【完結】昭和アイドル好きの悪役令嬢、中途半端ぶりっこヒロインが許せないのでお手本を見せる

堀 和三盆

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番外編

10 兄視点

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 そんなに仕事がつらかったのか――。

 召喚魔法で戻るなり。まるで報酬を催促するかのように手を差し出してきた弟の姿を見て、兄である私はそう思った。


 十一年前。王太子の婚約者となった公爵令嬢の影として、最年少の7歳で任務に就くことになったこの年の離れた末の弟を私は心配していた。側近兼、学友として学園内での警護も担う表の仕事としてならばその年齢も珍しくはないが、裏である影としては初めてだ。影の仕事始めは通常10歳。それまでの影としての最年少は私で、初任務が8歳。それでも9歳に近かったから、この年齢がいかに早いかが分かる。基本、この仕事に就く者は護衛を離れるときに警護対象者の記憶を封印されるが、それは全員じゃない。長になるべく育てられた私は、全ての記憶が残っている。一人ぐらいは全ての仕事を把握している人間がいないとまずいからだ。

 ただでさえ、この記憶をいじる魔術は頭への負担が大きい。記憶を消すことを前提に考えれば、生涯で警護に就けるのは2~3人が限度だろう。

 そんな仕事に、僅か7歳の子供を送り出すことに抵抗がなかったわけじゃない。しかし、どうにかしてやりたいと思いながらも当時の私には力がなかった。兄として、仕事に対しての心構えをアドバイスしてやるくらいしかしてやれなかった。
 久々に見る弟の顔は記憶の中の幼いものではなく、すっかり大人になっていた。召喚直後、縋るような表情をしていたのに、私と目が合うなり表情をなくしてしまった。突然解放されたので戸惑っているのだろうか。まあ、長年影の仕事をしていれば当然か。あれは相当きついから。全てを覚えている私にはつらさが分かる。
 だから、せめて。

「大丈夫、つらい仕事の記憶はすぐ消してやるからな」

 弟の顔が、くしゃり、と歪んだ。

 任務中は顔を認識させないような補助魔道具を付けているが、同じ補助魔道具を付けている者同士には効果がない。だから、私には傷ついたような弟の顔がしっかりと見えている。
 影は感情を制御されて育つから、ここまで表情が出るということは、よほどつらいことがあったに違いない。

 治療台に弟を寝かせると、安全に記憶を消すため、催眠状態へと誘導していく。

『消す』と言っても、完全に消し去る訳じゃない。それでは経験や知識が残らないから都合が悪い。そういった情報を残しながらも、警護対象に関する事だけ思い出せないように制御をかける、と言った方が近いだろうか。かけ方が甘いと思い出してしまうことがあるらしい。こんなにつらそうな顔をしているくらいだ。せめて、思い出さないようにしっかりと丁寧に時間をかけて封印してやろう。

 それこそ、うっかり警護対象と再会しても解けないくらいにしっかりと。

 通常、記憶の封印を行った後は記憶の定着をさせるため一週間程度の休みを取らせてから次の任務に移すのだが、かなりしっかりめに封印するから、念のため一カ月くらいは休ませよう。

 これだけやれば、よほどぺらぺらと関わった仕事内容や機密をしゃべりまくる奴にでも会わない限り記憶が戻ることはないだろう。安心させるように、意識を失っている弟に優しく語り掛けた。

「大丈夫。目が覚める頃には警護対象のことはキレイさっぱり忘れているよ」

 目を閉じた弟の目から、涙がこぼれた。


 うん。きっと安心したんだな!




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