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クリスside
8 婚約の裏事情
しおりを挟む「愚かな……聖女の血を国外に出さぬための政略的な婚約であったのに。国外追放にするなどと」
ヴィーナとリリーを迎えに行った後。
国王と神殿関係者への状況説明の場で、父親である国王陛下から僕は叱られた。
「どういうことですか?」
「そもそも、この国はヴィーナの父親である私の兄が国王となり治めるはずだったのだ。それが、ヴィーナに聖女の力があることが分かり状況が変わった」
片手で頭を支え、呆れたように首を振りながら父上は言った。
「兄上の妃は大国である隣国の第二王女だ。魔物の大規模襲撃に唯一対抗できる聖女はどこの国も喉から手が出るほど欲しい。小さいながら、我が国が独立していられるのはその聖女の力を自国内に抱え込み、余すところなく利用しているからだ。兄上が国王となり隣国から干渉されればヴィーナをとられてしまう。『聖女』は聖女の血を受け継ぐ者からしか産まれない。すなわち、その血が流出してしまえば勢力図など簡単に書き換わってしまう。予想される政略結婚の打診を『王命だから』と避けるため、兄上は自ら継承権を放棄して臣下に下ったのだ。それを、お前という奴は」
「しかし、ご説明したようにヴィーナは聖女の力を失っていたのです! いつもならケガなど一瞬で治すのに、瀕死のケガ人の治療に手間取って」
「そのことですが――陛下、発言の許可を」
神官長が一歩前に進み軽く手を上げた。
「許可する」
「殿下のご説明の通りなら、ヴィーナス様は聖女の力を失ってなどおりません。純潔を失えば聖女の力はその瞬間から完全に失われます。中途半端に力が弱まることなどないのです。お話を聞く限り、ただの魔力切れかと思われます」
「そんな……! ヴィーナは力を失っていない……?」
神官長にはっきりと言われ、あの時のヴィーナを思い出す。確かに、えらくゆっくりではあったけれど、治療はされていた。しかし――。
血まみれの黒髪黒目の男を抱きかかえ、表情を取り繕うこともなく必死に治療を施すヴィーナ。
その姿を思い出すだけで、あの時に感じた不快感まで思い出す。治療のためとはいえ見知らぬ男を腕に抱く、それだけで裏切りではないか。そうだ、僕は間違ってなどいない。あれは、僕に対する裏切りだ。
「とにかく、こうなった以上、リリー様に頑張っていただくしかありません。神託により、今年中に魔物の大規模な襲撃があるのは間違いないのです。まったく、ヴィーナス様さえいてくだされば、予言の力で正確な日時まで分かったものを」
「リリーだって聖女じゃないか。それなら、リリーに予言してもらえば」
「リリー様は予言の力をお持ちではありません。お小さい頃より努力して力を身につけてこられたヴィーナス様と一緒にしないでいただきたい。リリー様は才能をお持ちではありますが、圧倒的に経験が足りぬのです。一刻も早く戦略を見直さなければなりませんので、これで失礼いたします」
苛立ちを隠すことなく、神官長は出て行った。不敬だとは思うが、言い返す言葉もないので黙っていると。
「まったく、余計なことをしてくれたものだ。しかしまあ、国外追放を言い渡した後、そのままあちらの世界へ置き去りにしたことだけは褒めてやる」
「え?」
意外な言葉に、父を見る。
「あちらはこちらの世界とは何の関わりもない、理の外だ。ヴィーナがどのように生きたところで、この国に影響はない。無断とは言え、王族の発言を簡単に取り消すこともできぬ。連れて戻ってから国外追放をされる方が厄介だった。兄上は怒っているがな。……もういい、行け。リリーとやらの戦いぶりを見せてもらうとしよう」
ああ、ほら。父上もこう言っている。
僕の判断は間違っていなかった。
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