燕の軌跡

猫絵師

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風の報せ

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もうどれくらい経ったのだろう…

昼夜問わずにま、男たちは代わる代わるやって来ては私の身体を貪って行った。

初めは嫌で泣き叫んで抵抗していたけど、もうそんな気持ちも無くなった…

ただただ虚しい…

疲れてるのは身体だけではなかった。心はもっと疲れていた。

こんなはずじゃなかったのに…

『カチヤ。この商売が終わったら、一度ブルームバルトに行ってみないか?』

彼の言葉が脳裏をよぎる。

彼は家族想いの優しい人だった…

私や子供たちの事を心から愛してくれていた。

『そこの領主夫妻はとても評判が良いんだ。無料で子供たちに読み書きを教える学校があるらしい。そこでは《エッダ》も学べるそうなんだ。

俺たちは根無し草の《エッダ》だけど、幼い子連れじゃ何かと不自由するだろう?

それに、俺も子供はもう二人くらい考えたい。どうかな?』

そんな話をしてたのに…

枯れたと思ってた涙が滲んで、歪んだ視界には彼の顔が浮かんだ。

どうせなら一緒に死ねばよかった…

あの子たちは…ハンナとジョシュアはどうなったのだろう?

上手く逃げて、誰か手を差し伸べてくれる人に出会えればいいけど、まだ幼い子供たちだけで放り出されて生きていくなんて無理な話だ…

『ママ。ハンナもお手伝いする!』

『ジョシュも!ジョシュもするぅ!』

何をするにもついて回っていた甘えん坊たちは、私たちの大切な宝物だった。

『じゃあ二人とも、この飴をここにお供えして。地精さんに《クァイゾ・コモダ・ミヒ・テラム》ってお願いしてね』

地精に《土地を貸してください》とお願いする《エッダ》のおまじない。もうあまりする人もいないけど、私はこのおまじないが好きだった…

《エッダ》のおまじないは色々あるけど、忘れてしまっている《エッダ》も多い。子供たちにはもっと色々教えてあげればよかった。

こんなことになるなら、歌も残してあげたらよかった…

こんな時なのに、頭の中には迷子の子供の為の歌が浮かんで、いつの間にか口ずさんでいた。

「…《スィールフ、スィールフ…コリグント・ミ…エグ・サム・エッダ…アミィコム・トゥム》」

私が小さい頃におばあちゃんが教えてくれた歌…

『迷子になったらこの歌を歌うんだよ。お迎えが来てくれるからね』

迎えに来るなんて、そんなはずないのに…

藁にもすがる気持ちでその歌を呪文のように唱え続けていた。私にできるのはそれだけだから…

歌をぼそぼそと歌っていると、テントの入り口が動く気配がした。

また誰か来た、と身体を強張らせた。

「…気でも違ったか?」と男の馬鹿にするような声が聞こえて土の踏む音がテントの中に響いた。

足を縛られているから逃げるという選択肢はない。

恐怖で固まっていると、テントの外で強い風の煽るような音と、「うわっ」と驚くような声が聞こえた。

強い風はテントの中にまで入って来て私の髪で遊んで、部屋の中にあったものをひっくり返して消えた。

外でも強い風が吹いたみたいで、中に入ってこようとした男は慌てた声を残して外に戻って行った。

何だったんだろう?

風の音に混ざって、女の人の声が聞こえたような気がしたのは、本当に私の気が違ってしまったからだろうか?

✩.*˚

「何やってんだよ?」

背中越しにイザークの声がした。

「穴掘ってる」と、そのまま答えて、手が汚れるのも気にせずに手で土を掘り返す作業を続けた。暇な男は俺の手元を覗いて首を傾げている。

握り拳が入る程度の小さな穴を掘り起こすと、手に付いた土を払って、懐から瓶を取り出して中身を穴に落とした。

「何でお前がそんなのしてるんだよ?」

イザークは俺のやっていることが分かったらしい。

穴に落とした飴をどうするのか知っている男は、黙って穴の前に膝を折ると、掘り出した土を集めて穴に戻した。

「《クァイゾ・コモダ・ミヒ・テラム》」

飴を埋めたイザークがそう呟いて、手に付いた土を払った。

「お前…その言葉…何で?」

「何でって?《エッダ》のおまじないだろ?俺が知ってても変じゃないだろ?」

「だって…それ…」

「意味は覚えてないけどさ、俺の爺に教えられたんだよ。飴を埋めるのは《エッダ》の子供の仕事だからな。

食ったのがバレて、爺には容赦なく殴られたな…だから俺の頭は馬鹿なんだろうな」とふざけて笑うイザークは埋めた穴に視線を落とした。

その視線はどこか懐かしむように盛り上がった土を見ていた。

「お前の家族も…」

「いや。俺の家族はそれなりに上手くいってる《エッダ》だったから、子供の頃はまぁまぁ良い暮らししてたよ。なんも無けりゃ《エッダ》の生活って結構良いんだぜ。

15の時に元居た《エッダ》を離れて、別の《エッダ》に移ったんだ。婿入りみたいな?

