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戦闘
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よくもまぁ、こんな山奥に道を作ったものだ。
元は獣道だったのかも知れないが、今では軍隊が徒歩や馬で難なく移動できるほどの立派な道になっていた。
敵とぶつかる前衛の囮として山を降った。
「俺は極力温存する。露払いはお前らに任せた」
「いいよォ!俺ちゃんが守ってあげる!」
不愉快なバカは無視した…
「《祝福》持ちが出てきたら代われ」
「《氷鬼》っすか?」と先日の襲撃に参加したアンドリューが口を開いた。
「そうだ、背の高い、短い癖のある金髪の男だ」
「《嘲笑のエルマー》は俺に譲れよ?まだ決着着いてねぇんだ」とエドガーが執着した。
「あいつのなっがい両腕切り落として手袋にでもするかァ?」とエドガーははしゃいでる。
確かに長かったな…背筋が曲がって見えたから余計に長く感じた。
人間の体の一部を持って帰るのは考えものだが、恐らくあいつが出てきたら相手はエドガーになるだろう。
《雷神の拳》の中隊長クラスは化け物揃いと聞く。殆どが《祝福》の無い腕力にものを言わせるタイプだが、死線を越えてきた猛者ぞろいだ。
「《雷神の拳》の連中は強敵揃いだとイイねぇ!ワクワクするぅ!
溢れる血に零れる臓物!新鮮な死体!やりたい放題だァ!
あァァ!興奮するぅう!」
「エドガー!その不愉快な口を閉じろ!」
「だァって楽しみなんだもぉん!」
エドガーは騒ぎながら身震いした。その姿に辟易する。
「仕方ないっすよ、エドの兄貴はイカれてますからね」とアンドリューが苦笑いした。
「味方ならこんなに頼もしい気狂いはいませんよ」
「気狂いは気狂いだ」と吐き捨てて不愉快な会話を断ち切った。
スペンサーの指示で、山を背に、川の前で陣を整える。
敵を誘導するように指示を出して、斥候を放った。
川を挟んだ向こう側はぬかるんだ平原だ。
数日続いた雨は川の水かさも増やしていた。
南部侯の重装騎兵を正面から相手する気は無い。
騎兵の機動力を封じるには格好の戦場だ。
ウィンザーには、数は少ないが、騎獣隊と呼ばれる特殊な騎士で構成された部隊がある。
騎獣は扱いこそ難しいが、泥濘に強く、高い機動力を発揮する。他国では違う名称で呼ばれるようだが、軍事転用に成功しているのはウィンザーのみだ。
「障害物を用意しろ」と指示を出した。
山から切り出した木を逆茂木として用意させ、沿岸に配置する。
泥濘、川、逆茂木で、敵の騎兵の機動力を封じる作戦の用意は着々と進んだ。
「スペンサー殿、貴殿は大将だ、後方にて指示を出せ」
「そうもいかんよ」と、彼は水かさの増した川を眺めながら答えた。
スペンサーが連れた本隊は、俺たち傭兵部隊と行動を共にしていた。
彼も囮だ。
ウェイドという騎士団長が騎獣隊連れ、別働隊として、泥濘に進路を阻まれた騎兵の側面に迂回して攻撃する手筈になっている。
「…これを使うことになるとはな」と彼は苦々しく呟いた。
四枚の人の顔から剥いだ生皮を板に貼り付け、目立つ高さに晒していた。
騎士道には悖るが、血の気の多いフィーアの騎士には有効な挑発だ。奴らはこれを死に物狂いで奪い返しに来るだろう…
「なぁんだ、飾ってくれたの?いい眺めだァ」とエドガーがニヤニヤ笑いながら現れた。
「貴殿が《顔剥ぎ》か?」とスペンサーが気狂いに訊ねた。
「あは!俺ってば有名人?」とエドガーは嬉しそうに笑って答えた。悪い意味で有名人だ、間違いない…
「そうだよォ大将!《顔剥ぎエドガー》は俺のことだぜェ」
「どうやってこれを持ち帰った?」とスペンサーはエドガーに訊ねた。
「秘密ぅ」とエドガーは質問に答えずに踵を返すと、またふらっと立ち去ろうとした。
「おい!無礼だぞ!」
「ヤダね、剥げない顔に興味はねぇよォ」と手をひらつかせて立ち去る背中を睨んだが、スペンサーは肩を竦めて笑った。
「私の顔は剥ぐに能わず、ということか」
そう言って顔の並ぶ板を見上げた。
「一応私はここの顔なのだがな」と呟いた男の内心など、知る由もなかった。
✩.*˚
「…まずいな」と相手の布陣を確認したヘンリックが呟いた。
「どうやって攻めるってんだ?」
「知るか、本営のお偉方がやれって言ってんだからやるしかねぇだろ」
敵の布陣は完璧だ。
山裾に流れる川を利用した布陣は、隙のないように見えた。
一方、こちらは出遅れて、緩い泥濘に足を取られた重騎兵というお荷物まで抱えてる始末だ。
そして何より最悪なのが…
「奴ら、旗と一緒に何を掲げてる?」とエルマーが遠眼鏡を覗くソーリューに訊ねた。
「ワルター、見てみろ」とソーリューは単眼鏡を俺に投げた。嫌々覗いて、それが想像通りのものと確認した。
「…エドガーの戦利品だ」
板に貼り付けられた人間の顔の皮。
見覚えのある口髭を生やした顔を見つけ、吐き気が込み上げた。
「士気に関わることか?」とソーリューが訊ねた。
「…本営から口止めされてる」と正直に答えた。
「成程」と短く呟いたソーリューはあの顔の人物の重要性には気付いたようだ。
「いきなり戦況が動いたのはこれのせいか?」
「まぁ、そんなところだな…」
「勿体ぶってないでさっさと白状しろ!どうなってやがる!?あれは誰だ?」とエルマーが苛立たしげに俺に迫った。
「止せ、ワルターからは答えられない」とソーリューがエルマーを制した。
「ヘンリック、お前は総大将に会ってたな」と確認して、ソーリューは俺の手から取り上げた単眼鏡をヘンリックに投げて渡した。ソーリューの言葉にヘンリックの顔から血の気が引いた。
「…まさか…そんな馬鹿な…?」
「そのまさかだ。確認しろ」とソーリューはヘンリックに顔を確認させた。
「…マジかよ…」ヘンリックの呻く声が全てを物語っていた。
士気に関わると、事実を伏せていたことが裏目に出た。
「…ヘルゲン子爵本人か?」とヘンリックが信じられない様子で俺に訊ねた。答えることが出来ずに顔を歪めるしかない。
そりゃそうだろう。最高指揮官の不在をこのような形で知らされたのだ。
「まずいぞ」と青い顔で現れたフリッツが前衛の様子を伝えた。前衛の傭兵たちもあの異常な光景に浮き足立っているとの報告だ。
「どうすんだ、ワルター」
ずっと様子を見ていたゲルトが口を開いた。
「考えてる時間はねぇぞ」
老兵の言う通り、あれが誰かバレるのも時間の問題だ。
このままでは敵陣に切り込む所ではない。だからと言って引くに引けない状況でもある。
本営から容赦なく「渡河」の命令が下った。
傭兵部隊が渡河して陣地を確保し、その間に工兵を使って騎馬隊を渡せる橋を用意させる手筈だ。
何にせよ、川の向こうに渡らねば始まらない。
「…やるしかねぇ」と腹を括って川を睨んだ。
「急拵えでいい、弓隊に援護させろ。
川を凍らせて前衛を渡河させる」
「そんな荒業したらお前が死ぬぞ!
俺が渡河できるポイントを探すから待て!」
エルマーが俺の無謀な作戦に待ったをかけたが、そんな時間は無かった。
凍らすなら、この増水した川に厚さ30cm以上の氷の橋を渡さねばならない。
川幅はおよそ十数mと言ったところか…
以前、ウィンザー公国の《英雄》で、《激流のサマーズ》って奴の水の柱を凍らせた。
できないことは無いはずだ。
その向こうには逆茂木が並び、奥には敵の前衛が見えた。
奴らは少なくとも逆茂木より前には出てこない筈だ。
「俺の橋は片道だ。
エルマー、お前は浅い所を探して前衛の退路を確保しろ。そういうの得意だろ?」
給料以上の仕事をせにゃならん…辛いな…
涙を通り越して笑いが漏れる。
あぁ、俺って意外と働き者なんだな、と自分で自分を褒めてやった。
ウェリンガーを呼んで《親衛兵》を伴い、前衛部隊が足止めされてる河原に向かった。
「俺が倒れたら後を頼む」とゲルトとヘンリックに指揮を委ねた。
初夏の湿度を帯びた空気が、一瞬で真冬の乾いた空気に変わった。
俺の纏った冷気で、空気より熱くなった水面から霧が発生する。
もうもうと立ち上る季節外れな霧に、辺りの景色が白く濁った。
「…始めるぞ」と告げて拳を握った。後には引けない。
止まるなよ、俺の心臓…
「《氷結》」
感覚を失うほどの冷気を纏った拳で《祝福》を放った。
バキバキと音を立てて水面が凍り付き、膨張した水面がせり上がって橋になった。
片道だけの頼りない橋だが何とか持つはずだ。
相手からは霧が邪魔して氷の橋を視認できないが、こちらからも向こう岸はどうなってるか確認できない。
「渡河!」フリッツの号令がかかった。
彼の率いる前衛部隊が氷の橋に足を踏み入れた。
✩.*˚
川から発生した濃霧の中、強烈な寒波が前衛部隊を襲った。
もう夏よ?!有り得ねぇだろ?!
「さっぶぅ!」纒わり付く霧で濡れた身体には堪える。
敵の並んだ対岸が騒がしい。
「何だァ?奴さんら、この状態でこっち来ようとか言わないよな?」
水かさの増えた川は鎧や武器を抱えた人間が渡るには困難な深さだ。
アルフィーやスペンサーのおっさんも、もう少し水が引いてからじゃないと渡河できないと踏んでいた。
別働隊の移動時間はそれで稼ぐはずだった。
「渡河!」の号令が霧の向こうで発せられ、「応!」と答える声が続いた。
「え?今、アイツら何て?!」
「『渡河』って言いましたかね?」とアンドリューらも驚いた様子だ。
イカレてんの?!ヤケクソか?!
渡河を援護する矢が川を跨いで、陣内に飛び込んで来る。
アイツら正気か?
嬉しくで笑いが込み上げる。
「狂ってんなァ!」
嬉々として剣を抜いた。それを合図に、傭兵たちが得物を構え、川を越えてくるであろう部隊を待った。
スペンサーの「構え!」の号令で、逆茂木の前に並んだ軽装の槍兵が隙間なく槍を構えた。
霧を裂いて敵が姿を見せた。
「切り開け!」
隊長らしき大男が檄を飛ばし、手にしたハルバードを構え突撃してきた。
彼は逆茂木を抜け、槍衾に戦斧を振るい、戦列に穴を穿った。
「あれ?アイツらどっから来て…」
突入してきたヤツらの服は濡れてない?
てっきりびしょ濡れで、ガタガタ震えながら渡河してくると思っていたのに?
渡河してるのは別部隊か?
まぁ、どうでもイイやァ!楽しけりゃ!
「大歓迎だよォ!」と両手を広げ、哄笑を上げながら、大男の部隊を出迎えた。
突破力は申し分ない!逆茂木にも槍衾にも怯まない強兵揃いだ!こうでなくっちゃなぁ!
前衛同士が入り乱れての混戦になる。
何でもありだ!最後に立ってた奴が正義だ!
お上品じゃ生きられねぇよ!
剣を振るって前に出る。
数人切り伏せて、さらに血を求めていると、ナイフが飛んできて危うく目をやられそうになった。
仰け反って躱すと、後ろに居た奴にナイフが刺さって悲鳴が上がる。混戦だからしゃーないよな…
ナイフの持ち主は、旅芸人みたいな変わった髪の結い方をした軽装の傭兵だ。複数の短剣を腰に履いて、肩から投げナイフの並んだベルトを下げていた。
男は俺を見て、「やっべぇのに当たっちまった」とボヤきながら短剣と投げナイフを構えた。
「イイねぇ!遊んでくれよォ!」
「あいにく俺は忙しい身でね!」と何とも連れない返事を返して、彼はナイフを投げた。
ナイフを躊躇なく避ける俺を見て、相手は嫌な顔をする。
「後ろ、味方に当たってんぞ」
「だァって、俺だって痛いのヤダもん」
「叩き落とせよ」と彼は提案した。
「そしたらアンタはどうすんだい?」と訊いてやる。
相手はイイ顔で笑った。それが答えだ。
男はまたナイフを投げて、一瞬で肉薄した。
ナイフを放った手には、もう既に新しい得物がある。
俺の剣を柔らかく受け流し、空いてる方で突きを放った。
突きを間一髪で避けると、次は蹴りを放ってきた。
靴に仕込んだナイフが顔を掠めて皮膚を裂いた。
「チッ、ダメか!」
思ったような手応えを得られずに、男は軽業師のような動きで下がって俺との間合いを稼いだ。
左右から襲ってくる傭兵を躱しながら、男は手首を閃かせ、石礫を放った。
石は吸い込まれるように眼窩に収まった。石を食らった奴らは仰け反って悲鳴をあげた。
「新しい目ん玉は気に入ったかい?」と訊ねる男は皮肉っぽく笑いながら、体勢を立て直すとまた剣を構えた。
「アンタ強いねェ!名前なんてぇの?」
「《雷神の拳》のオーラフ・マイヤー。
《悪魔の道化師》が俺の売り名だ」
「強そうでいいねェ!楽しませてくれよ!」
「やなこった!金とるぞ!」
「えー、アンタ結構シビアだねェ!」
言葉戦を交わしながら刃を交えた。
道化師を名乗るだけあって、器用な奴だ。
軽業師みたいな体捌きで刃を躱すと、不安定な体勢のままナイフや石を投げてくる。
混戦の中、道化師との追いかけっこになった。
どっちかが死ぬまで終わらない追いかけっこだ!
何度か邪魔が入ったが、邪魔者は俺か奴に斬られて退場した。
うん!楽しィイ!こうでなくっちゃ!
「しつこい野郎だ!」と相手の息が荒くなってきた。持久力は無いらしい。
「執着するタイプでね!アンタの顔も板に飾るか?」
「やっぱりテメェ《顔剥ぎ》か!」
かっと俺を睨むと、疲れてた道化師の剣のキレが増した。
「テメェのせいで俺らはいい迷惑だ!ヨナタンまでとばっちりをくったんだ!生かしちゃおかねぇ!」
「誰だよ?知らねぇな?」ノーマークの奴だ。《雷神の拳》にそんな奴居たっけな?
「俺のツレだ!」と言うので目を丸くした。
「あは!そういうこと?」
おもしれぇこと聞いちゃった!
「是非ソイツの顔も剥いでみたいねェ」
「バカにしやがって!その舌引っこ抜いてやる!」
道化師は、俺の安っぽい挑発に乗って、前に踏み込んだ。
イイよォ!もっとだ!前に来い!
剣を交えながらゆっくり後退して奴を誘った。
お前の得意なのは中距離だってもう分かってんだァ…
打ち合いのさなか頭突きをみまってやった。
道化師の動きが止まり、次いで苦痛に顔が歪んだ。
道化師は自分の腹から生えた刃を信じられないように見ていた。
「アンタは所詮 《道化師》だな」と嘲り笑って乱暴に剣を引き抜いて傷口を広げた。
パックリ開いた傷口から血と臓物が溢れる。
フラフラとよろめいた身体を蹴りげ、仰向けに転がした。
半分死体になった男を上から見下ろして「どうだい?」と笑った。相手の口からゴボコボと血の泡が溢れる。俺を強者と認めた瞳は力の色を失った。
「じゃ、遠慮なくゥ」
後で皮を剥ぐために、首ごと持ち帰ろうと剣を振り上げた。次の瞬間、俺の脇腹に衝撃と熱い痛みが走った。
「なぁ?」
「オーラフ!死ぬな!」子供みたいな声がした。
脇腹に手をやると、白い羽の矢が刺さっていた。
「ギィィ」歯軋りが漏れた。
どこのどいつだ!邪魔しやがって!
晴れかけた霧の中に黒い影が躍り出た。
「お前!こないだの!」襲撃の夜に逃げ切られた仮面の男!こいつも居たのか!
「スー!オーラフを回収して対岸に帰せ!」
「何言ってやがる!俺の獲物だ!渡すもんか!」と仮面の男に食い下がった。
仮面の男は、俺の剣と斬り結んで足止めした。
矢傷が熱を帯びて俺を怯ませた。
「ソーリュー!」
「早く行け!間に合わなくなるぞ!」
仮面の相手が怒鳴りつけた子供の姿に目を見開いた。
「…か…お」
言葉を失うほどの衝撃だった。
血風の舞う地獄で、俺の理想とする綺麗な、整った完璧な顔がすぐ目の前にあった。
白い弓を持った黒髪の美少年…
弓なりの整った眉、大きな目を縁取るまつ毛、ふっくらとした頬、すっと通った鼻筋、形のいい唇…
「…みぃつけたァ…」
アルフィーの新しい顔に狙いを定めた。
✩.*˚
ソーリューに着いてワルターの氷の橋を渡った。
橋から滑り落ちた傭兵もいたが、誰も気に留めない。
霧の中で視界が制限された状態で、みんな前だけ見て駆け抜けて行く。
「ソーリュー!霧が邪魔で弓が使えない!」と言うと、彼は「我慢しろ」と返した。
「ワルターの霧はすぐに消える!それより前に集中しろ!」
フリッツが連れた先頭の部隊は既に対岸で戦闘を始めていた。
剣の打ち合う音と、怒号と悲鳴が、霧の中で反響した。
一気に緊張が高まる。
「この先は敵陣だ、絶対にはぐれるな!もし俺を見失ったらヨナタンの梟を頼りに陣地に帰れ!俺を探すな!」
服の上からポケットに収まった鳥の彫像を抑えた。
『差し入れの礼だ、貸してやるよ』とヨナタンは親ミミズクを僕に持たせた。
子供は後衛で待つヨナタンが持っている。彼は戦闘に参加しないので、これさえあれば必ず仲間と合流出来るらしい。
『必ず返せよ』と彼は僕の頭を撫でて送り出してくれた。
『イイなぁ』とオーラフが羨ましそうに言って、ヨナタンに『俺にもなんかくれよ』と駄々をこねた。
ヨナタンは『アホか』と言って、駄々をこねるオーラフを突き放していた。
『お前はなんも無くても帰ってくるだろ?』
『ケチだな』と拗ねるオーラフに、ヨナタンは含むように笑って煙草を咥えた。
『帰ってきたら煙草と酒くらい馳走してやるよ』
仲のいい二人のやり取りがまだ聞けると思ってた。
霧から靄に変わった景色の中に、赤いオーラフが倒れるまでは…
「スー!オーラフを回収して対岸に帰せ!」
オーラフを守るように、敵の前に立ち塞がったソーリューが早口で僕に指示した。
オーラフと戦ってた、古傷だらけの背の高い男は、「俺の獲物だ!」と執着を見せ、ソーリューを襲った。
剣を抜いたソーリューが男を止めて、男をそれ以上オーラフに近づけなかった。
彼が足止めしてるうちに傷に治癒魔法をかけたが、内蔵が覗くほど抉られた傷は僕の力では塞げなかった。
「ソーリュー!」
「早く行け!間に合わなくなるぞ!」
ソーリューの言葉に鳥肌が立った。
オーラフの血が止まらない。まだ近くに味方がいるうちに何とかしないと…
「オーラフ!頑張れ!」
彼に声をかけながら、何とか移動させようと腕を肩に回して担いだ。
「…いい」と微かな声で彼が言った。
「もう…無理って…自分で分かってる…」と悲しい事を言った。彼の目はもう虚ろだった。
「《筋力強化》、《軽圧》」狩りで採った獲物を運ぶ時に使用する魔法を使って彼を担いだ。
腕輪の魔石が輝くと、オーラフは幼子くらい軽くなった。
「レプシウス師なら助けてくれるから!もうちょっと頑張れ、オーラフ!」
彼を励ましながら来た道を戻ろうとした。
「逃がすな!」と後ろで敵の声が上がり、「援護しろ!」とソーリューが味方に指示を出した。
敵味方で入り乱れる。
「…悪ぃな」とオーラフは微かな声で謝った。
「色々教えるって…言ったのに…」
「教えてもらうよ!君が元気になったら教えてもらう!」
折れそうな氷の橋を渡りながら叫んだ。涙が溢れそうになるのを必死にこらえた。泣いたら彼が死んでしまう気がした。
軋む橋は今にも流されそうで不安定だ。
「…ヨナタンに…」と彼は朦朧とした状態で、僕に友人への言葉を残した。
「ありがとうって…ごめんって…言って…それで…」
川の流れる音で消えそうになる声は、最後に微かに一言を残して途切れた。
最後の言葉を紡いだ身体から魂の気配が消えた。
力の抜けた身体が僕の肩に託される。肩が重くなった。
「…ヤダよ」氷の橋の真ん中で脚が止まる。
肩を貸すように担いだ彼の顔を見た。
疲れて眠るような、そんな顔をしていた…
「オーラフ…」
僕は無力だ…君の役には立てなかった…
✩.*˚
僅かに体温が戻った。
「もういい、俺も出る」と悴む手で剣を握った。
フリッツたちを見送った橋はもう人を渡せるようなもんじゃない。落ちるのも時間の問題だ。
「エルマーが渡河ポイントに縄を渡した。
あいつの部隊もフリッツに合流するところだ」とヘンリックが状況を伝えた。
「おい!あれ!」と川岸から声が上がった。
霧が靄に変わり、氷の橋が軋んで揺れるのがみえた。
流される直前の橋の上に、二人取り残されている姿が見えた。
「スー?」一人はスーみたいだが、誰かを担いでる。
「負傷者か?」
「誰か手伝ってやれ!」とヘンリックが部下に迎えに行くように指示した。
迎えに行った奴らが慌てて戻って来ると、「マイヤー軍曹戦死」の凶報を伝えた。
「…オーラフが?」耳を疑ったが、相手の名を確認して納得した。
「《顔剥ぎ》とかち合ったみたいです」
「戻った奴に直接訊く」と川原に向かった。
岸に寝かされたオーラフの遺体を確認した。
腹を深く抉られ、傷口から引き裂かれた腸が覗いている。血を大量に失った身体は青白い肌を晒していた。
「相手は?全身傷だらけの背の高い、頭のおかしな奴か?」
スーは俺の問いに黙って頷いた。
「《顔剥ぎ》だな」とヘンリックも頷いた。
アイツが居るなら、対岸には《烈火》も居るはずだ。
「…ごめん」と、オーラフの死体の傍らに膝を着いていたスーが口を開いた。
「連れ帰ってくれただけで十分だ」とスーを労った。
「僕の治療が…もっと、父さんみたいに出来れば…」
悔し涙を滲ませるスーにゲルトが歩み寄って、いきなり襟首を掴んで立たせると平手打ちをくわえた。
「黙れ、クソガキ。
泣こうが喚こうが結果は変わらん。こいつは死んだんだ。さっさと持ち場に戻れ」
「叔父貴!」
「甘やかすな!まだ始まったばかりだ!」
ヘンリックの抗議を一蹴して、ゲルトは厳しい現実を突きつけた。
霧が少し晴れて、対岸の様子が見える。
まだ戦闘は継続中だ。
「小僧。戦争の借りは戦争してるうちに返せ。
終わったら返せねぇぞ」
「…分かった」
「なら、今度はケツを蹴飛ばされる前に持ち場に戻れ!さっさとしねぇと取るべき首が無くなっちまうぞ!」
「うるさい!そんなに首が欲しいならくれてやる!」とスーがゲルトに反抗した。彼の手を跳ね除けると、手にした弓に素早く矢を番えた。
「《霹靂の矢》」腕輪の石が瞬くと、番えた矢が魔法を纏って対岸に飛んだ。
矢は真っ直ぐに飛び、対岸の馬に乗った騎士に吸い込まれて爆ぜた。
雷が騎士を襲ったように見えた。
「まず一人」スーそう呟いて次の矢を番えてまた同じ矢を対岸に放った。
また馬に乗った騎士が雷に撃たれて落馬した。
流石のゲルトもこれには唸って閉口した。
「僕はガキでも小僧でもない」と黙り込んだゲルトを睨んでスーは弓を下ろした。
「ゲルト、僕の二つ名でも考えておいてよ。
戦士にふさわしい立派なやつをね」
ゲルトにそう言い残して、スーはまた戦闘の続く対岸に戻ろうと水面に向かって歩き出した。
「《水乙女の靴》」
足元に魔法を発動させると、まるで水溜まりでも歩くように、水面を歩いて対岸に渡って行く。
「まるで妖精だ」とヘンリックが呟いて、ゲルトに視線を向けた。
流石の老兵も、目を疑う光景に言葉も無いようだ。
「叔父貴…あんた、とんでもない奴に発破かけちまったな」とヘンリックは苦笑いして、自分の部隊に渡河を命じた。
元は獣道だったのかも知れないが、今では軍隊が徒歩や馬で難なく移動できるほどの立派な道になっていた。
敵とぶつかる前衛の囮として山を降った。
「俺は極力温存する。露払いはお前らに任せた」
「いいよォ!俺ちゃんが守ってあげる!」
不愉快なバカは無視した…
「《祝福》持ちが出てきたら代われ」
「《氷鬼》っすか?」と先日の襲撃に参加したアンドリューが口を開いた。
「そうだ、背の高い、短い癖のある金髪の男だ」
「《嘲笑のエルマー》は俺に譲れよ?まだ決着着いてねぇんだ」とエドガーが執着した。
「あいつのなっがい両腕切り落として手袋にでもするかァ?」とエドガーははしゃいでる。
確かに長かったな…背筋が曲がって見えたから余計に長く感じた。
人間の体の一部を持って帰るのは考えものだが、恐らくあいつが出てきたら相手はエドガーになるだろう。
《雷神の拳》の中隊長クラスは化け物揃いと聞く。殆どが《祝福》の無い腕力にものを言わせるタイプだが、死線を越えてきた猛者ぞろいだ。
「《雷神の拳》の連中は強敵揃いだとイイねぇ!ワクワクするぅ!
溢れる血に零れる臓物!新鮮な死体!やりたい放題だァ!
あァァ!興奮するぅう!」
「エドガー!その不愉快な口を閉じろ!」
「だァって楽しみなんだもぉん!」
エドガーは騒ぎながら身震いした。その姿に辟易する。
「仕方ないっすよ、エドの兄貴はイカれてますからね」とアンドリューが苦笑いした。
「味方ならこんなに頼もしい気狂いはいませんよ」
「気狂いは気狂いだ」と吐き捨てて不愉快な会話を断ち切った。
スペンサーの指示で、山を背に、川の前で陣を整える。
敵を誘導するように指示を出して、斥候を放った。
川を挟んだ向こう側はぬかるんだ平原だ。
数日続いた雨は川の水かさも増やしていた。
南部侯の重装騎兵を正面から相手する気は無い。
騎兵の機動力を封じるには格好の戦場だ。
ウィンザーには、数は少ないが、騎獣隊と呼ばれる特殊な騎士で構成された部隊がある。
騎獣は扱いこそ難しいが、泥濘に強く、高い機動力を発揮する。他国では違う名称で呼ばれるようだが、軍事転用に成功しているのはウィンザーのみだ。
「障害物を用意しろ」と指示を出した。
山から切り出した木を逆茂木として用意させ、沿岸に配置する。
泥濘、川、逆茂木で、敵の騎兵の機動力を封じる作戦の用意は着々と進んだ。
「スペンサー殿、貴殿は大将だ、後方にて指示を出せ」
「そうもいかんよ」と、彼は水かさの増した川を眺めながら答えた。
スペンサーが連れた本隊は、俺たち傭兵部隊と行動を共にしていた。
彼も囮だ。
ウェイドという騎士団長が騎獣隊連れ、別働隊として、泥濘に進路を阻まれた騎兵の側面に迂回して攻撃する手筈になっている。
「…これを使うことになるとはな」と彼は苦々しく呟いた。
四枚の人の顔から剥いだ生皮を板に貼り付け、目立つ高さに晒していた。
騎士道には悖るが、血の気の多いフィーアの騎士には有効な挑発だ。奴らはこれを死に物狂いで奪い返しに来るだろう…
「なぁんだ、飾ってくれたの?いい眺めだァ」とエドガーがニヤニヤ笑いながら現れた。
「貴殿が《顔剥ぎ》か?」とスペンサーが気狂いに訊ねた。
「あは!俺ってば有名人?」とエドガーは嬉しそうに笑って答えた。悪い意味で有名人だ、間違いない…
「そうだよォ大将!《顔剥ぎエドガー》は俺のことだぜェ」
「どうやってこれを持ち帰った?」とスペンサーはエドガーに訊ねた。
「秘密ぅ」とエドガーは質問に答えずに踵を返すと、またふらっと立ち去ろうとした。
「おい!無礼だぞ!」
「ヤダね、剥げない顔に興味はねぇよォ」と手をひらつかせて立ち去る背中を睨んだが、スペンサーは肩を竦めて笑った。
「私の顔は剥ぐに能わず、ということか」
そう言って顔の並ぶ板を見上げた。
「一応私はここの顔なのだがな」と呟いた男の内心など、知る由もなかった。
✩.*˚
「…まずいな」と相手の布陣を確認したヘンリックが呟いた。
「どうやって攻めるってんだ?」
「知るか、本営のお偉方がやれって言ってんだからやるしかねぇだろ」
敵の布陣は完璧だ。
山裾に流れる川を利用した布陣は、隙のないように見えた。
一方、こちらは出遅れて、緩い泥濘に足を取られた重騎兵というお荷物まで抱えてる始末だ。
そして何より最悪なのが…
「奴ら、旗と一緒に何を掲げてる?」とエルマーが遠眼鏡を覗くソーリューに訊ねた。
「ワルター、見てみろ」とソーリューは単眼鏡を俺に投げた。嫌々覗いて、それが想像通りのものと確認した。
「…エドガーの戦利品だ」
板に貼り付けられた人間の顔の皮。
見覚えのある口髭を生やした顔を見つけ、吐き気が込み上げた。
「士気に関わることか?」とソーリューが訊ねた。
「…本営から口止めされてる」と正直に答えた。
「成程」と短く呟いたソーリューはあの顔の人物の重要性には気付いたようだ。
「いきなり戦況が動いたのはこれのせいか?」
「まぁ、そんなところだな…」
「勿体ぶってないでさっさと白状しろ!どうなってやがる!?あれは誰だ?」とエルマーが苛立たしげに俺に迫った。
「止せ、ワルターからは答えられない」とソーリューがエルマーを制した。
「ヘンリック、お前は総大将に会ってたな」と確認して、ソーリューは俺の手から取り上げた単眼鏡をヘンリックに投げて渡した。ソーリューの言葉にヘンリックの顔から血の気が引いた。
「…まさか…そんな馬鹿な…?」
「そのまさかだ。確認しろ」とソーリューはヘンリックに顔を確認させた。
「…マジかよ…」ヘンリックの呻く声が全てを物語っていた。
士気に関わると、事実を伏せていたことが裏目に出た。
「…ヘルゲン子爵本人か?」とヘンリックが信じられない様子で俺に訊ねた。答えることが出来ずに顔を歪めるしかない。
そりゃそうだろう。最高指揮官の不在をこのような形で知らされたのだ。
「まずいぞ」と青い顔で現れたフリッツが前衛の様子を伝えた。前衛の傭兵たちもあの異常な光景に浮き足立っているとの報告だ。
「どうすんだ、ワルター」
ずっと様子を見ていたゲルトが口を開いた。
「考えてる時間はねぇぞ」
老兵の言う通り、あれが誰かバレるのも時間の問題だ。
このままでは敵陣に切り込む所ではない。だからと言って引くに引けない状況でもある。
本営から容赦なく「渡河」の命令が下った。
傭兵部隊が渡河して陣地を確保し、その間に工兵を使って騎馬隊を渡せる橋を用意させる手筈だ。
何にせよ、川の向こうに渡らねば始まらない。
「…やるしかねぇ」と腹を括って川を睨んだ。
「急拵えでいい、弓隊に援護させろ。
川を凍らせて前衛を渡河させる」
「そんな荒業したらお前が死ぬぞ!
俺が渡河できるポイントを探すから待て!」
エルマーが俺の無謀な作戦に待ったをかけたが、そんな時間は無かった。
凍らすなら、この増水した川に厚さ30cm以上の氷の橋を渡さねばならない。
川幅はおよそ十数mと言ったところか…
以前、ウィンザー公国の《英雄》で、《激流のサマーズ》って奴の水の柱を凍らせた。
できないことは無いはずだ。
その向こうには逆茂木が並び、奥には敵の前衛が見えた。
奴らは少なくとも逆茂木より前には出てこない筈だ。
「俺の橋は片道だ。
エルマー、お前は浅い所を探して前衛の退路を確保しろ。そういうの得意だろ?」
給料以上の仕事をせにゃならん…辛いな…
涙を通り越して笑いが漏れる。
あぁ、俺って意外と働き者なんだな、と自分で自分を褒めてやった。
ウェリンガーを呼んで《親衛兵》を伴い、前衛部隊が足止めされてる河原に向かった。
「俺が倒れたら後を頼む」とゲルトとヘンリックに指揮を委ねた。
初夏の湿度を帯びた空気が、一瞬で真冬の乾いた空気に変わった。
俺の纏った冷気で、空気より熱くなった水面から霧が発生する。
もうもうと立ち上る季節外れな霧に、辺りの景色が白く濁った。
「…始めるぞ」と告げて拳を握った。後には引けない。
止まるなよ、俺の心臓…
「《氷結》」
感覚を失うほどの冷気を纏った拳で《祝福》を放った。
バキバキと音を立てて水面が凍り付き、膨張した水面がせり上がって橋になった。
片道だけの頼りない橋だが何とか持つはずだ。
相手からは霧が邪魔して氷の橋を視認できないが、こちらからも向こう岸はどうなってるか確認できない。
「渡河!」フリッツの号令がかかった。
彼の率いる前衛部隊が氷の橋に足を踏み入れた。
✩.*˚
川から発生した濃霧の中、強烈な寒波が前衛部隊を襲った。
もう夏よ?!有り得ねぇだろ?!
「さっぶぅ!」纒わり付く霧で濡れた身体には堪える。
敵の並んだ対岸が騒がしい。
「何だァ?奴さんら、この状態でこっち来ようとか言わないよな?」
水かさの増えた川は鎧や武器を抱えた人間が渡るには困難な深さだ。
アルフィーやスペンサーのおっさんも、もう少し水が引いてからじゃないと渡河できないと踏んでいた。
別働隊の移動時間はそれで稼ぐはずだった。
「渡河!」の号令が霧の向こうで発せられ、「応!」と答える声が続いた。
「え?今、アイツら何て?!」
「『渡河』って言いましたかね?」とアンドリューらも驚いた様子だ。
イカレてんの?!ヤケクソか?!
渡河を援護する矢が川を跨いで、陣内に飛び込んで来る。
アイツら正気か?
嬉しくで笑いが込み上げる。
「狂ってんなァ!」
嬉々として剣を抜いた。それを合図に、傭兵たちが得物を構え、川を越えてくるであろう部隊を待った。
スペンサーの「構え!」の号令で、逆茂木の前に並んだ軽装の槍兵が隙間なく槍を構えた。
霧を裂いて敵が姿を見せた。
「切り開け!」
隊長らしき大男が檄を飛ばし、手にしたハルバードを構え突撃してきた。
彼は逆茂木を抜け、槍衾に戦斧を振るい、戦列に穴を穿った。
「あれ?アイツらどっから来て…」
突入してきたヤツらの服は濡れてない?
てっきりびしょ濡れで、ガタガタ震えながら渡河してくると思っていたのに?
渡河してるのは別部隊か?
まぁ、どうでもイイやァ!楽しけりゃ!
「大歓迎だよォ!」と両手を広げ、哄笑を上げながら、大男の部隊を出迎えた。
突破力は申し分ない!逆茂木にも槍衾にも怯まない強兵揃いだ!こうでなくっちゃなぁ!
前衛同士が入り乱れての混戦になる。
何でもありだ!最後に立ってた奴が正義だ!
お上品じゃ生きられねぇよ!
