魅了堕ち幽閉王子は努力の方向が間違っている

堀 和三盆

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195 先輩の決断(先輩視点)

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 最初は順調だった。

 ルカも大学ではオカルト研究会へと入ってくれたし、ローブを渡すことにも成功した。

 偶然を装って共に学食で食事を摂れるようになったし、その度自然に俺の魔力を分け与えたことで俺の認識阻害能力がアイツにも影響を与え、大学で余計な人間関係が広がることもなかった。
『幽霊部員でいいから』と勧誘したのでサークルの奴らとの交流が深まることもない。

 結果、ルカは俺だけを頼ってくれたし、俺自身、アイツといることでごく自然な大学生活を楽しむことが出来ていた。

 途中、何故か遭遇率が減って焦ったが、学年が上がるころには再び接触できたし、夏休みには共に集中講義を受けることも出来た。モーニングコールまでかけて貰えた。

 誰にも認識されない昏い夜から救い出すようなコール音に、声に、どれだけ俺の魂が揺さぶられたか。
 朝、あれほどまでに起きるのが楽しいと感じたのは初めてだった。


 でも――それと同時に、いつの間にかアイツに俺の知らない人間関係が出来ているのを知った。


『鈴木さん』


 何かにつけてルカから自然と出てくるその名前に心当たりはない。おかしい。俺は、ルカの人間関係は知り尽くしていたはずなのに。

 どうやら、遭遇率が減っている時期に出会ったようだ。

 本来ならあり得ない筈だが――一つだけ可能性があった。

 遭遇率が減ったのは割と初期だった。俺はアイツの兄に警戒されているみたいだから、食事の際に盛る魔力はごく少量の気付かれない程度に抑えていた。

 俺の魔力が俺をはじくことはないから、考えられるのは――相手も俺と同じような魔力持ちということだ。


 アイツが『鈴木さん』と出会ったという時期と、俺がアイツから排除され出した時期が被っているから恐らく間違いはないだろう。事実、夏休みの集中講義のあとアイツをケーキ屋に連れ出したときに、携帯の着信に微量な魔力を感じたし。

 こちらの世界でも、多く魔力を持って産まれる者がいる。例え魔力が上手く使えずとも、そういう者は勘が鋭かったり、目端が利いたり、何かしらで恩恵を受けるものだ。

 誰もが多かれ少なかれ魔力を持っているのだから不思議な話ではない。……ルカを除けば、だが。


 最初はこんな少量の魔力で……? と不思議だったが、魔力の痕跡など、力が強ければ誤魔化せる。そして、アイツが俺以外の魔力の影響を受けると――俺の認識阻害スキルが自然に発動して俺はアイツから切り離されてしまう。

 ……そんなことは許せない。

 高校を卒業し、アイツから切り離された一年間は心に穴が空いたようだった。大学で新しい居場所は出来たけれど、あの、眼鏡越しに遠慮なくジロジロと目を合わせてくる感覚がどうしても忘れられない。

 あの一年間、連絡が取れなかったのはおそらくルカの兄の影響だ。高校時代、確かに俺はやりすぎた。だから、それは受け入れた。

 来るべき日に備え、一針一針魔法陣を完成させていくことで孤独に耐えた。

 大学の入学式前。アイツの引っ越しを見守っていて、兄妹の仲の良い様子につい苛立って、アパートの壁を叩いてしまったのは反省している。

 その件が勘の鋭いあの兄にバレていないとも限らない。警戒をされている以上、慎重に慎重を期すべきだ。
 また排除されては堪らないとアイツが一年の間は自重した。――それなのに。

 ちょっと油断をしただけでこれだ。

 例え兄でも、乙女ゲームでも、俺以外の誰かをあの目で見るのは許せない。知らない第三者となれば尚更だ。

 アイツは、俺だけを見ていればいいのに。


 大学祭の打ち合わせ中に、偶然相手の男を見た。


 ――いや、完全に偶然とは言い切れないか。アイツの行動範囲をうろつけばたとえ邪魔が入っていても遭遇率が上がるから、俺がサークルの奴らに頼み込んだ。

 アイツは兄弟が多いから、そのどれか……と思いたかったが違うようだ。アイツの兄に眼鏡をかけたのはいないから、おそらくあれが『鈴木さん』で間違いないだろう。

 何を話しているのかは分からない。でも、一見兄弟かと思ってしまうほど打ち解けていた。アイツは危機感が働かない割に、そういうところは警戒心が強いのに。

 アイツの好きそうな生真面目そうな眼鏡の男。しかも一緒に食事をし、お土産まで買ってもらうくらいに気を許している。そういうのは俺の役割だったのに……!!


 焦った俺は予定を早めることにした。本当は大学生活のすべてをかけて、アイツをこちら側に取り込むつもりだったけど、こうなってはのんびりしてはいられない。

 ただでさえ余計な兄が邪魔をして来るんだ。これ以上の妨害が入る前に、俺と切り離せなくしなくては。


 こちら側へと引きずり込むのは簡単だ。本来は相手の同意が必要だけれど、そこは後からどうにでもなる。

 嫌がるかもしれないが――俺達の持つ能力の秘密の共有さえ進めてしまえば、例え他人だろうとも制約をもってこちら側へと引きずり込める。俺が幼い頃から感じてきたような寂しい思いをさせるのは忍びないが――その分、俺が大事にするから。

 アイツが手に入るのなら、どんな責任だって取って見せるから。


 そう思って準備を進めたけど、大学祭のためとはいえ、一緒にサークル活動をするうちに迷いが出た。

 俺の恋愛絡みで馬鹿な誤解をしているのは屈辱だが、警戒心なく俺の用意する魔力入りの食事を口にするルカ。お菓子一つ一つに直接魔力を盛りながらアイツの口に放り込むのはクセになりそうだった。

 アイツの器が俺の魔力で満たされていると思うとそれだけで安心出来た。これで、誰にも邪魔は出来ないはずだ。例え独り占めは出来なくても――こうやって、みんなで終わらないサークル活動を続けるのも楽しいかもしれない。ついつい、アイツに盛る魔力の量が増える。

 無理に仲間に引きずり込んで拒絶されるかもしれないリスクを負うよりは、今まで通りごく自然に、普通の生活を送りながらたまにひょっこりとコチラ側へ入ってきてくれることで満足するべきなのかも――。


 そんな風にも考えたが。翌日になるとあれほど満たした器に俺の魔力は残っていなかった。

 たった一晩で。どうやって。


 そうしたら、案の定『鈴木さん』と会ったという。


 見かけたときはそんなに強い魔力は感じなかったが、それこそが俺を油断させるための罠だったのかもしれない。思い返してみれば、集中講義のあの日、『鈴木さん』のメールからは僅かに俺を排除するような力が感じ取れた。

 かつてルカの兄が俺を排除したように。今度はあの男が俺を排除するつもりなのかもしれない。そして、俺に成り代わろうとしている……?

 そんなことは許さない。親鳥のように、ルカに生きるのに必要なモノを与えるのは俺の役目だ。そして、俺から生涯離れられなくなればいい。

 俺が全部責任を取るから――。

 だから。


 今日、俺は全てを話そうと思う。理解できなくても、信じられなくても、聞かせてしまいさえすればこっちのものだ。

 一生をかけて説得するから。どうか、俺の話に耳を傾けて欲しい。




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