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第三章 夢の続き
暗雲の目的
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空が白み始めた頃、柚葉は重い瞼を時間をかけて持ち上げた。身体の怠さは多少残っているが、昨日よりは幾分調子がいい。控えめに確認した声は相変わらず掠れている。自分で額に手をやっても熱は測れなかったが、この様子だと下がっているだろう。
乾燥でざらつく瞳を瞬きで潤し、鉛のような身体をよっこらせと持ち上げる。
一番最初に目に入ってきたのは、すぐ横で座ったまま頭を垂れるアリスだった。立てた片膝に腕と頭を置き、絶妙なバランスを保っていた。どこか崩してみたらどうなるだろうと好奇心に駆られたが、後が怖いので思い踏みとどまった。代わりに、その彫刻のような綺麗な顔に手を添える。
「ほう・・・作り物みたい・・・」
睫毛に僅かにかかる髪をそっと避け、時々アリスが柚葉にするように指の腹で頬を撫でる。そういえば、こうして彼の冷たい顔に触れるのは二回目な気がする。
(確かあの時は、アリスさんにひっくり返されて、短剣を―――・・・)
今や懐かしく思えるようになってしまった時の事を呑気に考えている場合ではなかった。アリスの頬に添えられた手はパシリと小気味いい音で握られ、そのままぐいっと引っ張られた。
「う、わ・・!」
え、デジャヴ?なんて記憶がよぎりながらも、身体はアリスの方へ倒れるように寄せられた。
無意識にきゅっと閉じた目を開けた時には、目の前にアリスの濃紺の瞳が柚葉を射抜いていた。
「襲うぞ」
「・・・っ!!?」
掃除機のコードを巻き取るようなスピードでアリスから距離を取ったが、握られた手はそのまま。自分の腕の長さより遠いところまでは行けなかった。
吸った息を吐き出すことが出来なくて、肺いっぱいに溜め込んだまま、固まってしまう。
アリスは獲物を捕えるような目を緩めると、柚葉の腕を引っ張って再び近くまで寄せた。
「熱は、下がったな」
「・・・う・・・、はい・・・」
アリスの長い指が柚葉の額から離れ、固まったままの柚葉をしばらく睨むと、ため息と共に腕も開放される。
「寝ているところにちょっかい出すなと言っただろ」
「・・・すみません。・・・でも、起きてたんじゃないですか?」
「半分な。お前が起き上がった時には起きてたよ」
「やっぱり!意地悪ですね!」
じゃあアリスが起きないようにとそっと触れる様子も、芸術品を見るような仕草も、たぬき寝入りして笑って見てたのか。
柚葉はなんだか恥ずかしくなって口を尖らし目を逸らす。
その様子を肩越しに見ながら、アリスはグレンを蹴って起こす。呑気にグーグー寝ているのが気に食わなかったようだ。
グレンは蹴られた腰を擦りながら、涙目で柚葉を見つける。
「あっ、ユズハちゃん、具合どう?」
「あ、もう平気です。ご迷惑おかけしました」
ぺこりと頭だけ下げると、グレンは安心したように息をついた。
「俺は何にもしてないよ。ずっと看てたのは殿下。元気になって良かったよ」
「ありがとうございます。アリスさんも・・・ありがとうございました」
そう。ずっとついていてくれていたから、柚葉が起きた時にすぐ横にいたことくらい、柚葉にも分かっている。高熱に魘されて目を覚ます度に、優しく頭を撫でて落ち着かせてくれたことをぼんやり覚えている。
身体をまるごと包まれたことも、夢ではないはずだ。
「・・・まだ本調子ではないだろ。あと少し休むか?」
「あ・・・いえ、大丈夫です。もう少しで砂漠抜けられるんなら、抜けた後にちゃんと休ませてもらえれば・・・」
一切触れてこようとしないアリスに、やはり夢だったのではないかと、柚葉は霞んでいた記憶を晴れさせようとした。
未だ残るアリスの強い力は、腕に残っている。そこに触れてみても、まだ感触を鮮明に思い出せた。
