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番外編
9 ラストステージ
婚約破棄の後。そのまま警護のために気配を消して彼女に付き添い、部屋に入った。
ドレスを脱ぎ、着替えを済ませると、彼女は「一人にしてほしい」とメイド達を下がらせた。
彼女は周囲に人が居ないのを確認すると、大きな声で泣き始めた。
「エーン、エーン☆」
両手をくの字にして目じりに当てて、可愛らしく泣いている。俺が選んで彼女が決めた、「可愛らしい泣き方・ぶりっこバージョン」だ。
流石に、十年以上連れ添った婚約者から婚約破棄を受けたのだ。思うところがあるのだろう、そう思ったが。
よく見ると涙は出ていない。
おかしいな、そう思い観察を続けていると、鏡に向けて何やら改良を始めた。
目じりに涙を溜めて潤ませて。口元を握りこんだ手で隠す。
そして。
「グスン☆」
「ぶっふぅ!」
相変わらずの奇行に吹き出した。
「王家の影さん? 貴方に吹き出されるのは二回目ね」
「……泣いているかと。意外と元気そうだな」
「……!」
俺の返答に、モモリー様は心底驚いていた。
目を見開いて、開けた口を軽く開いた手で隠す。安定の「驚きの表現・ぶりっこバージョン」だ。
ただし、いつもより大口を開けているので驚きの程度が分かる。とても自然で、いい表情だ。
「トン」
思うと同時に自然と人差し指の先で机を叩いていた。一回は「いいね!」の合図だ。十年以上、モモリー様の影として行動を共にするうちに、すっかり身についてしまった癖だ。既に体が覚えてしまっているので、自然と評価を下してしまう。
それを聞き取ったのか、モモリー様の表情がふっと柔らかくほころんだ。
「もう、離れたと思っていたわ。婚約破棄されて、王太子の婚約者じゃなくなったから」
「……日付で管理されているから。今日までは、お前の影だ」
気が付けば、自然と会話を返していた。いつもは音のみの会話なので、考えてみれば初めてかもしれない。
「貴方の声を聞いて分かったわ。ありがとう。パーティーで、こっそり手助けしてくれていたでしょう。貴方のお陰で盛り上がったわ。十年間の自主トレの集大成よ。長い間ありがとう。……貴方も大変ね、最後の最後まで24時間勤務だなんて」
どうやら声で気が付かれてしまったようだ。本来なら余計なことはするべきではないし、こうして声を聞かせるのもよくない。しかし、撤退命令が出た以上、今を逃すと機会がない。明日には記憶が封印されてしまう。だからどうしても、全てを覚えているうちに伝えておきたいことがあった。
「一日の終わりに、俺だけのステージがあったから耐えられた。まあ、明日には俺の記憶は消されるけど」
ああ、良かった。言えた。明日には伝えたことすら忘れてしまうけど、どうしても言いたかった。
本来は声すら聴かせるべきではないが、きっと、モモリー様は誰にも言わない。だから、大丈夫。脅しから始まった妙な関係だったが、なぜだかそんな、絶対的な信頼感があった。
恐らくこれも、この十一年間で築き上げたものだろう。
「そうなの。じゃあさ、最後に姿見せてくれない? 失敗したことも忘れちゃうんだから問題ないでしょ?」
一瞬悩んだが――それもそうか、と認識阻害の魔法を解いた。補助魔道具はつけているので顔の認識はできないだろうが、これで姿は見えるようになったはずだ。
モモリー様は興味深そうに。上から下まで流れるように見ると。
「修道院に行ったら、最初のうちは自由にやれないだろうから。最後まで悪いけど、今日は退職金がわりに、私の歌とダンス見てくれる?」
そんな嬉しいことを言ってきた。自然と「トン」と、指が動く。
「日付が変わるまで、か。あまり時間がないわね。どれにしようかしら……。でも、悩んでる時間も勿体ないわ。よし、今日は「メドレー」にしましょう!」
そう言うと、サッと椅子を用意して俺を座らせた。そして、時間を惜しむように歌いだした。
童謡。季節の歌。元気を出させるような応援ソングや、甘酸っぱい恋の歌。そして、ほんのり寂しい失恋ソング。
一曲一曲が少しずつ短くなっていて、自然と次の曲へと繋がっていく。
まるで、警護に就き始めてから今までの、記憶をたどるようだった。
ああ、小さい頃はよく童謡を歌っていたな。季節の変わり目に時節に合ったものを楽しげに歌って。王太子妃教育に疲れた日や、襲撃があった日などは自分や俺を元気づけるような応援ソングを。年頃になってくると恋の歌。浮気の噂が流れる頃には失恋ソングをよく歌っていたっけ。
退職金がわりの最後の舞台を頭に刻み込もうとして――やめた。どうせ記憶は消されてしまう。
ならばいっそ――と、何も考えずに。
今、この時を。目の前のステージを、力の限り楽しんだ。
「今日は聞いてくれてありがとー!! よし、何とか間に合った。最高のアイドルごっこだったわ。今まで、今日まで見守ってくれてありがとう。これで、思い残すことは……あっ、そうだ。一つだけ、実現できてないアイドルごっこがあったんだ」
やり切った、清々しい笑顔で、モモリー様が近寄ってくる。それを、椅子から立ち上がって出迎えた。すると。少し照れたように右手を差し出してきた。
「握手会ごっこ。影さん姿が見えないから、これだけはどうしても、今まで出来なかったの」
でも、今なら――そんな言葉に吸い寄せられるように自分も右手を差し出した。
護衛対象と触れ合うことなど一度もなかった。少しだけドキドキして――けれど、その手が触れ合う前に。
日付が変わって俺は回収された。
仕事が終了した。
そして、記憶を失った。
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