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クリスside
7 そうして異世界へ置き去りに
しおりを挟む本当はそこまでするつもりはなかった。国外追放するにしても、国に戻ってからのつもりだった。しかし――。
「荷物が多すぎて、魔法陣が発動しない?」
「はい。積載量に限度がありまして、一人につき段ボール……この箱五つまでとお願いしていたのですが。これでは多すぎます」
「部長」と呼ばれる黒ずくめの男に説明され、積み上げられた箱を見ると、三十箱近くある。
「ならば、荷物は置いて行くしかないだろう」
「えっダメ! 嫌よ」
僕の提案を、リリーが間髪入れずに却下した。腕に手を絡ませ、リリーがうるうると見上げてくる。
「しかし――」
「この箱にはこちらの世界での大事な思い出が詰まっているの。どうかお願い。持って帰らせて」
(思い出……思い出か)
ああ、僕のリリー。裏切り者のヴィーナが物欲に走っている間、君は大切な思い出を作っていたんだね。友達からの手紙や、プレゼントかな?なんて可愛らしいささやかな願いなんだ。
僕はその願いを叶えてあげたくなった。
「ならば、ヴィーナの荷物だけを置いて行けばいい」
「だ……ダメよ、それじゃ全部持っていけな……! いえ、その……ヴィーナスさんも箱は全部持って帰りたい筈よ。ねっ、そうでしょう? ヴィーナスさん」
「はい」
ああ、リリー!君と言う子は、ヴィーナの思い出にまで気を遣ってくれているんだね。なんて優しいんだろう。だけど、ヴィーナは……。
リリー、君は知らないだろうけど、こちらの世界の人間から苦情が来るほどヴィーナは無駄遣いをしていたんだ。きっと、散財の結果がこの荷物。しかも決まりを破ってまで持って帰りたいなんて、なんて強欲なのだろう。……とはいえ、リリーの願いでもあるから、一応、部長とやらに頼んでみよう。
「どうにかならないか?」
「そう言われても。荷物を減らさないとなると、人を減らすしか」
「それだわ!」
黒ずくめの男の提案に、リリーが笑顔で反応する。
「どの道、国外追放になるのでしょう? だったらここも国外ではあるし、ヴィーナスさんを置いて行けばいいんじゃないかしら」
「いや、リリー。それは、流石にそういう訳にも」
「私はそれで構いません」
ヴィーナが迷いなく言い切った。その言葉に僕はギョッとする。
「この方の治療には、まだまだ時間がかかります。だから、それで構いません」
峠を越したからだろうか。ヴィーナは先ほどまで抱きかかえていた男を膝に乗せ、ゆるゆるとした治療を続けている。男は相変わらず血まみれだが、出血は止まったようだ。呼吸が安定している。
おそらくは服にまで回す魔力がないのだろう。男の頭を膝に乗せるヴィーナも、全身が男の血で染まっている。
それを見て、頭に血が上った。
「分かった。ならば、願いを叶えてやる。お前のこの荷物は全て国に持っていく。そのうえでお前はここに残るがいい。その小さなカバンだけを持ってな」
言ってしまってから後悔したが、流石にここまですれば謝ってくると思っていた。あのヴィーナが我が儘を言ってまで持ち帰ろうとした荷物を取り上げるのだから。なのに。
「ありがとうございます、殿下。ご配慮感謝いたします。……私にはこれだけあれば十分です」
そう言って、ヴィーナは幸せそうに微笑んだ。
こうして――
僕はヴィーナを異世界へ追放したのだ。
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