眉間に皺が寄る。地面を睨んでいると、ふと視界が暗くなった。
「っ、」
「もういいよ、思い出さなくて」
「え、」
「手、冷たくなってる」
気が付くと、自分の腕を掴む自分の手に力が入り、その上からアリスの繊細な手が被せられていた。それはすぐに離れていったが、熱は残っていった。
「お前の経験じゃないんだろ?」
「あ、はい。だと思います」
「じゃあただの夢だ。架空の世界だろ」
気にしたってしょうがない。
柚葉が前から思ってきたことだが、瞬間、忘れる時がある。気になって気になって仕方ない時。忘れようとすることも叶わず、その時は昔と同じように頭がおかしくなりそうになる。もしかして、今そういう状態だったのかもしれない。
アリスがいてくれてよかった。
柚葉はほっと胸を撫で下ろした。
この世界に来てから、あの夢を見る回数が増えた気がする。時には、二夜連続放送もサービスしてくれる。全くありがたくはないのだが。柚葉に心当たりはないのだが、魔力が目覚めたからだとか、そんな感じなんだろうか。それはそれでアリスに聞いてみたい気もするが、うまく説明できる自信はないし、アリスも”もういい”と言ってくれた。うまく説明できる言葉が見つかったら、また聞いてもらおう。そんなことを思いながら、アリスの背中を追った。
それからしばらく歩いていると、朝は快晴だったのに、どうも雲行きがが怪しくなってきた。色の濃い雲が集まってきていて、今にも雨が降りそうだ。
「少し急ぐぞ」
「雨降りそうですもんね」
次の町まではそこまで距離はないようだが、少々足を速めないと雨に見舞われそうだ。柚葉はもう見え始めている町の入り口を遠くに見て、先の距離を確認した。
「・・・あれ?」
そこに行くまでの途中、ただだだっ広い原っぱを縦断する道に、人影が見える。しかもそれは倒れていて、動いてはいないようだ。あまり大きな身体には見えないが、子どもだろうか。
「アリスさん、あそこ、人が倒れてる!」
「は?どこに?」
「あれ!あそこ!」
「・・・?どこだ?」
柚葉は必死に指さすが、アリスはそれがどこを指しているか分からないようだ。それは、アリスの目が悪いわけではなく、柚葉の目が良すぎたのだ。小学校の視力検査で2.1を叩き出して以降、視力は全く衰えない。
「あー、もうっ。来てください!」
どんなに指し示したって、見えないものは説明のしようがない。柚葉は諦めてアリスの手を引っ張っていった。
やはり柚葉の視力は本物だ。
柚葉がアリスを引っ張っていった先には、十歳くらいの少年が傷だらけで倒れていた。息はあるようだが、意識がなく、魘されている。
「・・・何、これ。ひどい・・・」
目を背けたくなるほどなるほど全身が傷や痣でいっぱいだ。頭の傷は血が止まっておらず、地面に血だまりを作っているほどだ。
眉を顰めたアリスが、膝をついて少年の身体を抱え、魔法をかけていった。柚葉が前にしてもらったときと同じように、光が少年を覆う。
「・・・助かりますか?」
「分からん。そもそも治癒魔法は人間の治癒力を強制的に引き出しているだけのものだ。治癒力さえ失っているものには効果が薄い」
言っている間にも、小さな擦り傷や切り傷は消えていく。抉られたような大きな傷は、血は止まっているが、一向に塞がる様子はない。
アリスの額には汗が滲んでいく。
「・・・・くそ、限界だ」
「大丈夫ですか?」
アリスは息が上がり、片手を地面につく。柚葉の時はそんな素振りなど全くなかったので、この少年の傷がそれほどまでに大きいということだろう。それでも、少年の傷は治りきっていなかった。腕と腹の大きい傷が痛々しく残っている。
「・・・う・・・・っ」
「!」
そのとき、アリスの腕の中にいる少年が顔を歪ませ、びくりと反応した。声をかけると、僅かに目が開いた。
「・・・痛・・・」
「あなた、大丈夫?」
「・・・誰・・・?」
視界がぼやけているのか、あまり目が合わない。そこに誰かがいることは分かっているのか、少年は掠れた声で小さく呟いた。
「ここを通りかかったら、あなたが傷だらけであなたが倒れてた。今、アリスさんが治せるところは治してくれたけど・・・」
「・・・アリス・・・?・・・・殿下・・・?」
ここはまだアステリア王国内だ。聞き覚えのある名前に、少年は自分を抱える人の顔を必死で確かめようとしていた。だが、まだ意識がはっきりしていないのか、目を開けておくことが億劫なのか、王子様だ!という感嘆の声はなかった。
「・・・ごめん、なさい・・・・ごめんなさい・・・」
「何が・・・?何に謝ってるの?」
「ごめんなさい・・・・」
「・・・気を失ってる。意識はしてないようだ」
アリスが少年の脈を確かめるが、ちゃんと確認はできたようだ。気が付いた時には目は閉じられ、消え入るような声でひたすら謝りながら涙を流していた。
一体、誰に謝っているのか。一体、誰にこんなふうにさせられたのか。こんな傷を受けてまで無意識に謝る姿を目にしてしまうと、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「とりあえず、町まで運ぶぞ」
アリスが少年を抱いて立ち上がった拍子に、少年の頬から涙の雫が零れ落ちた。
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