俺はバカだったけど腕は立つし、向こうは男手が欲しかったらしくて頼まれたんだ。俺も嫁さんになるに一目惚れでさ、二つ返事で頷いたよ。

でも結局、なんだかんだあってそこも居られなくなってさ…

家族の所にも戻れないし、なんか、まぁ、そんな感じ…」

最後の方は言葉で濁して、イザークはへへっと誤魔化すように笑った。イザークはお喋りだが、自分の話をするのは珍しかった。

「お前の家族は?」お節介だと思ったが、なんか妙に気になった。

「分かんない」と、子供みたいな返事をして、イザークは煙草を出しながら、また誤魔化すように笑った。

「元気だろ?多分、どっかで行商しながら土地を巡ってるよ」

「もし顔合わせたら、家族って分かるのか?」

「まぁ…分かるんじゃない?家族だし…」

そんな曖昧な返事をして、イザークは口を塞ぐように煙草を咥えた。

空に立ち上る煙はイザークの顔を霞ませて、少しだけ表情を見にくくした。

その姿に哀愁を覚えたのは、彼が誤魔化すように笑っていたからだ。俺が何か言う前に、イザークが思い出したように口を開いた。

「そういや、何でスーはそれしてたの?」

「あぁ。ここの地精が、例の襲われた商隊の子供たちを匿ってくれたから、お礼も兼ねておまじないしてたんだよ」

「へぇ。スーが言うからにはマジで精霊なんだろうけど、マジであのおまじない役に立つんだな」

「そのおまじないの言葉は知らなかったけどな」

「へへ、お勉強代貰っても良いんだぜ」と調子に乗るイザークはいつもの調子を取り戻していた。

「馬鹿言えよ。意味も知らないくせに」

「えー?スーだって知らないだろ?」

「《土地を貸してください》、もしくは《快適な土地をください》って意味だよ」

俺がそう答えると、イザークは驚いた顔で「はぇ?」と変な声を出していた。なかなか良いリアクションに笑いがこみ上げる。

イザークは本当に意味を知らないらしい。それよりもどこの言葉かすら知らないのだろう。

「古い言葉だよ。アーケイイックのエルフが使うナツゥラ語と同じものなら多分そういう意味だ」

「へぇ?何で《エッダ》がエルフと同じ言葉知ってるの?」

「そんなの俺が訊きたいよ」と返して踵を返そうとしたときに、足元の盛り上がった土が崩れた。

どうやらお供え物は気に入ってもらえたらしい。

「さて…仕事だ」と自分に言い聞かせるように呟いて、土を盛った小さな祭壇を後にした。

イザークは相変わらず暇をしていたようで、俺の後ろを着いて来た。

俺について回ってるうちなら、サボってても他から文句を言われないからだろう。狡い奴だ。

広場にテントを立てたり、馬の世話をしている団員たちを眺めていると、原っぱに強い風が吹いた。

風の音には女性の笑う声が乗っていた。

「見つけた」「《エッダの娘》を見つけた」「生きてるわ」と風の音に乗って彼女らの声が聞こえた。

約束通り、彼女らは攫われた女性を見つけてくれたらしい。

「捕まってる」「テントの中」「逃げれないみたい」と騒がしく風の音に乗った声が現状を伝えた。

「なんか、スゲェ風…」

風に煽られて飛んできた桶を拾って、イザークがうるさそうに風を睨んだ。

見当違いな場所を睨むイザークの視線を受けて、彼女らは代わる代わる顔を覗き込んで、「あら?」「あらあら?」「《エッダ》じゃない?」と囁き合っていた。

精霊たちはなぜかイザークが《エッダ》だということを言い当てた。でも彼女らの続く言葉で、イザークの事を言っているのではないと気付いた。

「残念」「違う人」「でもちょっと似てるわよ」

「ねぇ、君たち、何の話?」

「うふふ、《エッダ》の事」「血は濃そうだけど」「残念。《エッダ》とは少し違う」

「《エッダ》は《エッダ》だろ?」

「なぁ、スー。何言ってんだ?」と、精霊たちと話す俺にイザークが声を掛けてきた。

当たり前だが、イザークには精霊たちの声は聞こえないし、俺も精霊たちに合わせた言語で話をしている。傍から見れば独り言を言っているようにしか見えない。

彼女らは相変わらずご機嫌な様子で、泳ぐように俺たちの周りを飛び回ってお喋りを続けた。

「そうよ」「《エッダ》は《エッダ》」「彼はただの《エッダの息子》」

《エッダの息子》という言葉が引っ掛かった。

《エッダ》とは氏族の名前ではなかったのか?

