生贄の救世主

咲乃いろは

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第二章 繋がる命

惨状

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結局、町に着くまでに雨は土砂降りで降ってきてしまった。上から下まで、外から中までびしょびしょだ。さらにアリスは上着を少年にかけてしまったため、シャツ一枚で寒そうである。

「アリスさん、大丈夫ですか?ぶえっくしょい」
「語尾にくしゃみをつける奴が何言っ・・・・・・・・」
「どうしました?ぶえっくしょい」
「わざと貧弱さをアピールしてるんじゃなければ、荷物前で持っとけよ」

何の事だろうとアリスの色のない目線を追うと、自分の恰好のことだと分かった。制服は間服だ。要は柚葉もシャツ一枚と変わらない。雨でびっしょりと濡れて肌に張り付いたシャツは、中の下着まで透かしていた。

「うぎゃあっくしょい!」
「叫ぶかくしゃみかどっちかにしろ」

慌てて腕で前を隠し、よじよじと背中のリュックを前に持ってくる。なんか下校中の小学生みたいになった。
背中の方も気になるが、この際仕方ない。
その恰好のまま町の入り口に近づくと、何か様子がおかしいことに気が付く。雨が降っているので、人の姿が見えないのは当然のことなのだが、異様さの原因はそうではない。

「これは・・・・」

こんな滝のような雨の中でもそこら中に点在する火。恐らくはこれでも消火されたのであろう。黒く焼き焦げた木材や石材はかつて建物の一部だったようだ。焼けていない建物も全壊、良くて半壊して屋内まで見える。どこかですすり泣く声や誰かを呼ぶ声は雨音の中に消えていった。
柚葉は、歴史の教科書で似たような惨状を見たことがある。爆弾が投下されたあとの光景だ。柚葉が生まれるずっと前のことだったので、祖父母からの話の中でしかその過激さをうかがい知ることはできなかった。まさかこんなところで目の当たりにするとは思ってもみなかったのだ。

「酷いにおい・・・」
「・・・血や肉が焼かれたにおいだな」

アリスには知ったにおいなのだろう。奥へ進んでいくほどに濃くなっていくそのにおいは、くしゃみの連発で鼻が詰まっていてもよく分かる。足元は土の色が見えないほど、炭になった瓦礫が広がっている。水溜まりまで黒く濁っているが、もしかしたらこれは黒ではないのかもしれない。

赤黒いものが、混じった色。

炭になっているのは、本当に木なのか。

あの瓦礫の下には、何が眠っているのか。



「・・・き、もちわるい・・・」



目に飛び込んでくる景色を考えれば考える程、ここで何があったかを想像してしまう。柚葉は思わず口を押えてうずくまり、しばらくは耐えていたが、俯いた先にも瓦礫や水溜まりはある。目を瞑ってもにおいは防げず、鼻を押さえても未だ燃えている音は聞こえてくる。意に反して胃はせり上がってきた。

「うっ・・・っげほっ・・・」
「・・・・ひとまず雨が凌げるところに移動するぞ」

横に膝を折って背中に当ててくれるアリスの手は、彼のいつも通りの声色と共に柚葉を落ち着かせてくれた。
アリスが背負っている少年のこともある。どうにか屋根になるようなところを探して休ませねばならない。
















少し奥に進むと、無事な建物がちらほら見えてきた。どうやら被害が酷いのは入口の方だけで、中の方は人がいる気配もした。だが、宿はどこも看板を下ろしていて、出歩いている人は見当たらない。家の中から顔を出そうとしないのだ。結局は少し外れに佇む小さな教会に入ることにした。
そこには、同じような理由なのか、怪我を負った者や震える者、着ているものや髪が焼かれて、毛布にくるまっている者が十数人いた。恐らく、あの場で被害を受けたのだろう。

「ここで座ってろ」

柚葉の横に少年を寝かせると、アリスは奥の方で手当てをしている牧師の所へ歩いて行った。今はアリスの存在に気付く者さえいない。

「あの、」

アリスの背中を目で追っていると、横から控えめに声を掛けてくるものがいた。見ると、柚葉と同じくらいの年齢の少女だ。顔や紙が煤で汚れていて、服もところどころ破れているが、大きな怪我は負っていないように思える。

「これ、使ってください」
「あ、りがとう・・・」

少女がタオルを差し出してきたのを見て、そういえばずぶ濡れだったことに気付く。戸惑いながらも受け取ると、少女は少しだけ笑った。照れたように少し頬を赤らめる姿は、素直に可愛いと思う。
横で眠る少年を傷に触れないように拭いてやってから、自分も水分を拭うと、寒さがいくらかマシになった。暖炉も火を焚いているし、そのうち温まるだろう。

「あの、聞いていいかな・・・?」
「はい」

柚葉は触れていいことなのか分からなくて、おそるおそるタオルをくれた少女に話しかけたが、少女は何を訊かれる分かっているような表情をしていた。

「あの入口のところは、一体何が・・・」

少女は一度奥歯を噛み締めるようにして俯き、ゆっくりと顔をあげた。怒りや憎しみが織り交ざった、悲しい顔。

「・・・襲われたんです」
「襲われた・・・?誰に・・・なんで・・・」
「分かりません・・・。この町は比較的治安もよく、皆平和に暮らしていました。ですが昨日、突然やってきた一人の男が、突然町に爆撃のような魔法を放ったのです」

少女はしっかりした声で話していたが、怒りからなのか、悲しみからなのか、握りしめた手は震えていた。柚葉はその姿が見ていられなくなって、思わずその手に自分の両手を重ねた。

「・・・私たちが、町が、何をしたと言うのでしょう?何で、こんな・・・!」
「・・・うん。そうだよ。皆は何も悪くない。大丈夫」

何がどう大丈夫なのかは分からない。何の確証もない。だが、今はそれしか言ってあげられなかった。どんな言葉を使っても、ちっぽけなものになってしまう。

「・・・ありがとうございます。あなた達は、旅人さんですか?」
「あ、うん、まあ。私は柚葉、さっきのイケメンはアリスさん」
「アリ・・・!?・・・え!?、アリス殿下ですか!?」
「あ、やっぱり気付いてなかった?」

柚葉と奥にいるアリスを交互に見ながら、少女は口をパクパクさせていた。そりゃあ一国の王子が自分の町に濡れ鼠でやってきたら驚きもするだろう。

「まさか、アリス様がここにいらっしゃるなんて思いもしなかったから・・・!」
「ま、いろいろありまして」

話すと長くなりますのでこの場は割愛。
むやみに事情を話すのもあまり良くないだろう。国の守秘義務に触れたらだ。

「でしたら・・・!」
「うおっ」

掴みかかるように少女が前のめりになる。短く息を吸って、必死に訴えた。




「早くここから逃げないと・・・!」




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