「じゃあそうしようか。殿下、少しペースを緩めながらでも進みましょう。ユズハちゃんの言う通り、ちゃんとしたところで休んだ方がいい」
「ああ」
非常にお腹は空いていたが、まだ喉が痛くて飲み込むのが辛く、思うように食べられない。朝食は摂ったが、腹の虫は大声で鳴いていた。
「うるせぇよ」
「失礼。でも自分ではどうしようもなく。魔法でなんとかしてくれますか?」
「くだらん魔法を求めるな」
第一そんな魔法はない、と前を歩くアリスは額に僅かに浮かべた汗を拭いながら言った。
今日は特に暑い。昨日までは結構涼しい顔をしていたアリスも、流石に暑さを感じているようだ。汗をかいている姿は初めて見た気がする。
「魔法と言えば、結局あの野獣、どうしてユズハちゃんにだけ見えたんですかね?」
グレンも後ろで顎から滴り落ちる汗を手の甲ですっと撫でた。
「分からんな。仮にあれが魔法で見えなくなっていたとして、ユズハだけに魔法が効かなかったとしか考えられない」
「で、でも、私、治癒魔法だってかけてもらってますし、魔法が効かないなんてこと」
「ああ。そんなのは聞いたこともない」
言い切ったアリスの声が、妙に低く感じた。
「あの場だけかからなかった、と考えるのが妥当ですかね」
「もしくは、ユズハだけ魔法をかけなかった」
「!」
あの魔法がが野獣の持つ能力ではなかった場合、それは確実に誰かが意図的にやったものだ。人体にかける魔法は高等なもの。そんな難しい魔法を使えるものが、一人だけかけ損ねるというミスを犯すだろうか。否、それも意図的だと考えた方が合理的だろう。
「何で私だけ?戦えないから見えても大丈夫と思ったんですかね」
「今の段階では何とも言えない。ただ、恐らく犯人は・・・魔族の血だろうな」
もしかしたら野獣が襲ってきたのも、故意的なものかもしれない。
柚葉もなんとなくは予想していたので、格段驚きはしなかったが、魔族の血と接触があるのを初めて聞いたグレンは、僅かに眉を顰めた。
「・・・また、厄介なのに目付けられましたね・・・」
「ホウライさんが言うにはモテ期だそうですから、仕方ないんです」
「モテるもの辛いね」
「全くです」
願わくばこんなところで人生三回しかないというモテ期を消費したくはなかったのだけれど、来てしまったものは仕方ない。誠意ある者は丁重に、強引な者には惨めな思いをさせて振ってしんぜよう。
乾燥でざらつく瞳を瞬きで潤し、鉛のような身体をよっこらせと持ち上げる。
一番最初に目に入ってきたのは、すぐ横で座ったまま頭を垂れるアリスだった。立てた片膝に腕と頭を置き、絶妙なバランスを保っていた。どこか崩してみたらどうなるだろうと好奇心に駆られたが、後が怖いので思い踏みとどまった。代わりに、その彫刻のような綺麗な顔に手を添える。
「ほう・・・作り物みたい・・・」
睫毛に僅かにかかる髪をそっと避け、時々アリスが柚葉にするように指の腹で頬を撫でる。そういえば、こうして彼の冷たい顔に触れるのは二回目な気がする。
(確かあの時は、アリスさんにひっくり返されて、短剣を―――・・・)
今や懐かしく思えるようになってしまった時の事を呑気に考えている場合ではなかった。アリスの頬に添えられた手はパシリと小気味いい音で握られ、そのままぐいっと引っ張られた。
「う、わ・・!」
え、デジャヴ?なんて記憶がよぎりながらも、身体はアリスの方へ倒れるように寄せられた。
無意識にきゅっと閉じた目を開けた時には、目の前にアリスの濃紺の瞳が柚葉を射抜いていた。
「襲うぞ」
「・・・っ!!?」
掃除機のコードを巻き取るようなスピードでアリスから距離を取ったが、握られた手はそのまま。自分の腕の長さより遠いところまでは行けなかった。
吸った息を吐き出すことが出来なくて、肺いっぱいに溜め込んだまま、固まってしまう。
アリスは獲物を捕えるような目を緩めると、柚葉の腕を引っ張って再び近くまで寄せた。
「熱は、下がったな」
「・・・う・・・、はい・・・」
アリスの長い指が柚葉の額から離れ、固まったままの柚葉をしばらく睨むと、ため息と共に腕も開放される。
