燕の軌跡

猫絵師

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傭兵

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乗るようにと指示された荷馬車の前で、辺りを見回した。

馬車に乗るのは初めてだ。

白い幌の揃いの馬車に、バラバラな衣装の男たちが同じように集まっていた。

エルマーの姿もあった。彼は部下のような取り巻きを連れ、派手な飾りの着いた帽子を被り、赤と黄色の上着を肩からかけていた。

「傭兵ってのは目立ってなんぼさ」と彼は笑っていた。

確かに派手な意匠や色合いの服を着てる人が多い。

そんな中、ワルターは別の意味で目立っていた。

彼は自分の背丈ほどある剣を背負っていた。

「ツヴァイハンダーって言うんだ」と教えてくれた。

鞘に入り切らないからなのか、紐に引っ掛けるような状態で背中に吊るしている。

剣の根元は刃のない部分があり、扱いやすくなっているそうだ。僕の身体では背負うことも振るうことも出来ない。

男らしい彼の姿に憧れた。

「お前には弓があるだろ?お前だって十分目立ってるよ」と言われて周りの視線に気付く。

弓を持ってる人は他にもいるが、僕より小さい人は居ない。

ソーリューはいつもの仮面を付け、黒一色の地味な格好をしてる。剣は見たことの無い形状をしていた。

彼もこの派手な集団の中では目立っていた。

物珍しく周りを眺めていると、「ビビってんのか?」と声をかけてきたのはフリッツだ。

相変わらず、あの大きな斧と槍を合わせたような武器を手にしている。

彼は持っていた、赤く染められた布を僕に差し出した。配って回ってるらしい。

「これを左腕に着けておけ。仲間の印だ」

「分かった」

「ちょっかいかけてくる奴が居たら言え。

俺が馬車から放り捨ててやる」と頼もしく笑って、彼は僕の頭を乱暴に撫でた。

「半分以上は古い馴染みだが、よく知らない奴もいる。ワルターは忙しいから、ソーリューから離れるなよ」

「分かった、ありがとう」

「また後でな」と彼はまた立ち去って行った。

「よぉ、お前ら同じ馬車か?」と入れ違いのようにオーラフがふらっと現れた。

彼は割と軽装で、短めの剣を左右二本ずつ腰に吊るしていた。

肩からかけた皮のベルトには、小さい投げナイフが並んでいる。

珍しそうに眺める僕に、オーラフはニヤリと笑って見せた。

「珍しいか?俺は石投げるのとナイフ投げるのは得意なんだぜ。

また教えてやるよ」

「石?」

「便利だぜ、どこにでもあるしな。

コツさえ掴めば、鳥だって落とせる」と言って石を拾ってポケットに入れた。

「まぁ、長旅だ、道中仲良くしようや」と言って彼は僕の手にしていた布を取り上げると腕に巻いてくれた。

「仲間だからな、頼れよ?」と笑いながら僕の腕を叩くと、煙草を出して咥えた。

用意を終えたワルターは馬に乗って号令をかけた。

「出るぞ!」

その声を合図に、男たちが一斉に馬車に乗り込んだ。

「スー」馬上からワルターが僕を呼んだ。

幌から顔を出した僕に、「預かっててくれ」とあの大きな剣を預けた。

「これが重くて馬がバテちまうからな。

それにデカすぎて馬上じゃ使えない。お前に預けておく」

「でも剣は?」

「大丈夫、こんだけの大所帯を襲うような盗賊はいねぇよ。

それよりちゃんと預かっておけよ?俺の大事な仕事道具なんだからな」と言ってワルターは立ち去った。

剣を抱えて、硬い馬車の床に腰を下ろした。

乗り合わせた、知らない人が僕に視線を向けたけど、すぐに視線を外した。

ワルターが剣を預けた本当の意味に気付く。

道中、彼の代わりに、この剣が僕を守ってくれている気がした。

「手放すなよ」と言ったソーリューに頷くと、ゆっくりと馬車が動き出した。

✩.*˚

途中で何度か休憩を挟みながら、街道を南下した。

行程の半分まで来たが、移動中も特に目立った揉め事もない。

それも親父の部隊が居たからだろう。

「ヨハン・ヴェリンガーです」と挨拶に来た男は値踏みするように俺を眺めた。

「団長から例の件については伺っております」と嫌なことを告げた。目付け役ってのは本当らしい…

「まぁ、よろしく頼む」と握手を求めたが無視された。お堅い奴だ。嫌われてんのかね?

「私はあった事をそのまま伝えます。忖度は致しません」

「結構だ」と答えると満足したように頷いて、自分の隊に帰って行った。

むしろ、俺はそんな嫌な役ゴメンなんだがね…

何とか今の状態をキープしたいもんだ。

「何の話だ?」とヨナタンが訊ねたが、肩を竦めて「なんでもねぇよ」と答えた。

「次の街でゲルト達と合流だ」

「ゲルトか…久しぶりだな」

隻眼の傭兵隊長を思い出した。

結構いい歳だったはずだが、まだ傭兵やってるのか?こっちも元気な爺さんだ…

俺にツヴァイハンダーを教えた男だ。さすがにもう振るえないだろうな、と思った。

待ち合わせ場所になっている、郊外の開けた空き地で彼らと合流した。

十騎ほどの傭兵を従えて、俺たちを出迎えた、隻眼の隊長の髪は真っ白になっていた。

「おう!元気か?クソガキ共!」

「まだ生きてたのか?元気な爺さんだ」と手を取り合って再会を喜んだ。

既にゲルトと合流していた、ヘンリックの姿もあった。

「ヘンリックも久しぶりだな」

「あぁ、四、五年ぶりか?」とヘンリックとも握手した。

ヘンリックはゲルトの甥っ子だ。隊長にふさわしい立派な身体をしてる。

明るい茶色の髪と同じ色の瞳が懐かしかった。

彼の背には、昔ゲルトが使っていたツヴァイハンダーがあった。

「南部行きとはお前もついてないな。

何をやらかした?」と彼は笑った。

「残念ながら、何もしてないんだなコレが」

「じゃあ、またあのボンボンの嫌がらせか?お前も大変だな」と彼は俺に同情した。

まぁ、半分くらい合ってるな…

ヘンリックは俺の背を遠慮なく叩いて酒場に誘った。

「明日の朝までは時間がある。

明日から死の旅だ、今夜くらい楽しもう」と随分ご機嫌だ。

「ワルター、お前のツヴァイハンダーはどうした?」とゲルトが訊いた。

「馬に乗るから部下に預けた」と答えると、ゲルトは「取ってこい」と俺を睨んだ。

「腕が落ちてないか見てやる。

ヘンリック、酒を飲む前に試合しろ」

「お!いいな、一丁やるか?」

「マジか?疲れてんだ勘弁してくれ…」

「なんだ?揉め事か?」とフリッツを連れたヨナタンが来た。ちょうどいい時に良い奴がいる。

「俺とヘンリックで試合しろってよ…

フリッツ、お前が相手してやれ」

「おう!フリッツ!準備運動がてら付き合え!」

「マジかよ…」と呻くフリッツにヘンリックが嬉々として剣を抜いた。

「勝った方に酒を奢ってやる」とゲルトが煽った。

その言葉を待っていたとばかりにヘンリックが仕掛ける。

ツヴァイハンダーは、柄と剣身の刃の無い〝リカッソ〟という部分を握って振るう両手剣だ。

両手剣の威力はそのままに、小回りの利く攻撃も可能だ。

ヘンリックが仕掛けたことで、フリッツもハルバードを構えた。

肉薄した二人の武器が火花を散らした。

先に下がったのはフリッツの方だ。

あのフリッツが打ち合いで押し負けた。

「何遠慮してやがる!マジで来い!」

ヘンリックがフリッツを煽った。フリッツも挑発に乗った。

ハルバードが閃いた。槍の部分で強烈な突きを放ち、引く時には鈎を駆使して絡め取って体勢を崩そうとする。

すんでのところで躱したヘンリックに、反転する柄を振るって、強烈な一撃をみまった。

ヘンリックが攻撃の重みに耐えきれずに下がった。

僅かに体勢を崩したものの、無駄のない動きで立て直してツヴァイハンダーを振るった。

そのまま強烈な打ち合いが続いた。何合打ち合ったか分からないが、お互い引かずに息が上がっている。

ほぼ互角といったところか?

