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本編
11 置いて行かれた悪役令嬢
目を覚ますと保健室だった。傍らに悪役令嬢がいるのが見えて、自然と入り口のドアに目がいった。
ドアは閉まっている――
ああ、なんだ夢か。そうだよな。悪役令嬢は異世界に帰ったはずだし――そう思ったが、覗き込んでくる顔を見て、夢ではないと悟った。
以前にも一度、見たことのある顔だ。避難訓練のときだったか。今にも泣き出しそうな顔。
「良かった……目を覚ましましたのね」
そう言って、ほっと表情を緩ませる悪役令嬢。
ああそうだ。確か、腹のあたりを剣でぶっ刺されて。
自然とその場所に手を伸ばすと、既に傷はない。ただ、制服は無残に切り裂かれたままだった。
「君が……助けてくれたのか」
「申し訳ありません。魔力が足りず、服までは直せなくて……」
少し頬を赤らめながら、自然に目をそらしている。なんだ? と思い腹部に目をやれば、破れた制服の透き間から素肌がちらちらと見えていた。保健室の布団でそれを隠すと、悪役令嬢はようやくこちらを見てくれた。
「ああ、いいんだ、制服はどうせもう着ないから。その……それより、ドア開けなくていいのか?」
「いいんです。出血が酷くて体がすごく冷たくなっていましたから、冷やすのはよくないです。それに……」
「あっ良かった、生徒会長起きたんだ!」
ガラリ。元気な声と共に、クラス委員長が保健室に入ってきた。ああ、他にも人がいたのか。
そういえば、あの後どうなったのだろう?
帰るはずの悪役令嬢がなぜここにいるんだ?
状況を確認しようと委員長に聞いてみれば、思ったよりとんでもないことになっていた。
「その……ヴィーナスさん、置いて行かれちゃって」
「は!?」
ああそうだ。意識が朦朧としていてあまり覚えていないが、力を失ったとか婚約を破棄するとか国外追放だとか言っていた気がする。
「聖女の力を失ったって……。もしかして、昨日の卒業式で力を使い切ったから……?」
「あ、いえ! それは誤解です。ただの魔力切れなので! 昨日も言った通り2、3日すれば元通りに回復します。魔力が足りず時間はかかりましたが、御覧のとおり貴方の傷も癒せましたし」
「あ、そうか。そういえばそうだ」
悪役令嬢に指摘されて思わずお腹を触るが何ともない。制服は無残だが傷そのものは跡形もなく消えている。そうだ。彼女は力を失ってなどいない。
「じゃあ、なんで婚約破棄なんて」
「誤解、されたのだと思います。その……聖女がその力を失うのは、伴侶を得た、とき、だけです、ので。その……」
更に聞こうと彼女を見れば、右に左に視線を泳がせて真っ赤になって何やらごにょごにょ言っている。
「あ! そういえば聖女は処女じゃなきゃいけないってリリーが言ってたっけ」
「なっ」
ぽんっと手をたたいて委員長が言う。おいやめろ。恋愛事に興味ないからって直接的な表現すんな。どんな表情していいか困るだろうが。
ああ、でもそうか。それであの王子は裏切りだなんだって言ってたのか。自称ヒロインの言ったことを鵜吞みにして。
「アイツのただの言いがかりじゃないか。君はクラスメイトを助けてくれただけで、裏切ってなんか」
「いえ、ある意味では殿下のおっしゃる通りです。私に聖女の資格はありません」
「え、いやだって」
「国に戻って、今日魔物の襲撃があったらどうしますか? 私は魔力切れで聖女の力をほとんど使えません。魔力切れで力が使えないのも、力を失って使えないのも、被害を受ける者にとっては同じです」
「でも、それはクラスメイトを助けるために」
