【完結】昭和アイドル好きの悪役令嬢、中途半端ぶりっこヒロインが許せないのでお手本を見せる

堀 和三盆

文字の大きさ
10 / 27
番外編

9 ラストステージ

しおりを挟む

 婚約破棄の後。そのまま警護のために気配を消して彼女に付き添い、部屋に入った。
 ドレスを脱ぎ、着替えを済ませると、彼女は「一人にしてほしい」とメイド達を下がらせた。

 彼女は周囲に人が居ないのを確認すると、大きな声で泣き始めた。

「エーン、エーン☆」
 両手をくの字にして目じりに当てて、可愛らしく泣いている。俺が選んで彼女が決めた、「可愛らしい泣き方・ぶりっこバージョン」だ。

 流石に、十年以上連れ添った婚約者から婚約破棄を受けたのだ。思うところがあるのだろう、そう思ったが。
 よく見ると涙は出ていない。

 おかしいな、そう思い観察を続けていると、鏡に向けて何やら改良を始めた。

 目じりに涙を溜めて潤ませて。口元を握りこんだ手で隠す。
 そして。

「グスン☆」 

「ぶっふぅ!」

 相変わらずの奇行に吹き出した。


「王家の影さん? 貴方に吹き出されるのは二回目ね」

「……泣いているかと。意外と元気そうだな」
「……!」

 俺の返答に、モモリー様は心底驚いていた。
 目を見開いて、開けた口を軽く開いた手で隠す。安定の「驚きの表現・ぶりっこバージョン」だ。
 ただし、いつもより大口を開けているので驚きの程度が分かる。とても自然で、いい表情だ。

「トン」

 思うと同時に自然と人差し指の先で机を叩いていた。一回は「いいね!」の合図だ。十年以上、モモリー様の影として行動を共にするうちに、すっかり身についてしまった癖だ。既に体が覚えてしまっているので、自然と評価を下してしまう。

 それを聞き取ったのか、モモリー様の表情がふっと柔らかくほころんだ。

「もう、離れたと思っていたわ。婚約破棄されて、王太子の婚約者じゃなくなったから」
「……日付で管理されているから。今日までは、お前の影だ」

 気が付けば、自然と会話を返していた。いつもは音のみの会話なので、考えてみれば初めてかもしれない。

「貴方の声を聞いて分かったわ。ありがとう。パーティーで、こっそり手助けしてくれていたでしょう。貴方のお陰で盛り上がったわ。十年間の自主トレの集大成よ。長い間ありがとう。……貴方も大変ね、最後の最後まで24時間勤務だなんて」

 どうやら声で気が付かれてしまったようだ。本来なら余計なことはするべきではないし、こうして声を聞かせるのもよくない。しかし、撤退命令が出た以上、今を逃すと機会がない。明日には記憶が封印されてしまう。だからどうしても、全てを覚えているうちに伝えておきたいことがあった。

「一日の終わりに、俺だけのステージがあったから耐えられた。まあ、明日には俺の記憶は消されるけど」

 ああ、良かった。言えた。明日には伝えたことすら忘れてしまうけど、どうしても言いたかった。
 本来は声すら聴かせるべきではないが、きっと、モモリー様は誰にも言わない。だから、大丈夫。脅しから始まった妙な関係だったが、なぜだかそんな、絶対的な信頼感があった。
 恐らくこれも、この十一年間で築き上げたものだろう。

