生贄の救世主

咲乃いろは

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第三章 夢の続き

忘却の行き先

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虫の音が穏やかに聞こえる中で、柚葉の熱い息遣いが響いていた。アリスは何度も額のタオルを取り換えてやるが、すぐに温まってしまうので、諦めて魔法で冷やすことにした。
髪の毛が肌に張り付いてしまうほど汗をかいているのに、ろくに水分も摂れやしない。時々熱が高すぎて目を覚ますが、意識は朦朧としているみたいだ。

「下がらないな・・・」
「本当にユズハちゃんの身体は、この世界には難儀なものなんですね」
「そうだな。・・・お前は先に休め。ユズハは俺が看ておくから」
「・・・分かりました。殿下もご無理はなさらず」
「ああ」

グレンが後ろ髪をひかれるように身体を休めたのを確認すると、アリスは岩壁に背中を預けて片膝を立てた。しばらくは気を紛らわすように星空を眺めていたが、すぐに飽きてしまって柚葉へと視線を戻す。また夢でも見ているのか、身体がきついのか、その両方か、呻く声は絶えず聞こえてきている。
見るに堪えないその姿に、思わず傍に寄って頭を撫でてしまったせいか、柚葉の目が微かに開いた。

「ん・・・、アリス、さん・・・?」
「悪い、起こしたか?」
「・・・い、え・・・」

掠れて殆ど出ていない声に眉を顰め、アリスは柚葉の背中に手を差し入れ、熱い身体を起こして水を飲ませる。
のどの痛みで飲み込むのが辛そうではあるが、こくりと喉を通っていく音に少しだけ安心していると、柚葉の肩が揺れ、小さな声でくすくすと笑っていた。

「・・・何笑ってる?」
「ふふっ・・・いえ、なんか・・・介護、ですね・・・」
「俺が、お前の?・・・やめてくれ。お前みたいなのの介護はいくつであろうが御免被る」

アリスは身が持たない、と心底嫌そうなため息をついた半面、柚葉の笑った顔にそっと安堵した。
柚葉はもう一度喉を潤すと、先程よりは出るようになった声でポツリと呟いた。




「・・・私も、忘れられるんですかね」
「え?」




アリスの腕の中で、胸に頬を付けて、少し弧を描く口元で、そんなことを漏らす。
伏せた目元が月明かりに照らされ、とても神秘的で、綺麗だとさえ思った。




「生贄の役目を終え、もしホウライさんと同じように長く目を覚まさなくて、いくつも時が過ぎてしまったら、その時私は、いなくなってしまうんでしょうか」




この世界からも、自分の世界からも、消えてしまうのか。

笑った表情からは聞こえてこない声が、アリスの耳には届いた。




「・・・不安か?」

「まぁ、多少・・・。そうだと決まっているわけではないですし、それに・・・」

そう言いながらも、柚葉の声から不安な色は見えない。








「アリスさんが覚えててくれるでしょ?」








彼女はいつもそうだ。
物怖じせず、腐らず、どんな状況でも順応できる、一種の才能。だが恐らくそれは、周りの目が先行しているだけ。きっと彼女の中では見た目より葛藤があり、不安も恐怖もあり、知らないところで震えている。
何が良くて何が悪いのか、自分では判断がつかなくて、動かない身体を無理矢理進めている。そんな感じがした。



「そもそも、この世界で私の存在は”生贄”としてでしか確立してないわけですし、全部終わったらお役御免なのは仕方のないことです。私は、何年経とうが元の世界に帰る自信をつけて、踏ん反り返って帰ってやりますよ」



穏やかな口調とは裏腹に、力強い言葉。



「両親がいなくなっていようが、兄がくそじじいになっていようが、弟に成人した子どもが出来ていようが、それでも私の家族です。私の世界です。ホウライさんには悪いですが、自分の世界を自分で受け入れられなくてどうしますか。それは居場所がなくなるのではなくて、自分で居場所をなくしているんです」

いくらでも場所はあるのに、そこを居場所とするかどうかは自分の問題だ。それは、アリスにもよく分かる。隊に入って、第二王子の肩書きがありながら皆と同じように訓練して、軽蔑の目がなかったわけではない。執務があり、訓練があり、どっちつかずの存在になりながら、自分の身の振り方を考えていた。名前だけの王子にはなりたくなかったから。
そうやって、居場所がない中で、居場所を作った。

昔の記憶に思いを巡らせていると、柚葉は少し咳き込みながら視線を上げて小さく呟く。





「でも、そうですね・・・・アリスさんにまで忘れられるのはちょっと怖いです」





柚葉の声が震えたのは、そう言った時だけだった。



だから、思わずその小さな体を両腕で包んでしまったのは、仕方のないことだ。





「・・・・アリ、スさん・・・・?」

腕の中で戸惑いに満ちた声がする。
もしかして苦しいかもしれない。拒絶したいかもしれない。

それでも、力を緩めることができない。



「・・・どう、しました・・・?」



それでもそうとは言わず、彼女の方が心配そうな声で、アリスの腕にそっと自分の手を添える。服の上からでも伝わる熱。







「大丈夫だ・・・・・・、大丈夫、」







誰を安心させようとして言った言葉か。










大丈夫、

―――――柚葉は、彼女のようにはならない。




























アリスの腕の力が抜けたのは、柚葉のくぐもった声が苦しそうに呻いてからだった。

「アリスさん・・・そろそろ離してください」
「・・・悪い。苦しかったか?」
「いえ、大丈夫ですけど、その・・・、」
「?」

柚葉は言いずらそうに視線を斜め下に移動させる。

「アリスさんいい匂いするから、酔いそうです」
「・・・・・変態?」
「ちっ、違いますよ!ほら、なんかいい匂いさせてるでしょ!?」

柚葉が顎を上げてアリスの首元に顔を近づける。すん、と匂いを嗅ぐ音が耳元で聞こえてきた。

「や、めろっつの」
「あいてっ!病人に酷い!」
「だったら病人らしくしてろ」

柚葉の額を指で弾き、抱き上げていた身体を地面に戻した。額を押さえて不服そうに見てくる瞳はまだ潤んでいて熱っぽい。

「おまえ・・・、他の奴にそんなことするなよ」
「はい?」
「襲われても知らんからな」
「・・・?」
「もう寝ろ」
「?・・・はい」

不思議そうな顔をしながらも、柚葉は素直にアリスの言葉に従った。


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