魅了堕ち幽閉王子は努力の方向が間違っている

堀 和三盆

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124 言葉の通じない夜の召喚と栄養ドリンク(王子視点)

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 おやつと共に。
 お盆の上に置かれた栄養ドリンクは二本。

 おそらくは僕の分と彼女の分だ。

 今の僕はちゃんと適量があるのを知っている。だから、飲むのは一本。自分の分だけ。

 うーん! 効く!!



 コレは疲れた時や、やる気を出したいときに飲むものだと鈴木さんが教えてくれた。つまりコレを用意してくれるということは、それだけ彼女も一緒にゲームを楽しんでくれているということだ。

 そんなことに些細な幸せを感じていたら。消費されていく魔力量の変化を感じた。そして。


「王子、○○少し□□○○□が」

「※っ☆何て?」

「○っ!? 王子、言葉が」
「※っ!? 召喚主※言葉が」


 なんと、言葉が中途半端に翻訳され出した。鈴木さんとの生活でも似たようなことがあった。あの時は、僕がアレコレやらかしたせいで信頼関係が失われ、言葉が通じなくなっていた。その後少しずつ信頼を取り戻していって、一時的にこんな状態になったことがあるのだ。


 信頼度の変化。それに伴い見えてきた、三回目の召喚における自動翻訳の可能性。それだけお互いの信頼関係が増しているということだ。

 その影響か、栄養ドリンクの影響か。この日の三回目の召喚は超☆楽しかった。


 久しぶりのスーパーでの夜食選びに。
 召喚主こだわりのお風呂の建設。


 中途半端な翻訳がもどかしくて、いつもとはまた違った面白さがあった。

 美味しい夜食を食べて、お腹いっぱいで。にもかかわらず栄養ドリンクのお陰か頭もスッキリ☆

 ……だったんだけど。途中、彼女が寝支度を始めたあたりから僕は少し落ち着かなくなった。


 ああ……うん。ゲームに夢中になっていて気にしていなかったんだけど、シャワーの音とか聞こえていたな。
 ――で、気が付いたらいいニオイのする召喚主がパジャマ姿で一緒にゲームをしていた。僕と腕を組んだ定位置で。


 薄いパジャマ。僅かに湿り気のある彼女の体温が栄養ドリンク効果でやたらハッキリしている僕の意識に入り込もうとしてくる。

 いけない! 集中! ゲームに集中!!

 助けを求めるようにセイレーンの魅了眼鏡をクイクイする度、ゲームへの集中度は増すけれど、何故か彼女から眼鏡への視線の集中も感じて落ち着かなさは消えてくれない。

 え。なんだろう。これ。ご褒美? 拷問?

 もしかしていつも彼女が乙女ゲームをやるたび眼鏡で邪魔をしてきたことに対する仕返しだろうか――判断に困る。


「王子、○□□、○っ○大きく○○」
「大きく……?」


 ペチペチと組んでない方の手で僕の腕を叩きつつ、中途半端翻訳で何かを主張する召喚主。

 よく分からない……が、コレは多分あれだ。アパート建設の時もそうだったけど、彼女は広い風呂にこだわりがある。きっと、浴槽を大きくしたいのだろう。

 そう思ってその通り修正をしたら、彼女が頷きながら嬉しそうに笑っていて、僕まで嬉しくなった。石鹸の香りに落ち着かない思いをしながらの大浴場作り。視覚と嗅覚を刺激されながらの建築は現実とゲームの境界線があやふやになってきて、なんか、色々思うところはあるけれど、こうして少しずつ世界を広げて信頼関係を深めていくのは建設的……だと思う。


 ゲームへの集中効果か、いつの間にか建設に没頭していたら、うとうとしていた彼女がそのまま僕に寄りかかってきた。接触部分がやたら温かい。

 そういえば少し前から眠そうだった。幽閉されているだけの僕とは違い、早朝からバイトをしていた彼女は疲れているのだろう。そろそろ限界なのかもしれない。時間は……日付が替わる10分前。少し早いが切り上げるか。夏休みはもう一日あるのだから。明日の夜も召喚してもらいたいしな。

 翻訳される言葉は限られる。
 彼女になんて声をかけるべきか。考えていたら。


「お休み……」

 と呟くような声が聞こえて鼓動が跳ねた。


 誰かと就寝の挨拶を交わすことなんてもうないと思っていたのに。そうか。コレは翻訳されるのか。


 すっかり寝息を立てている召喚主をベッドへ寝かすと、眩しさから逃れるように彼女は速攻でクマへと抱きついた。その光景につい、口元が緩む。

 いつも夜の召喚はパジャマで過ごすけど、今日は夜食を買いに出かけたから僕はまだジャージのままだ。着てきたパジャマへと着替えると、僕は部屋の電気を消した。

 くう、すう、と召喚主の心地よい寝息だけが真っ暗な部屋に響く。

 そして――。


「お休み」


 眠る彼女にそれだけ伝えて僕は塔へと帰った。

 パジャマで伝える就寝の挨拶。
 ごく自然なソレに落ち着かない心はいつの間にか消え去って。

 ――かすかに僕へと移った石鹸の香りに包まれながら――。

 この日は穏やかな気持ちであっという間に眠りについたのだった。




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