「国のため、国民のためを思うなら、私は力を使うべきではなかったのです。いつでも、自国民のために魔力を温存しておくべきだった。でも……私にはそれはできなかった。他に大切なものができてしまった。これは完全なる裏切り行為です。だから私にはあの国の聖女たる資格はもうありません」
「でも、だからって置いて行かなくてもいいじゃないか。国外追放とかなんとかって、いったんは国に戻ってからするものだろ」
「あー生徒会長。それなんだけどねー」
言いづらそうに、委員長が小さく手を上げた。
「荷物のね、積載量がオーバーしてて。荷物を減らすか人を減らすかしかないって話になって」
「はあ!?」
確かに荷物は多かった。でも、ほとんどは自称ヒロインの物だ。魔法陣の開発者から一人当たり段ボール五つまで、と言われていたから悪役令嬢は用意した非常用袋を優先して、自分の荷物は旅行カバン一つだけにしていた。
「30箱のうち、26箱は自称ヒロインのだっただろ!? それでなんでコイツが置いて行かれるんだよ」
「あの子……リリーが荷物減らしたくないって我が儘言って。それで、その……生徒会長の治療が長引きそうだから、ヴィーナスさんもそれでいい、って」
「……!」
結局は俺のせいだ。彼女は何も言わなくていいって合図してくれたのに。勝手に俺が動いて刺されて、悪役令嬢から全てを奪った。
「ごめん……君が婚約者のために刺繍していたあのハンカチを蔑ろにされているのが見ていられなかったんだ。だってあんなに必死に、王子のために一針一針……」
「あ、いえ。それ誤解ですわ」
「え」
「自己暗示です。国のため、国民のためとはいえ、そう言い聞かせていないと心が揺らぎそうでしたので」
思ったよりもあっけらかんとした様子で悪役令嬢は言う。そうか。婚約者への思いを刺繍に込めていたわけではなかったのか。ならよかった。でも。
「国民のことは、いいのか? 王子はともかく、国のため、国民のために戻りたかったんだろ?」
こちらに召喚されて以来、彼女の優先順位は常にそれだった。魔物の襲撃に備えたい。被害を抑えるための知識を得たい。支給されていた生活費を切り詰めてまで非常用袋を用意していた悪役令嬢の行動に、一切のブレはなかったはずだ。
一瞬。彼女は寂しそうな、悲しそうな顔をしたが。
「もう一人、聖女様がいるから大丈夫ですわ。国民は、殿下と共にあの方が守ってくださいます」
そう言って、一切の迷いのない顔でほほ笑んだ。
ドアは閉まっている――
ああ、なんだ夢か。そうだよな。悪役令嬢は異世界に帰ったはずだし――そう思ったが、覗き込んでくる顔を見て、夢ではないと悟った。
以前にも一度、見たことのある顔だ。避難訓練のときだったか。今にも泣き出しそうな顔。
「良かった……目を覚ましましたのね」
そう言って、ほっと表情を緩ませる悪役令嬢。
ああそうだ。確か、腹のあたりを剣でぶっ刺されて。
自然とその場所に手を伸ばすと、既に傷はない。ただ、制服は無残に切り裂かれたままだった。
「君が……助けてくれたのか」
「申し訳ありません。魔力が足りず、服までは直せなくて……」
少し頬を赤らめながら、自然に目をそらしている。なんだ? と思い腹部に目をやれば、破れた制服の透き間から素肌がちらちらと見えていた。保健室の布団でそれを隠すと、悪役令嬢はようやくこちらを見てくれた。
「ああ、いいんだ、制服はどうせもう着ないから。その……それより、ドア開けなくていいのか?」
「いいんです。出血が酷くて体がすごく冷たくなっていましたから、冷やすのはよくないです。それに……」
「あっ良かった、生徒会長起きたんだ!」
ガラリ。元気な声と共に、クラス委員長が保健室に入ってきた。ああ、他にも人がいたのか。
そういえば、あの後どうなったのだろう?
帰るはずの悪役令嬢がなぜここにいるんだ?
