124 / 364
124 言葉の通じない夜の召喚と栄養ドリンク(王子視点)
しおりを挟むおやつと共に。
お盆の上に置かれた栄養ドリンクは二本。
おそらくは僕の分と彼女の分だ。
今の僕はちゃんと適量があるのを知っている。だから、飲むのは一本。自分の分だけ。
うーん! 効く!!
コレは疲れた時や、やる気を出したいときに飲むものだと鈴木さんが教えてくれた。つまりコレを用意してくれるということは、それだけ彼女も一緒にゲームを楽しんでくれているということだ。
そんなことに些細な幸せを感じていたら。消費されていく魔力量の変化を感じた。そして。
「王子、○○少し□□○○□が」
「※っ☆何て?」
「○っ!? 王子、言葉が」
「※っ!? 召喚主※言葉が」
なんと、言葉が中途半端に翻訳され出した。鈴木さんとの生活でも似たようなことがあった。あの時は、僕がアレコレやらかしたせいで信頼関係が失われ、言葉が通じなくなっていた。その後少しずつ信頼を取り戻していって、一時的にこんな状態になったことがあるのだ。
信頼度の変化。それに伴い見えてきた、三回目の召喚における自動翻訳の可能性。それだけお互いの信頼関係が増しているということだ。
その影響か、栄養ドリンクの影響か。この日の三回目の召喚は超☆楽しかった。
久しぶりのスーパーでの夜食選びに。
召喚主こだわりのお風呂の建設。
中途半端な翻訳がもどかしくて、いつもとはまた違った面白さがあった。
美味しい夜食を食べて、お腹いっぱいで。にもかかわらず栄養ドリンクのお陰か頭もスッキリ☆
……だったんだけど。途中、彼女が寝支度を始めたあたりから僕は少し落ち着かなくなった。
ああ……うん。ゲームに夢中になっていて気にしていなかったんだけど、シャワーの音とか聞こえていたな。
――で、気が付いたらいいニオイのする召喚主がパジャマ姿で一緒にゲームをしていた。僕と腕を組んだ定位置で。
薄いパジャマ。僅かに湿り気のある彼女の体温が栄養ドリンク効果でやたらハッキリしている僕の意識に入り込もうとしてくる。
いけない! 集中! ゲームに集中!!
助けを求めるようにセイレーンの魅了眼鏡をクイクイする度、ゲームへの集中度は増すけれど、何故か彼女から眼鏡への視線の集中も感じて落ち着かなさは消えてくれない。
え。なんだろう。これ。ご褒美? 拷問?
もしかしていつも彼女が乙女ゲームをやるたび眼鏡で邪魔をしてきたことに対する仕返しだろうか――判断に困る。
「王子、○□□、○っ○大きく○○」
「大きく……?」
ペチペチと組んでない方の手で僕の腕を叩きつつ、中途半端翻訳で何かを主張する召喚主。
よく分からない……が、コレは多分あれだ。アパート建設の時もそうだったけど、彼女は広い風呂にこだわりがある。きっと、浴槽を大きくしたいのだろう。
そう思ってその通り修正をしたら、彼女が頷きながら嬉しそうに笑っていて、僕まで嬉しくなった。石鹸の香りに落ち着かない思いをしながらの大浴場作り。視覚と嗅覚を刺激されながらの建築は現実とゲームの境界線があやふやになってきて、なんか、色々思うところはあるけれど、こうして少しずつ世界を広げて信頼関係を深めていくのは建設的……だと思う。
ゲームへの集中効果か、いつの間にか建設に没頭していたら、うとうとしていた彼女がそのまま僕に寄りかかってきた。接触部分がやたら温かい。
そういえば少し前から眠そうだった。幽閉されているだけの僕とは違い、早朝からバイトをしていた彼女は疲れているのだろう。そろそろ限界なのかもしれない。時間は……日付が替わる10分前。少し早いが切り上げるか。夏休みはもう一日あるのだから。明日の夜も召喚してもらいたいしな。
翻訳される言葉は限られる。
彼女になんて声をかけるべきか。考えていたら。
「お休み……」
と呟くような声が聞こえて鼓動が跳ねた。
誰かと就寝の挨拶を交わすことなんてもうないと思っていたのに。そうか。コレは翻訳されるのか。
すっかり寝息を立てている召喚主をベッドへ寝かすと、眩しさから逃れるように彼女は速攻でクマへと抱きついた。その光景につい、口元が緩む。
いつも夜の召喚はパジャマで過ごすけど、今日は夜食を買いに出かけたから僕はまだジャージのままだ。着てきたパジャマへと着替えると、僕は部屋の電気を消した。
くう、すう、と召喚主の心地よい寝息だけが真っ暗な部屋に響く。
そして――。
「お休み」
眠る彼女にそれだけ伝えて僕は塔へと帰った。
パジャマで伝える就寝の挨拶。
ごく自然なソレに落ち着かない心はいつの間にか消え去って。
――かすかに僕へと移った石鹸の香りに包まれながら――。
この日は穏やかな気持ちであっという間に眠りについたのだった。
45
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をされ、谷に落ちた女は聖獣の血を引く
基本二度寝
恋愛
「不憫に思って平民のお前を召し上げてやったのにな!」
王太子は女を突き飛ばした。
「その恩も忘れて、お前は何をした!」
突き飛ばされた女を、王太子の護衛の男が走り寄り支える。
その姿に王太子は更に苛立った。
「貴様との婚約は破棄する!私に魅了の力を使って城に召し上げさせたこと、私と婚約させたこと、貴様の好き勝手になどさせるか!」
「ソル…?」
「平民がっ馴れ馴れしく私の愛称を呼ぶなっ!」
王太子の怒声にはらはらと女は涙をこぼした。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?
咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。
※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。
※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。
※騎士の上位が聖騎士という設定です。
※下品かも知れません。
※甘々(当社比)
※ご都合展開あり。
悪役令嬢は高らかに笑う。
アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。
エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。
たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。
男爵令嬢に教えてもらった。
この世界は乙女ゲームの世界みたい。
なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。(話し方など)
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
【完結】深く青く消えゆく
ここ
恋愛
ミッシェルは騎士を目指している。魔法が得意なため、魔法騎士が第一希望だ。日々父親に男らしくあれ、と鍛えられている。ミッシェルは真っ青な長い髪をしていて、顔立ちはかなり可愛らしい。背も高くない。そのことをからかわれることもある。そういうときは親友レオが助けてくれる。ミッシェルは親友の彼が大好きだ。
婚約破棄までの七日間
たぬきち25番
恋愛
突然、乙女ゲームの中の悪役令嬢ロゼッタに転生したことに気付いた私。しかも、気付いたのが婚約破棄の七日前!! 七日前って、どうすればいいの?!
※少しだけ内容を変更いたしました!!
※他サイト様でも掲載始めました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる