21 / 64
クリスside
9 結ばれた二人
しおりを挟むそれから数日後。魔物の大規模な襲撃が始まった。
リリーと共に僕も戦った。不思議なことに、リリーはまるで襲撃場所を先読みでもしているかのような戦い方をする。神官長はリリーは予言の力を持っていないと言っていたけど、もしかして持っているのでは?そうとしか思えないような見事な戦いぶりだった。それなのに。
「少し、ペースが早すぎます。農地への影響も考えて、作戦通り、予定通りに余裕を持って戦っていただきたい」
神官長はそんな文句を言ってくる。
「魔物の出現場所で確実に倒しているのだから、農地への影響はむしろほとんどないではないか。戦闘はごく小規模、最小限で済み、こちらに被害もなく次々と魔物を倒しているというのに、いったい何の不満があるんだ」
そこまで言って――気が付いた。神官長であるこの男は、幼い頃からのヴィーナの教育係だ。その功績で神官長にまでなった。己の育てたヴィーナをひいきするあまり、リリーがどんなに活躍したって不満しかないのだろう。
「殿下は勘違いをしておられます。農地への影響は……」
「もういい。お前はリリーが気に食わないだけだろう。何をしたって文句を言うんだ。黙れ。これは命令だ。リリーの戦い方について、これ以上の発言は王太子である僕が許さない」
「かしこまりました。……しかし、ご自分の発言はお忘れなきように」
僕が「命令」と口にすると、神官長は帰っていった。しかし、苦言らしきものは忘れない。なんて奴だ。
王太子である僕にこの態度だ。リリーも何か言われているかもしれない。心配になってリリーの天幕へ行くと。
「大丈夫。これで、最短で襲撃イベントは終わらせられるハズ。間に合う、なんとかギリギリ……」
ブツブツと、深刻そうにつぶやく声がした。ストレスで痛むのか、しきりにお腹を触っている。
「リリー」
声をかけると、真っ青な顔で振り向いた。
顔色が悪い。そういえば、最近食欲もないようだ。無理に食べさせても吐いてしまうし、果物を食べるのがやっと、というときもある。
……やはり、討伐を急ぎすぎたのだろうか。
使命感のあまり無理をしているのかもしれない。神官長の言う通り、少しペースを落とした方がいいのかもしれない。
「ど……どうしたのですかクリス様っ! こんな時間に……。えへへっ! でもお会いできて嬉しいですっ」
僕の顔を見るなり何事もなかったかのように明るく振る舞う僕のリリー。なんて健気なのだろう。
でも、無理をしてまで頑張って欲しくない。
「その……少し、討伐を急ぎすぎているような気がしてな。ほら、普通は半年くらいかけるだろう? だから、無理せずペースを落としても……」
「いいえっ! それじゃ間に合わない!!」
「間に合わない?」
「あっいえ、その……」
一瞬。リリーは青い顔を更に真っ青にさせていたが、
「私……クリス様と、一刻も早く、本当の意味で結ばれたくて……。クリス様は違うのですか?」
恥ずかしそうにそんなことを、青い顔を今度は真っ赤に染めて言い出した。途端に、僕の心臓が跳ね上がる。
「……っ! も、勿論だよリリー! ああ、襲撃さえなければ今すぐにでも結ばれてしまいたいくらいだ」
「私も、です。でも、討伐が終わるまでは純潔でなくてはならない。だけど、クリス様が好きすぎて――心が間に合わない。だから――少しでも早く、魔物を全て倒してしまいたいんです」
「……それで、君はこんなにも頑張って――分かった。とにかく、一刻も早く討伐を終わらせよう。そして、その暁には……」
あまりの愛しさに、僕はリリーを抱き寄せた。体に、心に熱がこもる。
そうだ。時間などかけていられない。魔物など、一気に討伐してみせる……っ!
それから二週間。
通常半年はかかる討伐を僕らは約一カ月で終わらせた。
そして、最後の敵を倒したその夜に。
僕たちは本当の意味で結ばれた。
前代未聞のそのスピード討伐に、国中お祝いムードだ。誰もがリリーを敬い、褒めたたえる。それなのに、「クリス様がいてくれたからです」と、リリーは僕を立てることを忘れない。
いいことは続くもので、リリーの懐妊が分かり、さらに国中、喜びに溢れかえった。
時期的に討伐を終えたあの夜の子だ。初めてなのに無理をさせてしまったが、あの夜の盛り上がりを考えれば何の不思議もない。
愛する者と真実の愛で結ばれた聖女は、聖女の力を持つ子を産むと言われている。討伐直後に産まれた子は強い力を持つとも。だから、順番がどうのと野暮なことを言う者はいない。慌てて挙げた式でも、国民は歓迎してくれた。口々に、お祝いを述べてくれる。
リリーを選んで本当に良かった。
心の底から幸せだった。
数か月後に、黒髪黒目の子供が産まれるまでは。
65
あなたにおすすめの小説
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
【完結】悪役令嬢のカウンセラー
みねバイヤーン
恋愛
わたくしエリザベート、ええ、悪役令嬢ですわ。悪役令嬢を極めましたので、愛するご同業のお嬢さまがたのお力になりたいと思っていてよ。ほほほ、悩める悪役令嬢の訪れをお待ちしておりますわ。
(一話完結の続き物です)
帰還した聖女と王子の婚約破棄騒動
しがついつか
恋愛
聖女は激怒した。
国中の瘴気を中和する偉業を成し遂げた聖女を労うパーティで、王子が婚約破棄をしたからだ。
「あなた、婚約者がいたの?」
「あ、あぁ。だが、婚約は破棄するし…」
「最っ低!」
婚約者を処刑したら聖女になってました。けど何か文句ある?
春夜夢
恋愛
処刑台に立たされた公爵令嬢エリス・アルメリア。
無実の罪で婚約破棄され、王都中から「悪女」と罵られた彼女の最期――
……になるはずだった。
『この者、神に選ばれし者なり――新たなる聖女である』
処刑の瞬間、突如として神託が下り、国中が凍りついた。
死ぬはずだった“元・悪女”は一転、「聖女様」として崇められる立場に。
だが――
「誰が聖女? 好き勝手に人を貶めておいて、今さら許されるとでも?」
冷笑とともに立ち上がったエリスは、
“神の力”を使い、元婚約者である王太子を皮切りに、裏切った者すべてに裁きを下していく。
そして――
「……次は、お前の番よ。愛してるふりをして私を売った、親友さん?」
清く正しい聖女? いいえ、これは徹底的に「やり返す」聖女の物語。
ざまぁあり、無双あり、そして……本当の愛も、ここから始まる。
「予備」として連れてこられた私が、本命を連れてきたと勘違いした王国の滅亡フラグを華麗に回収して隣国の聖女になりました
平山和人
恋愛
王国の辺境伯令嬢セレスティアは、生まれつき高い治癒魔法を持つ聖女の器でした。しかし、十年間の婚約期間の末、王太子ルシウスから「真の聖女は別にいる。お前は不要になった」と一方的に婚約を破棄されます。ルシウスが連れてきたのは、派手な加護を持つ自称「聖女」の少女、リリア。セレスティアは失意の中、国境を越えた隣国シエルヴァード帝国へ。
一方、ルシウスはセレスティアの地味な治癒魔法こそが、王国の呪いの進行を十年間食い止めていた「代替の聖女」の役割だったことに気づきません。彼の連れてきたリリアは、見かけの派手さとは裏腹に呪いを加速させる力を持っていました。
隣国でその真の力を認められたセレスティアは、帝国の聖女として迎えられます。王国が衰退し、隣国が隆盛を極める中、ルシウスはようやくセレスティアの真価に気づき復縁を迫りますが、後の祭り。これは、価値を誤認した愚かな男と、自分の力で世界を変えた本物の聖女の、代わりではなく主役になる物語です。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
聖女の御技を使いましょう
turarin
恋愛
公爵令嬢スカーレットは、幼い頃から皇太子スチュアートの婚約者である。
穏やかな温かい日々を過ごしていたかが、元平民の聖女候補、メイリンの登場で、事態は一変する。
スカーレットはメイリンを妬み様々な嫌がらせをしたと噂される。
スチュアートもスカーレットを庇おうとはしない。
公爵令嬢スカーレットが、黙ってやられるわけが無い。幼い頃から皇太子妃教育もこなし、その座を奪おうとする貴族達を蹴散らしてきた百戦錬磨の『氷姫』なのだから。
読んでくださった方ありがとうございます。
♥嬉しいです。
完結後、加筆、修正等たくさんしてしまう性分なので、お許しください。
[完]聖女の真実と偽りの冠
さち姫
恋愛
私、レティシア・エルメロワは聖女としての癒しの力を発揮した。
神託を聞き、国の為に聖女として、そして国の王太子の婚約者として、努力してきた。
けれど、義妹のアリシアが癒しの力を発揮した事で、少しずつ私の周りが変わっていく。
そうして、わたしは神ではなく、黒魔術を使う、偽りの聖女として追放された。
そうしてアリシアが、聖女となり、王太子の婚約者となった。
けれど、アリシアは癒しの力はあっても、神託は聞けない。
アリシア。
私はあなた方嫌いではな。
けれど、
神は偽りを知っているわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる