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28 オネストの策略

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「まさか、こんなにうまくいくなんて……!」

 母国、新獣人国での成人の儀が終わり。急いで帰ったリベルタを出迎えたのはホッとしたような顔をした愛しい男性だった。

 リベルタは迷うことなく、両手を広げた彼の胸へと飛び込んで行く。


「お帰り、僕の可愛い奥さん。すぐに帰ると言っていたのに、遅いから心配したよ。寄り道でもしてた?」

「ごめんなさい。帰りがけに番に捕まっちゃって。これでもできるだけ急いで帰ってきたのよ?」

「えっ! つ……番って、何それ大丈夫だったのか!? あー、もう、話を聞きたいけど時間がないな。……後でじっくり聞かせてもらうからね」

「もちろんよ! 私の愛しい旦那様」


 ――番と聞いて。

 拗ねたような顔をして唇を尖らせる新婚の旦那様にチュッと軽く触れるだけのキスをして。リベルタは急いで着替えへと向かった。





※※※※※※※※※※

「えっ。こっちとあっちでは日付が違うの?」

 デビュタントを兼ねた成人の儀への参加命令が届いてから数カ月。ようやく準備が整ったからとオネストに言われ、リベルタが連れて来られたのは城にある宝物庫だった。

 そこでオネストから説明されたのは世界の不思議とも思える出来事だった。

 この国とリベルタの産まれた新獣人国とではかなりの距離があり、両国で昼と夜ほどの差があるのは知っていたが、まさか日付までもが違うだなんて。


「不思議だよね。でも、神殿に確認したから間違いないよ。コチラが昼でも、君の母国ではまだ前日の夜なんだ」


 元王太子のオネストが物知りなのは知っていたが、まさかそんな世界の真理ともいうべき事象にまで詳しいなんて、とリベルタが感心をしていたら、どうやらオネストは食べるのに困って神殿にお世話になっていた時期があるらしい。その時に、神官から教えられたそうだ。

 そして神殿は各国にあることから婚姻関係の書類は提出国毎の日付で処理をされるらしい。
 つまり――。


「例えば今日の朝8時にこっちで結婚をして書類を提出しても、リベルタの母国ではまだ前日の夜8時。この国では結婚していても、リベルタの母国では日付的にはまだ結婚してないから嘘にはならない。時差って言うんだけど、その時差を利用すれば前もって結婚をしても、嘘をつかずにリベルタの番を誤魔化せると思うんだ」

「で、でも、そんなにうまくいくかしら? 神殿内部のことは謎が多いし、あちらの神殿に密告されたりは……」

「しないよ。ねえ、リベルタ。僕は君と結婚する為なら手段を選ばない。実は――わが国の神殿と取引をしたんだ」

「え……」


 取引……その言葉にリベルタの表情が曇る。神殿は時に国をも超えるほどの力を持つし、彼らには謎な部分が多い。

 それは、彼らに対し弱みを見せることにならないか。清廉潔白を前面に押し出して権力へと返り咲いたオネストにとって致命的な傷となってしまいはしないだろうか。


「今回の件で協力をしてもらう代わりに、今後、わが国は神殿に対し弱者支援の為の金銭的援助を継続的に行う……そんな取引をした。ただし、監査はさせてもらうし、収支報告はきっちり提出してもらう。横流しでもされたら弱者支援にならないからね。神殿側も裏切り者なんていらないから何かあったらこちらで処罰していいし、それで構わないってさ。彼らも支援の為の費用捻出にはいつも困っていたからなぁ。僕も悪い人間に騙されて食い詰めたときに、神殿で食べさせてもらう一方でよく彼らを手伝ったよ。あの頃はとにかく金も人手も足りなくてねぇ……」


 うん、うん、と。どっち目線か分からない発言をしながら頷くオネスト。

 やがて影のある顔をして。


「君は正しい僕を愛してくれたけど、僕にも後ろ暗い部分はある。こんな風に私欲の為には手段を選ばない平気で悪事に手を染める人間なんだ。こんな僕は嫌いになった……?」

「……いいえ。とっても貴方らしいし、惚れ直したわ」


 なんというWinWinな悪事だろうか。神殿も国民も誰も損をしない。強いて言うなら被害を受けるのはリベルタの番くらいだが、本人は気付かずに済むのだから問題はない。
 全てが上手くいくように思われる。

 ただし――。


「手続き上はそれでいいとして、結婚式はやっぱり延期よね?」



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