「いい腕だ」とゲルトがフリッツを褒めた。

本来一対一で戦う武器ではないが、フリッツはあのデカい身体と膂力でハルバードを上手く操っていた。

あいつに以上にあの武器を上手く使える奴を見たことがない。

ハルバードは強い武器だが、扱うには練度を要する。

ひたすらハルバードだけ振るい続けた愚直な男の努力は無駄にはならなかった。

騒ぎを聞きつけて、周りに傭兵たちが集まり、人垣が出来た。

「何だよ?歓迎会か?」とスーを連れたエルマーが顔を出した。

「まぁ、みたいなもんだ」と答えて、スーが重そうに抱えていた剣を受け取った。

「何だ、そのガキは?」

スーを見咎めたゲルトが俺を睨んだ。

「いつから小姓を連れるほど偉くなったんだ?」

「小姓じゃねぇよ、傭兵見習いだ」そう答えてスーを紹介した。

「スーは射手としては一人前だ。

あと魔法が使える。まだ売り出し中なんでな、乞うご期待だ」

「悪いことは言わねぇ、やめとけ。

このチビ助はキレイすぎる。傭兵には向いてねぇよ」

「そうかい?じゃあ俺と賭けるか?」

賭けを持ち出すとゲルトが「何を?」と食いついた。

「スーが手柄を上げるのに賭けるぜ。

無理だったら俺はあんたの言う通り、大人しくこいつを手放すよ。

そうだな…百人隊長の以上の首でどうだ?」

俺の提案にゲルトの爺さんが珍しく驚いていた。

「…マジで言ってるのか?」

「おう!面白いだろ?」

「あーあー…

スー、お前とんでもない事になってるぞ…」

俺たちの会話を聞いていたエルマーが、スーの肩を叩いた。

スーの顔を見たが、目がキラキラしてる。こいつは乗り気だ。

「ワルター、弓はありかな?」

「ありだろ?」とゲルトに確認したが彼は異議を唱え無かった。弓だって立派な武器だ。

「じゃあ大丈夫だ」とスーは自信ありげだ。

「言ったからには守れよ?」とゲルトは俺に念を押したが、スーは目標ができて嬉しそうだ。

こいつは結構無茶振りが好きらしい。期待されてると思ってるのだろう。

人垣から歓声と野次が飛んだ。

途中から見てなかったが、フリッツたちの方も勝負があったらしい。

地面に刺さったハルバードにヘンリックが足をかけて抑えていた。あれじゃもう上がらない。

武器を抑えられたフリッツに対して、ヘンリックはツヴァイハンダーを突きつけていた。

フリッツは素直に「参った」と得物から手を離した。

ヘンリックも、ハルバードから足を退けて、剣を引いた。

ハルバードを拾ったフリッツがヘンリックと一緒に戻ってくる。二人とも肩で息をして、髪を振り乱していた。

「すまん、負けた」と謝るフリッツの肩を、ご機嫌なヘンリックが叩いた。

「いやいや、なかなか強かったぜ!大健闘だ!」

「すまん、途中から見てなかった」

「何だと!?」二人の怒声が重なった。

フリッツがいつもの調子で、俺の襟を掴んで乱暴に揺さぶった。

「何で見てねえんだ!」

「ゲルトと賭けの話をしてて…」と言うと二人の顔がまた険しくなる。だからすまんって…

「フリッツ!ワルターを離してよ!」

スーが声を上げて間に入った。ヘンリックの驚いた視線がスーに注がれる。

「…何だ?お前のコレか?」と事情を知らない男は小指を立てた。

「違う!」襟を正しながら吠えた。何でどいつもこいつも!

「いや、でもよ…」とヘンリックは困惑してる。

「可愛すぎんだろ?」と正直すぎる感想を述べた。

何が嫌なものを察知したエルマーが、「やらねえよ」とスーの腕を掴んで引き寄せた。

スーはよく分からないようでエルマーに「何?」と訊ねてる。知らなくていい…

「スーは男だぞ」と教えてやったが、ヘンリックはどっちでもいいらしい。

「あんだけ綺麗な顔してたら関係ねぇよ。

女より美人だ」

「気にしてくれ」と頭を抱えた。

ゲルトも「ほらな」と苦笑いした。こういう奴は珍しくない。

男所帯だから慰安婦が間に合わなければそっちに舵を切るやつも少なくない。俺はゴメンだ…

「お前の恋人じゃないなら口説いても良いだろ?」とヘンリックの目はスーに釘付けだ。

すぐには諦めてくれそうにない。

「試合で決めろ」とゲルトが言った。

勝手な事を!

「よし!あの別嬪さんを賭けようじゃねぇか?」

そう言ってヘンリックはまた剣を抜いた。有無を言わせない。ちっとは人の話を聞け!

「俺は了解してねぇぞ!」

「なら勝てばいいだけの話だろ?

俺も負ける気は無いからな!」

なんでそうなる?俺にメリットが一切ない!

また人垣から歓声が上がった。新しい賭けが始まり、金が飛び交う。

ヘンリックが仕掛けてくる。

得意の二段階の距離の伸びる突きを繰り出す。

自分の剣を握ってヘンリックの突きを逸らした。

ヘンリックのパワーを正面から相手するつもりは無い。

フリッツがパワー負けする相手だ。

〝リカッソ〟を持って、無駄な動きを極力せずに消耗を誘った。

隙ができたところに重めの一撃を狙うが、ヘンリックも目がいい。

上手く躱して返してくる。打ち合いになった。

「ちっ!」一撃が重い。

柄を握る手を緩めていなしたが、なかなか強烈な斬撃だ。本気で殺すつもりで振るっている。

「降参か?」とヘンリックは余裕を見せた。

「バカ言え、部下を守るのが隊長の役目だ」

「悪いようにはしないさ」とヘンリックは心外そうにため息混じりで答えた。

「嫌なら好きになるまで待つ、嫌がる奴を抱くほど無粋じゃねぇよ」

「あいつは自分が女みたいな顔してんの気にしてんだ、ほっといてやってくれ」

「そうか?もったいないな?男同志もいいもんだぜ」

「…遠慮する…」うわぁぁぁ…鳥肌…

兄弟弟子の意外な性癖を、こんなところで知るとは思わなんだ…

ちょっとこれは負けたら責任重大だ…

エルマーとソーリューから非難轟々だ。
 
深呼吸をして柄から手を離した。

両手で〝リカッソ〟を掴んでツヴァイハンダーを構えた。剣の長さが変わる。

間合いを一気に詰めた。相手の剣は長さを保ったままだ。

間に合わない突きを諦め、ヘンリックは低い位置を攻めた俺に剣を振り下ろした。

相手の剣が届くより早く、ヘンリックの懐に飛び込む。

回転をかけてヘンリックの振り下ろす剣を弾いた。

下手すりゃ大怪我だが、何とか上手くいった。

すれ違うように懐に入ると、短く持った剣を兄弟弟子の首に押し当てて止めた。

決着が着くのは一瞬だ。

「ヘンリック、お前の負けだ」

ゲルトの言葉に周りから歓声と野次が飛んだ。

剣を手放すと、手のひらには血が滲んでいた。

手袋をせずに、いつもの調子で振り回してしまったからだろう。

「あぁ!つぇぇな!クソッ!」ヘンリックが悔しそうに吠えて、潔く剣を引いた。

「お前も強かったよ」

「負けは負けだ」と彼は右手を差し出した。

握手をすると、ヘンリックは、「今日は引き下がる」と告げて笑った。

いや、もういいわ、お前とはやりたくねぇ…

その場に座り込むと、人垣の方から俺を呼ぶ声がした。

「ワルター!」

スーは座り込んでた俺の隣に駆け寄って、赤く染った手のひらを覗き込んだ。

「怪我した?治療する?」

「悪いな、頼む」手のひらを差し出すとスーは傷に触れて呪文を唱えた。

そんなに深くなかったからか、傷口はすぐに塞がってもとどおりになった。

「良かった」とスーが笑った。

「この別嬪さんの名前は?」とヘンリックが訊ねる。

スーは眉を寄せて、自分より大きな相手を睨んだ。

「僕は男だ。変な呼び方するな!」

「悪い悪い、じゃあ名前教えてくれよ」

軽い感じで謝ったヘンリックに、スーは眉を寄せながら、不貞腐れたように「スペース」と答えた。

「分かった覚えておく」とヘンリックはニッコリと笑って右手を差し出した。

「俺はヘンリック・ヴィンクラーだ。

あっちのゲルトって爺さんの甥っ子で、ワルターとは兄弟弟子だ。

本家とは違うが、別の街で隊長やってる。よろしくな」

俺に気を使ったのか、スーは差し出された手を握って握手を返した。

スーが手を取ったのを見て、ふらっと現れたエルマーがヘンリックを睨んだ。

「おいおい、うちの新人に気安く触んなよ。

下心あるやつはお触り禁止だぜ」

「何だい、それ?」

エルマーは、「大人の話しよ」と言ってスーをヘンリックから引き離した。ヘンリックは残念そうだが、俺としてもその方が安心だ。

「治癒魔法が使えるなんてな…

ますます気に入った」

「勘弁してくれ」

俺のゲッソリした返事に、ヘンリックは豪快に笑った。相変わらず底なしに明るい奴だ。

投げ出した自分のツヴァイハンダーを拾い、背負った。

「俺たちは町には入らない。

ここでテントを用意する」

さすがにこの大所帯で町に入れば、何かしらトラブルになる。

「分かった、用意が終わったら酒場に来い。再会を祝して乾杯しよう!」とヘンリックはまた俺を酒場に誘った。

「仲間も連れて来いよ」

「ああ、そうだな」と応える。

「そういや、さっきからやたら突っかかってくる、あの帽子の兄ちゃんは何なんだ?」

「エルマーだよ、《嘲笑のエルマー》だ」

「あぁ、あの獣みたいだった賊上がりの奴か」とヘンリックが思い出したように納得した。

前に仕事した時と印象が変わっていたから、分からなかったのか?

まあ、入りたての一番やばい時しか知らんからな…

「嫌々引き受けた割に、上手くやってるみたいじゃねぇか、隊長?」と彼は俺をからかった。

「他にやりたい奴が居たら譲るさ」と煙草を咥えた。

「そう言うなよ。お前だからってついてきてる奴らが可哀想だろう?」陽気な男はそう言って俺の肩を叩いて、「後でな」とゲルトや部下らを連れて帰って行った。

俺も吸いかけの煙草を咥えて、自分の隊に戻った。

宿営の準備がある。馬も人間も休ませなきゃならん。

馬車の並んだ開けた空き地では、もうヨナタンらが宿営の準備を始めていた。

戻った俺に気付いてフリッツが手を挙げた。

彼も天幕の設営を手伝っていた。

「スーは?」

「ソーリューが連れて行った。馬の世話を教えるらしい」と答えて、フリッツは馬を繋いだ辺りを指した。

馬の世話は意外と重労働だ。

飲み水と飼葉を用意して、健康状態をチェックする。

馬が無ければ移動に支障をきたす。重要な役だ。

馬の扱いを覚えておいて損は無い。

スーの様子を見に行くと、馬に飼葉を与えていた。

「馬の世話はどうだ?」と訊ねるとスーは「楽しい」と答えた。

「大人しいし、目が可愛い。

僕が住んでた場所には居なかったから、世話をするのは初めてだよ。

甘噛みするのは彼らの挨拶だって、ソーリューが言ってた。彼らは僕のことが好きみたいだ」

そう言って、馬に髪の毛を食まれながら笑っていた。

子供みたいに無邪気に笑いながら、馬の首元を叩く彼に、馬は嬉しそうに首を擦り寄せている。

「スー、水を汲みいくぞ」とソーリューが桶を投げて寄越した。

「じゃあ、また」と桶を拾ったスーは、ソーリューの後に着いて行った。

水を運ぶのだって重労働だ、あまり楽しいもんじゃない。

それでも嬉々として働くあいつは、今やっていることが、何であろうと新鮮で楽しいんだろうな…

おっさんになった俺には、それが何だかエラく羨ましく感じた。

✩.*˚

宿営の用意は日が沈む前に終わった。

「足りないものは?」とヨナタンに確認したが、特に無いという。

ここまで特に問題という問題もなく順調だ。

後は南部侯の陣に無事到着するだけだ。それも特に問題ないだろう。

「町から酒を調達してくる」と言って、ヨナタンとオーラフが馬車で買い出しに行く用意をしていた。

「スーも来るか?」とオーラフがスーを誘った。

「良いのかい?」とスーの目が好奇心で輝く。全く、子供みたいだ。

「あぁ、買い出しも覚えろ」

珍しくヨナタンが下の奴の世話を焼いた。

覚えろってことは、これからこき使ってやると言う意味だ。随分期待されてるじゃないか?

買い物もまともにした事の無いスーからすれば、買い出しは初めての経験だ。

まぁ、何でも勉強だ、と送り出した。

二人が居るならなんの問題もないだろう。

西に傾いた太陽が、明かりとして役に立たなくなる時刻だ。

ランプに灯りをともして、その灯りで地図を確認した。

ヴェルフェル侯の直轄領は目と鼻の先で、その先は元ウィンザー公国領だ。

ウィンザー公国領に入れば敵襲に警戒して進まねばならない。

遊撃隊ゲリラはどこから仕掛けてくるか分からないから、地図を頭に入れておきたかった。

「何だ、スーはどうした?」

地図を見ていると、またどこからか、ふらっと現れたエルマーが、スーの所在を訊ねた。

「買い出しに行くって、ヨナタンとオーラフが連れ出した。

あの二人が居たら問題ないだろう?」

「いや、分からんぜ?

またちょっかい出されるかも知れないだろ?」

「エルマー、お前、ちと過保護過ぎないか?」

「可愛いんだ、当然だろ?」と当たり前のようにエルマーが言った。

「弟みたいでほっとけねぇよ」と意外なことを口にした。弟の話なんてほとんど聞いたことがない。

家族が伝染病で死んで、住んでた村も人が居なくなったから、出ざるを得なくなったと話は聞いていた。

「弟ってのはスーに似てるのか?」

「いや、全然」とエルマーは惚けた様子で答えたが、「雰囲気は似てる」と付け加えた。

少しだけ弟の話をした。

随分可愛がっていたらしい。死に際を聞いて同情した。

お前のせいじゃない、と言うのは簡単だったが、そんな言葉が欲しいわけじゃないだろう。

今まで何も言わなかったくせに、何で急に喋る気になったのか、不思議だった。

「あの賭け、撤回しねぇか?」とエルマーは重い口を開いた。

あの賭けとは、多分ゲルトとした約束だ。

「何でだ?」と訊ねると、エルマーは少し躊躇って、らしくない事を口にした。

「俺みたいにしたくない」

その言葉に弾かれたように顔を上げて、エルマーを睨んだ。エルマーは帽子をとって睨む俺を静かに見返した。

その目には《嘲笑のエルマー》と呼ばれた男の狂気はなりをひそめていた。

「引き返せなくなる…

スーはまだ間に合うだろ?」

「お前…自分が何言ってんのか分かってんのか?」

「ワルター、あんただってスーが可愛いんだろ?

俺は、あいつの顔が、人殺しの顔になるのは耐えられねぇよ…」

そう言って、エルマーは、握った帽子に視線を落とした。

エルマーが見てるのは、傭兵としてのトレードマークの帽子なのか、それとも汚れちまった自分の手なのか分からない。

傭兵は戦うのが仕事だ。それで金を貰ってる。

戦うからには犠牲が伴う。

自分が生きるためには、敵を倒さねばならん。

そして敵も、自分が生き残るために、見ず知らずの俺たちを殺しにくるのだ。

人殺しにならない方法は極めてシンプルだ…

抵抗せずに、相手に殺されること…

「それはスーが決めることだ」

俺に言えることはその一言しか無かった。

俺が強要して傭兵にした訳じゃない。

あいつの方から「なる」と言ってきたのだ。

戦場に「連れて行って欲しい」と言ったのもあいつの方だ。

俺はそれを受け入れただけだ。

「どうしてもと言うなら、お前が説得しろ」とエルマーを突き放した。

エルマーは寂しく笑って、「そうかい」と言葉を残して踵を返した。

そんな事、お前が誰よりも分かっているだろうが?

俺たちには、そういう生き方しか無いんだよ…

悲しい男は、また猫のようにふらっと立ち去って行った。

遠ざかる、足を引きずるような音を、背中越しに見送った。

✩.*˚

「おう!待ちくたびれたぜ!」と大きい陽気な声に迎えられた。

店内の視線が一斉にこちらに注がれる。

「あれが…」と値踏みするように、ヒソヒソ話す声が聞こえた。

「遠慮すんな!こっち来い!」と嬉しそうにヘンリックが俺たちを店の奥のテーブルに呼んだ。

ヘンリックと部下たちはすっかり出来上がってるみたいだ。

彼の隣に面白くなさそうな、険しい顔したゲルトの姿があった。

スーの姿を見たヘンリックは嬉しそうに破顔してスーを呼んだ。

「おう!スペース!俺の隣に来いよ!」

スーは眉を寄せて、「僕はいい」と酔っ払いの間に入るのを嫌がった。

「遠慮すんな、なんもしねぇよ。

それよりこれをお前にやろうと思ってな」

ヘンリックが部下に合図して、矢筒を持ち出した。

白い羽の矢が並んでいる。

「叔父貴にでかい口利いたらしいじゃねぇか?

可愛い顔して豪胆だ!ますます気に入ったよ!

俺も応援してやろうと思ってな、《雪鷹シュネーファルケ》の羽の上物の矢だ。

受け取りな」

「ガキにはもったいない」と、ゲルトが眉を寄せて聞こえるようにボヤいたが、ヘンリックはスーに矢筒を受け取るように差し出した。

スーは手を出すか迷って俺を見た。

他の奴ならともかく、ヘンリックは物をやったからって、恩を着せるような奴じゃない。

「貰っときな。あいつは弓は使わないから、受け取らないと無駄になっちまう」

俺の許可が出たので、スーは礼を言ってヘンリックの手から矢筒を受け取った。

すぐに筒から一本取り出して、手に取って確認する。

矢を眺める瞳がサファイアのように輝いた。

「綺麗だ…」と呟いて、スーはヘンリックに再び礼を言った。鷹揚に頷く奴も満足そうだ。

ヘンリックの贈り物は、スーの警戒心を解くのに一役かったらしい。

「《雪原の狩人》の矢は綺麗なだけじゃない、真っ直ぐよく飛ぶぞ」

「すぐにでも試したいくらいだ」と言って矢を手にしたスーは、無邪気な笑顔を見せていた。

その姿を見て、俺はヘンリック向かいの席に座った。

「用意周到だな」と皮肉ると、奴はニヤリと笑った。

「好いて欲しいなら、男は一に誠意、二に気前の良さが大事だ。

贈り物ならお前より俺の方が上手だ」と自慢げに胸を張った。

確かに…

「俺もスーって呼んで良いか?」と訊ねると、スーは「いいよ」とヘンリックに頷いた。

なんとまぁ、掌握術に長けた奴だ。

「おいおい、そのままあっちの部隊に行くとか言わないよな?」と、エルマーの代わりに、一緒に着いてきてたオーラフが苦笑いを浮かべてスーの肩を叩いた。

「そんな事言わないよ。僕はこれでワルターの役に立つよ」

「ならいいけど」とオーラフは苦笑いして、俺の隣の椅子を引くと、「まぁ落ち着け」とスーを座らせて自分も座った。

一緒に来ていたフリッツも、ヘンリックに挨拶して席に着いた。

「他は?こいつらだけか?」とヘンリックは残念そうだが、エルマーはへそを曲げちまったし、ソーリューは面倒だからと断った。

ヨナタンは忙しいと言って来なかった。

「付き合い悪くてすまんな」

「いいさ、長旅で疲れたろ?ゆっくりさせてやれ」

ヘンリックは気を悪くせずに、気遣う余裕を見せていた。こいつのこういうところは好きだ。

追加の酒を注文すると、ヘンリックは立ち上がって、仲間たちによく通る声で弁を振るった。

「明日から俺たちもワルターの隊と合流だ!

侯爵様からたんまり謝礼を貰わにゃならん!

てめぇらの根性見せろよ!」

酒場の壁や床が揺れるほどの歓声が上がる。

ヘンリックは人気者だ。

「いいか!野郎ども!俺たちは?」

「イカれてる!」と唱和する声が熱を帯びた。

「たまんねぇな」とフリッツも武者震いした。

スーは驚いて固まっている。

ヘンリックは朗々たる声で、仲間に檄を飛ばした。

「金は好きか?!」

「応!」

「酒は好きか?!」

「応!」

「邪魔する奴は?!」

「皆殺し!」物騒に唱和する声に、酒場の温度が一気に上がる。

ヘンリックは仲間の唱和に満足して、新しい杯を掲げた。

「よぉぉし!上等だ!乾杯!」

「乾杯!」の声と興奮する叫びが空気をビリビリと揺らした。

杯を干して席に座ったヘンリックが「お前も何か話すか?」と問うた。

「いや、お前の後じゃ、熱が足りないって場が冷めちまう」

「《氷鬼アイスデーモン》にはうちの奴らは熱すぎるか?」と彼は笑って、新しい杯を用意させた。

テーブルに酒と料理が所狭しと並んだ。

賑やかな宴会が続く。

酒が回ってきた頃に、静かだったゲルトが俺に声をかけた。

「ワルター、親父は元気か?」

「あの爺さんが元気じゃない事があったか?

風邪も引かねぇよ」と答えると、真面目な男はため息を吐いて頭を振った。

「随分会ってないが、手紙のやり取りはある。

お前と弟の事で随分悩んでるようだ」

「俺は何も悪くねぇよ。

いつも突っかかってくるのはギュンターの方だ」

「んな事は分かってる。

あのバカが放逐されるのも時間の問題だ」

ゲルトの歯に衣着せぬ物言いに、少し眉を顰めた。

「ガキの世話も結構だが、お前はもっとちゃんと地盤固めをしろ。

戦う時は足場が大事だと教えたろうが?

今回こそ本気で《英雄》を目指せ。

ヴェルフェル侯爵を味方につけろ」

「《英雄》なんてガラじゃねえよ」と麦酒を煽って、話を打ち切ろうとしたが、ゲルトはそれを許さなかった。

「お前は選ばれた人間だ」と言う言葉に自嘲した。

「俺を選んだのは神様なんていいもんじゃねえよ。

死ぬまで離れない貧乏神さ」

《祝福》なんて、欲しくて持って生まれた訳じゃない。

この能力のせいでどんだけ苦しんだ事か…

「とはいえ、仕事は仕事だ。

報奨分の仕事はするさ」

「ふん…いつも出し惜しみしやがって…」

「まぁ、良いじゃねえか叔父貴。

《氷鬼》がマジになったら、俺たちが食いっぱぐれちまうよ」とヘンリックがゲルトをなだめた。

「ワルターは《愛されてる人》だ」

黙々と食べていたスーが、急に口を開いた。

「《冬の王》の眷属が君に寄り添ってるよ」とスーは笑った。

そういえばこいつは精霊が使えるんだったな…

「あと、何か暖かい手が君を守ってる」と教えてくれた。

「なんだそれ?」

「守護霊みたいだけど、精霊じゃないから、僕にもよく見えない。

薄いモヤみたいな手を感じるだけだ。

見える人には見えるかもしれないね」と他人事のように言って、パンを手に取った。

「何なんだこの小僧は?」とゲルトが眉を寄せてスーに視線を向けた。

精霊の話をしたので、不思議に思ったらしい。

「魔法使いならともかく、精霊使いは珍しいな?

どうやって連れてきたんだ?」

「あんまりでかい声じゃ言えんが、アーケイイックの出だ。危なっかしいから俺が引き取った」

そう言ってスーの耳をゲルトらに見せた。

まぁ、思っていた通りの反応だ。

「なるほどな、道理で…」とゲルトが呟いた。

「お前も物好きだな…

悪いことは言わん、元いた場所に返してこい」

「そんな犬や猫みたいに…」

「叔父貴、そいつはいくらなんでも酷いんじゃないか?」とヘンリックもゲルトの言葉に不快感を示した。

ゲルトは、そんな甥を鋭い隻眼で睨みつけて黙らせた。

老兵の貫禄に言葉を失った。

「少なくとも、傭兵の中に置いておいていいもんじゃねえ…

珍しいというのは良くも悪くも目立っちまう。

貴族の中にはそういうのが好きな連中もいる。

そいつがいると仕事に響く。下手に目をつけられたくなければ手放せ」

ゲルトはその鋭い視線をスーに向けた。

スーの食事する手が止まった。

「お前も死なないうちに森に帰れ。

エルフは泥臭い戦場には不向きな種族だ」

「お爺さんには悪いけど、僕は帰らないよ」

ゲルトの射るような視線を受け止めても、スーは臆せずに答えた。

「それに僕はエルフじゃない。

僕は彼らと戦って、人間になるんだ」

「人間なんかそんないいもんじゃねぇよ」の苦い顔をしたゲルトは「どうなっても知らんぞ」と凄んだが、スーは意に返さなかった。

「帰せるうちに帰してやれ」と俺に言って、机に金を撒いて立ち上がった。

「年寄りだから寝る」と、皮肉っぽいことを言って帰ろうとする。

帰ろうとするゲルトを呼び止めて、「また明日」とハグをした。

逞しかった身体は、年齢のせいか少し縮んだ気がした。彼は数人の部下を伴って帰って行った。

「叔父貴も、今回限りで引退する」とゲルトを見送ったヘンリックが呟いた。

「もういい歳だ」

「あぁ」とヘンリックの言葉に頷いた。

「俺たちで花を持たせてやろう」と言って、ヘンリックは笑うと、空になった杯を新しいものに交換した。

「あのお爺さんに花なんか似合わない」と真面目な顔でスーが呟いた。言い得て妙で、笑いを誘った。

「じゃあなんなら似合う?」と訊ねると、「そうだね…」と考える素振りを見せた。

「勝ちにこだわりそうな人だから、やっぱり隊長の首かな?」とスーは一端の口をきいた。

「それが“花”っていうんだ」とテーブルで笑いが起こる。

ヘンリックが「頑張れよ」と激励の声をかけて、なみなみと酒の入った杯を掲げた。

「俺たちの活躍を願って」と再度乾杯した。
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