彼女らの言葉は、まるで《エッダ》という特定の個人を知ってるように聞こえた。

「《妖精の子》は《エッダ》を知らないのね」とつまらなそうに呟いて、彼女らは一迅の風を残して飛び去って行った。

「スー、お前なんかした?」

ぼさぼさの頭を掻きながらイザークが俺に訊ねた。

今の風が俺のせいだと思ったようだ。

少し離れたところでも、団員が用意したテントが風に煽られてめくれ上がり、やり直しを嘆く声が聞こえてきた。

「精霊たちと話してた」

「あー、やっぱり…」

イザークは拾った桶に手を突っ込んでくるくると回して遊んでいた。

「いいなぁ、俺も精霊とか話したりしてみたい。だって精霊とか多分別嬪さんだろ?」

「うん、まぁね」と頷くと、イザークは子供みたいに羨ましがった。

「いいよなぁ…俺は婆ちゃんから話聞くだけだったからさ。お前みたいな精霊使いが本当にいるなんて知らなかったよ。

《エッダ》の年寄りは精霊とか妖精の話よく知っててさ、ガキの頃はそれが面白くて夢中になって聞いてた」

「へぇ。じゃぁ今度してくれよ」

「いいよー。美味い酒奢ってくれたら教えてやるよ」と、彼は調子良く俺に条件を付けた。

イザークはなんだかんだ理由をつけてタダ酒を飲もうとする。失敗することも多いが、なんだかんだ彼の陽気な性格は憎めない。

一人で飲むのはつまらないしな。肴の代わりに珍しい話を聞くのも面白そうだ。

「酒に見合うだけのもんなら奢ってやるよ」

俺の返事を聞いて、陽気な男は嬉しそうにニッと笑った。その表情には自信が滲んでいた。

✩.*˚

「どういうこった?」

斥候に出ていた手下からの報告を聞いて眉を寄せた。

頼まれたからとはいえ、この間の仕事では派手にやらかしたから、街道の警備が多少なりとも厳しくなることは予想できた。だが、ラーチシュタットの連中の手の入れようは異常に思えた。

「ラーチに呼ばれた《赤鹿》、《灰狼》、《燕》が街道に陣取ってるらしいっす。どうしやすか?」

「なんだってそこまで…あの野郎何か隠してやがるのか?」

真っ先に浮かんだのはラーチシュタットで情報屋をしている男の事だ。

悪党の間じゃそれなりに信用のある男で、そいつから街道の警備などについての情報を買っていた。今回はむしろ相手の方から売り込んできたのだ。

『少し訳ありの仕事でね。成功したら報酬は山分けだ。乗るかい?』

あの悪魔のような口車に乗るべきではなかったか?

そんな考えが頭を過ったが、何百回やり直したとて俺はあの口車の乗っていたことだろう。それだけ今回の仕事は金になった。荷物も奪えたし、手下どもを満足させるだけの戦果があった。

かしら。山狩りが始まる前に移動しよう。それっきゃねぇよ」

手下どもは今の拠点を引き払う事を勧めた。ただ、それには一つだけ問題がある。

「《情報屋カナリア》の野郎がまだだ。約束の報酬もまだ受け取ってねぇ」

「《カナリア》なら《巣》から動かないっすよ?ほとぼり冷めてから接触するでもいいんじゃないっすか?」

「こんなところに留まってたら捕まっちまう。そんなの御免だ」

手下どもの言い分は尤もだ。

俺たちは傭兵崩れや犯罪者の集まりで、叩けば埃の出るような人間しかいない。

「おい、お前はどう思ってんだ?」と、テントの隅でふてくされたような男に声を掛けた。

「…まぁ、移動すべきだろうな…問題は行き先だ」

冷静に淡々とした口調で答えたエンゲルスは現状の課題を指摘した。

「場所を変えたところで、近場じゃすぐに見つかって捕まる」

「ふん。確かにな…じゃあどうすりゃいい?」

「俺なら人の多いところに行く。紛れてしまえば分からないしな…

《エッダ》のふりをして街道に出て、適当な街に入るのが良いだろうな」

「なるほどな。この辺のデカい街っていったら《ランゲンフェルト》か《ビルネンベルク》か…」

確かに上手く人ごみに紛れたら探すのは骨だ。

さいわい、今回の仕事は目撃者を残さないようにしたので、顔が割れて手配書が回る心配も薄い。

「お前ら、どうする?」と他にも意見を求めたが、エンゲルスの案より良いものは出てきそうになかった。

相談して行き先を決めると、エンゲルスがまた陰気臭い口調で口を開いた。

「あの女は始末しておけ。俺たちの顔を見ている」

「あんないい女、殺すのは勿体ないだろ?」

「女って言うのは厄介な生き物だ。どんなに従順そうにしてても隙を見せれば裏切る生き物だぞ」

「そんなもん、脅しておけばどうとでもなるだろ?

