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11話 叶えられない願い事
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「それで、御神体が割れてしまったってことかい」
病衣に身を包んだ梅婆は、鈴音の話を聞いて唸るようにつぶやいた。
真実を思い出した鈴音は、近くの街で入院している梅婆にすべてを打ち明けることにした。
「ごめんなさい、梅婆ちゃん。大切にしていた御神体なのに……」
「それはいいんだよ。鏡の世界から戻るには御神体を壊さなきゃいけなかったんだから。そういう仕組みになっている以上、壱様もそれは承知の上だろう」
梅婆は優しい声音で言ったあと、寂しそうに目を伏せた。
「それに……もう壱様が誰かを選ぶことはないだろう。壱様もそれがわかっていたから、御神体を犠牲にしてでもあんたの願いを叶えたかったんだよ」
「確かに村の人口は減ってるけど……でも、最近少し若い人が入ったって聞いたよ。その人たちを選べばいいんじゃないの?」
「壱様が選んだと便宜上言っているだけで、本当に選んでいるわけではないんだよ。信心深い者、またはその素質のある者だけが壱様のお堂にたどり着くことができるんだ」
現代ではその素質のある者は稀だ。鈴音と亮太のふたりが現れたのは奇跡のようだった。
梅婆の励ましはありがたかったが、壱様への罪悪感が拭えなかった。
そんな鈴音に、梅婆はサイドテーブルに置かれたお菓子の山に手を突っ込んだ。
「そういや、あんた、和菓子は嫌いじゃなかっただろ? これあげるよ」
梅婆が差し出したのは、饅頭だった。
「久しぶりに顔を見せた息子がくれたんだよ。まったく、母親の嫌いなものくらい覚えていてほしいものだよ」
「梅婆ちゃん家、いつもお饅頭があったから、好きだと勘違いしたのかも」
「饅頭は壱様へのお供え物なんだけどね。壱様、饅頭が好きだったそうだから」
初めて聞く話だ。
鏡の中の梅婆が美味しそうに饅頭を頬張る姿を思い出し、鈴音は口元をほころばせた。
「……うん。だいぶ落ち着いたから、そろそろ戻るよ。心配かけてごめんね」
しばらく話をして、友人との通話を終える。
鏡の中にある間に来ていた連絡には、これで全部返事ができたはずだ。
スマホをしまい、鈴音は顔をあげた。
川辺には見頃を迎えたハナミズキが咲いている。その下を、鈴音は歩く。
ひとりになると、自然と鏡の中の世界のことを、亮太のことを考える。
あの世界の涼太は情緒不安定だった。それは葛藤があったからかもしれない。
――偽りの世界で構わないから、鈴音と一緒にいたい。
――鈴音には元の世界で生きていってほしい。
二律背反な想いを抱え、苦しんでいたのだろう。
その気持ちはよくわかる。鈴音も、死んだのは自分だと勘違いしていた時に、同じ想いを抱いていたから。
「死者の想いが強く反映される世界……」
鏡の中の梅婆はそう言っていた。
それなら、あの世界は亮太の想いが反映されていたはずだ。あの悪夢も、おそらくは亮太が見せたもの。
鈴音が自分が死んだと勘違いするように、あえて断片的に見せたのだろう。
そうでなければ、鈴音はあの世界に残ることを選んでいただろうから。
鈴音は死ぬことなど怖くはなかった。何よりも恐れたのは亮太と離れることだ。
だが、亮太の命に関わるのなら、自分の気持ちを押し殺してでも離別を選ぶ。
彼は、それがわかっていたのだろう。
「亮太……寂しいけど、頑張って生きるよ」
亮太が生かしてくれた命だ、無駄にはしない。
けれど――
「ごめんね……最後の願いは叶えられそうにないよ。……亮太がいないと、幸せになれないもの」
鈴音は泣きじゃくった。
慰めるように、涼やかな風が鈴音の髪をくすぐった。
病衣に身を包んだ梅婆は、鈴音の話を聞いて唸るようにつぶやいた。
真実を思い出した鈴音は、近くの街で入院している梅婆にすべてを打ち明けることにした。
「ごめんなさい、梅婆ちゃん。大切にしていた御神体なのに……」
「それはいいんだよ。鏡の世界から戻るには御神体を壊さなきゃいけなかったんだから。そういう仕組みになっている以上、壱様もそれは承知の上だろう」
梅婆は優しい声音で言ったあと、寂しそうに目を伏せた。
「それに……もう壱様が誰かを選ぶことはないだろう。壱様もそれがわかっていたから、御神体を犠牲にしてでもあんたの願いを叶えたかったんだよ」
「確かに村の人口は減ってるけど……でも、最近少し若い人が入ったって聞いたよ。その人たちを選べばいいんじゃないの?」
「壱様が選んだと便宜上言っているだけで、本当に選んでいるわけではないんだよ。信心深い者、またはその素質のある者だけが壱様のお堂にたどり着くことができるんだ」
現代ではその素質のある者は稀だ。鈴音と亮太のふたりが現れたのは奇跡のようだった。
梅婆の励ましはありがたかったが、壱様への罪悪感が拭えなかった。
そんな鈴音に、梅婆はサイドテーブルに置かれたお菓子の山に手を突っ込んだ。
「そういや、あんた、和菓子は嫌いじゃなかっただろ? これあげるよ」
梅婆が差し出したのは、饅頭だった。
「久しぶりに顔を見せた息子がくれたんだよ。まったく、母親の嫌いなものくらい覚えていてほしいものだよ」
「梅婆ちゃん家、いつもお饅頭があったから、好きだと勘違いしたのかも」
「饅頭は壱様へのお供え物なんだけどね。壱様、饅頭が好きだったそうだから」
初めて聞く話だ。
鏡の中の梅婆が美味しそうに饅頭を頬張る姿を思い出し、鈴音は口元をほころばせた。
「……うん。だいぶ落ち着いたから、そろそろ戻るよ。心配かけてごめんね」
しばらく話をして、友人との通話を終える。
鏡の中にある間に来ていた連絡には、これで全部返事ができたはずだ。
スマホをしまい、鈴音は顔をあげた。
川辺には見頃を迎えたハナミズキが咲いている。その下を、鈴音は歩く。
ひとりになると、自然と鏡の中の世界のことを、亮太のことを考える。
あの世界の涼太は情緒不安定だった。それは葛藤があったからかもしれない。
――偽りの世界で構わないから、鈴音と一緒にいたい。
――鈴音には元の世界で生きていってほしい。
二律背反な想いを抱え、苦しんでいたのだろう。
その気持ちはよくわかる。鈴音も、死んだのは自分だと勘違いしていた時に、同じ想いを抱いていたから。
「死者の想いが強く反映される世界……」
鏡の中の梅婆はそう言っていた。
それなら、あの世界は亮太の想いが反映されていたはずだ。あの悪夢も、おそらくは亮太が見せたもの。
鈴音が自分が死んだと勘違いするように、あえて断片的に見せたのだろう。
そうでなければ、鈴音はあの世界に残ることを選んでいただろうから。
鈴音は死ぬことなど怖くはなかった。何よりも恐れたのは亮太と離れることだ。
だが、亮太の命に関わるのなら、自分の気持ちを押し殺してでも離別を選ぶ。
彼は、それがわかっていたのだろう。
「亮太……寂しいけど、頑張って生きるよ」
亮太が生かしてくれた命だ、無駄にはしない。
けれど――
「ごめんね……最後の願いは叶えられそうにないよ。……亮太がいないと、幸せになれないもの」
鈴音は泣きじゃくった。
慰めるように、涼やかな風が鈴音の髪をくすぐった。
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