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131 先輩がおかしい
しおりを挟む「ルカ……ッ!!」
声のかけられた方へと目をやると、視界に見慣れた真っ黒い塊が見えた。季節感ガン無視の真っ黒いローブを纏った先輩だ。
危なげなく一定のスピードで人波を縫うように近づいてくるその姿は不自然極まりないのに何故か周囲に溶け込んでいる。
あ、先輩お久しぶりです。夏休みの集中講義以来ですね――と声をかけようとして。
声を発する前に視界が闇に閉ざされた。
気が付いたら先輩のローブの内側に入ってた。
何故だか抱きしめられている。
「ちょちょちょ、先輩……!?」
後期の授業が始まって。いつも通り早朝バイト後に予定していた講義を受けた後、午後の講義に備えて学食へと向かう途中、突然先輩に捕まった。物理的に。
両腕でガッシリとローブの中へと抱え込まれて動けない。
こんな往来でいきなり何をするのか。まるで人目を気にせずいちゃつくバカップルみたいじゃないか。恥ずかしい。
……そうは思うものの、先輩は意味もなくこんなことをするような人ではない。何かしらの理由があるはずだ。一見バカップルのような行動だけど、私は先輩の彼女でも、乙女ゲームの主人公でもないのだし。
王子や3番目のお兄ちゃんほどではないけれど、先輩は先輩で背が高い。ってか、私が小さいせいで大概の人は男女問わず私より大きい人扱いになるんですけどね――というわけでローブに視界を遮られちゃうと何も見えなくて慌てそうになる。
しかし、先輩が異常行動を取っている以上、私まであわてちゃいけない。落ち着け、自分。よし落ち着いた。
そして冷静に考える。どうしてこんな状況になったのか。
今までに似たような状況はなかったか。
……何かこれってあれみたいだな。3D酔いして王子の横でお昼寝してたらクマと間違われてしがみつかれたヤツ。
……あ、そうか。
あの時王子はお昼寝中で寝ぼけていた。そして、今は午前中。
完全夜型人間の先輩がこんな時間に大学に来ているのはおそらく時間割のせいだろう。取りたい講義が午前中にあたっちゃったのか。慣れない早起きで講義中に居眠りでもして寝ぼけているに違いない。
考えてみれば夏休みに一緒に受講した集中講義でも眠そうだった。ってか、モロに寝てた。
答えが出たな。よし、解決!
理由さえ分かってしまえば異常行動でもなんでもない。震える体と縋りついてくる腕からすると、怖い夢でも見たのかもしれない。
あーよしよし。分かるよー。分かりますよー。
昨日、私も金縛りっぽいの初体験しちゃったしね。
あれは正直怖かった。
寝ているとき喉が自由にならなくて、工夫しないと言いたい言葉すら言えなかった。何故だか『腹黒さん』のひと言が言えなかったのだ。ひと眠りして、朝になったら言えたけど。
とりあえず様子のおかしい先輩を落ち着かせようと、ローブの中で手探りでよしよしと優しく背中を擦ると先輩がピクリと反応した。おっ、目が覚めたようだ。
先輩の腕が緩んだ隙にローブの中から抜け出すと途端に日差しに照らされ暑い。
時間はお昼前。午前中の講義が終わったばかりの今、学食へと続くこの道は人通りが多い。
事情を知らない人間が見たらただのバカップル扱いだろうなと危惧していたのに、人々の視界からは外れている。おかげで冷たい視線に晒されることはなかった。
え。なにこれ。私だったら興味深々でジックリ見ちゃうのに。驚くほど存在をスルーされている。
まあ、先輩はともかく、私はごく普通の外見だしな。見るほどの価値もないのだろう。それに昼前だから皆お昼ごはんのことで頭がいっぱいなのかもしれない。
かくいう私もさっきまでうどんのことしか考えていなかった。王子とゲーム内で学食を再現してから食べたくて仕方なかったのだ。
たぬきにしようか、きつねにしようか。思い切ってカレーにしようか。でも今日の服装では危険じゃないか。
そんなことを考えていたところに先輩に文字通り捕まった。
――そして。
ローブから解放された私は、心配そうにこちらを見る先輩の、汚れ一つない眼鏡から覗くやや切れ長の目を見て決めた。
よし、きつねうどんにしよう――と。
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