剣を振るって前に出る。
数人切り伏せて、さらに血を求めていると、ナイフが飛んできて危うく目をやられそうになった。
仰け反って躱すと、後ろに居た奴にナイフが刺さって悲鳴が上がる。混戦だからしゃーないよな…
ナイフの持ち主は、旅芸人みたいな変わった髪の結い方をした軽装の傭兵だ。複数の短剣を腰に履いて、肩から投げナイフの並んだベルトを下げていた。
男は俺を見て、「やっべぇのに当たっちまった」とボヤきながら短剣と投げナイフを構えた。
「イイねぇ!遊んでくれよォ!」
「あいにく俺は忙しい身でね!」と何とも連れない返事を返して、彼はナイフを投げた。
ナイフを躊躇なく避ける俺を見て、相手は嫌な顔をする。
「後ろ、味方に当たってんぞ」
「だァって、俺だって痛いのヤダもん」
「叩き落とせよ」と彼は提案した。
「そしたらアンタはどうすんだい?」と訊いてやる。
相手はイイ顔で笑った。それが答えだ。
男はまたナイフを投げて、一瞬で肉薄した。
ナイフを放った手には、もう既に新しい得物がある。
俺の剣を柔らかく受け流し、空いてる方で突きを放った。
突きを間一髪で避けると、次は蹴りを放ってきた。
靴に仕込んだナイフが顔を掠めて皮膚を裂いた。
「チッ、ダメか!」
思ったような手応えを得られずに、男は軽業師のような動きで下がって俺との間合いを稼いだ。
左右から襲ってくる傭兵を躱しながら、男は手首を閃かせ、石礫を放った。
石は吸い込まれるように眼窩に収まった。石を食らった奴らは仰け反って悲鳴をあげた。
「新しい目ん玉は気に入ったかい?」と訊ねる男は皮肉っぽく笑いながら、体勢を立て直すとまた剣を構えた。
「アンタ強いねェ!名前なんてぇの?」
「《雷神の拳》のオーラフ・マイヤー。
《悪魔の道化師》が俺の売り名だ」
「強そうでいいねェ!楽しませてくれよ!」
「やなこった!金とるぞ!」
「えー、アンタ結構シビアだねェ!」
言葉戦を交わしながら刃を交えた。
道化師を名乗るだけあって、器用な奴だ。
軽業師みたいな体捌きで刃を躱すと、不安定な体勢のままナイフや石を投げてくる。
混戦の中、道化師との追いかけっこになった。
どっちかが死ぬまで終わらない追いかけっこだ!
何度か邪魔が入ったが、邪魔者は俺か奴に斬られて退場した。
うん!楽しィイ!こうでなくっちゃ!
「しつこい野郎だ!」と相手の息が荒くなってきた。持久力は無いらしい。
「執着するタイプでね!アンタの顔も板に飾るか?」
「やっぱりテメェ《顔剥ぎ》か!」
かっと俺を睨むと、疲れてた道化師の剣のキレが増した。
「テメェのせいで俺らはいい迷惑だ!ヨナタンまでとばっちりをくったんだ!生かしちゃおかねぇ!」
「誰だよ?知らねぇな?」ノーマークの奴だ。《雷神の拳》にそんな奴居たっけな?
「俺のツレだ!」と言うので目を丸くした。
「あは!そういうこと?」
おもしれぇこと聞いちゃった!
「是非ソイツの顔も剥いでみたいねェ」
「バカにしやがって!その舌引っこ抜いてやる!」
道化師は、俺の安っぽい挑発に乗って、前に踏み込んだ。
イイよォ!もっとだ!前に来い!
剣を交えながらゆっくり後退して奴を誘った。
お前の得意なのは中距離だってもう分かってんだァ…
打ち合いのさなか頭突きをみまってやった。
道化師の動きが止まり、次いで苦痛に顔が歪んだ。
道化師は自分の腹から生えた刃を信じられないように見ていた。
「アンタは所詮 《道化師》だな」と嘲り笑って乱暴に剣を引き抜いて傷口を広げた。
パックリ開いた傷口から血と臓物が溢れる。
フラフラとよろめいた身体を蹴りげ、仰向けに転がした。
半分死体になった男を上から見下ろして「どうだい?」と笑った。相手の口からゴボコボと血の泡が溢れる。俺を強者と認めた瞳は力の色を失った。
「じゃ、遠慮なくゥ」
後で皮を剥ぐために、首ごと持ち帰ろうと剣を振り上げた。次の瞬間、俺の脇腹に衝撃と熱い痛みが走った。
「なぁ?」
「オーラフ!死ぬな!」子供みたいな声がした。
脇腹に手をやると、白い羽の矢が刺さっていた。
「ギィィ」歯軋りが漏れた。
どこのどいつだ!邪魔しやがって!
晴れかけた霧の中に黒い影が躍り出た。
「お前!こないだの!」襲撃の夜に逃げ切られた仮面の男!こいつも居たのか!
「スー!オーラフを回収して対岸に帰せ!」
「何言ってやがる!俺の獲物だ!渡すもんか!」と仮面の男に食い下がった。
仮面の男は、俺の剣と斬り結んで足止めした。
矢傷が熱を帯びて俺を怯ませた。
「ソーリュー!」
「早く行け!間に合わなくなるぞ!」
仮面の相手が怒鳴りつけた子供の姿に目を見開いた。
「…か…お」
言葉を失うほどの衝撃だった。
血風の舞う地獄で、俺の理想とする綺麗な、整った完璧な顔がすぐ目の前にあった。
白い弓を持った黒髪の美少年…
弓なりの整った眉、大きな目を縁取るまつ毛、ふっくらとした頬、すっと通った鼻筋、形のいい唇…
「…みぃつけたァ…」
アルフィーの新しい顔に狙いを定めた。
✩.*˚
ソーリューに着いてワルターの氷の橋を渡った。
橋から滑り落ちた傭兵もいたが、誰も気に留めない。
霧の中で視界が制限された状態で、みんな前だけ見て駆け抜けて行く。
「ソーリュー!霧が邪魔で弓が使えない!」と言うと、彼は「我慢しろ」と返した。
「ワルターの霧はすぐに消える!それより前に集中しろ!」
フリッツが連れた先頭の部隊は既に対岸で戦闘を始めていた。
剣の打ち合う音と、怒号と悲鳴が、霧の中で反響した。
一気に緊張が高まる。
「この先は敵陣だ、絶対にはぐれるな!もし俺を見失ったらヨナタンの梟を頼りに陣地に帰れ!俺を探すな!」
服の上からポケットに収まった鳥の彫像を抑えた。
『差し入れの礼だ、貸してやるよ』とヨナタンは親ミミズクを僕に持たせた。
子供は後衛で待つヨナタンが持っている。彼は戦闘に参加しないので、これさえあれば必ず仲間と合流出来るらしい。
『必ず返せよ』と彼は僕の頭を撫でて送り出してくれた。
『イイなぁ』とオーラフが羨ましそうに言って、ヨナタンに『俺にもなんかくれよ』と駄々をこねた。
ヨナタンは『アホか』と言って、駄々をこねるオーラフを突き放していた。
『お前はなんも無くても帰ってくるだろ?』
『ケチだな』と拗ねるオーラフに、ヨナタンは含むように笑って煙草を咥えた。
『帰ってきたら煙草と酒くらい馳走してやるよ』
仲のいい二人のやり取りがまだ聞けると思ってた。
霧から靄に変わった景色の中に、赤いオーラフが倒れるまでは…
「スー!オーラフを回収して対岸に帰せ!」
オーラフを守るように、敵の前に立ち塞がったソーリューが早口で僕に指示した。
オーラフと戦ってた、古傷だらけの背の高い男は、「俺の獲物だ!」と執着を見せ、ソーリューを襲った。
剣を抜いたソーリューが男を止めて、男をそれ以上オーラフに近づけなかった。
彼が足止めしてるうちに傷に治癒魔法をかけたが、内蔵が覗くほど抉られた傷は僕の力では塞げなかった。
「ソーリュー!」
「早く行け!間に合わなくなるぞ!」
ソーリューの言葉に鳥肌が立った。
オーラフの血が止まらない。まだ近くに味方がいるうちに何とかしないと…
「オーラフ!頑張れ!」
彼に声をかけながら、何とか移動させようと腕を肩に回して担いだ。
「…いい」と微かな声で彼が言った。
「もう…無理って…自分で分かってる…」と悲しい事を言った。彼の目はもう虚ろだった。
「《筋力強化》、《軽圧》」狩りで採った獲物を運ぶ時に使用する魔法を使って彼を担いだ。
腕輪の魔石が輝くと、オーラフは幼子くらい軽くなった。
「レプシウス師なら助けてくれるから!もうちょっと頑張れ、オーラフ!」
彼を励ましながら来た道を戻ろうとした。
「逃がすな!」と後ろで敵の声が上がり、「援護しろ!」とソーリューが味方に指示を出した。
敵味方で入り乱れる。
「…悪ぃな」とオーラフは微かな声で謝った。
「色々教えるって…言ったのに…」
「教えてもらうよ!君が元気になったら教えてもらう!」
折れそうな氷の橋を渡りながら叫んだ。涙が溢れそうになるのを必死にこらえた。泣いたら彼が死んでしまう気がした。
軋む橋は今にも流されそうで不安定だ。
「…ヨナタンに…」と彼は朦朧とした状態で、僕に友人への言葉を残した。
「ありがとうって…ごめんって…言って…それで…」
川の流れる音で消えそうになる声は、最後に微かに一言を残して途切れた。
最後の言葉を紡いだ身体から魂の気配が消えた。
力の抜けた身体が僕の肩に託される。肩が重くなった。
「…ヤダよ」氷の橋の真ん中で脚が止まる。
肩を貸すように担いだ彼の顔を見た。
疲れて眠るような、そんな顔をしていた…
「オーラフ…」
僕は無力だ…君の役には立てなかった…
✩.*˚
僅かに体温が戻った。
「もういい、俺も出る」と悴む手で剣を握った。
フリッツたちを見送った橋はもう人を渡せるようなもんじゃない。落ちるのも時間の問題だ。
「エルマーが渡河ポイントに縄を渡した。
あいつの部隊もフリッツに合流するところだ」とヘンリックが状況を伝えた。
「おい!あれ!」と川岸から声が上がった。
霧が靄に変わり、氷の橋が軋んで揺れるのがみえた。
流される直前の橋の上に、二人取り残されている姿が見えた。
「スー?」一人はスーみたいだが、誰かを担いでる。
「負傷者か?」
「誰か手伝ってやれ!」とヘンリックが部下に迎えに行くように指示した。
迎えに行った奴らが慌てて戻って来ると、「マイヤー軍曹戦死」の凶報を伝えた。
「…オーラフが?」耳を疑ったが、相手の名を確認して納得した。
「《顔剥ぎ》とかち合ったみたいです」
「戻った奴に直接訊く」と川原に向かった。
岸に寝かされたオーラフの遺体を確認した。
腹を深く抉られ、傷口から引き裂かれた腸が覗いている。血を大量に失った身体は青白い肌を晒していた。
「相手は?全身傷だらけの背の高い、頭のおかしな奴か?」
スーは俺の問いに黙って頷いた。
「《顔剥ぎ》だな」とヘンリックも頷いた。
アイツが居るなら、対岸には《烈火》も居るはずだ。
「…ごめん」と、オーラフの死体の傍らに膝を着いていたスーが口を開いた。
「連れ帰ってくれただけで十分だ」とスーを労った。
「僕の治療が…もっと、父さんみたいに出来れば…」
悔し涙を滲ませるスーにゲルトが歩み寄って、いきなり襟首を掴んで立たせると平手打ちをくわえた。
「黙れ、クソガキ。
泣こうが喚こうが結果は変わらん。こいつは死んだんだ。さっさと持ち場に戻れ」
「叔父貴!」
「甘やかすな!まだ始まったばかりだ!」
ヘンリックの抗議を一蹴して、ゲルトは厳しい現実を突きつけた。
霧が少し晴れて、対岸の様子が見える。
まだ戦闘は継続中だ。
「小僧。戦争の借りは戦争してるうちに返せ。
終わったら返せねぇぞ」
「…分かった」
「なら、今度はケツを蹴飛ばされる前に持ち場に戻れ!さっさとしねぇと取るべき首が無くなっちまうぞ!」
「うるさい!そんなに首が欲しいならくれてやる!」とスーがゲルトに反抗した。彼の手を跳ね除けると、手にした弓に素早く矢を番えた。
「《霹靂の矢》」腕輪の石が瞬くと、番えた矢が魔法を纏って対岸に飛んだ。
矢は真っ直ぐに飛び、対岸の馬に乗った騎士に吸い込まれて爆ぜた。
雷が騎士を襲ったように見えた。
「まず一人」スーそう呟いて次の矢を番えてまた同じ矢を対岸に放った。
また馬に乗った騎士が雷に撃たれて落馬した。
流石のゲルトもこれには唸って閉口した。
「僕はガキでも小僧でもない」と黙り込んだゲルトを睨んでスーは弓を下ろした。
「ゲルト、僕の二つ名でも考えておいてよ。
戦士にふさわしい立派なやつをね」
ゲルトにそう言い残して、スーはまた戦闘の続く対岸に戻ろうと水面に向かって歩き出した。
「《水乙女の靴》」
足元に魔法を発動させると、まるで水溜まりでも歩くように、水面を歩いて対岸に渡って行く。
「まるで妖精だ」とヘンリックが呟いて、ゲルトに視線を向けた。
流石の老兵も、目を疑う光景に言葉も無いようだ。
「叔父貴…あんた、とんでもない奴に発破かけちまったな」とヘンリックは苦笑いして、自分の部隊に渡河を命じた。
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