【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆

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2 母の死

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 落ち込んだ僕を慰める為、母が妻のシェルタが嫁いできた日に用意したご馳走を再現してくれた。その様子に少しだけ僕の心が浮上した。


(ああ……そうだ、あの日はとても幸せだった。久しぶりに会うシェルタもとても美しくて)


 妻のシェルタは隣国の海に面した国の出身だ。国境線を隔てた侯爵家同士、山間の国で貿易業を営む僕の家とは政略的に結ばれた婚姻だった。

 まだあまり道路も整備されていなかったことから直接会える機会は少なかったが、それでも婚約者となったシェルタとは小さい頃から手紙で交流を続け、恋愛的な面でも固く結ばれていたと言っていい。

 けれど、海の国と山の国では文化も食も何もかもが違う。特に、魚といえば干物か焼いたものが主流の我が国と違って、新鮮な海の幸に恵まれた隣国では生の魚を食すのだと知った時には驚いた。僕はどうしても口にすることが出来なかったが、シェルタはこの生の魚が大好きだった。

 そんな話を母親にしたのを覚えていたのだろう。妻を迎える日、食卓の上には見様見真似で作った生の魚料理が並んでいた。見た目はとても美しい。でも。


『ありがとうございますお義母様。こんなに歓迎してくださって。でも、ごめんなさい。川のお魚はき……生で食べるのには向かないと言うか、その、処理の仕方が難しいと言うか……お気持ちだけいただきますわ。とても嬉しいです』


 と言って、妻は手を付けなかった。それを思い出して笑みがこぼれる。あの頃は妻も母への気遣いが出来ていた。海の魚と違い川の魚には寄生虫の問題があるのは聞いていたが、流石に食卓の場で話すべきではないと考えたのだろう。
 その辺に触れないように気を付けながら、一生懸命母親に感謝を伝える姿が可愛らしかった。


「……あの時のことを思い出したよ」

「!! でしょ!? そうよね、あの子ったら、料理に手も付けないで」

「ああ。川の魚の多くには寄生虫が居るからね。気持ちの悪い話題に触れないように気を付けながら、一生懸命母上への感謝を伝える様子が可愛らしくて」

「――寄生虫?」


 思い出話のついでに詳しく説明をしたら、流石に食事する場に相応しくない話題だったのか、母は口元を押さえて真っ青になっていた。


「――はは。妻はきちんと配慮できていたのに僕ときたら。すいません、母上」


 僕の言葉が聞こえているのかいないのか。
 大きく肩を震わせて。そんな、では、あれは……とかぶつぶつ呟きながら、食事時には向かない話のせいで気持ちが悪くなってしまったらしい母は一人食堂を後にした。


 それから三カ月後。今度は母が亡くなった。




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