「そうなの。じゃあさ、最後に姿見せてくれない? 失敗したことも忘れちゃうんだから問題ないでしょ?」

 一瞬悩んだが――それもそうか、と認識阻害の魔法を解いた。補助魔道具はつけているので顔の認識はできないだろうが、これで姿は見えるようになったはずだ。

 モモリー様は興味深そうに。上から下まで流れるように見ると。

「修道院に行ったら、最初のうちは自由にやれないだろうから。最後まで悪いけど、今日は退職金がわりに、私の歌とダンス見てくれる?」

 そんな嬉しいことを言ってきた。自然と「トン」と、指が動く。



「日付が変わるまで、か。あまり時間がないわね。どれにしようかしら……。でも、悩んでる時間も勿体ないわ。よし、今日は「メドレー」にしましょう!」

 そう言うと、サッと椅子を用意して俺を座らせた。そして、時間を惜しむように歌いだした。

 童謡。季節の歌。元気を出させるような応援ソングや、甘酸っぱい恋の歌。そして、ほんのり寂しい失恋ソング。

 一曲一曲が少しずつ短くなっていて、自然と次の曲へと繋がっていく。

 まるで、警護に就き始めてから今までの、記憶をたどるようだった。

 ああ、小さい頃はよく童謡を歌っていたな。季節の変わり目に時節に合ったものを楽しげに歌って。王太子妃教育に疲れた日や、襲撃があった日などは自分や俺を元気づけるような応援ソングを。年頃になってくると恋の歌。浮気の噂が流れる頃には失恋ソングをよく歌っていたっけ。

 退職金がわりの最後の舞台を頭に刻み込もうとして――やめた。どうせ記憶は消されてしまう。
 ならばいっそ――と、何も考えずに。

 今、この時を。目の前のステージを、力の限り楽しんだ。



「今日は聞いてくれてありがとー!! よし、何とか間に合った。最高のアイドルごっこだったわ。今まで、今日まで見守ってくれてありがとう。これで、思い残すことは……あっ、そうだ。一つだけ、実現できてないアイドルごっこがあったんだ」

 やり切った、清々しい笑顔で、モモリー様が近寄ってくる。それを、椅子から立ち上がって出迎えた。すると。少し照れたように右手を差し出してきた。

「握手会ごっこ。影さん姿が見えないから、これだけはどうしても、今まで出来なかったの」

 でも、今なら――そんな言葉に吸い寄せられるように自分も右手を差し出した。

 護衛対象と触れ合うことなど一度もなかった。少しだけドキドキして――けれど、その手が触れ合う前に。

 日付が変わって俺は回収された。



 仕事が終了した。



 そして、記憶を失った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

王太子が悪役令嬢ののろけ話ばかりするのでヒロインは困惑した

葉柚
恋愛
とある乙女ゲームの世界に転生してしまった乙女ゲームのヒロイン、アリーチェ。 メインヒーローの王太子を攻略しようとするんだけど………。 なんかこの王太子おかしい。 婚約者である悪役令嬢ののろけ話しかしないんだけど。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。 ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの? 昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに! どうしてこうなったのか、誰か教えて! ※アルファポリスのみの公開です。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。

水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。 しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。 マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。 当然冤罪だった。 以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。 証拠は無い。 しかしマイケルはララの言葉を信じた。 マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。 そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。 もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。

【完結】悪役令嬢な私が、あなたのためにできること

夕立悠理
恋愛
──これから、よろしくね。ソフィア嬢。 そう言う貴方の瞳には、間違いなく絶望が、映っていた。  女神の使いに選ばれた男女は夫婦となる。  誰よりも恋し合う二人に、また、その二人がいる国に女神は加護を与えるのだ。  ソフィアには、好きな人がいる。公爵子息のリッカルドだ。  けれど、リッカルドには、好きな人がいた。侯爵令嬢のメリアだ。二人はどこからどうみてもお似合いで、その二人が女神の使いに選ばれると皆信じていた。  けれど、女神は告げた。  女神の使いを、リッカルドとソフィアにする、と。  ソフィアはその瞬間、一組の恋人を引き裂くお邪魔虫になってしまう。  リッカルドとソフィアは女神の加護をもらうべく、夫婦になり──けれど、その生活に耐えられなくなったリッカルドはメリアと心中する。  そのことにショックを受けたソフィアは悪魔と契約する。そして、その翌日。ソフィアがリッカルドに恋をした、学園の入学式に戻っていた。

処理中です...