どうせ、あの女の行き先なんてありゃしないんだ。黙って俺たちについてくるしかないだろ?」

別に固執するつもりもないが、まだ手に入れて間もない。楽しんたが十分とは言えず、手放すのは正直惜しかった。

俺の返事にエンゲルズは眉根を寄せてあからさまに嫌な顔をした。

「俺は警告はしたからな。お前らがどうなろうと知らんが、俺まで巻き込まれるのは御免だ」

陰気臭い男は吐き捨てるように捨て台詞を残してテントを出て行った。

頭の良い男は頭の悪い俺たちが言うことを聞かないのが気に入らなかったようだ。

悪くねぇのにな…

頭が悪いのも問題だが、頭が良いってのも考えもんだな…

まぁ、ここを引き払うにしても、まだ時間はあるはずだ。

《ニクセの船》に乗った旦那に返してやるにはまだ早いだろう。

✩.*˚

宿営地の用意が終わると、イザークに団員から《エッダ》を集めさせた。

「何で《エッダ》だけ集めたんだ?」と、ディルクが訝しげに俺に訊ねた。

またろくでもないことを始めるんじゃないかと思っているのだろう。

「お前らが《仕返し》したいだろうな、って思ったからさ」

「何だよ?団長は悪党の居場所でも知ってんのか?」

「おおよその場所なら分かってる。ただ、あまり目立つと逃げられるだろうから、連れて行けるのは20人くらいかな…誰が来る?」

風の姉妹たちはテントを見つけた場所を教えてくれた。思ってたより早く決着がつきそうだ。

別に俺一人で行ってもいいが、さすがにそれはすぐにバレるだろうし、ディルクらに怒られる。

それに、攫われた女性が《エッダ》なら、俺が行くより《エッダ》を連れて行った方が安心するだろう。

《エッダ》の団員から腕の立つ奴らを選んで、残りはカイとフーゴに預けて待機させた。

「成功したら何かしら合図する。お前らも気を抜くなよ?」

「はいよ」

「朝には戻る。それまでは問題起こすなよ?」

「スーこそ、やりすぎんなよ?」

カイはそんな軽口をたたきながら俺を送り出した。隊長になるのを嫌がっていたが、なんだかんだで板について来た。

元々腕は立つし、《赤鹿の団》との決闘で実力を見せつけてから、彼が隊長に選ばれたことを問題にする奴いなかった。

若いが、そんなの年上の奴が補ってやればいい。それに今はそれを補う適任者がいる。

「こいつらが勝手に持ち場離れないように見張っとけよ?」と、監督者としてフーゴに後を任せた。彼が《犬》の手綱を握ってくれているなら大丈夫だろう。

任された男は不服そうだが、肩を竦めて「仕方ねぇな」とその損な役を引き受けてくれた。

「行くぞ」と号令を出して、選抜隊を連れて街道沿いの暗い雑木林に足を踏み入れた。

「行くのね」「案内したげる」「着いて来てね」と纏わりつくような風に乗った声が俺たちを追い越して行った。

俺の先を行きながら、彼女らはカサカサと草や木の枝を揺らして道を教えてくれた。

彼女らの案内を頼りに、薄暗い、道とも呼べないような木々の隙間を縫って歩き続けた。

《エッダ》たちは疑いもせずに俺の後を着いてくる。

不思議な強行軍は一時間ほど続き、前を行く風の乙女たちが枝を揺らすのを止めた。

「…どうした?」

急に足を止めた俺にディルクが低い声で訊ねた。

「少し休んでろ」と待機するように告げて、くるくると旋風を作りながら一所で止まっている彼女らに歩み寄った。

「どうしたの?」

「変ね?」「確かにこの先に居たのに」「どこに行ったのかしら?」

彼女らの会話に嫌なものを感じた。

「まさか、逃げられたの?」

「その先の開けた場所」「昼間にはいたのよ」「今は誰もいない」

精霊たちに嘘という概念はない。彼女らは事実のみを言っているのだろう。

彼女らの案内で、テントがあったという場所を遠目から確認した。

辺りが暗くなりつつあるのに、明かりも確認できない。辺りには人の気配は無かった。

「探してくるわ」「まだ近くに居るはず」「任せて」

彼女らはそう言い残して、草木を揺らして林の中に姿を消した。

仕方なく、待たせているディルクらを連れて、テントがあったはずの場所に移動した。

「一足遅かったみたいだな」

何かに踏まれたような倒れた草や、杭を抜いた跡を確認してディルクがそう結論を出した。

俺もテントの杭の跡や焚火の跡を確認したが、まだここを引き払って間もないようだ。

「どうする?当てが外れちまったな。今日は宿営地に戻るか?」

「いや、まだ戻らない」

「何だよ?探すには時間も悪いし、俺たちだって頭数が少ないじゃん」

「そうだぜ、団長。土地勘のない俺らじゃリスクが高すぎる」

団員たちは口々に戻るように進言したが、俺は戻る気は無い。それを知ってか、ディルクは黙って腕を組んでため息を吐いた。

「丁度いい休憩だ。俺が判断するまで待機だ」と団員に伝えて、風の姉妹たちが戻ってくるのを待った。

余裕のある俺の様子が気になったのか、イザークが俺の所に来て単刀直入に思っていることを口にした。

「なぁ、スー。悪党を見つける当てあるのか?」

「あるよ。すぐ見つかるはずだ」

「なんでぇ?お前もネズミ使えるの?」と、イザークは俺の手の内を知りたがった。

「精霊が教えてくれる。招かれない屋内でないかぎり、精霊たちは誤魔化されない」

「へぇ、そんなことできたの?」

「そうだよ。まぁ、俺が頼んでも、精霊の気が向かなかったり、特徴なんかが曖昧だったりすると無理だけどね」

「あー…だから、お前、『精霊たちがおしえてくれた』って言って俺たちを見つけるわけね」

「便利だろ?悪い事したら全部筒抜けだからな」

そう言って笑いながら指輪を撫でた。精霊たちはこの魔石を目印にしている。

精霊たちが手を貸してくれるのは、この魔石があるからだ。父さんは今でも俺に力を貸してくれている。俺はそれに甘え続けていた。

丁度いい休憩が取れたぐらいの時間で、悪党を探しに行っていた彼女らが木々の葉を揺らしながら戻って来た。

「居たわよ!」「小川の近く」と報告する風の姉妹は一人減っていた。

「もう一人は?」

「残してきたの」「見張ってるわ」

一度逃げられているから、今度こそ見失わないように一人を置いて来たらしい。彼女らは焦っているみたいで、すぐに自分たちについてくるように誘った。

「休憩終了だ」と告げると、指示を待っていた傭兵たちが顔を上げた。

「この先の小川まで移動だ。あまり物音立てるなよ?」と釘を刺して、団員たちを連れて彼女らに案内されながら先を急いだ。

「ねぇ、君たち。悪党の中に俺の魔石持っている奴いた?」

俺の質問に風の姉妹は首を傾げながら答えた。

「分からないわ」「見てないわ」

「…そうか」

まぁ、あの魔石を使うような場面も無かったのだろう。あいつらを捕まえて問い詰めてみればわかることだ…

「なに?精霊はなんて?」

俺の脇を歩くイザークが俺の様子を見て訊ねた。イザークは俺が精霊と話をしていると本当に信じているみたいだ。

「連中の中に魔法使いが居るかも知れないから気をつけとけ」

「へぇ、そう?でもそれはスーが相手してくれるんだろ?俺たちは他を相手するからさ」と、イザークは当たり前のように面倒な奴を俺に押し付けた。

「そうだよ。お前らのすることは、悪党を一人も逃がさずに、攫われた女性を保護するだけの簡単な仕事だ。俺の足を引っ張るなよ?

分かったら『わんわん』って返事しな」

「了解、『わんわん!』」「『わんわん』」とふざけた返事が続いて暗い林に響いた。ノリの良い連中を連れて、悪党を成敗するために風の姉妹の背を追った。
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