状況を確認しようと委員長に聞いてみれば、思ったよりとんでもないことになっていた。
「その……ヴィーナスさん、置いて行かれちゃって」
「は!?」
ああそうだ。意識が朦朧としていてあまり覚えていないが、力を失ったとか婚約を破棄するとか国外追放だとか言っていた気がする。
「聖女の力を失ったって……。もしかして、昨日の卒業式で力を使い切ったから……?」
「あ、いえ! それは誤解です。ただの魔力切れなので! 昨日も言った通り2、3日すれば元通りに回復します。魔力が足りず時間はかかりましたが、御覧のとおり貴方の傷も癒せましたし」
「あ、そうか。そういえばそうだ」
悪役令嬢に指摘されて思わずお腹を触るが何ともない。制服は無残だが傷そのものは跡形もなく消えている。そうだ。彼女は力を失ってなどいない。
「じゃあ、なんで婚約破棄なんて」
「誤解、されたのだと思います。その……聖女がその力を失うのは、伴侶を得た、とき、だけです、ので。その……」
更に聞こうと彼女を見れば、右に左に視線を泳がせて真っ赤になって何やらごにょごにょ言っている。
「あ! そういえば聖女は処女じゃなきゃいけないってリリーが言ってたっけ」
「なっ」
ぽんっと手をたたいて委員長が言う。おいやめろ。恋愛事に興味ないからって直接的な表現すんな。どんな表情していいか困るだろうが。
ああ、でもそうか。それであの王子は裏切りだなんだって言ってたのか。自称ヒロインの言ったことを鵜吞みにして。
「アイツのただの言いがかりじゃないか。君はクラスメイトを助けてくれただけで、裏切ってなんか」
「いえ、ある意味では殿下のおっしゃる通りです。私に聖女の資格はありません」
「え、いやだって」
「国に戻って、今日魔物の襲撃があったらどうしますか? 私は魔力切れで聖女の力をほとんど使えません。魔力切れで力が使えないのも、力を失って使えないのも、被害を受ける者にとっては同じです」
「でも、それはクラスメイトを助けるために」
「国のため、国民のためを思うなら、私は力を使うべきではなかったのです。いつでも、自国民のために魔力を温存しておくべきだった。でも……私にはそれはできなかった。他に大切なものができてしまった。これは完全なる裏切り行為です。だから私にはあの国の聖女たる資格はもうありません」
「でも、だからって置いて行かなくてもいいじゃないか。国外追放とかなんとかって、いったんは国に戻ってからするものだろ」
「あー生徒会長。それなんだけどねー」
言いづらそうに、委員長が小さく手を上げた。
「荷物のね、積載量がオーバーしてて。荷物を減らすか人を減らすかしかないって話になって」
「はあ!?」
確かに荷物は多かった。でも、ほとんどは自称ヒロインの物だ。魔法陣の開発者から一人当たり段ボール五つまで、と言われていたから悪役令嬢は用意した非常用袋を優先して、自分の荷物は旅行カバン一つだけにしていた。
「30箱のうち、26箱は自称ヒロインのだっただろ!? それでなんでコイツが置いて行かれるんだよ」
「あの子……リリーが荷物減らしたくないって我が儘言って。それで、その……生徒会長の治療が長引きそうだから、ヴィーナスさんもそれでいい、って」
「……!」
結局は俺のせいだ。彼女は何も言わなくていいって合図してくれたのに。勝手に俺が動いて刺されて、悪役令嬢から全てを奪った。
「ごめん……君が婚約者のために刺繍していたあのハンカチを蔑ろにされているのが見ていられなかったんだ。だってあんなに必死に、王子のために一針一針……」
「あ、いえ。それ誤解ですわ」
「え」
「自己暗示です。国のため、国民のためとはいえ、そう言い聞かせていないと心が揺らぎそうでしたので」
思ったよりもあっけらかんとした様子で悪役令嬢は言う。そうか。婚約者への思いを刺繍に込めていたわけではなかったのか。ならよかった。でも。
「国民のことは、いいのか? 王子はともかく、国のため、国民のために戻りたかったんだろ?」
こちらに召喚されて以来、彼女の優先順位は常にそれだった。魔物の襲撃に備えたい。被害を抑えるための知識を得たい。支給されていた生活費を切り詰めてまで非常用袋を用意していた悪役令嬢の行動に、一切のブレはなかったはずだ。
一瞬。彼女は寂しそうな、悲しそうな顔をしたが。
「もう一人、聖女様がいるから大丈夫ですわ。国民は、殿下と共にあの方が守ってくださいます」
そう言って、一切の迷いのない顔でほほ笑んだ。
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