「寝ているところにちょっかい出すなと言っただろ」
「・・・すみません。・・・でも、起きてたんじゃないですか?」
「半分な。お前が起き上がった時には起きてたよ」
「やっぱり!意地悪ですね!」
じゃあアリスが起きないようにとそっと触れる様子も、芸術品を見るような仕草も、たぬき寝入りして笑って見てたのか。
柚葉はなんだか恥ずかしくなって口を尖らし目を逸らす。
その様子を肩越しに見ながら、アリスはグレンを蹴って起こす。呑気にグーグー寝ているのが気に食わなかったようだ。
グレンは蹴られた腰を擦りながら、涙目で柚葉を見つける。
「あっ、ユズハちゃん、具合どう?」
「あ、もう平気です。ご迷惑おかけしました」
ぺこりと頭だけ下げると、グレンは安心したように息をついた。
「俺は何にもしてないよ。ずっと看てたのは殿下。元気になって良かったよ」
「ありがとうございます。アリスさんも・・・ありがとうございました」
そう。ずっとついていてくれていたから、柚葉が起きた時にすぐ横にいたことくらい、柚葉にも分かっている。高熱に魘されて目を覚ます度に、優しく頭を撫でて落ち着かせてくれたことをぼんやり覚えている。
身体をまるごと包まれたことも、夢ではないはずだ。
「・・・まだ本調子ではないだろ。あと少し休むか?」
「あ・・・いえ、大丈夫です。もう少しで砂漠抜けられるんなら、抜けた後にちゃんと休ませてもらえれば・・・」
一切触れてこようとしないアリスに、やはり夢だったのではないかと、柚葉は霞んでいた記憶を晴れさせようとした。
未だ残るアリスの強い力は、腕に残っている。そこに触れてみても、まだ感触を鮮明に思い出せた。
「じゃあそうしようか。殿下、少しペースを緩めながらでも進みましょう。ユズハちゃんの言う通り、ちゃんとしたところで休んだ方がいい」
「ああ」
非常にお腹は空いていたが、まだ喉が痛くて飲み込むのが辛く、思うように食べられない。朝食は摂ったが、腹の虫は大声で鳴いていた。
「うるせぇよ」
「失礼。でも自分ではどうしようもなく。魔法でなんとかしてくれますか?」
「くだらん魔法を求めるな」
第一そんな魔法はない、と前を歩くアリスは額に僅かに浮かべた汗を拭いながら言った。
今日は特に暑い。昨日までは結構涼しい顔をしていたアリスも、流石に暑さを感じているようだ。汗をかいている姿は初めて見た気がする。
「魔法と言えば、結局あの野獣、どうしてユズハちゃんにだけ見えたんですかね?」
グレンも後ろで顎から滴り落ちる汗を手の甲ですっと撫でた。
「分からんな。仮にあれが魔法で見えなくなっていたとして、ユズハだけに魔法が効かなかったとしか考えられない」
「で、でも、私、治癒魔法だってかけてもらってますし、魔法が効かないなんてこと」
「ああ。そんなのは聞いたこともない」
言い切ったアリスの声が、妙に低く感じた。
「あの場だけかからなかった、と考えるのが妥当ですかね」
「もしくは、ユズハだけ魔法をかけなかった」
「!」
あの魔法がが野獣の持つ能力ではなかった場合、それは確実に誰かが意図的にやったものだ。人体にかける魔法は高等なもの。そんな難しい魔法を使えるものが、一人だけかけ損ねるというミスを犯すだろうか。否、それも意図的だと考えた方が合理的だろう。
「何で私だけ?戦えないから見えても大丈夫と思ったんですかね」
「今の段階では何とも言えない。ただ、恐らく犯人は・・・魔族の血だろうな」
もしかしたら野獣が襲ってきたのも、故意的なものかもしれない。
柚葉もなんとなくは予想していたので、格段驚きはしなかったが、魔族の血と接触があるのを初めて聞いたグレンは、僅かに眉を顰めた。
「・・・また、厄介なのに目付けられましたね・・・」
「ホウライさんが言うにはモテ期だそうですから、仕方ないんです」
「モテるもの辛いね」
「全くです」
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