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4 隠された日記帳
しおりを挟む帰国したときにも思ったが妻の部屋には物がない。流行病ということでそのほとんどが処分されてしまったのかもしれない。
それでも僕が旅先から送ったお土産は全てキレイに残されていた。
ああ、これは妻に似合うと思って贈った帽子。これは貝殻のブレスレット。絵葉書や観劇した際のパンフレットなんかもある。美しい街並みや舞台に涙した感動を妻と分かち合いたいと思って贈った品物だ。
大した金額の物ではない。
こんなガラクタでも少しは妻の心を慰められただろうか。
そんなことを考えながら、箱に詰めていった。
本来ならこんなことは使用人にでもやらせるべきなのだろうが、こうでもしないと妻の死を受け入れられなかった。
帰国したときには既に埋葬まで済んでいて、どうしても妻を喪ったという実感が持てないのだ。その為、こうして妻の生前の痕跡を処分していくことで、僕なりの弔いをしているつもりだった。
妻の衣裳部屋の中にはまだ数着の衣服が残されていた。それと――下着類。こちらは手つかずだ。
夜会などへ出席するために贈っていた華やかなドレスは既に処分されてしまったのか、残されているのは使用目的がよく判らない簡素な衣服のみ。古びていて、どちらかというとあまり裕福ではないその辺の平民が着ているような服だ。下着についてはどこかに寄付するのも憚られるので、後でまとめて処分するつもりだったのだろう。
侯爵夫人が身に着けるにしては粗末すぎる衣服があまりに場違いで、不思議に思って使用人に聞くと、それらは妻が庭いじりをするときなどに着ていた物らしい。
ああ、そういえば妻は花を育てるのが好きだったな――と思い出す。
まだ結婚する前の婚約者時代。手紙のやり取りをしているときに、そんなようなことが妻からの手紙に書いてあった。それを読んだ僕は、彼女の為に花の種を贈ったのだ。キレイに咲かせることが出来たととても喜んでいたのを覚えているが、婚姻後もそういった庭いじりを楽しんでいたとは知らなかった。贅沢を好まない彼女らしい趣味だ。あの頃と少しも変わっていない様子に頬が緩む。
とはいえ、ところどころ破れやほつれがあるような衣服を取っておいても仕方がない。
そうして妻への未練を断ち切るように次々に片付けていくと、まるで下着に隠されるようにして妻の日記帳が出てきた。
「どうしてこんなところに……?」
不思議には思ったが、おそらくは誰にも読まれぬように隠していたのだろう。
そうまでして隠していた日記を勝手に読むのは気が引けたが、愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
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